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【黒ウィズ】アルドベリク編 (ゴールデンアワード2018)Story

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん
ゴールデンアワード2018 アルドベリク編
開催期間:2018/08/31

殺しの時代


Story1

Story2

Story3




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story1



 イザーク・セラフィムは最前線を離れ、バルバロッサ家の屋敷の床を踏んでいた。

ブラフモを主としていた貴族たちは、目下の目標としてイザークが奪い取ったブラフモの城を取り返そうとしていた。

それは亡き主への信義からではない。

次にその城の主となった者が、魔界の覇権を得る。

誰かがそんなことを確約したわけでもないのに、魔族たちはその象徴的意味を信じ、そしてそれを求めた。


セラフィム卿、わざわざバルバロッサ家へお越し頂き感謝します。

 そんな苛烈な状況の城を離れ、彼がバルバロッサの居城に来たのには理由があった。

非才な父ですが、2、3日、戦線を保つことは可能です。

そう謙遜することはない。バルバロッサ卿は堅実な方だ。綻びを見せることはない。

ええ。ですが、創造性に欠けていますわ。

辛辣だな。

娘ですから。

さすが、父を危険な前線に差し出してまで、俺を呼び出したお嬢さんだ。なぜそこまでこの地にこだわる?

諸侯と会うだけなら、陣中でもよかったはずだ。

いいえ。よくありません。セラフィム卿がこの戦いに勝利を収めれば、今日ここで行われる会談が歴史に残ります。

バルバロッサの名と共に。

そのためなら、父も喜んで前線に向かいます。

なるほどな。俺は一生、バルバロッサに頭が上がらなくなるというわけか。

ふふ。私たちが恩を売らせて頂いただけですわ。さ、こちらです。


 サロンにはすでに幾人かの先客があった。

イザークの姿を見て、立ち上がったのはひとりだった。


初めまして。セラフィム卿。僕はクルス・ドラク。ドラク領を治めております。

よろしく頼む。

 クルスは彼の隣で、気だるそうに椅子にかける男を紹介する。

彼はクィントゥス・ジルヴァ。かつて魔帝を輩出したジルヴァ家の長男です。

どうも、この会談に乗り気ではないようだな。

 クィントゥスという名の男は姿勢を正す気配すらない。

イザークの言葉を聞いて、じろりとこちらを見ただけだった。

悪く思うなよ。こういう話し合いってのは性に合わないんだ。

気にしていない。

 カナメが離れた場所に佇む女性を示す。

あちらが……。

 言いかかるカナメを、イザークはわずかに手を持ち上げて、制する。

一度会ったことがある。戦場で。

少しは魔界に慣れたか、セラフィム卿?

そのつもりだ。今なら魔界の女性の扱いも覚えた。以前は俺も不作法だった。

それはよかった。生かしておいてやった甲斐がある。せいぜい、背中に爪を立てられないようにしろ。

心配無用だ。さて、集まったのはこれだけか?

イニス家とヤガダ一族もセラフィム卿に協力すること約束しております。

ただ、両者とも貴族との争いからは距離を置いておりますので、積極的な関与は考えていないでしょう。

そうか。


 イザークはその場にいない人物の名を呟く。

アルドベリク・ゴドー

まだ会ったことのない男の名である。

ブラフモが倒れたことから始まった騒乱において、あらゆる貴族が戦いの混乱の渦に飲まれていく中、彼だけは違った。

あっという間に、自らの領地と近隣の騒乱を治めた。

かと思うと、それ以後は争いから距離を置き、沈黙を続けている。

イザークが魔界の中で、唯一不気味だと感じていた人物である。何を考えているかわからなかった。

そして、イザークだけが知っている彼の話もあった。


皆、よく集まってくれた。

 イザークがバルバロッサ家を通じて、連合を呼びかけた貴族の中に、アルドベリクの名も含まれていた。

そして、彼がこの場に現れないということは、

これより我らは、考えを同じくするものとして戦い――

旧主派の貴族を……根絶やしにする。

 不気味であり、不可解であり、唯一、執着心のあった男と戦うということだった。

zいきなり、穏やかではない発言だな。

 背後から聞こえた声にイザークは振り返らなかった。

お待ちしておりました。

 男はイザークの前に座ると、その名を告げた。


アルドベリク・ゴドーだ。喜んだらどうだ? 俺を待っていたんだろう?




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story2



よく来てくれた。

勘違いするな。俺はまだ、お前に付くと決めたわけではない。

ほう。わざわざ何をしに来たのだ?

顔を見に来た。

手を組むか、殺すかは、その後に決めようと思った。

で、顔を見ただけで、何か決まったか?

クィントゥスよりは知性がありそうだ。

それは正解だ。

誉めてはいない。小賢しいだけの奴もいる。そいつらはバカより価値がない。

 おい、クルス。知性ってどういう意味だ?

 君には不要な物だよ。

 なんだ、それならどうでもいいや。

どうやら、タダで俺の側につく気はないようだな。

当然だ。利害が一致しない限り、魔族は共闘などしない。

何が欲しい?

むしろ……お前は俺に何を与えられる?

いくつかある……。

 イザークが不敵に笑う。背後の扉がそっと開く音がして、イザークは口をつぐんだ。

バルバロッサ家の家令だった。彼はカナメの傍に来ると、彼女の耳元で呟いた。

わずかにカナメの表情が変わったのをイザークは見逃さなかった。

何かあったようだな。

 やや迷った素振りを見せたあと、カナメは家令を退室させた。

恥ずかしながら、ご報告させて頂きます。父の軍の戦線が崩壊し、敵中に孤立したようです。

イザークが言い出す前に、カナメはさらに続けた。

父の命を考える必要はありません。失態の責任は自ら取るべきです。

ただ、セラフィム卿の居城、つまりブラフモの城に敵軍が近づこうとしていることは気にすべきかと。

ずいぶん、ひでえ娘だな。

娘だからこそ、冷静な判断をすべきかと。それにこれは父の意向でもあります。

 一瞬、睨みつけ、カナメはニコリと微笑んだ。

ブラフモの城を奪われるのはよくない。それを旗印にして、日和見している貴族たちが集まる可能性もある。

イザーク。貴様に協力するのは、あの城をまだ奪われていないからだ。だからこそ勝機があると踏んだ。

その通りです。今から向かえば、城を守ることは不可能ではありません。

バルバロッサ卿を見捨てて。というわけだな。

 カナメが静かに頷く。その場の雰囲気が、イザークの決定を待つようだった。

クルスは議論を静観するように、エストラは考えるまでもないというように、待った。

反対だ。バルバロッサ卿を救出する。

 アルドベリクはイザークを待つことはなかった。

なぜだ?

 疑問というよりも好奇心からの質問だった。

俺たちは魔界の勢力の中では異端だ。なんといっても、元・天使が盟主だからだ。

そんな俺たちがいまここでバルバロッサ卿を見捨てれば、他の貴族はどう思う?

いつか、自分も……。そう考えるのが普通だ。それはいままでの魔界のやり方と同じだ。

もし、俺たちが勝つ可能性があるとすれば、魔界のやり方を根底から変えなければいけない。

新しい時代が来たことを告げるためにだ。

それを示すなら、バルバロッサ卿を助けるべきだ。

 漏れるような笑い声がイザークから聞こえた。

貴公の意見に同感だ。俺は魔界が欲しいのではない。俺の国が欲しい。バルバロッサ卿を救出するぞ。

貴公は、俺に協力するということでいいんだな?

 アルドベリクに向けて、イザークは言った。

まだ……俺がもらえるものを聞いてない。

魔界の半分。いや、俺の国の半分。あと、貴公の運命だ。

半分とは、ずいぶんもらえるんだな。だが、いいだろう。お前についてやる。

その運命というのはなんだ?天界ではそういう曖昧な物言いが喜ばれるのか?魔界では必要のないものだ。

洒落のわからんやつだ。

 イザークの皮肉を無視し、アルドベリクは参加者たちを見やる。

先はどからイライラと片足をゆする男に声をかけた。


おい、バカ。

あ?なんだ。いや、俺はバカじゃねえ!クィントゥスだ!

クィントゥスと言う名のバカだろう、問題ない。お前は俺について来い。ここに座っているのは飽きただろ?

ん?そりゃまあな。つまんねえ話ばっかりで、うんざりだぜ。外に出てひと暴れしてえところだ。

エストラ、お前もだ。バルバロッサ卿を救うのは、ブラフモの城を守るのと意味は変わらないはずだ。

どちらでも構わない。どのみち何かをしなければ、我々が処刑台の羊になるだけだ。

では各自、連れてきた手勢を率いて、バルバロッサ卿の下へ向かうぞ。

兵姑は僕に任せてください。

俺は高みの見物でいいのか?

ああ、それでいい。俺が魔界の半分に値する男だと証明する。見ておけ。

なあ。俺、子分なんていねえんだけど。

いないなら、作れ。出会うヤツを片っ端から殴って言い聞かせろ。

あー、なるほど、それなら出来るぜ。

 役割の決まったものは早々と部屋から出て行った。

残ったのはこの家の主――カナメ――とイザークだけだった。

少女の肩がわずかに震えている。イザークにはその理由がわかった。

嫉妬である。自らの決断をアルドベリクに覆された。

自らの優位を示す場を潰された。そんな悔しさに胸を満たしていた。

冷徹で、正しい判断だ。だが、いまはその時ではなかった。

 イザークは独り言のように呟いた。

いいえ、差し出がましいことしてしまいました。私はただ、父の意向を伝えたいと思ったのです。

しかし、時には君のように心を殺して決断することも必要だ。

それで、どう思う?我が方の勝利を決定的にする策はあるか?

……ふたつ。敵方との遺恨を残すものと、残さないものが。

今日は記念すべき日だ。せいぜい嫌われようじゃないか。俺は嫌われるのは得意でね。




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story3



 アルドベリクたちが駆けつけると、すでにバルバロッサ卿の軍は旧主派の貴族たちの軍に包囲されていた。

おい、バカ。お前は待機だ。

ああ?こっちはせっかく道中で舎弟作ってきたんだぜ!待ってられるかよ!

本当に手勢を連れてくるとは思わなかったが、まだ待て。考えがある。攻める軍はエストラが率いるんだ。

私か?それはいいが捨て駒はごめんだぞ。

捨て駒にはせん。ただ負けてもらう。今から敵軍を急襲し、負けて後退しろ。ただし犠牲は出すな。

負けて、犠牲を出すなって何言ってんだ?全然わかんねえ。

だからお前には頼んでいない。

 エストラは敵軍、バルバロッサ軍の陣形、そして自分たちの位置を見比べた。

なるほど。いいだろう、やってみよう。

おい!俺はまだ理解してねえぜ。

大丈夫だ。お前は行けと言われれば行けばいい。


 戦闘が開始されると、アルドベリクの指示通り、エストラの軍が敵軍を急襲した。

猛然と向かってくる軍勢を見て、たちまち敵軍は包囲を解き、エストラ軍を迎え撃つべく、軍を整えた。

所詮、奴らは女が率いる弱兵よ!蹴散らせ!

脳の足りんバカどもに見せてやれ。女の戦い方をな。


 最初の想定通り、エストラ軍は一回目の衝突の後、すぐに後退を始めた。

エストラ軍に被害はほとんどなかったが、一合で退けたと勘違いした敵軍はさらに前進した。

良将というのは、自軍の軍事的目的を達成すれば、すばやく撤退するものである。

だが、敵軍にはその素養を持った人物はいなかった。

迫って来たエストラ軍を退けたなら、もはや敗走する軍を追う意味はなく、バルバロッサ軍の殲滅に戻ればいい。

しかし、その判断が彼らには出来ず、ただやみくもに、疑似的な敗走を見せるエストラ軍を追いかけた。

統率されていない軍は縦に長く間延びし、ますますエストラの後退は容易になった。


思った以上に簡単な仕事だったな。よし、次の段階に移るぞ。全軍右翼と左翼に分かれ、展開しろ。

 エストラの命令に応じて、軍が二手に分かれると、ぽっかりと開いた前方には驚くべきものがあった。

ごく少数の兵に守られたアルドベリクの本陣であった。

名のあるアルドベリクを討つ千載一遇の機会を得たと、敵軍の兵たちは思った。それすらも罠だと気づきもせずに。

進め!アルドベリクの澄ました面を恐怖に歪ませてやるんだ!

 当然、敵軍はさらに突出し、縦に間延びした。

やはり、中途半端なバカは救いがないな。こちらは大バカを投入させてもらおう。

 アルドベリクめがけて突き進む兵たちの耳に妙な声が聞こえた。

雄たけび?怒声?そのどれとも違ったが、間違いなく知性は感じない。

何の声だ?

 側面から猛然と進んでくるのは、クィントゥス軍団であった。

クィントゥス軍団とは、戦場までの行軍の道々で、クィントゥスと鉄拳の契りを交わしてきた荒くれ者たちであった。

手勢は200と少なかったが、その攻撃性と死をも恐れぬ無銑砲さは軍事的な脅威――

というよりも、この世の厄介さの全てと言うべきだった。


いいか!死んでもいいけど、戦いが終わるまで気づくんじゃねえぞ!


 その厄介な猛者どもに、間延びした軍は側面から貫かれ、ふたつに分断された。

混乱の極みにある敵軍とは対照的に、

左右二手に分かれたエストラ軍は寸分の狂いなく、敵軍の後方で合流した。

そこは、敵軍とバルバロッサ軍の間である。つまり、バルバロッサ軍から敵軍を引き剥がすことに成功したのだ。

さらに、敵軍は前方にアルドベリク、後方にエストラ、側面にはクィントゥス軍団と半包囲状態となっていた。

この状態に持ち込んだ際の行動として、アルドベリクがクィントゥスとエストラに託した言葉はひとつだった。


前方の敵に集中し、好きなだけ殺せ。


 明確に前方に集中させることで、バルバロッサ軍を救出するという任務を一旦忘れるように指示したのだ。

この命令により、敵軍の殲滅と自軍の救出という、ともすれば、二重の命令が生まれかねない状況を回避した。

ちなみに、好きなだけ殺せには魔族にとっては頑張れ程度の意味しかない。

そしてここで、ほぼ手中に収めていたアルドベリクたちの勝利を、より確実なものにする出来事が起こった。

遠方で空が赤く染まった。

まさか……?

なんだありゃ、火事か?まあ、いいや。おい、気にすんじゃねえ、火事と喧嘩なら喧嘩の方が優先だ!

それがイザークの仕業だと、アルドベリクは直感し、満足そうに笑った。

なかなか面白いことをする。


 ***


 燃え上がる神代の遺物を見上げて、イザークは微笑んだ。


これを見た貴族たちの顔を拝めないのは残念だな。だが、間違いなく戦意は喪失するだろう。

 カナメが提案したのは、ブラフモの城を燃やすことだった。

貴族たちが覇権を握るための象徴と信じて疑わなかった城を破壊する。

そうすることで、敵軍の軍事的意味を失わせ、さらには象徴的な意味でもひとつの時代の終わりを知らせたのだった。

一夜明ければ、貴方は相当恨まれるかもしれません。

 自らの献策にもかかわらず、いま目の前で現実として展開している光景を彼女は恐れていた。

その考えを実行に移した男も。

君は気にしなくていい。俺は嫌われるのは慣れている。

 もし、いま死んだとしても自分は歴史に名を残すだろうとカナメは思った。

イザーク・セラフィムアルドベリク・ゴドーを引き合わせたという事実のみで。

不思議と、それがつまらないもののように感じたのは、大火にあてられ高揚していたのか。

それとも。

……。

 その理由は、彼女にはわからなかった。


 ***


 イザークたちの援護もあり、戦いはアルドベリクたちの勝利に終わった。

アルドベリクの前に敵軍の軍団長が引っ立てられ、アルドベリクは男に尋ねる。

生きるべきか死ぬべきかはその言葉次第だと男も理解していた。


あの火を見てどう思った?

魔界を侮辱された!あの天界の小僧に!

そうか。わかった。

お前はここで死ぬといい。いま生きながらえたとしても、どうせ時代がお前を殺す。

 そう告げると、アルドベリクは執行の合図を送った。

首は持って帰るぞ。あの元・天使に俺との約束を忘れたとは言わせん。

 この時、アルドベリクが見せた笑いは、心底楽しそうで、心地の良い音楽を聞いているかのようだった。

時代の変調があらゆる者を巻き込みつつあった。



 ***



 時は経ち、それは現在の魔界でのこと。


うーむ……。

まだ決まらないんですか、アルさん。

ずいぶん優柔不断だな。らしくないぞ。

 アルドベリクはティーテーブルの婦人たちに、黙っていろとばかりに、2度、3度と手で払うような仕草を返した。


こういうのはどうでしょうか? 滅亡ヨモギを練り込んだ団子の上に血色に煮た豆を塗ったお菓子です。

おどろおどろしい緑色と赤い血の色をした見た目は、ゴドー領の質実剛健な気風に相応しいかと。

そうだな、それにしよう。インソムニア・キング。そんな名にしてみようと思う。

ゴドー卿、その名前はお菓子にしては、少し仰々しいかもしれませんね。

イーディス、いまの話聞いた? ダークサン・ブラッドなどというお菓子を売っているのはどこの誰かしらね。

 任務への忠実さを見せるように、護衛の少女は静かに頷き返すだけだった。

僕はいいんですよ、僕は。雰囲気だけで、生きてますから。

銘物なんてうまけりゃなんでもいいだろ。

 クィントゥスが議論の最中にひょっこり顔を出し、試作のお菓子をつまみあげると、口の中に放り込んだ。

うん。うめえ。


貴公、そんなことも即決できんとは、魔王の肩書が泣くぞ。

黙れ。天界生まれのお前が魔王を名乗っているだけで、すでに冒涜的だ。

冒涜的なら、実に魔族的ではないか。

それならゴドー卿、こういう焼き菓子、マカロンのようなものはどうですか?

焼き菓子か……。マカロン……、マカロン、焼き菓子……。

I焼きまかたん。

おお……!


 魔界の時代を変えたイザークとアルドベリクたちの戦い以後、その変革は確実になされつつあった。





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