【黒ウィズ】双翼のロストエデン3 Story2
2017/00/00 |
主な登場人物
Story4 嗤う女【中級】
フェスティバルの時に少しだけ会ったはず、と君は答える。
こうしてお会いするのは初めてかと。
と言いながら、ムールスは部屋を出ていった。
和やかな会話だった。平穏な時間のように。
以前魔界にやってきた時、小さかった子供たちもずいぶん成長していた。
君はそんな事はない、と答える。
異界移動の際に、同じ時代にたどり着く保証はない。
オルハが言うように、少し未来の魔界に来たのだろう。
こっちは誰かわからなかったけどね、と君は答え、アルドベリクの方をちらりと見る。
彼はただ黙って、君たちの会話に耳を傾けていた。
それは会話の外にいるのではなく、中にいる行為だった。
たぶん彼はいつもこんな則じで、佇んでいるのだろう。
そして今も努めて、普段通りに振る舞っている。
心が踊るような、バターの匂いを引き連れて、ムールスがサロンに戻ってくる。
目の前に置かれた焼き菓子は、赤いものや濃い緑色のものなどたくさんあった。
それにひと目で、ショコラ風味だとわかる色のものがある。
だが、君は素朴な卵色の焼き菓子を手に取った。指先にぬくもりを感じる。
それはなかなか骨の折れることだ。焼き菓子はクエス=アリアスにもあるが、
こうして焼き立てを味わうには、焼き立てが店に並んだ時を狙うしかない。
一口かじると、バターの風味と甘味が舌の上で広がる。その波は全身に駆け巡る。
それは人の抗えぬ生理反応として、幸福を感じよ、という強烈な信号でもある。
魔界という場所だけに、これが禁じられた悦びである可能性がまったくないわけではない、と思った。
だが、君はこの幸せに浴することにした。抵抗することは不可能だった。
魔族の秘薬を作る時と同じように、正確な分量と正確な時間を守り、その時々の気温や湿気を鑑みた反応を見るのです。
そうしてあげると、秘薬もお菓子もとても素直になるのですよ。
秘薬はより凶悪に、お菓子はより美味しく。
君は、秘薬は遠慮するけど、こんなお菓子なら毎日でも食べたい、とムールスに賛辞を送る。
瞬間、空気がひりついた。そんな気がしただけかもしれないが、そう思う余地はあった。
ムールスもあからさまに顔色を変え、失敗を自覚している。
今この時間は、ただ吊り上げられた時間である。吊り上げられ、何も出来ないまま受けるべき処刑を待つ時間。
そんな時間であった。
間の悪い使用人がやってきて、ムールスに内緒話を始める。
静まった空間の中で、唇が動く音が聞こえる。
とだけアルドベリクは答えた。その口調は友人の来訪を喜ぶようではなかった。
君もこういう時、いつも協力してくれたエストラ――王侯会議からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
その理由を問いただす。
よって王侯会議としては、アルドベリクの爵位を没収する。当然、そんな者は参加する資格もない。
この件に関しては、魔界や王侯会議の問題ではない。
アルドベリク個人の問題だ。我々が手を貸すことはない。
他の貴族たちも同様だ。……自分の恥は自分でそそげ。それが魔界の掟だ。
簡潔に、決然と言い渡され、君は何も言えなかった。
もちろんアルドベリク本人も不平を漏らすことも、驚くこともない。それくらい当然のことだったのだろう。
不思議なのは、ルシエラも平然としていたことだった。
ふうと一息つくと、エストラはルシエラの方を見る。
そいつはある時ベリカントや他の者に接触し、どういう方法かわからないが、力を与えた。名はヤラというらしい。
さて、私は帰らせてもらう。
雑談(・・)が終わると、エストラは席を立った。
カナメさんとイーディスさんに、リザのことは心配いりません。必ずアルさんが救います。と。
ふと思い出したようにエストラが言った。
と明らかに君に向けた言葉だった。
story4-2
そこは不気味なところだった。
枯れたのか、それとも腐ったのか。
あらぬ方向へと幹を曲げた木々の達なりが、不穏な小径を作っていた。
囚われたリザを解放するため、ベリカントを打倒するため。
幽閉というからには、何か堅固な警備でも敷かれているのかと思えば、そうではなかった。
きみにとってはアルドベリクたちを助けるためにここに来ていた。
誰もいなかった。ただ寂しいだけの場所である。
アルドベリクに同行しているのは君とウィズを除けばリュディだけだった。
よくわからないところに大人数で向かうことに意味はない。
リュディにしても、最初はアルドベリクに同行を拒否されたほどである。
それでも、アルドベリクはリュディの同行を許した。
というか、ルシエラやリュディに言い負かされたという方が正確ではある。
しばらく進むと、巨木があった。
大きいと言うだけではない。やはりこの木も骨が腐った老人のように、歪に曲がりくねっていた。
その枝には何本もロープが垂れ下がっていた。
誰かが吊り下げられた痕跡も、今まさに吊り下げられている誰かだった物もある。
君もウィズの意見を認める。見ていて気持ちのいい風景ではない。それは間違いなかった。
とリュディが指差した先には、まだ『誰か』のまま枝先から吊るされている人物がいた。
だが、形が残っているだけという可能性も高い。
近づくと、項垂れた首がぐるりと君たちの方へ向いた。
驚く君とウィズを気にも留めず、誰かは気怠げに呟いた。
「なんだ。あの変態野郎じゃないのか。」
問われて、女の顔に疑問符が張り付いた。何を言っているのかよくわからない。そんなふうだった。
ベリカントに俺の身内が捕らわれた。俺に協力するならお前を解放してやろう。
下んねえこと言ってんじゃねえぞ、クソが。
リュディのブーツに力が入る。腐葉土と沼のぬかるみを踏みつける音が聞こえたようだった。
憤るリュディを制するように、アルドベリクが前に出た。
と女は小さく笑った。
ただし、タダじゃない。ベリカントとその仲間の秘密ひとつにつき、オマエの話を聞かせてくれ。
アタシの質問に答えるだけでいい。いやなら、放っておいてくれ。
殺そうと思っても無駄だ。アタシは死なない体なんだ。
足音が聞こえた。ぬかるみを踏みつける水音だった。
「今日は何をしようかねえぇ? 斬るか、叩くか、剥がすか、ひねるか、ちぎるか。色々あるようぅ。
ん? お前らなんだ? ここで何している? そいつは俺のおもちゃだぞうぅ?」
アルドベリクがゆっくりと振り返る。
口で言ってわかる頭は持ってなさそうだ。……殺してやろう。
story4-3
戦いが終わった場所で、アルドベリクはただじっとしていた。
君はアルドベリクの戦い方から、彼が苛立っているような気がした。
君は木の上まで登りヤラをぶら下げている縄を解いた。
リザを奪われたこともある。
分か悪かったとはいえ敗北の味は苦いものだろう。
一時的とはいえ、地位も奪われた。考えれば、誰でも焦るような状況だ。
この状況をなんとかしなければ、と君は改めて思った。
ヤラはぬらついた笑顔を浮かべる。返事の代わりにしたつもりなのだろう、と君は思った。
帰り道、どうやってベリカントたちに力を与えたのか、とヤラに尋ねた。
それを食べると、ソイツの弱さが克服される。強くなるってことさ。
なぜそんなことをしているのか? と君は続ける。するとヤラは君を見返して笑った。
君を小馬鹿にするような笑いである。
今からお前が大事そうにしている猫を殺す。理由はない。
そんなことはさせない、と思わず君は立ち止まり、ヤラに殺気を向けてしまう。
彼女も君の殺気を楽しむように、ゆっくりと君に向き直る。下から覗くように、君に顔を近づける。
でも猫を殺すことに、理由が必要か?
理由なんかなくたって、殺す奴は殺すし、殺さない奴は殺さない。……本質ってヤツだ。
言い捨て、ヤラは君の前から立ち去った。
君とヤラの不穏な気配を察して、リュディが声をかけてきた。
だが、どことなく心に露がかかった気がした。
それは黒く濃い露であった。君は取り繕い、それを否定した。
***
魔界の意思は王侯会議という魔界の諸侯が集まる場で決定されていた。
魔族ならば自分の力でどうにかすればいい。
話の流れが落ち着いたところで、カナメが切り出す。
その混乱に乗じて、アルドベリクに奴らひとりひとりを各個撃破させるのです。
当然我々が糸を引いていることは察知されないように致します。
彼の立場が余計悪くなる可能性もあります。接触は避けた方がいいと思います。
もし、アルドベリクが我々の行動の意味に気づかないのなら、彼はそこまでの人物だったということでしょう。
カナメの言葉にクルスはひとつ頷く。すでに大方の計画は知っているかのようだった。
。
蚊帳の外から聞こえてきたのは、クィントゥスの声である。
時折、王侯会議に参加する彼だったが、実のある発言をすることは極稀だった。
それに直接助太刀してやる方が、アルドベリクたちも喜ぶに決まってるだろ。
つーかさ、そもそも、そんな貴族たちの建前なんか気にする必要ねえだろ。うるさい奴はぶっ飛ばせばいいんだ。
俺は行くぜ。止めたって行くぜ!
王侯会議が直接アルドベリクの支援を行うことは、貴族たちが許さないという議論の舌の根も乾かぬうちだった。
にもかかわらず、真逆のことを言い出す彼を、一同が揃って見た。
議長を務めるイザークが椅子に深く座り直す。
***
会議が終わった部屋にカナメと彼女の護衛であるイーディスだけがいた。
「意外ね。あなたがこの機会を棒に振るなんて。
寡黙な少女はこくりとひとつ頷く。
「見透かされていたわね。」
Story5 魂送者
ヴェレフキナ シミラル
軽く鼻を鴫らし、ヴェレフキナはシミラルに同意した同時におかしい、と思った。
生と死が背中合わせの魔界である。死はそこらじゅうに転かっているだろう。
だが、死と魂の消失は同じことではない。肉体が滅びれば、魂は死界へ向かう。
消えることはない。そして、それを行えるのは死界の住人だけである。
そう言って、ヴェレフキナがシミラルの方を見る。白い顔の少女はシュビっと右手を顔の高さにあげてみせた。
ふたりが街の中を進んでいくと、ふと妙なことに気づいた。
それがどれほど異常なことか。言うまでもないことだった。街ひとつ分の人々がいなくなる。
ほんのわずかな時間で。
しかも争った形跡や死骸がほとんどない。まるで人々が夜の闇に飲み込まれてしまったかのようだった。
ヴェレフキナは路地の闇を見つめる。
ぺちゃぺちゃ。
音が間こえた。何かを咀嚼する音だろうか。
くちゃくちゃ。
にしては大きい。
ぺちゃくちゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。くっちゃくっちゃくっちゃ……。
執拗に続くその音の主が、闇の向こうからぬらりと現れる。
「くっちゃ……くっちゃ。おや? まだいたのか?」
もぐもぐと上下する口の端から見えたのは、魂そのものであった。
その『どうする?』は、目の前の存在を消すか消さないかという問いかけであった。
彼らの属する死界は、死者の魂を管理する場所である。
そして、生と死を循環させる。体を失った魂を新たな状態にして、新たな体に与える。
闇から現れた怪物は、彼らが管理する環から逸脱していた。
ヴェレフキナは、怪物を見つめながら、首を横に振る。
言い終わるなり、ヴェレフキナはきびすを返した。
怪物がふたりの上に倒れ込む。押しつぶそうという魂胆である。
巨大な影が、ずどおんと路地に落ちる。ところが、怪物は意外そうな表情をして、首を傾げる。
見ると、ヴェレフキナたちはさらに先を歩いていた。一瞬でそこまで移動したのだろうか?
間違いなく、直前までは自分の真下にいたはずだった。
ヴェレフキナは警告のようにそう言った。
シミラルの言葉は、ただの暴言だった。
そして、ふたりはしばらく歩いた後、突然消えた。
story5-2
君はアルドベリクがそう言って、奥へ下がるのを見た。
君は、ウィズの言葉に小さく頷き、アルドベリクの背中を見送った。
***
うめき声がこだましていた。
低く。重々しく。壁にこびりつくように。
アルドベリクが向かったのは地下牢だった。一歩進むごとに、牢の中が目の端に映る。
そのほとんどが衰弱し、正体を失っている。かろうじて生きてることを証明するのが、言葉にならない声だった。
アルドベリクはある房の前で立ち止まる。
その中にいるのも、うめき声をあげるだけの、弱々しい存在である。
いつの間にか、アルドベリクの背後にヴェレフキナとシミラルが現れる。
アルドベリクは驚くことなく答える。
ああ、あと、残念なお知らせがひとつ。新しいサンプルは手に入らんかったわ。
アルドベリクは鋭い視線をヴェレフキナに送る。
ヴェレフキナは自分の耳をつまんでみせる。
キミの仲間に言うて情報集めることは可能か?
ヴェレフキナが釘を刺すと、シミラルはムッとした表情をしてみせた。
この病気は、魂を変質させる因子が、何かのきっかけで爆発的に増殖する。
そのきっかけやメカニズムを解明するためには多くのサンブルが必要や。
もしかしたら、その中には免疫のようなものを持っている者もおるかもしれへん。……ともかく数が必要や。
アルドベリクは黙っていた。
シミラルが廊下の向こうに誰かが立っていることに気づき、声を上げる。
アルドベリクが見返す。そこに立っていたのは。
『一緒に宿命をやり直しましょうよ? アルドベリク。』
「……ッ!」
アルドベリクは頭を左右に何度か振って、先ほど見えたものと今見えるものの差を埋める。
それが済むとアルドベリクはすぐさまヤラを睨みつけた。
ヤラはまるで悪びれずに答える。半笑いですらあった。
今聞いた話を、お前のひとつ目の話にしておいてやるよ。
ベリカントたちの話をひとつしてやる。それでいいじゃないか。ん?
ヤラの顔も見ず、アルドベリクはその横を通り過ぎていく。
アルドベリクが通り過ぎると、ヤラは再び視線を前に向ける。
目の前にいる少年は珍しいものを見るかのように、彼女を見ていた。
とだけ言うと、ヴェレフキナとシミラルは忽然と消えた。
双翼のロストエデン3 Story2
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