【黒ウィズ】アルドベリク編 (ゴールデンアワード2018)Story
ゴールデンアワード2018 アルドベリク編 |
開催期間:2018/08/31 |
殺しの時代
story1
イザーク・セラフィムは最前線を離れ、バルバロッサ家の屋敷の床を踏んでいた。
ブラフモを主としていた貴族たちは、目下の目標としてイザークが奪い取ったブラフモの城を取り返そうとしていた。
それは亡き主への信義からではない。
次にその城の主となった者が、魔界の覇権を得る。
誰かがそんなことを確約したわけでもないのに、魔族たちはその象徴的意味を信じ、そしてそれを求めた。
そんな苛烈な状況の城を離れ、彼がバルバロッサの居城に来たのには理由があった。
諸侯と会うだけなら、陣中でもよかったはずだ。
バルバロッサの名と共に。
そのためなら、父も喜んで前線に向かいます。
サロンにはすでに幾人かの先客があった。
イザークの姿を見て、立ち上がったのはひとりだった。
クルスは彼の隣で、気だるそうに椅子にかける男を紹介する。
クィントゥスという名の男は姿勢を正す気配すらない。
イザークの言葉を聞いて、じろりとこちらを見ただけだった。
カナメが離れた場所に佇む女性を示す。
言いかかるカナメを、イザークはわずかに手を持ち上げて、制する。
ただ、両者とも貴族との争いからは距離を置いておりますので、積極的な関与は考えていないでしょう。
イザークはその場にいない人物の名を呟く。
まだ会ったことのない男の名である。
ブラフモが倒れたことから始まった騒乱において、あらゆる貴族が戦いの混乱の渦に飲まれていく中、彼だけは違った。
あっという間に、自らの領地と近隣の騒乱を治めた。
かと思うと、それ以後は争いから距離を置き、沈黙を続けている。
イザークが魔界の中で、唯一不気味だと感じていた人物である。何を考えているかわからなかった。
そして、イザークだけが知っている彼の話もあった。
イザークがバルバロッサ家を通じて、連合を呼びかけた貴族の中に、アルドベリクの名も含まれていた。
そして、彼がこの場に現れないということは、
旧主派の貴族を……根絶やしにする。
不気味であり、不可解であり、唯一、執着心のあった男と戦うということだった。
背後から聞こえた声にイザークは振り返らなかった。
男はイザークの前に座ると、その名を告げた。
story2
手を組むか、殺すかは、その後に決めようと思った。
イザークが不敵に笑う。背後の扉がそっと開く音がして、イザークは口をつぐんだ。
バルバロッサ家の家令だった。彼はカナメの傍に来ると、彼女の耳元で呟いた。
わずかにカナメの表情が変わったのをイザークは見逃さなかった。
やや迷った素振りを見せたあと、カナメは家令を退室させた。
イザークが言い出す前に、カナメはさらに続けた。
ただ、セラフィム卿の居城、つまりブラフモの城に敵軍が近づこうとしていることは気にすべきかと。
一瞬、睨みつけ、カナメはニコリと微笑んだ。
イザーク。貴様に協力するのは、あの城をまだ奪われていないからだ。だからこそ勝機があると踏んだ。
カナメが静かに頷く。その場の雰囲気が、イザークの決定を待つようだった。
クルスは議論を静観するように、エストラは考えるまでもないというように、待った。
アルドベリクはイザークを待つことはなかった。
疑問というよりも好奇心からの質問だった。
そんな俺たちがいまここでバルバロッサ卿を見捨てれば、他の貴族はどう思う?
いつか、自分も……。そう考えるのが普通だ。それはいままでの魔界のやり方と同じだ。
もし、俺たちが勝つ可能性があるとすれば、魔界のやり方を根底から変えなければいけない。
新しい時代が来たことを告げるためにだ。
それを示すなら、バルバロッサ卿を助けるべきだ。
漏れるような笑い声がイザークから聞こえた。
貴公は、俺に協力するということでいいんだな?
アルドベリクに向けて、イザークは言った。
その運命というのはなんだ?天界ではそういう曖昧な物言いが喜ばれるのか?魔界では必要のないものだ。
イザークの皮肉を無視し、アルドベリクは参加者たちを見やる。
先はどからイライラと片足をゆする男に声をかけた。
役割の決まったものは早々と部屋から出て行った。
残ったのはこの家の主――カナメ――とイザークだけだった。
少女の肩がわずかに震えている。イザークにはその理由がわかった。
嫉妬である。自らの決断をアルドベリクに覆された。
自らの優位を示す場を潰された。そんな悔しさに胸を満たしていた。
イザークは独り言のように呟いた。
それで、どう思う?我が方の勝利を決定的にする策はあるか?
story3
アルドベリクたちが駆けつけると、すでにバルバロッサ卿の軍は旧主派の貴族たちの軍に包囲されていた。
エストラは敵軍、バルバロッサ軍の陣形、そして自分たちの位置を見比べた。
戦闘が開始されると、アルドベリクの指示通り、エストラの軍が敵軍を急襲した。
猛然と向かってくる軍勢を見て、たちまち敵軍は包囲を解き、エストラ軍を迎え撃つべく、軍を整えた。
最初の想定通り、エストラ軍は一回目の衝突の後、すぐに後退を始めた。
エストラ軍に被害はほとんどなかったが、一合で退けたと勘違いした敵軍はさらに前進した。
良将というのは、自軍の軍事的目的を達成すれば、すばやく撤退するものである。
だが、敵軍にはその素養を持った人物はいなかった。
迫って来たエストラ軍を退けたなら、もはや敗走する軍を追う意味はなく、バルバロッサ軍の殲滅に戻ればいい。
しかし、その判断が彼らには出来ず、ただやみくもに、疑似的な敗走を見せるエストラ軍を追いかけた。
統率されていない軍は縦に長く間延びし、ますますエストラの後退は容易になった。
エストラの命令に応じて、軍が二手に分かれると、ぽっかりと開いた前方には驚くべきものがあった。
ごく少数の兵に守られたアルドベリクの本陣であった。
名のあるアルドベリクを討つ千載一遇の機会を得たと、敵軍の兵たちは思った。それすらも罠だと気づきもせずに。
当然、敵軍はさらに突出し、縦に間延びした。
アルドベリクめがけて突き進む兵たちの耳に妙な声が聞こえた。
雄たけび?怒声?そのどれとも違ったが、間違いなく知性は感じない。
側面から猛然と進んでくるのは、クィントゥス軍団であった。
クィントゥス軍団とは、戦場までの行軍の道々で、クィントゥスと鉄拳の契りを交わしてきた荒くれ者たちであった。
手勢は200と少なかったが、その攻撃性と死をも恐れぬ無銑砲さは軍事的な脅威――
というよりも、この世の厄介さの全てと言うべきだった。
その厄介な猛者どもに、間延びした軍は側面から貫かれ、ふたつに分断された。
混乱の極みにある敵軍とは対照的に、
左右二手に分かれたエストラ軍は寸分の狂いなく、敵軍の後方で合流した。
そこは、敵軍とバルバロッサ軍の間である。つまり、バルバロッサ軍から敵軍を引き剥がすことに成功したのだ。
さらに、敵軍は前方にアルドベリク、後方にエストラ、側面にはクィントゥス軍団と半包囲状態となっていた。
この状態に持ち込んだ際の行動として、アルドベリクがクィントゥスとエストラに託した言葉はひとつだった。
明確に前方に集中させることで、バルバロッサ軍を救出するという任務を一旦忘れるように指示したのだ。
この命令により、敵軍の殲滅と自軍の救出という、ともすれば、二重の命令が生まれかねない状況を回避した。
ちなみに、好きなだけ殺せには魔族にとっては頑張れ程度の意味しかない。
そしてここで、ほぼ手中に収めていたアルドベリクたちの勝利を、より確実なものにする出来事が起こった。
遠方で空が赤く染まった。
それがイザークの仕業だと、アルドベリクは直感し、満足そうに笑った。
***
燃え上がる神代の遺物を見上げて、イザークは微笑んだ。
カナメが提案したのは、ブラフモの城を燃やすことだった。
貴族たちが覇権を握るための象徴と信じて疑わなかった城を破壊する。
そうすることで、敵軍の軍事的意味を失わせ、さらには象徴的な意味でもひとつの時代の終わりを知らせたのだった。
自らの献策にもかかわらず、いま目の前で現実として展開している光景を彼女は恐れていた。
その考えを実行に移した男も。
もし、いま死んだとしても自分は歴史に名を残すだろうとカナメは思った。
イザーク・セラフィムとアルドベリク・ゴドーを引き合わせたという事実のみで。
不思議と、それがつまらないもののように感じたのは、大火にあてられ高揚していたのか。
それとも。
その理由は、彼女にはわからなかった。
***
イザークたちの援護もあり、戦いはアルドベリクたちの勝利に終わった。
アルドベリクの前に敵軍の軍団長が引っ立てられ、アルドベリクは男に尋ねる。
生きるべきか死ぬべきかはその言葉次第だと男も理解していた。
お前はここで死ぬといい。いま生きながらえたとしても、どうせ時代がお前を殺す。
そう告げると、アルドベリクは執行の合図を送った。
この時、アルドベリクが見せた笑いは、心底楽しそうで、心地の良い音楽を聞いているかのようだった。
時代の変調があらゆる者を巻き込みつつあった。
***
時は経ち、それは現在の魔界でのこと。
アルドベリクはティーテーブルの婦人たちに、黙っていろとばかりに、2度、3度と手で払うような仕草を返した。
おどろおどろしい緑色と赤い血の色をした見た目は、ゴドー領の質実剛健な気風に相応しいかと。
任務への忠実さを見せるように、護衛の少女は静かに頷き返すだけだった。
クィントゥスが議論の最中にひょっこり顔を出し、試作のお菓子をつまみあげると、口の中に放り込んだ。
I焼きまかたん。
魔界の時代を変えたイザークとアルドベリクたちの戦い以後、その変革は確実になされつつあった。
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