【黒ウィズ】フェアリーコード3 Story5
フェアリーコード3 Story5
目次
story
ソウヤの身体から、いくつもの音が離れていく。
ユリカに喰われ、そしてソウヤに託された、妖精たちの音色が。
音の群れは、言祝ぐようにくるくる宙を舞った。
ソウヤが、歩み寄ってくる。君のもとヘ――君が抱えたユリカのもとへ。
yパパ。
ユリカの眼からは、尽きることなく涙があふれていた。
はっきり取り戻された音が、気持ちが――彼女の中で嵐のように荒れ狂っている。そんな音色が、君の胸にも響いてくる。
だからこそ、君は、そっとユリカをソウヤに差し出した。
ソウヤはうなずき、強く、ユリカを抱きしめる。
ソウヤの音が、ユリカの嗚咽を包み込んでいく。そのすべてを、受け止めるように。
雪のように静かな声が、降りかかった。
スニェグーラチカ。雪の女が、立っている。いっさいの情を氷の奥に押し込めたような、固く冷たい眼差しで。
ソウヤは、ゆるりと娘から身を離し、神妙な視線をスニェグーラチカヘ向けた。
スニェグーラチカは、霜のような息を吐いた。
あるいは、彼女だからこそ、ユリカの気持ちに――音色に気づけたのかもしれない、と君は思った。
誰より深く、冷たい音色の持ち主だからこそ。数多の人、数多の妖精の音を、その身に吸い込んできたからこそ。
涙の奥に閉じ込められ、暗く凍てついていたユリカの気持ちとすら、響き合えたのか。
そう思うと、スニェグーラチカの発する音色は、寂しさと冷たさのなかに、どこか、淡い情の震えが感じられるような気もした。
『喰らう力』を『託された力』にできるって。信じて、この子を育てていきたい。……妻のためにも。
その子の心には、とても深い亀裂が走っている。永遠に吹雪を吐き出す亀裂が。
そんな苦しみを抱えたまま生きるのは、酷なことだ……。
リレイが言った。ひたりと、その目でスニェグーラチカを見据えて。
抑えきれない恐怖に震えながらも――決して目を背けまいと、懸命に。
リレイは、にこりと笑った。
こんな素敵なお父さんがいてくれるなら、きっと乗り越えられる。辛くても、寒くても。あったかい喜びを、きっともらえる。
それは決して、根拠のない、空虚な言葉ではなかった。
ソウヤのことを知っているからこそ。彼の苦しみ、彼の決意を見てきたからこそ。
確かな信頼の響きが、リレイの発する言の葉を、言葉以上に雄弁に震わせていた。
ユリカちゃんの音が強すぎるっていうなら、音を乗りこなすやり方とか、いろいろ教えてあげられると思う。
これだけの人が、これだけの気持ちを持っている。君は、そうスニェグーラチカに告げる。
流れている、この音色こそが答えだ。
これだけの音色があれば、きっとなんとかなる。そう思わせてくれる力に満ちている。
確かに――ただ言葉を並べ立てるより、その方が、よほどわかりやすい。
だが、おまえたちの音など、儚いものだ。
音が、消えていく。
――雪に吸われて。淡く、冷たく、凍てついていく。
スニェグーラチカの音の力が、この短時間で完全に回復したとは思えないが――
それを言うなら君たちも疲弊している。特に、ソウヤの消耗は激しい。彼に音を集中させる戦法は、使えない。
何もできない。どうすることも。
その言葉は、絶対の神託のごとく、凍てついた世界に冷厳として響き渡った。
だが、この世には、神託になど根本的に聞く耳を持たない類の種族がいた。
自由気ままな、妖精たちが。
リレイはうなずき、ギターヘ――翅音が凍てついたせいで武器からただの楽器に戻ったそれに、指を這わせた。
爪弾く。
奏でる。
かき鳴らす。
単体ではほとんど鳴らない楽器を通じて、自分を、気持ちを、音色に変える。高鳴る思いを、今この眼閤、世界に刻むように。
あふれるような、音色が響く。
この、深く凍てついた銀世界のなかで。それでも止まない吹雪のような激しさで。
響き続ける音のなか、スニェグーラチカが、ルミスを見やる。
ルミスは、ふふんと笑ってみせた。
リレイがつぶやく。爪弾きながら。
神託を、己の内に見つけたように。
生まれた時に、聞いたんだ!
音が弾ける。
熱く、熱く、熱く――雪をも融かす火のように。
産声。生まれ出てくる命の叫び。人生最大級の音色だと、マサンは言った――
乗りこなしたのよ。雪の音色を!
生まれつき、心の音色が聞こえる体質。
暴走しかけたルミスの音さえ乗りこなす力。
それが、これだと――この音色だと。音が、気持ちが、何よりはっきり、告げている!
人に。我らの雪の音色が!
今さらだよ、と君は笑って言った。
それができるから、この子は今、ここにいる。この子がいたから、あたしたちもここにいる!
誰もがうなずく。誰もが、そうだと瞳で答える。(いまいちよくわかっていないディギィは除いて)
ばらばらで、個性的で、やたら我の強い音色たち。それが今、こうして肩を並べているのは、リレイの音色が繋げたからこそ。
ぶつかり合っては響き合い。理解したなら相乗りし。
鶴音(たずね)て鶴音(つらね)て、繋げ合ってきたからこそ。
こうして、みんなで、ここにいる。
誰もが感じる。誰もが繋がる。
胸にあふれる気持ちの音を、誰もが等しく唱和する。
「「「「「心がノッてきた!」」」」
***
吹雪が吹き荒れ、騎士となる。
ただの騎士ではない。でかい。その全長は、この異界の建物――ビルほどもある。
しかし、君の心に恐れはなかった。
リレイの音が勇気をくれたからでもあるし、それに――
つまり、魔法使いの出番ってことにゃ!
うなずき、君はカードから音色を奏でる。
君も、仲間たちも、ずいぶん消耗している。全力で戦うのは難しい。
だからこそ、ここは、異界で培った音を彼らに重ね、彼らの音を高めることに腐心しよう、と君は決めた。
ただ、どんな音でも重ねられるわけではない。彼らがノれるような、そんな音でなくては。
幸い、心当たりはたくさんあった。
これまで君が旅し、共に戦ってきた人々は、その心は、その勲詩(いさおし)は、とてつもなくバリエーション豊かだったから。
帰ったら、話そう。どんなことでも。
y……うん。
ソウヤは微笑み、心配そうな娘の頭を撫でて、氷の巨人に向き直る。
考えていると、不意に湧き上がるものがあった。
それは音。それは歌。
遠いどこかで誰かが奏でた心の音色。
人と、人ならざるものの狭間で――あるいは、夢と、夢ならざる現実の狭間で。痛みに耐えて抱いた誓い。
知らない誰かの歌なのに、驚くほど心に沁みた。
どこか似た思いを、どこか相通じる決意を、自分は確かに抱いたはずだと、そんな確信が自然とあふれる。
音の根源――魔法使いに視線をやった。魔法使いは、1枚のカードをひらりとかざし、うなずきを返す。
凍てつく世界にあろうとも、己を奮い立たせることができる。
ソウヤは鎌となったピアノを手に、飛ぶ。
夜へ。空へ。あらゆる試練の象徴めいた、冷たく巨大な氷の騎士へ。
その翅音を、羽ばたかせて。
***
宙を滑り、氷の巨人に音球を繰り出しながら、タツマは苦々しくつぶやいた。
あの日、地上の音はこの雪に吸われた。そして、消えゆく音を守るため、友たるラプシヌプルクルが火の雨を降らせた。
あの日の怒りを。屈辱を。
天の高みに座すものに、地上の響きは届きえぬ。されば逆撃つ雷火となりて、等しく天地をどよもさん!
猛るその身に、音が咲く。
切なさと、激しさをともにかき抱いたような。天に、地に、思いを届かせ、震えさせずにはいられぬような。
感じる。その音の奥に、数多の情念を。
異なる価値観の激突。揺れる気持ちの交錯。その果てに見出される、新たな希望。答え。真実。正義――
その混沌のなか、なお前に進んだ者たちがいた。これは、その勲詩なのだと、心でわかった。
ならば、龍たる我が遅れを取るわけにはな!
***
電子音が応答。ミホロはふたり分の音色を翅音のミサイルに変えて、氷の巨人へ射出する。
着弾し、ー部の表面を割り砕くことはできた。だが、それだけだ。あまりに敵が大きすぎる。そう簡単には崩せない。
もちろん!とハビィが答えた。
ユリカの境遇は、ふたりにとって他人事ではない。
生まれることが奇跡だと知っているからこそ、生まれてきたユリカに、未来を諦めさせたくない。諦めてほしくない。
ハビィとふたり、声を揃えて叫んだ瞬間、洪水のように、音が来た。
優しく、明るく、軽快で――そして、信じられないほど強い意志に満ちた、どこかの誰かの想いの丈が。
ふたりに宿り、包み込む。守護者のように。仲間のように。生まれた命と、心の力で。
その音は、ふたりの心をたかぶらせる。その歌は、ふたりの音を高鳴らせる。
応じるハビィの発した思いを、ミホロは、自分自身の言葉でもあるものとして。
ふたりの気持ちで、守り抜く!
月にも届けと、叫びを上げた。
***
斧がー閃、それだけで、巨人の身体にびっくりするほど亀裂が走る。
無邪気な笑い声を飛ばして――ディギィは、はたと気づいた。
確か、あの悪魔、何サンだっけ?あいつを確か、食べようとして。でも食べられなくて。あれ?じゃあもうここで戦う理由なくない?
とか思ってると、音が来た。
よくわかんないけどキョーレツでショッキングで、しっちゃかめっちゃかなようで妙なまとまりを感じさせる、やたらノリノリヒャッハーな歌が。
こんなノリのいい歌がかかったら、そりゃもう暴れるしかない。
ぶんぶか斧を振り回し、破顔ー笑、ノリにノリつつ突っ込んでいく。
勢いあまって、頭から。
***
笑いながら、リレイは巨人に射撃を見舞う。
恐れがなくなったわけではない。ただ、心のどこかに引っ込めておくことは、できるようになった。
消えてなくなることのない思いを、引き出しに入れたり、また取り出したりして、大事に向き合い、折り合いをつけること。
どんな気持ちも乗りこなすのは、きっと、難しいことなのだろう。
でも今は、少なくとも目の前の恐れを乗りこなすことができた。
うなずく胸に、歌が灯る。
闇夜を照らす太陽のような二重唄。大地を蹴り、風を喰らって空に昇る、牙と燃え立つ火の咆呼。
歌の追い風を受け、ふたりは馳せる。
銃と剣がー体となった武器を駆使し、左右対称の動きで巨人に猛攻を仕掛ける。
そう言い合えることの喜びを噛み締めながら、ルミスとふたり、勇猛果敢に攻め立てる。
***
氷の巨人が、傷ついていく。
斬り裂かれ、焼き焦がされ、打ち砕かれ、叩き割られ、切り刻まれていく。
歌はやまない。止まらない。凍てつく雪に吹かれていても、尽きることなくあふれでる。
巨人を見上げ、スニェグーラチカがつぶやく。
君は、彼女の隣に並び、いや、と首を横に振る。
これは、みんなの力だ。あそこにいるみんなの。そして、遠いどこかにいるみんなの。
あなたも、そうなんでしょう?と君は問う。
おまえの重ねた歌とて、いつまでも続くものではない。我が騎士を倒せなければ、すべての音は優く消える。
ウィズの言葉に、君もうなずく。彼女たちの音が消えることはない、と。
全てを守りたいという想い。
「もう、だれも泣かせはしない。」
負けてたまるかという意地。
「維持でも負けてやるものか!!」
手を取り合い響き合う意志。
「あなたなら、こうでしょ?。」
信じた道を貫くための決意。
「私たちの絆――」「絶てるものなら、絶ってみろ!」
そこから、生まれる。
「英雄は、ここにいる!!」
何があっても決して消えない、英雄の勲詩が。
巨人が鳴動する。
吹き荒れる吹雪が勢いを増し、身も心も凍りつかせようと荒れ狂う。
鳴り響く。
心の音色が。魂の旋律が。
想いの唱和、意地の咆呼、意志の共鳴、決意の誓句、情念の烈叫、雄志の勲詩が。
輝かしい律動、荘厳なる響きとともに、世界のすべてを震わせる。
***
ルミスとディギィとリレイが並び、ー気に巨人へ加速する。
熾烈な吹雪が、向かい来る。すべての音を凍てつかせ、無限の無音にいざなうために。
タツマとソウヤとミホロとハビィ。翅音を切り離すことに長けた4人が、それぞれの翅音を放ち、飛ばした。
それは折り重なり合う翼に――ルミスたちを守る鎧になって、巨人の吹雪を防いで散らす。
巨人が、巨剣を振り上げた。山のような剣。橋のような刃を。
吹雪とともに、振り下ろす。まっすぐに飛ぶルミスらへ。
笑みを浮かべて、ディギィが跳んだ。
重なる翼にヒョイと飛び乗り、それを足場に、さらに飛ぶ。
手にした斧に、音があふれる。爆発的な力となって――
爆砕。
振り下ろされた巨大な剣は、真っ向から斬り上げられた斧と激突し、木っ端みじんに砕かれた。
剣を弾かれ、砕かれて、巨人が、ぐらりと後ろによろける。
飛翔するルミスたちを守る翼は、苛烈な吹雪に削られて、ほとんどぼろぼろになっていた。
加速する。
狙うは、ー点集中、ー点突破――ー気呵成のー撃必殺!
ふたりの音色が、突き刺さる!
蒼と金。ふたりの翅音が、かちりと組み合い、渦巻くひとつの刃となって、巨人の胸部を穿ち抜く。
ぴしりと、巨人の全身にヒビが入った。蒼と金のヒビが。ふたりの音色の証のように、刻まれ、広がり、震えて響く。
同時に、ふたりを守る翼が崩れた。巨人の放つ酷烈な吹雪、その最大の威力が、ふたりの音色を凍らせにかかる。
それでも。
音は消えない。凍てつかない。
すべてを震わせ、響き続ける。
そのさまに、スニェグーラチカさえ目を見張った。
ふたりは吼える。
気持ちのままに。音色のままに。
すべてを震わせ、振り絞る。
その音は、何より強い力となって。
未来をくじく象徴のような、冷たく大きな氷の騎士を、完膚なきまでに粉砕した。
story
エピローグ
yあ、ありがとう……。
ユリカは、はにかむような笑顔を見せた。
リレイとミホロは、きゃあきゃあ言いながら、スプライトたちとー緒になって、思う存分、ユリカを愛で回し始めた。
何が楽しいんだかわからん、という顔でそのさまを見ていたタツマが、ちらりと横のルミスに目線を投げる。
yえっと、じゃあ、クリームソーダ……。
そんな光景を微笑んで見つめながら、ソウヤは、ふと思索を巡らせる。
僕ら吸血鬼を造り出した以外にも、どんな悪辣な手を駆使しているかわからない。
……調べなければならないな)
娘のために。世界のために。
〈災禍〉をよみがえらせるための兵器として産み落とされた、吸血鬼としての宿命に、抗い、打ち勝ち、生き抜くために。
右から聞こえた冷たい声に、ソウヤは、ぎょっとなって身を引いた。
スニェグーラチカが、白い両手にクリームソーダを持ってきていた。
yありがとう!
ソウヤは、そっとユリカを見つめた。
恥ずかしそうにしながらも、あたたかなぬくもりに囲まれ、自然な笑顔を浮かべる姿を。
その実感とともに、誓う。
心のなかで、名を呼んだ。
二度と呼ぶことの叶わない、しかし、決して忘れることのできない人の名を。
血を呑むような思いで、呼んだ。