【黒ウィズ】フェアリーコード2 Story4
フェアリーコード2 Story4
目次
story1 我は何か
その子、エコー体なんでしょ?タツマくんを墜とした本人じゃないなら、無理に倒さなくったって――
タツマは足を止めた。
苛立ちが、泥まみれの濁流のようにせり上がる。気づけば、それをそのまま言葉に変えていた。
誇りは龍のすべてだ!守れなければ龍とは呼べぬ!ゆえに、あれを砕かぬわけにはいかぬのだ!
タツマは振り向き、ミホロを見据えた。
ミホロの顔には、戸惑いが浮かんでいた。タツマが、なぜそうせずにはいられないのか、理解できない――そんな戸惑いが。
溶岩が冷えて固まるように――燃えるような憤激が収まり、冷たい虚しさに変わるのを感じた。
龍と人では、感性が違う。思考の土台が違う。龍にとって当然であることが、人にとって当然であるわけではない。
ヴーッ、という振動音が鳴った。
タツマのポケットからだ。タツマは、沁みついた習慣で反射的にそれを取り出し、画面を見た。
コウイチからのメッセージだった。
『あいつ見かけたけど、ー緒じゃないの?』
story2 ソウヤと金森
手分けしてエコー体を探すにあたって、ソウヤは金森と同行することにした。
それに、彼には聞きたいこともある……)
音を失った人を治療する技術の研究。それが本当であるなら――
いずれにしても……。
必ず犯人を突き止め、世界でいちばん大切な娘の音を取り戻す。僕は、そのために戦っています。
私も、大切な人の音を喰われた。治療法を探したが、なんの手がかりも得られなかった。
私にはフェアリーコードが聞こえんのでね。心の音が喰われたなどとは、わからなかったんだ。
彼らに誘われ、私も研究に参加することにした。大切な人の、失われた音を取り戻すために……。
金森は、ぎゅっと目を細めた。その心から流れ出る音色を、ソウヤは確かに心で聞いた。
気高い意志。強い覚悟。哀切と希望。心から誰かを思う気持ち、救いたいという願いが、切ない音色となって流れ込んでくる。
突然の悲劇に泣き崩れ、運命をなじり、幾度となくすべてを諦めそうになりながらも、希望を捨てきれず、這いずるように前へと進む。
この人は、ずっとそうしてきたのだ。自分と同じように。
深い共感に胸を打たれ、ソウヤは唇を結んだ。そんな彼を見て、金森は痛みをこらえるような微笑みを浮かべる。
だが、それでも……制御してみせる。それしか希望はないんだ。
Zあ~あ、辛気くせえ音だなぁ。
何もかもを面白半分にねじきるような音色が、突如、その場の空気を変えた。
マサンがニヤリと微笑むと、周囲の空間の音が弾けるように外れ、たちまち世界が異様な色合いに変じていく。
ソウヤは翅音を展開し、懐から取り出した帯状のピアノを巨大な鎌へと変化させる。
金森も機械から短音を広げ、装甲となして身にまとった。
そっちのお友達は面白いもん持ってるな。機械で無理やり自分の音を引き出して、翅音にしてんのかい?よくやるよ。
なかなか出来の気になるおもちゃだ。ちょいと遊ばせてもらおうか!
マサンの翅音から、黒い炎が噴き出した。
***
そのお姉さん誰よ!!!?
コウイチは、急にムッと眉をひそめた。
言いたくねーこともあるだろうけどさ。そればっかじゃ、こっちだって納得できねーし、判断もできねーよ。
「強い音だけ叩きつけても、相手は納得できないよ。」
タツマは思わず息を呑んだ。
脳裏によみがえる言葉――穏やかな微笑み。誰かの。あいつの。いつの?なぜ――
わからない。苛立ちが胸をかき乱す。自分のものであるはずの心が、まるで自分の思い通りにならない――
タツマは、わめくように叫んで駆け出した。
コウイチは嘆息し、ミホロの方を振り向く。
あいつ、ああいうヤツだから。いろいろめんどくせーし、口も態度も悪いけど、根はいいヤツなんスよ。マジで。
だから、なんかめんどくせーこと言っても、大目に見てやってください。俺とかそんな感じでダチやってるんで。
ミホロは、ハビィを抱きしめるようにして微笑んだ。
ハビィと出会って間もない頃――暴走妖精と戦い、敗北したふたりの前に、彼は現れ、翅音を広げた。
「すっこんでろ。あいつは俺がぶちのめす。」
そして、宣言通り暴走妖精を打ち倒し、ミホロたちに仏頂面を向けたのだった。
「ここは俺の縄張りだ。ああいうのは俺が片づける。弱えーんだから出しゃばるな。いいな。」
「またおまえらか。何やってんだ。弱えーんだから来んなって言っただろ。」
「だって、人が襲われてたら、放っておけないし……。」
「ふざけた音を出しおって叩き潰してきりくれる!」
「待って!突っ込んじゃだめ!今、ハビィがデータをまとめてるから、ちょっと待って!」
「あの妖精、誰か捕まえてる!タツマくん、まずはあの人を助けないと!」
「はあ?くそ、メンドくせーな。おいハビィ、なんかいい手ねーのか。」
「あ、タツマくん、ハビィがおすすめのゲーム見つけたって。ドラゴンが強い奴。えーと、タイトルは……「ドラゴンオブザデッド」。」
「おいそれ絶対ドラゴンがゾンビになってる奴だろ。いくら強くてもゾンビ化してる時点で認めねーからな!俺は!」
龍であった、という誇り。きっと、それがタツマの土台になっている。
だから、あんなに焦っているのだろう。誇りを守れなければ、龍でいられない――それは自分が自分でなくなることだと感じて。
ハビィが、強い電子音を発した。決意に満ちた、高らかな音を。
ミホロはうなずき、コウイチに向き直った。
あ、ところで俺マジすげーあいつのこと心配なんで、状況知りたいから、良かったらおねーさんの連絡先とか――
story 衝突するふたり
マサンが黒い火球を放つ。ソウヤと金森は、跳躍して炎の咋裂から逃れた。
金森の言葉通りだった。マサンは巧みに場所を移動しながら戦い、ふたりを特定のルートに導していた。
誘導された先に、何があるかだ――そう言おうとして、ソウヤは息を呑んだ。
道の先に、あの少年が立っていた。
何も見つめず。何にも触れず。ふわりと宙に浮いている。大地が、彼に触れることを恐れるように。
ぽつりと、何かがソウヤの肩を叩いた。
体温のようなぬくもりを帯びた雨粒が、高き天より降り注ぎ、大地で弾け、散っていく。
その音が連なって、不思議な余韻の旋律となる。
天地を照らし、包み込むような――幽遠にして玄妙なる神秘の旋律に。
金森が、ハッと声を上げた。
少年の背から、色鮮やかな翅音が広がっていく。太陽のように神々しく、虹のように美しい――天の宝のような翅音が。
それより、先生。あっちは気にしなくていいのかい?
マサンが、すうっと指差した先――雨の帳を突き破るように、駆け抜けてくるものがあった。
タツマは背に光輪状の翅音を生やし、ー直線に少年へと向かっていく。手の笛は、すでに杖と化していた。
ソウヤは加速し、タツマの前に割り込んだ。タツマは構わず杖を振るう。
ソウヤは鎌で、タツマの杖を受け止めた。強烈な音圧が、ソウヤの翅音を軋ませる。
強烈な咆哮が、音の衝撃となって飛んでくる。ソウヤは捕音で衝撃を殺しつつ後退した。
***
激しい雨が、路面を叩く。雨粒の弾ける音が、ざあざあと耳を叩く。
君の肩の上で、ウィズがぼやく。
雨に「けしからん」とか言うのはうちの師匠くらいだろうな、と君は思った。
きょろきょろと周囲を見回し、リレイはぎょっとなった。
雨に濡れたルミスが、ふらふらと降下し、ぐったりと路上に両手両足を突いていた。
苦しげに顔を歪め、荒い息を吐いている。明らかに、尋常な様子ではなかった。
うめくような声がした。
振り向くと、リレイの友人――トヨミが、傘も差さずにふらふらと歩いてきていた。
ああ――ああああああっ!
トヨミは顎を逸らし、獣のような絶叫を上げた。
その背から、ずるり、と何かが現れる。
そう。翅音だ。光り輝く、音の翅音――
いや。翅音だけではない。
翅音もろとも、装甲をまとった異形が、さなぎから飛び立つ蝶のように、トヨミの背から現れた。
トヨミは意識を失い、その場に倒れる。
その横で、翅音を持つ異形が雄叫びを上げた。
〝それ”は言葉にならない声を上げ、こちらに向かって突っ込んできた。
君とリレイは、バッと左右に散って突進をかわした。君はカードを、リレイはギターを取り出す。
ルミスが、人間サイズになって剣を握った。その表情はまだ辛そうだったが、それ以上の戦意が彼女を支えている。
気づけば、周囲の音が外れていた。いや――今も外れ続けている。ギターの弦が、次々と切れていくように。
雄叫びとともに、暴走妖精が――いや、あふれ出た少女の音の塊が向かってくる。
story 膝
音の塊は、がむしゃらに腕を振り回した。そのー撃が、ルミスを派手に吹き飛ばす。
君は、くずおれた彼女に駆け寄り、カードから癒しの音色を響かせる。
止めなきゃって気持ちが……止められなくなる……!
君は魔法を使いながら、息を呑んだ。
そうだ。彼女も妖精なのだ。
気持ちが高鳴り、他の気持ちをかき消せば――ただその気持ちだけしか持たない、暴走妖精になってしまう。
君は、よどんだ空を振り仰いだ。
上げた顔を、雨粒が叩いた。ぴちゃん、と弾ける音色とともに。
音。
この雨のー粒ー粒が、音なのだ。それが、人や妖精に音を注いでいる。
そうして音が増えたとき。器からこぼれたら、どうなるか――
悲鳴。君は我に返って振り向いた。リレイが打ち倒され、雨のたまった路面に転がされていた。
起き上がろうとして、ルミスはうめく。その身から、激しい音があふれだしている。止めねばという気持ち、そのものの音色が。
自分がやるしかない。君はカードを構え、音の塊に対峙する。
だが、勝てるだろうか?相手の音は、あまりにも強く鳴っている……この雨が、さらにそれを膨れ上がらせている。
音の塊が、吼える。それだけで、激しい衝撃が押し寄せる。
君は奥歯を噛み締め、カードを握る――
空から、音が降ってきた。
豪快で強引で剛強な轟音。明るく楽しくあけっぴろげな爆音。
音の塊を吹き飛ばしながら現れたのは、斧と化したギターを手にした悪魔の少女。
ひとしきり文句を言ってから、ディギィはニヤリと笑って音の塊に向き直る。
なのでェェェェェ――
膝ァ!!!!
問答無用の膝蹴りが、音の顔へと叩き込まれた。
***
戦術も定石も何もない、行き当たりばったりの雑で野放図なー撃が、音の塊を豪快に蹴転がす。
ディギィが後ろ手に斧を振り抜いた。爆裂する音の衝撃が君とリレイヘ押し寄せるのを、君は防御障壁で辛うじて受け止める。
その間に、ディギィの音が膨れ上がった。
熱く、激しく、勇ましく。思いのままに奏でる音が、自由奔放な曲となって阪り咲く。
がっつりどっさり全部喰いィ!!
***
音の塊が、いくつもの衝撃波を撃ち込んでくる。
ディギィは、ぺろりと舌なめずりして、むしろ自分からそこへ突っ込んでいった。
斧で断ち割り、
前方宙返りでやり過ごし、
のけぞってかわし、
そのままスライディングで滑り込み、
頭上を通過する衝撃波を、軽くパクリと、つまみ喰い。
でたらめ、無茶苦茶、外法滅法(そっぽうめっぽう)。常識という常識を笑い飛ばすような動きと強さ。君もリレイも、唖然となった。
すでにディギィは、敵の眼前に迫っている。敵は、再び衝撃波を放とうとしたが――
ディギィがゴンと斧で地面を叩くと、音が振動となって敵の足元から噴き上がり、その身を宙へと跳ね上げた。
ディギィの斧に、音が集まる。
快楽的で圧倒的で刹那的で挑戦的で利己的で衝動的で情熱的で大胆不敵な音のすべてが!
弩号ドッゴォォォォォン!!!!
振り上げた斧のー閃は、超弩級の号(さけび)となって、敵の音を豪快に粉砕し、まっぷたつに断ち割った。
割られた音は地面に落下し、小さな翅音のかけらに変わる。
それを、ディギィは無造作につまみあげた。
ディギィは、ごくりと音を呑み込んだ。
リレイの膝が、がくりと落ちる。路面にたまった水が、驚いたように跳ねた。
ディギィは、満足げに音を味わい、
べちゃっ、と音を吐き出した。
君たちの目が点になった。逆にディギィは涙目だった。
荒ぶり吼えるディギィの足元で、吐き出された音のかけらが、這いずるようにトヨミの元へ戻っていった。
やっぱ養殖じゃあ天然モノにはかなーないね。うん。苦いケーケンだった。マジ苦い。
言うが早いか、ディギィはどかんと地を蹴って、雨雲渦巻く大空へ跳んでいった。
ぽかんとした顔で取り残されたリレイは、
あわてて倒れた少女のもとへ駆け寄る。
ルミスが、よろけながら指差す先を見やり――君は絶句した。
街中の音が、ねじれ、外れていく。
通りを出歩く人々が絶叫を上げる――そのうち数人の背から翅音が広がり、あの音の塊を産み落とすのが見えた。
君は魔法を放ち、音の塊を攻撃した。人々に襲いかかろうとしていた音の塊が数体、直撃を受けてこちらを向く。
叫びとともに、剛腕が唸った。
君に近づこうとしていた音の塊が、強烈な拳撃を受けてぐしゃぐしゃに砕け、飛散して、倒れた男性の身に戻っていく。
フェノゼリーが、コロバシが、ネックが――かって暴走し、音を砕かれた妖精たちが、次々と現れ、音の塊に挑んでいく。
君はリレイと顔を見合わせた。リレイは、強いうなずきを見せた。
story やらねば
タツマの杖から球状の翅音が分離し、電撃的な速度でソウヤヘ走る。
ソウヤは自らの翅音を切り離し、コウモリ状にして音球へと叩きつける。ふたつの音が弾け、雨と空気を揺るがした。
杖が無数の旋風を生み、雨粒を吹き散らす。
ソウヤは鎌を巧みに操り、あらゆる角度から打ちつけられる杖の連撃をしのいだ。
かと思うと身を沈め、低い位置からのー閃で、真紅の足払いを仕掛ける。
タツマは地に杖を突き、棒高跳びのように鎌をかわして、頭上から跳び蹴りを見舞った。
ソウヤは左腕に生えた麹音で受け止めたが、瞬間、タツマの爪先が電光を帯びた。
ただの蹴りではない。足裏に音球を忍ばせていた。
音球に秘められた音色が詐裂した。ソウヤは距離を取り、頭を振る。
エコー体を守らねば、という気持ちが、自分の中で膨れ上がるのを感じた。娘を治すため、あれを守らなければ――
だが、同時に別の気持ちも音を奏でた。教え子が苦しんでいる――迷い、暴れている。助けてやらねば――導いてやらなければ。
どちらも、間違いなくソウヤの本心から出た音だ。しかし、それは今や、ガンガンと脳を叩くほどに高鳴り、ソウヤの意識を殴りつけてくる――
街の音が、外れていってますたぶん、この雨のせいで――
雨。音。エコー体が発しているのか。そのせいで、人々の音が高鳴り、世界の音が歪み始めているのか?
疑問が胸をかすめ、音が揺らいだ。タツマはその揺らぎを見逃さなかった。
複数の音球が、側面からソウヤを狙う。
反応が遅れたソウヤは、横ざまに吹き飛ばされて、濡れた地面を転がった。
そのとき、少年が上を見上げた。
翅音がはばたく。その圧力で雨風を狂わせながら、少年は天高く舞い上がった。
さあ。最期のエコーを聞かせてくれ。
ケツァルコアトル――火の雨を降らすもの。
ミホロは顔を上げ、空を見上げた。
舞い上がる少年を追って、タツマが空へと昇っていく。天に逆らう雷のように――
タツマを止めるべきなのか。助けるべきなのか。何が、彼のためになることなのか。
考えていると、ハビィが驚いたような声を上げた。
ハビィは、少し沈黙し――おずおずと、ある音色をミホロに聞かせた。
それを聞いて、ミホロは目を見開いた。
屹然と天を仰ぎ、翅音を広げる。