【黒ウィズ】失われた記憶の花 Story
開催期間:2015/12/15 |
story1 彼女は花が好き
「ふふふーん♪」
ルシエラは毎日アルドベリクの玉座に花を飾った。
毎朝起きると、花を摘みににアルドベリクの国の郊外まで飛んでいった。
赤、青、黄色から紫の花まで、多様な色の花々を摘んで帰って来ては、
その花を、アルドベリクの玉座に飾った。
「よし。これで大丈夫ですね」
そこヘアルドベリクがやってきた。
「……ルシエラ。そろそろ言おうと思ったのだが……」
アルドベリクは少し遠慮がちに言った。
「その花はなんだ?」
「素敵ですよね。私、花って大好きなんです。ほら、私ずっと閉じ込められてたから……。
変わった色で目を楽しませて、いい香りで気分を落ち着かせてくれる花ってすごいなって……」
そう言って、ルシエラは顔の前にある花のつぼみをぴんと指ではじいた。
するとつぼみは、牙をむいてルシエラの指に襲いかかる。
魔界の野草おおかみ草である。ルシエラはその牙を素旱くかわして、
「ふふかわいい」
「……かわいくないだろ」
「えー、かわいいですよ、ほら、この赤い花。これは近づいてきた動物の血を吸うんですよ。
それにこっちは長い間香りを嗅ぎ続けると、手足が痺れてしまうんですよ」
どこで仕入れてきた知識なのか、そんなことを一息に言った後、ルシエラは笑った。
つられて、森の魔女と呼ばれる花が連なる小さな花房を震わせて、ケラケラと不気味な笑い声にも似た音をたてた。
「……ルシエラ、天界の花を見たことはあるか?」
「ないですよ。私ずっと閉じ込められていて、ようやく逃げ出してきたんですから」
「そうか。花はそれしか知らんか……」
アルドベリクは考えた。
魔界の花を美しいという感覚はおかしいのではないだろうか。
少なくとも、天界の、本当に美しい花を見せた方がルシエラの為になる、
そう思った。それと――
あんな毒草ばかり、毎朝玉座に飾られても困る。というのもあった。
***
アルドベリクは門の前まで来て、立ち止まった。
「やっぱり止めよう。……いや、しかし」
ここに来て、彼の中に迷いが出てきた。この門を叩けば、問題が解決するのだが……。
「どうも気が乗らない」
相談相手の反応を想像すると、そう易々と門を叩くことはできなかった。
どうしたものかと、アルドベリクは門に背を向けて、腕組みした。
ファサード上部のレリーフの振りをしている小悪魔が、そんな様子を見て、ケケケと笑う。
魔王が門の前で右往左往しているのだ流石に笑うしかない。
アルドベリクが笑い声の主を睨むと、悪魔はまたレリーフの振りをして、すまし顔である。
アルドベリクはそのまま、門、さらにその先にある城を見つめた。イザークの城である。
「やっぱりやめよう。イザークの奴に何を言われるかわからん」
そう言って、引き返そうと門に背を向けた。
「貴公、人の城の前で何をしている」
***
「…………」
「ふはははは!」
城中に響き渡るほどの笑い声が響き渡った。
アルドベリクは前髪をいじりながら、イザークが笑い終わるのを待った。
「もういいか?」
「ああ、すまない。笑い過ぎたようだ。しかしこんなに笑ったのは、久しぶりだ」
「それはよかったな……」
「ルシエラに、天界の花を見せたいか……。
ふむ、方法がないわけではないぞ。
探りに行けばいいだけだからな」
「簡単に言うな。我々は一応、天界と敵対しているのだぞ」
「だから俺の所にきたのだろう?天界生まれの俺なら何とかできると思って。
それは間違いではない、ちょうど、以前天界の者に貸しを作った。
その貸しを返してもらおう。俺から伝えておく」
「助かる」
「にしても……。ふふ……」
イザークは言葉のかわりに、肩を震わせた。
「…………」
アルドベリクはまた、前髪をいじりながら、イザークが笑い終わるのを待った。
story2 恋人たちの花の香り
昔の話? 末来の話? もしくは全然別の世界の話?あるいは――
そういう可能性があったかもしれない世界の、あり得たかもしれない――
『かもしれない世界』の話。
彼は彼女の為に毎日花を摘んでいた。
それも彼女がふせるベッドを埋め尽くすほど大量の花を。
「ありがとう……けほっ、けほっ」
彼女は胸の奥の何かに抗うように、身を屈めて、咳こんだ。
「いいんだ。ゆっくり冶せばいい」
彼女の背中をさすりながら、彼は言った。翼の隙間を通る指が何か固いものに引っかかる。
それを手に取って見て、彼は苦い顔をした。
「きれいね……」
もとは彼女の真っ白な羽だったそれは、いまは色を失い透明で硬質で、日の光を反射して――
キラキラと光っていた。
「貸して……」
「ああ」
彼女は、抜け殻となった自分の羽に光を透して、もてあそんでいた。
彼は、彼女がその羽をきれいだと言うのに耐えられない思いを抱いていた。
その羽が彼女の翼から見つかるようになった頃、彼の胸の奥に何かが巣食った。
次第に力を失っていく彼女の姿を見ていると、やがて彼女もその透明な羽のように、色を失ってしまうのではないか、と恐れた。
そんなものをきれいだと思うことは、とてもできなかった。
「花、いつもありがとう……。この花の香りを胸いっぱいに吸い込むと、すごく楽になる。
毎日、毎日、どこで取ってくるの?」
「山を越えたところに、きれいな水と空気の澄んだ場所があるんだよ。
そこには、数えきれないほどこの花が咲いているんだ。とてもきれいな場所だよ」
「ホント? そんなところがあるの? いつか行ってみたい……」
「ああ、身体が治ったら行こう」
「約束だよ……」
「約束だ……」
と、彼は嘘をついた。
彼は、嘘をついていた。
「たくさん咲いているか……」
彼は、絶望的な気分でその風景を見た。その場所にはもう花は咲いていなかった。
毎日、ベッドを埋め尽くすほどの、大量の花を摘めば、そうなるのは目に見えていた。
「それでも、俺にはあの花が必要なんだ」
彼女の病が少しでも和らぐなら、この山のすべての花を刈り取ってもいいと思った。
花がないのなら、咲かせればいい。と思った。
「俺の血で事足りるなら……。それでいい」
彼の青白い肌の上を滑り、滴り落ちてゆく。裸の地面に吸い込まれたそれは縁の芽を生み出した。
そう長くない時間で、芽は花のつぼみとなり、つぼみは開いた。
「これでいい……」
花は芳しい香気でその場を埋め尽くした。それが彼女の望んでいる香り、彼女を癒す香り。彼女を永らえさせる香り。
「これで、いい……」
眼界まで自分の血を与えた彼は、鮮やかに甦った縁のじゅうたんの上に、倒れ込んだ。
最後に彼は、彼女の名をつぶやき、睡魔の誘いに身をゆだねた。
「……ん?」
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
とても長いようにも感じたし、わずかな時間のようにも感じた。
彼女が病に倒れてからの時間全てがそんなふうに感じることもあった。
大きく息を吸い、胸いっぱいに花の香気を味わう。
彼女もこんなふうにすることで、消え入りそうな命を充足させているのだろうか。
「待っていてくれ……。いま、帰るから……」
振り絞るように漏らすと、彼は力を込めて地面を押した。
けして花だけはつぶさないよう、注意を払い、よろけそうな体を起こした。
彼は、ていねいに花を摘むと、彼女との朝に間に合わす為、飛び立った。
そして、またその山は……。むき出しの山肌をさらした無残な姿に戻っていた。
***
「いま、帰ったよ」
彼はすぐに彼女の枕元に駆け寄った。
いつものように、彼女のまわりに摘んできた花を敷き詰めた。
「……? 寝ているのかい?」
彼はいつまでも彼女から反応のないことに気づいた。
いつもなら、
――……ありがとう――
と言い、そして苦しそうに咳き込むのだ。それがなかった。
「……どうしたんだい?」
彼は、抱き起そうと抱え上げた。その瞬間にすべてがわかった。そして、すべてが終わった。
「ううううぁぁぁ……うああああ……!!」
彼女の透き通った翼は、朝の光を浴びて美しく輝いていた。
story3 あの花の意味は?
天界に渡ったアルドベリクは、イザークの用意した案内人に導かれ、ある場所に向かっていた。
「さあ、もう少し行けば目的地に着きます」
「案内させてすまない」
「いいんですよ。イザーク様にはお世話になってますから。
それに、私もあなたたちのことが好きです。あなたとルシエラさんのことが」
「俺たちのことが好き? 天使のくせに妙なことを言うな」
「以前、天界と魔界はひとつでした。……なのに今は別れて、些細ないさかいを繰り返してます。
あなたたちは、そんな殺伐とした天界と魔界の中に吹くさわやかな風のようです」
「ふ、それほどいいものではない。腐れ縁だよ」
「ええ、永遠の。
いまから行くところにも、そんな風が吹いてますよ。
あなたたちみたいな、さわやかな風が」
穏やかな風が、花の香気を運んでくる。その風がやってくる方へとクリネアは飛んでいく。
「どうも……天使は苦手だ」
一面の縁の上に、赤や青や黄色の花が彩りを添え、時折吹く風が花びらを舞い踊らせる。
アルドベリクはその美しい光景に思わず思をのんだ。
「……ここは」
一瞬、自分が魔族であるということを忘れ、胸の奥から湧いてくる奇妙な感覚にとらわれた。
(俺は……ここを知っている……のか?
あり得ない話ではないか……)
「どうしました?」
アルドベリクは否定するように頭を振る。
「アルドベリクさんは、天界の花はわかりませんよね。
それなら私がいくらか見つくろいましょうか?」
「いや、いいんだ。あいつが喜びそうなものならわかる」
「ほほう……!」
「俺はその花を知っているんだ」
彼は咲き乱れる花々の中にひざまずき、彼女に贈るための花を摘んだ。
「ふふ。……ん?」
クリネアとアルドベリクの上に影がかかる。
頭上を見上げると、天界の兵たちが剣を抜き、戦いの構えをとっていた。
「みなさん、この人は戦いにきたわけではありません!」
「構わない。俺が大人しくさせる」
***
「うわぁ、ど、どうしたんですか、この花?」
「イザークがくれた。お前が天界の花を見たことがないと言ったらな」
「なるほど、イザークさんが、……目つきが悪いのにとてもいい人ですね。
あ、それはアルさんもでしたね」
「……うるさい」
「それにしても……。いい香りです」
「少し、懐かしい気がしないか? その香りを嗅ぐと……」
花束の中に埋めていた顔を上げ、ルシエラは答えた。
「全然」
「……そうか」
「この花を見るのは初めてなのに、どうして懐かしいと思うんですか?
アルさん、ちょっと疲れているんじゃないですか? 少しは休んだ方がいいですよ。
アルさんは真面目すぎますからね」
そう言って、ルシエラはふわふわと城の奥へ飛んでいった。
「でもこの花が咲いている場所は、なんとなく想像できます。
たぶん天界にある山を越えると、水と空気がとてもきれいな場所があって。
そこには、数えきれないほどの花が咲いているんです。風が花びらを、舞わせて……」
つらつらとルシエラが並べていくその場所の情景は、花を摘んできた場所の情景にぴったりと、当てはまっていた。
ルシエラは、それをまるで見てきたことのように言った。
「今度イザークさんに言って、そこに連れていってもらいたいですね。
この花をいっぱい敷き詰めて、その上で眠りたいです」
「そうか」
ルシエラの話を聞いて、アルドベリクは満足げにそう言った。
「アルさん、もしかして笑ってます? ……笑うの下手ですね」
「下手? そんなこと初めて言われたぞ」
「ちょっとぎこちないですよ」
「……練習しておく」
「ぷぷ。真面目ですね。」
……でもまあ、その笑い方、私は嫌いじゃないですよ」
「そうか」
翌朝。アルドベリクの玉座に飾られていた花は……
魔界の毒草だった。
「……わざとだろ」
「えー、違いますよぉ」
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