【黒ウィズ】双翼のロストエデン3 Story6
2017/00/00 |
目次
story11 ファミリーパーティー
城の廊下を軽やかに駆けるのはリザであった。
その後をついていくアルドベリクのゆっくりとした歩みに抗議の意味はない。
踊るように先を急ぐリザ、という微笑ましい光景を眺める特権を充分に味わっているに過ぎない。
白い羽をパタパタと小刻みに動かす。彼女はアルドベリクの翼横を飛んでいる。
大広間へ繋がる巨大な扉にリザがぴたりと体を寄せ、いたずらっぽくこちらを見返す。
リザが扉を押し込む。重々しい音をたてて扉が開いた。
奥の部屋に見えるのは、豪華な宴席と、親しい仲間たち。可愛いマスコットたち。
客人を案内していたリュディもその役目をムールスに任せ、駆け付ける。
そのお祝いと……もうすぐやってくるお別れのパーティよ。
褒め言葉はいらない。それよりも楽しんで。
賑やかで、幸福な雰囲気が漂う中、アルドベリクは怪冴な顔をしている。
確かめたいことがあるかのように、リザに問うた。
ピリッと空気がひりついた。リザがきっぱりと答える。
リザは喜びいっばいの突撃を繰り出し、アルドベリクの首に細い腕を巻き付ける。彼の逞しい胸に頭をもたせかける。
アルドベリクもやれやれといった様子で、顎の下で揺れる亜麻色の髪を撫でてやる。
滑らかで、絹のような手触りは、子供の時から変わらない。
リザは胸に押し付けた頭を離す。ふと、その胸の傷に目が止まったのだ。
魔族の体は人とは違う、痕が残るような傷でも魔法によって跡形もなく消すことが出来る。
それはベリカントとの戦いで受けた傷だった。
アルドベリクの首にまわした腕を解き、ふたりはゆっくりと離れる。リザは笑って、言った。
笑顔の余韻を残し、リザの背中が賑わう宴席の中に消えてゆく。
アルドベリクとルシエラも騒がしさの中に歩を進める。
クィントゥスさんはどうしてそんな恰好なんですか?
クドラくんは両の羽をビシっと自分の方へ向ける。
是非ご賞味下さい!
パーティーの参加者は様々であった。
パーティーを盛り上げる為に、参加する者もいれば、一方では貴重な別れの挨拶のために参加する者もいた。
お礼なんかいいの。カナメはお人よしマンだから、好きでやってるのよ。
そこには異界からの珍しい客人も名を連ねている。
死界には、そんなに行くことはないから余計に気になる、と君もウィズに賛同する。
まあ、それはともかく、これが死界のソウルフードの「魂吸い」やで。
君は与えられたボウルの中を覗く。細切れの肉が入った透明なスープだった。
そして、おそらくこの名の由来であろうポーチドエッグが、真ん中に強い存在感を持って、浮かんでいた。
添えられた草の香りのする山盛りのハープも食欲をそそる。
君は言われた通りに、そのままスープを□に含んだ。
上品なスープの味に、肉から出た油が混ざることで、味にコクのようなものを与えている。
しばらくそのまま食べ進める。
君は言われた通りに卵を潰す。卵黄はほとんど生のままで、透明なスープの海を黄色く浸食していく。
昧は、まろやかさが増しており、特に卵黄をそのままを□に入れた時は、まさしく魂が吸われるようだった。
君は素直に思ったままの感想を伝えた。
そんなやりとりをしていると。
クドラくんが魂吸いを食べていた。
スカーフの後ろに給水用の穴があるのは、君も知っていた。その穴から器用に食べていた。
それを聞き、クドラくんは礼を言って去っていった。
さあ? と君も首を傾げた。
story1-2
時間を経ると宴が貴族らしい秩序だったものから、魔族らしい粗暴で、荒々しく、秩序に欠けたものへと移り変わった。
それは魔界の宴では往々にして起こることである。その時、どんな風に振る舞うかはそれぞれの自由である。
Cさあ、俺をぶっ倒せると思う奴は出て来い。相手になってやるぜ!
殴り合いを始める者や、宴の深みにどっぷり漬かっていく者など様々である。
そんな時に、リュディはそっとあらゆる環の外に向かう。
広間の片隅に樽に腰を掛けて、宴が騒乱に変わっていく様を眺めるのだ。
「そういうところはアルさんに似ちゃいましたね。」
声だけで誰かわかった。もう何年もその声を聞き続けている。わからないわけがない。
アルドベリクやリザと一緒にいる時と、自分とー緒にいる時では、ルシエラは違う。
リュディはそれを知っていた。
いつもは無茶苦茶な彼女が、わりとまともなのだ。わりと。
それは自分にしか見せない一面だと、リュディは知っていた。
でも、すごく調和が取れていて、水平線の向こうでは繋がっているように見える。
ルシエラの言葉に導かれ、子どもの頃に見た風景に、自分たちが重なる。
それは彼女なりの、賤別の言葉なのかもしれない。とリュディは思った。
リュディの頬に、ルシエラの手が添えられる。その手に押され、視線が彼女の顔の横に導かれた。
白い羽の向こうには、友人と立ち話をするリザがいた。
リザがこちらを見る。
わかっていたのか、それとも偶然か。ルシエラがそっと自分の前からいなくなった。
リザはこちらにやってくる。
抗議の眼差しを、去っていった天使に送る。意味を理解しているのかいないのか、彼女は片目を瞑ってみせた。
リュディは苦笑いをしながら、樽の上から降りる。
先を行くリザを追い、宴の中に戻る。
彼女の背中を見るのは、いつものことだった。
君は、語り合うアルドベリクたちの元に行き、別れの言葉を告げた。
そこまで手助けは出来なかった。全部、アルドベリクたちの力で解決した、と君は返した。
アルドベリクは首を横に振り、感謝の握手を求めた。
君はそれに応じる。
広間の片隅で不機嫌な顔をしていたヤラがそれを聞いて、嫌そうに□の端を歪める。
一目散に広間を出て行くヤラを見て、君は何かあったのだろうか、と気になった。
詳しくは教えてくれないが、あいつはルシエラにかなり従順になった。何をしたのやら……。
荷物が届けられると、君たちはアルドベリクの城を離れた。
彼らは見えなくなるまで、見送ってくれていた。
道中、君は荷物の中に見覚えのない紙包みがあることに気がつく。
手に取るだけで、それが何かわかった。
君は包みをウィズの鼻先に出してやる。匂いを嗅ぎ、ウィズは嬉しそうに飛び上がった。
君はそうだね、と言い、ウィズと共に〈歪み〉を目指した。
最終話 ふたりとふたつの翼
別れの時が訪れた。
巨大な〈歪み〉の前で、アルドベリクたちが最後の言葉を交わしていた。
言いながら、ルシエラを抱きしめる。白い羽はリザを包むように閉じた。
女たちは秘密裏の会話を終えて、笑い合う。
リュディがリザに視線を送る。亜麻色の髪は小さく縦に揺れた。
ふと思い出したように、アルドベリクがムールスに合図する。
ムールスは大きな布包みを持ち出し、それをリザに渡した。
包みを開きながら、リザは鼻をつんと上へ向ける。
包みの中から出てきたのは、変わった形のまかたんの人形だった。
数秒、うすら寒い沈黙が続いた。
と言いながら、リザはムールスに抱きまかたんを返した。
リュディとリザは〈歪み〉の方へ向き直る。その背中に、アルドベリクが別れを告げる。
ふたりは言われた通り、振り返ることなく、〈歪み〉の中へ消えて行った。
***
夜の静けさが、肌にまとわりつくようだった。
深く座したままアルドベリクは、その静けさに身を置いていた。
いつも通りの魔界の夜なら、何か争いの音でも聞こえそうなものだが、この夜はそれすらもない。
床石の上を素足で歩く音が近づいてくる。
見ると、扉の側にルシエラが立っていた。
そう言って、アルドベリクは再び夜の静けさに身を浸す。
扉が閉まる音が聞こえた。
素足が石に張りつく音が遠ざかっていく。
エピローグ
「ん……ん? ここは?」
目を覚ますとそこは森の中だった。
通って来た〈歪み〉はすでに閉じたようだった。
「リュディ……? リュディ!?」
辺りにリュディはいなかった。あるいは、水でも汲みに行ったのかと思い、リザはその場所でしばらく待った。
夜を迎え、焚き火の側で朝を迎えた後、リザはその場所を離れた。
街に辿り垣き、酒や茶を出すカフェのような所に入り、リュディを見かけた人がいないか尋ねた。
ある老人が言った。名前はなんていうんだい?
街の掲示板に出せば何か情報が得られるかもしれない、と教えてくれた。
「リュディ。ああ……正確にはリュディガー。リュディガー・シグラーよ。」
その名前を聞いて、老人は言った。
「その人なら……知っているぞ。」
「ほんとに? どこにいるの?」
帰って来た答えはリザを打ちのめした。
「いやあ、その人はとっくの昔に亡くなっとるぞ。300年から昔の人だからな。」
「ええ~~!!」
***
「まったく別の時代に飛んでしまったんですか!?」
「ええ。とんだ災難でしたよ。」
「でもでも、お父様とお母様はこうして一緒に暮らしてますよね?」
「ええ、暮らしているわね。」
「お父様も生きてますよね?
「はっはっは。生きてるぞ。」
「死んでいないですよね?」
「はっはっは。死んでないぞ。」
「ど、どうやって、ふたりは再会出来たんですか?」
「ふふふ。それは……」
「それは……。」
「内緒です。」
「もう! お母様の内緒好き!」
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