【黒ウィズ】双翼のロストエデンⅢ Story
2017/11/17 |
目次
プロローグ
わずかに鉄の臭いが漂っていた。
水気をはらんだ土が熱を持ったせいで、焦げた匂いが湿り気と共に、むっと迫るようであった。
そこに、ぽにょんぽにょんと奇妙な足音が、楽しげなマーチのようにリズムを刻む。
合わせるように鼻歌が聞こえてくる。
ドミー、ドミー、ドミー・インス~。魔界1の人気者~。
やってきた~。やってきた~。
み~んな~のもとに~。
「おーい!
ご機嫌な数小節を終わらせると、どこからか声がかけられた。
そこに立っていたのは、クィントゥス・ジルヴァ。
魔界最古の名家ジルヴア家の長男でありながら、家に帰ることは年に一度あるかないかの風来坊である。
「この辺りに村があって、うめえ定食屋があったはずなんだけどよ。
見渡す風景は、焼け野原。
硬く縮こまった黒色の塊がごろごろ転がっているが、石には見えなかった。
ドミー、ドミー、ドミー・インス~。ドミーの笑顔で泣く子も黙る~。
殺ってきた~……。
「そうか。そういうことかよ。
ここは魔界。弱い者は強い者に虐げられるのが、この世界の掟である。
村ひとつ無くなった所で、慌てる必要は無い。もちろん憐れんでやる必要も、なかった。
クィントゥスは肩をひねり、体に合図を送る。ほぐれた強張りがゴキッと音をたてて返事する。
準備は万端だ、と。
「さーて、殺るか……。
憐れんでやる必要はなかったが、気に入っていたものをぶち壊されてしまったら、その怒りを鎮めなければいけない。
手っ取り早く、目の前の奴を殴るなどの方法で。
クィントゥスは右の拳を固く握りしめる。体を大きくひねり、その拳を目いっぱい引き絞った。
「おらあ!
繰り出された拳打は豪快な身体の動きに反して、誰よりも基本に忠実。
鋭く最短距離で、ドミーの顔面めがけて、突き進む。
避けられないのか、避けないのか。ドミーは微動だにせず、微笑み続けていた。
そして……。
打ち込まれた拳は、ドミーの目前でビタリと止まった。
自らの震える拳に、クィントゥスは驚愕していた。
「ぬおっ!?なんで止まったんだ……?
それだけではなかった。
「くっ、なんだこりゃ、体も動かねえ。
ドミーは拷問が大好き~。
ゆっくりと近づく笑顔。奇妙な鼻息がヒューヒューと生暖かい感触で、クィントゥスの顔を舐める。
爪を剥がし~。皮を剥ぐ~。生きたまま~。
皮を剥がされた奴にはドミーは着ぐるみをあげる。ドミーと同じ。ドミーの仲間がたくさん増える。
「ちくしょう……、おかしな真似しやがって……。
生暖かい鼻息がクィントゥスの頬を舐めまわす。わずかに鉄の臭いがした。
横目で見えるドミーは歯茎をむき出した汚い笑顔を満面に浮かべている。
と、風が吹いた。
歯茎を剥きだしのドミーの顔面に、ブーツの裏がめり込み、そして視界から消えていく。
ヘベエエッ!
瞬間、体の自由を取り戻し、クィントゥスはすぐさま身構える。
吹き飛ばされたドミーも起き上がり、四肢を地面につけて構える。
すぐにでも野性的な跳躍で飛びかからんと、目の前を睨みつけた。
が、再び風が吹く。今度は猛烈な突風である。
ムギグググウウッ!
ドミーも地面に根を張るかの如き四肢の力で踏ん張るが、掴んだ地面ごと吹き飛ばされてしまう。
ひとしきり吹いた風が止むと、クィントゥスの前にふたりが降り立つ。
「危なかったじゃない、クィントゥス。
「ハッ?いまのが危ない?まだ勝負も始まってなかったぜ。
「あら?それなら、もう少し待ってればよかったかな?
「相変わらず減らず口だけは一人前だな。
「そっちも相変わらず頭より体が動いてるみたいね、クィントゥス。
少女は細い腕をクィントゥスの首に巻き付け、再会の抱擁を交わす。
「ああ、当たり前だ。
お互い抱擁を解くと、クィントゥスは眼前を睨みつける。
「そうだった。リザ、リュディ、気を付けろよ。あいつ妙な技を使うぜ。
ぴょこたん、ぴょこたん。
珍妙な音が、静けさの向こうから聞こえてくる。
ぴょこたん、ぴょこたん。
ドミイイイイーの顔を蹴ったのは誰だアアアア!
「あ、俺です。
お前かあああ!お前の皮を引き剥がしてやるううう!
鼻をひくひくと動かし、血走った目で、歯茎をむいて、恨みの言葉を吐き出す。
ぴょこたん、ぴょこたん。ゆっくりと近づいてくる。
「待つのよ、ドミーちゃん。
いつの間にか、ドミーの背後に女が立っていた。白い手がドミーの顎に伸びる。
怒りを宥めるように、優しく動いた。
おほ、おほ、おぽおほおほおほほ……。
「撤退よ。これ以上は意味がノンノン。それに収穫はあったし。
ふたりは溶け込むように、闇の中に消えた。
「何者?
「さあな。俺も通りかかっただけだ。んなことよりも、お前たち何で、こんなところに?
問い返されると今度はリザが答える。
それを聞いて、クィントゥスも合点がいく。
「そうか、そういやもうすぐだったな。
「うん。ちょっと複雑な気分だけどね。
クィントゥスは自分の前に立つ少年と少女に目を細める。
人と魔族という種族の違い、生きる時間の違い。
「……なんつーかあっという間だな。
過ぎ去った歳月に、思わず笑顔がこぼれた。
story1 砂漠の〈歪み〉
「星がきれいにゃ。
夜の砂漠の絨毯の上で、背筋を伸ばして、空を眺める黒猫。
月明りと星の光だけが砂丘の輪郭と、それに似た美しさを湛えた猫の輪郭を浮かび上がらせている。
ごく普通に考えれば、それは美しいと形容されるべき光景だ。
だが君は、呑気なものだな、とわずかに反感をおぽえていた。
「なんにゃ?星がきれいだと呟くのも猫には許されないにゃ?
そうじゃないよ、と君は否定し、起こしていた半身を砂の上に沈める。
この師匠、計算ずくでこんなことを言っているのだ。
こちらは昼から熱い砂漠の地で、働きづめである。もはや精根尽き果てた。
戦いで疲れた体は、心持ち、深く砂の絨毯に沈んでゆくような気がした。
昼間に蓄えた温もりがまだ残っており、君は疲労感とともに、一滴の水のように砂の中に吸い込まれる。
「こんなところで寝たら、ダメですよ。魔法使いさん。
そうだったと、無理やり体を起こす。
眠りたいのは山々だが、このまま眠れば、朝になる頃には凍えてしまう。
砂漠の気候は、昼だろうが夜だろうが結局過酷なのだ。
「ありがとうございます。これでもう〈歪み〉の向こうからやって来る者もいないでしょう。
異界の〈歪み〉を感じることが出来るオルハから連絡があったのは数日前だった。
行ってみると、砂漠の中に巨大な流砂が生まれていた。
多くの〈歪み〉が空に現れるが、今回は地面に現れた。
砂が〈歪み〉の中に飲み込まれ、生まれた空洞に多くの砂が流れ込み流砂となった。
やってきた魔物以上に地形の変化が厄介だった。
「あの魔物は魔界の生き物みたいだったにゃ。
ウィズの言う通り、おそらく魔界の生き物だろう、何度か行ったことがあるので、すぐにわかった。
「つまり、あの穴の中に入れば、魔界に行けるかもしれないにゃ。
「ウィズさん、迂闘なことはやっちゃだめですよ!
「そうにゃ?自分から行ったことはないけど、私たちは何回か〈歪み〉を通って異界に行ったことがあるにゃ。
「ですが、同じ異界と言ってもウィズさんが知っている時代とは限らないですよ。
移動は出来ても同じ時代に行けるかは運次第です。
それに、ウィズさんと魔法使いさんがバラバラの時代に飛んでしまうことだって……。
「にゃにゃ!それは困るにゃ。それは大変なことにゃ。
クエス=アリアスでゆっくりしているのが一番だ、と君は言う。
ウィズも納得したように、頷く。
「異論はないにゃ。
とりあえず、クエス=アリアスの定食屋が供してくれるであろう食事にありつくため、君たちは砂漠を後にすることにした。
「ええ、この〈歪み〉は放っておいても、自然に閉じるでしょう。
と君たちは揃って、流砂が生み出した巨大な窪みに背を向ける。
「うにゃ!!
示し合わせたように、爆発が起こった。流砂の窪みからものすごい勢いで砂が吹き上がる。
わずかな時間、その光景に目を奪われていたが、君はふと窪みの縁に誰かが倒れていることに気がつく。
「う……うう、リザ……。
その時に聞いた名と目の前の少年が、かつて会ったことがあるとは、さすがに君も気づかなかった。
その場では。
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