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【黒ウィズ】フェアリーコード3 Story4

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目次





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story1 マサン



ユリカっ!!

いやァ~~~~いいねえ漁夫の利って。俺のいちばん好きな言葉だぜ。

ほら俺さ、1回出てきて「こりゃ勝てねえ」って手ェ引いたじゃん?あそこ、どう出るかすっげ~迷ったんだよね。

ぜんぜん出ないで存在感消しとくのと、出といて「こいつはこの件に関わらなさそうだ」みたいに思わせるのと、どっちがいいかってさ。

いやホント迷ったよ。迷ったんだけど、やっぱ、じっとしてんのも退屈だしさあ。出ちゃったね。つい、出ちゃったね。ハハ。

ユリカを――返せっ!

 ソウヤが駆け出そうとした瞬間、マサンは、手にした剣を無造作にー閃した。

ユリカそのものである剣を。

それだけで、傲然たる音が響き渡り、刀身から紅の斬光がほとばしった。

飛来する斬光を、ソウヤは倒れ込むようにかわす。

直撃は避けたが、光の発する音圧だけで、動けぬほどに地面に押しつぷされた。

ぐううっ……!

ハハハ!まさにー蹴!気持ちいいねえ。戦いってのはこうでなくちゃ。

 マサンは爽快そうに笑い、ニンマリと君たちを見回した。

いつも言ってるだろ?俺、本気は出さない主義だって。

楽してサクッと勝つってのが、いっちばん好きなんだよね。

 君たちは立ち上がり、身構えた。マサンを睨み、拳を握った。

それが、よほど無様で滑稽に見えたのか、マサンは心底おかしそうに笑った。

おいおいおいおい、なになになになに。やるの?やる気?音出し切ってさあ、翅音も出せねえってのに?

いいねえ、おまえら。そういうとこ好きだよ。諦めないとこ。

踏みにじりがいがあるもんな。

 何か。何かないか。君は懐をまさぐり、カードを探す。

みんなと違って、君の音はまだ少し残っている。スニェグーラチカに削られきられなかった分。魔法をひとつ、奏でるくらいの音の力は。

ひとつ。音ひとつ。何かないか。何か――何か、この状況を打破できるような音は――

ま、どのみち俺も、おまえらを逃がしとく手はねえんだわ。

 スッ、とマサンの笑みが冷えるのを感じた。

冗談めかした言葉の奥に、無慈悲な殺意の音をにじませて、マサンは曲刀を振りかぶる。

後顧の憂いを断っために、ここで楽ぅ~に皆殺しておこうかね!

 させるか!と叫んで、君はカードを引き抜き、ありったけの音を込めて奏でた。

 なんか出た。

えっ。

 出てきたのは、……いや、なんだ?なんだこれ?

意味不明だが、なぜかエニグマな力強さを感じる。説得力というか。なんとなく、なんとかなりそうな感を。

君は、そのエニグマ感を信じることにして、それに駆け寄り、エニグマ叫んだ。

乗って!

これに!!?

 早く!!!

 リレイたちは戸惑いつつも、ソレの放つ圧倒的なエニグマ感に巻き込まれるように、慌てて君に続いて乗り込んだ。

そして発進。

ソレは当たり前のように、塔のような集合住宅の壁面を高速で滑り下りていった。


…………………………………………。

なにそれ!!!!!


 ***


 なんとかマサンの元から逃げ切ることはできたが、君の音も、そう長く保つわけではなかった。

夜の街を駆け、人気のない路地に滑り込んだところで、音の力は消え、君たちは地面に投げ出された。

しばらく、誰も何も口にしなかった。

静寂だけが、夜の闇に融け込んでいった。

 君はソウヤを見た。

動かない。うつむき、拳を握りしめたまま、路地の隅に座り込み、微動だにしないでいる。

いかなる音も聞こえない。強いて閉じ込めているように。

やがて、その唇から、漏れ出る言葉があった。

なぜ……奴は、ユリカを狙った?

 今すぐにでも飛び出したいという激情を、強固な理性でがんじがらめにして、どうにか吐き出したような。そんな言葉だった。

その意志の強さに、君は驚く。

なりふり構わず助けに行きたいだろうに。そうせずにはいられないだろうに。

自分にイバラの鎖を巻くように――己の流した血涙で、己を塗り固めるように、彼は堪えようとしていた。必死に。

あの子が特別だから――かしらね。

 答え、ルミスが何もない空間に目を向ける。

その理由。そろそろ話す気になったんじゃない?

 すると。

びょう、と吹雪が渦を巻き、雪の女が現れた。

やられて……なかったの?

寸前で、逃れた。音のー部だけだが。

あ、それで、そんなに……ちっちゃくなってるんだ。

 そう。よほど力を失ったのか、スニェグーラチカの全長は、いまや、縮んだルミスと同程度でしかなかった。

さっき。かすかにだけど、感じたわ。

あなた……あの子を案じる音を出してた。

……。

あの子はなんなの?あなたはどうして、あの子の音を奪ったの?

 問いを、スニエグーラチカは無言で受け止め――

諦めたように、口を開いた。

……彼女は、きわめて強い力を持つ吸血鬼だ。

だから、私は彼女の音を奪った。その力が発現しないように。

それは、あの子が望んだことでもあった。

ユリカが……?

彼女は、己の力を恐れていた。

成長するにつれ高まる力を。その力で、人の音を喰ってしまうのではないかと。

その悲しみが、私を呼んだ。私は彼女の思いを知り……。

願いを、叶えた。

ふざけるな!!

力なら、制御すればいいだろう!そんな……そんな理由で、あの子の心を消すなんて!

制御できるものではないからこそ、あの悪魔が欲したのだ。

……どういうことだ。

あの男の狙いは、この地のフェアリーコードの破壊。

そして……この地に封じられた〈災禍〉の解放だ。

〈災禍〉――?

大いなる音の化身。世界を壊してしまうほどの音を持つものたちだ。

あの悪魔は、その従僕であり――

おまえたち吸血鬼とは、そもそも、彼らの剣として生み出された、ー種の生体兵器なのだ。

は……?




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story2 斬歌


wなんか……ヤバい音しなかった?

wうん……なんか聞こえたよね。なんか。

 ネオン瞬く都会の隅で、妖精たちは、ひそひそと声を交わし合う。

wまた、怖い悪魔が出たのかな。

wルミスたちが戦ってるかも。

w心配だな。

w心配だね。

zいやあ、まったく心配だ。

wひっ!

まさか取り逃がすなんてなあ。あいつらのことだから、音が戻ったら、どうせまた仕掛けてくんだろうなあ。

心配心配。てなわけで。

俺が楽して勝てるように、ちょっと分けてよ。心の音色。

 刃が、怒涛と荒れ狂う。

夜陰を切り裂き、月光を跳ね返し、躍る、躍る、愉悦のままに。

wきゃあああああ!!

w逃げよ!逃げるんじゃ!

wくそっ、なんだよこいつ!

マサンさんだよ。

 斬華、斬苛と刃は歌う。妖精たちを斬り倒し、あふれる叫びを吸い尽くす。

w【ネック】ぎゃああああああっ!

w【コロバシ】うあああああああっ!

 血飛沫のような絶叫。悲鳴。叫喚。喘鳴。

そのすべてが、血塗られた刀身に――その内にあるユリカの心に、流れ込んでくる。

やめて――

 心が震える。血肉が震える。流れ込む力に。その熱さに。

そのすべてが我がものとなる、とろけるような甘美さに。

やめてェッ!!

 ユリカは泣く。ユリカは叫ぶ。音を喰らう悦びに震えながら――それを悦びと感じる罪深さに震えながら。

「妖精でも人間でも、誰かの音を食べるなんて、そんな残酷なこと、絶対しない。

誰かの心を奪うのは、殺人と同じだ。決して許されることじゃない。」

(だったら――だったら、わたしは――)

昧わってるかい、ユリカちゃん!まだまだあるぜ、たぁーんと喰いなァ!

 斬渦(ざんか)、斬呵(ざんか)と刃は歌う。軽快なリズムと、陽気な笑い声を伴って。

走り、閃き、引き裂き、喰らう。

w【フェノゼリー】逃げろっ!ルミスフィレスに――ぐうぅっ!

wじいさまぁっ!

wくそっ!くそっ!ちくしょオ!

ハハハハハハハハハハハハハハ!!

 胸を衝くような音の塊が、次から次へと喉の奥に詰め込まれ、濁流のごとくユリカを翻弄する。

わけがわからなくなるほどの甘さと罪悪感。もっともっと音を喰らいたいという欲望と、もう誰かの音を喰らいたくないという絶望。

自分を染めていく音の奔流のなかで、ユリカは喉も裂けよと叫びを上げる。

やめて!もうやめてェッ!!

やめる?どうして。

オイシイだろ?嬉しいだろ?満ち足りるだろ?なぜなら!

おまえら、そういうふうにできてるからさ。

 嗤うマサンの長い影が、震える妖精たちを覆い尽くす。

スプライトの姉妹。初めてできた妖精の友達。本当の姉妹のように遊んでくれた――

wや、やだぁ……。

wやめて――

やめてェッ!!!

 斬歌。

好き嫌いは、良くないぜ。

 流れ込んでくる。音が。よく知る音が――見知った音が。おぞましいほど甘美な昧わいとなって。

ああぁあ――あああぁあああああああぁ!

 悪魔は笑う。愉しげに。

命も心も、無下にして。





 ***


何かの音から妖精が生まれ、その音が暴走した挙句、たがが外れると、悪魔になる。

そして――悪魔の音が極限まで高まると、世界を滅ぼすほど激しい音色に……〈災禍〉に変わる。

すべてを焼き尽くす大火。すべてを洗い流す大波。

今まで、幾度となく、そうした〈災禍〉がこの世に現れた。

そのー部は、神話や伝承という形で、今も語り継がれている。

まさか……ノアの箱舟の、大洪水?

北欧の神話が、最後、世界中炎に焼かれて終わるのも?

マンガとかでたまにある全滅エンドも!?

それは違うだろ。

いや。かつて〈災禍〉に見舞われた記憶が人類の遺伝子に残り、それが創作物に表出した可能性はある。

マジかよ。

〈災禍〉を放っておけば、世界は壊れる。

だから、各地の雪や氷の妖精が、フェアリーコードで結界を織りなし、〈災禍〉を封じ込めたのだ。

……そうだったの?

ぜんぜん知らなかった……あたしが生まれたときには、もう当たり前にあったから。

だろうな。結界の歴史は古い。最古は、恐竜を全滅させるほどの〈災禍〉を封じたときに張られたと聞いている。

やりすぎて、全世界を凍てつかせてしまったそうだが。

あの…それ、もしかして、氷河期……?

なんか、もう、スケールが。

 君とウィズにはよくわからないが、リレイたちには、かなり強烈な事実だったらしい。衝撃の音色が、こちらまで伝わってくる。

〈災禍〉の類はただ封じられているだけではない。近しい存在である悪魔に語りかけ、力を授け、協力を要請する。

フェアリーコードを乱させ、己を解き放たせるために。

マサンが……それだと?

そうだ。奴は、この地に封じられた〈災禍〉と契約している。すべてを焼き滅ぼす〈大火〉と。

〈大火〉……じゃあ、おギンさんが見た大火事も……。

悪魔の跳梁によってフェアリーコードが乱れ、〈大火〉が解き放たれかけた結果だ。

……17年前もか?

そうだ。そのときは、〈大火〉が現出するには至らなかったが、フェアリーコードが激しく損耗した。

だから地上の音を吸って直したのか?妖精や妖怪や、人や獣や……あの地に生きた、すべての音を!

そうする以外に、すべはなかった。さもなくば、地上のすべてが焼かれていた。

だが、そのためにラプシヌプルクルは――

その話は、今度にして。今は、マサンとユリカの話を聞くべきよ。

……。

 タツマは唸るような声を発しつつも、奥歯を噛み締めるようにして押し黙った。

マサンは、東京に封じられた〈大火〉に従属し、それを解き放とうとしている……。

そして、僕たち吸血鬼は――

1000年以上前、〈災禍〉と、その従属者たちによって造られた。

奴らは人の子をそそのかし、妖精を喰わせ、その音を血肉に取り込ませた。

そうして「音を喰らう人間」を造り出し、その血と力を、何世代もかけて熟成させていった……。

すべては、従属者の、そして〈災禍〉の武器とするために。

なぜだ……。

なぜ、人を!僕たちを!そんな風に……利用したんだ!

悪魔や妖精は、音そのものだ。音を静める我らの力を――雪の音の影響を、もろに受ける。

だが、人の血肉が器となれば、その影響を減じることができる。

さらにその器が、〝音を喰らう”ことに特化したものならば――悪魔自身が喰らうよりはるかに効率的に音を集められる。

そのようにすれば雪の精にも勝てる。先ほどおまえ自身が示したように。

そして、今。長き熟成の時を経て――

その血は、あの子の代で、完成に至ったのだ。




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story 夜を走れ



 声が聞こえる。

絶叫。悲鳴。叫喚。喘鳴――

人には聞こえぬ、人ならざる者たちの声が。

マサンの位置を――そしてマサンの凶行を、如実に示す。

あいつ……妖精を!

ユリカに喰わせてやがるのか。

そんなことをユリカちゃんにさせるなんて!

許さない――絶対に!

行こう。止めよう!

 ルミスたちはうなずき合い、音の元凶へ向かって走り出す。

音の力は、完全ではないにせよ、回復しつつある。

マサンと渡り合えるかはわからない。だが、じっとしていられるわけがなかった。

ルミスたちの後について走りながら、君は、何食わぬ顔でディギィがついてきているのに気づく。

ディギィも来るにゃ?

うん。だって、あの悪魔いるでしょ?まるぺろチャンスじゃん。

 彼女がいてくれた方が戦力的に好都合なので、君は、まさに。と、迫真の表情でうなずりた。

まさに。

 即コピされた。

まさに。まさに!

 気に入ったらしい。ノリのいい子だな、と君は思う。逆に言うとノリしかないけど。

そして、彼女もいずれ〈災禍〉になりうる存在なのだということを思い出し、複雑な気持ちになった。



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story 無慈悲な炎



マサンッ!!

 マサンは、荒野に立っていた。

妖精たちの音が、消し去られた荒野。悲鳴と絶叫の余韻が、しくしくと渦巻く荒野。

自ら生み出した音の荒野で、会心の笑みを浮かべていた。

なんだ。思ったより、来るの早かったな。音。まだ完全に回復してねーだろ?

ユリカを返せ!

はいだめー。減点1:語彙がありきたり。減点2:会話してない。やり直しー。

返せッ!!

聞いちゃいねえ。

 ぽりぽりと頭をかいたマサンは、烈然と睨みつける君たちの様相に気づき、唇を歪めた。

やる気満々ってツラしてるねえ。俺が何者か、あの雪子ちゃんに聞いたってわけだ。

いいぜ。ついに、とうとう俺が相手をしてやるよ!

 マサンの音が、爆ぜるようにあふれた。

さながら噴火。あるいは爆轟。

気まぐれに、たわむれに、ほんのついでに命を奪う災火のような、無情で無慈悲で無慙な準。

本気は出さねえ。出すまでもねえからな。

ストレスフリーに大勝利マサン無双の始まりだァ!!


 ***


 宣言通り、マサンは強かった。

もともと強大な力を持つ悪魔であり、そして今、彼の手には、数多の妖精の音を吸った武器――ユリカがあった。

君たち全員を相手取ってなお、マサンは余裕綽々という表情を崩さない。

だから言ったろ?俺無双。

 舞い散る黒い火の粉のなかで、マサンは心底おかしげに笑ってみせた。

俺はさあ。火葬場のすすり泣きから生まれたのよ。それも、死んだガキの哀れな声から!

どうして僕は死んじやったの?やりたいことがいっぱいあったのに!ああ、来世では、明るく楽しく生きられるといいなあ!

哀れだろ?かわいそーだろ?だから俺は誓ってやった。そいつらの分まで、明るく楽しく生きてやろうってな!

だったらなんで、世界を滅ぼす側につくのよッ!

 マサンは、右から打ちかかってくるルミスの大剣を、ゆるりと受け流し、爆炎と咲笑を同時に浴びせて吹き飛ばす。

そりゃもちろん、こういう声も混じってたからさ!

僕が不惘に死んだのに、他のみんなはのうのうと生きてる!なんて理不尽!許せない!

だからさあ。明るく楽しく世界を壊して、みんな気持ちよーく平等に死にましょう、ってなハナシ!

 マサンは、無造作にユリカを横薙ぎにした。紅の斬光がほとばしり、風も音をも斬り裂きながら迫ってくる。

ハビィ、シールドッ!

 ミホロが前進し、翅音を展開して受け止めた。君も魔法の障壁を重ね、ミホロを守る。

あとあれだ。ドミノ倒しとかさ。完成したジグソーパズルをバラバラにブッ壊すとか。ああいうの、すげー快感あるだろ?

積み上げてきたものが、ほんのちょつとの気軽なー手で大崩壊!このカタルシス、いや、たまらんね、ほんと!

うあっ……!

 斬光が弾け、君の障壁とミホロの翅音を粉砕。弾き飛ばされたミホロを、タツマが受け止める。

そんなことにユリカを巻き込むな!

 接近したソウヤが、上段から鎌を振り下ろす。

マサンは、これ見よがしにユリカで鎌を受け、悲鳴のような音を響かせてにやついた。

何言ってんの、先生。聞いたんじゃないのかい?おまえらはもともと、俺たちの道具だって。

だいたい、ユリカちゃんだって喜んでるぜ~?いっぱい音を食べさせてもらって、おいちい、おいちいってな!

ふざけるな…!!

 鍔迫り合いを演じながら、ソウヤは吼える。

そんなことでユリカが喜ぶものか!ユリカは、ユリカはいい子なんだ!今だって、妖精の音を喰わされて悲しんでる!

そこだよ。そこが、この子のカワイソーなところさ。

おまえらはさ。音を喰うために作られたんだよ。つまり、誰かの音を喰うのが、基本で、正義だ。なのに、おまえときたら。それを悪いことだとか言っちゃってさ。

どうせこの子にも教えたんだろ?「音を喰うのは悪いことだよ」って。

当たり前だ!

だからこの子は苦しんだんだよ。

なにせこの子は、母親を喰って(・・・・・・)生まれてきたんだからなァ!

なに……?

 ソウヤが固まる。紅い眼が見開かれる。マサンの浮かべる狂喜の笑顔をいっぱいに映して。

幾世代を経て、ついに完成した究極の吸血鬼!生まれついての最強兵器!

生まれついての……だぜ。じゃ、最初の餌食は誰だと思う?

ち――違うッ!そんなはずが――

んー、そこはユリカちゃんに聞いてみようか。ユリカちゃーん。どうなのー?

 マサンが呼びかけると、曲刀の刀身が微細な震えを発し――ユリカの声を吐き出した。

yわたし……おかあさんを……たべた……。

おかあさんを…たべて、うまれた……。

違う!ユリカ!それは違うッ!

yおいしかった……。

 震える声が、夜を震わす。

陶然たる甘さと、地獄のような罪深さに震える絶叫が。

yおかあさん……おいしかったの――

違うッ!そんなはずがないッ!

生まれたいって気持ちは何より強い。つまり産声ってのは人生最大級の音なわけ。

ついに誕生した究極吸血兵器の、最強の産声。人ひとり分の音なんざ、ぺろりと平らげちまうだろうな。

お産ってのはただでさえ体力使うからなぁ~。そんなときに心の音をまるっと喰われちまったら、そりゃあ死んでもおかしかねえわな。

どうだい、先生。

おまえの娘は、おまえの愛した女を喰った!ちったぁ憎くなったかい?

マサンッ!!!

なんで俺だよ。八つ当たりでしょ、それ。

ま……どうせ殺すから、いいけどね。




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story 託された音



 勝てないかもしれない。

振り払っても振り払っても、その思いが煙のようにつきまとう。

マサンは、ただ強いだけではなかった。最強の吸血鬼たるユリカを素材とする曲刀が、君たちの音を喰らい、吸い上げていく。

こっちの音がどんどん増して、そっちの音がどんどん減ってく。

勝てる?勝てるか?勝てるわけないよなぁ!

無双も過ぎると飽きが来る!そろそろお陀仏(ねんね)願おうか!

 マサンが刃を振り下ろす。真紅の光が、夜を裂く。

止めるにゃ!

 君は、音を振り絞って障壁を形成しようとする。

――いや。いい。

 ふらりと。

ソウヤが、前に出た。

先生!

 光が弾ける。

防御も、回避も、いっさいなかった。紅の斬光は、ソウヤの左腕を直撃し――

君は、見た。

ソウヤの左腕に宿った、真紅の翅音が、ぶつかってきた斬光を受け止め、噛み砕くのを。

先生!

 噛み砕かれた斬光は、鋭い音の破片となって、ソウヤの全身をずたずたに斬り裂いてい<。

それでも、ソウヤは揺るがなかった。

紅い瞳で、マサンを見つめ。ユリカを見つめ。

血を吐くように、つぶやいた。

音を喰うなど……忌まわしい……呪わしい力だ。

だが……それ以外の使い方もあると、彼らが教えてくれた。

ー方的に奪うのではなく……「託される」こともできるのだと!

 ソウヤの音が、激しく震える。燃え盛り、膨れ上がり、マサンの音を押し返す。

――あ?なんだ?喰いやがったのか?おいおい!今のを?

喰ったんじゃない。託されたんだ。おまえがユリカに喰わせた妖精たちに。これでユリカを助けてくれと!

 かすかな声が、君にも聞こえる。

wユリカ、泣いてる。ユリカ、悲しんでる!

wユリカを助けて。涙を止めて!

 マサンの放った斬光のなかに混じっていた、妖精たちの音が――ユリカを思う気持ちが。

ソウヤに託され、力になった。紅蓮に燃える響きを生んで。

なんだそりゃ。吸血合戦か?あいにく、ユリカちゃんのが高性能だぜ!

 構わず、ソウヤは踏み込んだ。

鎌ではない。牙。左手の翅音。紅蓮の響きを刃に換えて、轟然とマサンヘ放つ。

マサンはユリカで受け止めた。

父と娘と――互いの刃が激突し、夜をも引き裂く叫びを上げる。

うぅうううあああああああああっ!

 どくん、と脈動するような音が響いた。

力が。音が。流れ込んでいる。

ユリカの刃からソウヤの牙へ。吸い上げられている!

なにぃ!?

ユリカを――返せエッ!

――今よ!!

 号令ー下。君たちは、マサンに向けてー斉に攻撃を仕掛けた。

リレイの銃弾が、君の魔法が、タツマの音球が、ミホロのミサイルが、ディギィとルミスの挟撃が。瞬時に、同時に、マサンに殺到する。

ユリカを使えば、たやすく弾き散らせただろう。だが、今ユリカの刀身は、ソウヤにつかまれ、封じられている。

――くそっ!

 マサンはユリカを手放し、後ろに跳んで、殺到する猛攻の嵐から逃れた。

だから、ソウヤの手には、曲刀が残った。

ユリカ……。

 手の中で、曲刀は形を変じる。苦悶の表情でギュッと目を閉じた少女の姿に。

彼女を、力強く抱きしめて――ソウヤは、マサンに視線を向けた。

みんなが、力を貸してくれる。

 ユリカの身から、なおもソウヤに音が流れている。

ユリカに喰われた妖精たちが、自らの意思で、ソウヤに音を託そうとしている。

『遊び友達を助けたい』という、妖精らしい、自由で気ままで無邪気な願いのために。

もちろん、彼らだけではない。君たちも、決然たる音を胸に、ソウヤの周囲に集い、身構えた。

 ソウヤの頬を、涙が伝う。

あたたかな喜びと、燃えるような感謝を帯びて。

こんなに……こんなにしてもらって!おまえなんかに負けられるか!マサンッ!

なるほどね……。

 すう、と、マサンの頬から笑みが消えた。

俺は本気は出さない主義だ。なるべく楽して勝ちたい男だ。だが――

今、わかったぜ。

俺が今後、楽するためには――本気ででめえを潰すしかねえってなァ!


 ***


 なぜ、こんな呪われた血を引いて生まれてきたのか。

10代の頃は、そればかり考えていたように思う。

はぁああっ!

 鎌で薙ぎ、牙で刺す。我が身に宿る血の力を、ためらいなく全力で解放し、ぶつける。

やるじゃねえかよ、先生よお!

 黒い炎を撒き散らし、マサンは嘲笑を投げかける。

大した力だ、吸血鬼!完熟1歩手前の世代!俺たちの武器としちゃあ、申し分ない出来栄えだ!

黙れ!おまえたちの目的がなんだろうと、僕たちは、ただの人間だ!ただの人間として生きる!!生きてる!

馬鹿を言うなよ、音喰らい!てめえらはとっくにこっち側だ今さらまともに生きれるもんか

かわいそうなのは誰だ?ユリカちゃんさ!最高に素晴らしい力があるのに、使っちゃだめだ、悪だ罪だと、そりゃないぜ!

つか、も、ダメだろ。母親喰って生まれたんだぜ。人間倫理の最高禁忌、生まれながらの親喰らい!今後ー生、そんなもん背負わせるのかい、なあ!

〝武器”として本懐を遂げさせてやる方が、よっぽど幸せじゃないかねえ!

 ソウヤは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。

力を使わなければ、ただの人間でいられる。以前はそう思っていた。

伝承に登場する吸血鬼と違って、人の血を吸わねばならなかったり、日光などに弱かったりするわけでもない。

なら、他者の音を吸うという忌まわしい力さえ使わなければ、ただの人間とは変わらない。そして、そんな力、使う必要さえないのだ。

だから、普通に人間として生きた。ー度たりとて力を使うことなく。愛する人と出会い、ユリカと出会った。

自分は大丈夫だったから、ユリカも大丈夫だと人の音を喰らいさえしなければ、ただの人間と変わりないのだと娘にはそう教えていた――

それでユリカがどんなに苦しんだのかも、自分の楽観が、結果的に妻の命を奪ったのだということも知らずに

だから。

僕の罪だ。僕が背負う。

ユリカには背負わせない!

 音を奏でて、血潮が燃える。

大いなる決意が。揺るぎない覚悟が。かつてないほどの力をもたらす。

理性と自制で封じ込め、邪険にし続け、目を背けてきた――呪わしく忌まわしい力の、そのすべてを。

我が身に背負い、吼え猛る。

w先生!がんばって!

w気持ちはみんないっしょだよ!

 喰われた妖精たちの気持ちが。音が。

託され、重なり、たかぶって――燃える、燃える、どこまでも、果てしなく!

僕たちのことは、僕たちで決める。話し合って、見つめ合って、いっしょに決めて生きていく!だから――

貴様の音など、消し尽くす!!


 ***


本気出すなんざ、めんどくせえのによォ!

 漆黒の火弾が放たれる。お遊びのない、本気のー撃。すべてを灰に変えるほどの業火。

戯れ者の本気なぞ、痴れたものよ!

生きるって、本気じゃなくちゃ無理なんだから!

 タツマの音球とミホロのミサイルが火球を迎撃。心底からの本気を振り絞った音のすべてで、食い止め、空中で爆裂させる。

そこから生じる黒煙を裂いて、飛んでいくのは無邪気な殺意。

あたしはいっつもノリノリ本気ィ!

知ってるよ。

 豪快極まるー撃を、マサンは短音で受け止めた。砕かれこそしないものの、その威力を止めきれず、大きく後ろへ弾かれる。

よくもみんなに好き勝手やってくれたわね!

私たち、本気で怒ってるんだからね!

 星の滑り込むような飛翔と、挟撃。矢継ぎ早に繰り出される剣撃と銃撃の時雨が、マサンの動きを制限し、縫い止める。

先生!と君は叫んで、ソウヤに強化魔法を飛ばした。

これが、1000万円分の働きにゃ!

ありがたいけど、ケタがおかしい!

 紅い光が、加速する。牙のごとき翅音を羽ばたかせ、ー直線に。

ルミスとリレイの挟撃をかわしながら、マサンは迎撃の炎を放つ。

やれるもんかよ青二才ッ!

 ソウヤは避けない。避ける必要がなかった。

突っ込んだのはソウヤではなかった。翅音の分身。スプライトたちの〝いたずら”。

なにっ!

 爆炎に呑まれる分身から目を離し、マサンはソウヤ本体の居場所を探す。

いた。

目の前。ソウヤが、にじみ出るように現れる。

このっ――

 マサンは、咄嵯にそちらへ炎を放とうとしたが――

黙って消えろ――クソ野郎ッ!!

 苛烈な罵倒を浴びせかけられ、ー瞬、きょとんと動きを止めた。

そのー瞬が、勝負を分けた。

ソウヤの牙は、膨大な音とともにマサンを貫き、突き抜け、打ち破っていく。

そのさまを茫然と見下ろして。

あ~あ。

 至極残念そうな言葉とともに、マサンは爆裂四散した。





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Fairy Chord

00. Fairy Chord Prelude
  序章前編後編
2019
01/17
01. Fairy Chord
  序章
2019
03/14
02. ルミス編(GP2019)08/30
03. リレイ編(GP2019)09/12
04. フェアリーコード2
  序章
2019
11/26
05. フェアリーコード3
  序章
2020
07/14

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