【黒ウィズ】イスカ&メルテール編(クリスマス2018)Story
2018/12/15
目次
登場人物
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story
大地は枯れてひび割れている。空に浮かぶ陽は、血のように赤かった。
人が生きていくには、あまりにも厳しい環境にさらされながらも――
悪の熔印を背負うものたちは、このインフェルナで日々を逞しく生き抜いていた。
でも、お前ひとりでも生き残ってくれてよかった。悪い奴らにたぶらかされてただけなんだよな?
メルテールは曖昧にうなずいた。
特に、イスカは。
名前を聞くなり、メルテールの顔色が若干曇った。悟られないようにすぐさま取り繕う。
村の男は、メルテールの帰還を告げに村へ帰った。
直後、ひとりの影が歩み寄ってくる。頭をフードで覆って隠し、鋭い殺気を放つ男だった。
ほんの僅かな荷物をつかみあげ、懐かしの故郷への道を歩きはじめる。
ちっとも里帰りという気分にならない。なぜなら、これから大きな仕事が待っているからだ。
***
久しぶりの故郷。村の気配も、慌ただしさも、以前と変わらないようで変わっている。
イスカとの再会は、何年ぶりだろうか。
向こうは、久しぶりの再会を喜んでくれているようだ。
しばらく会わないうちに、イスカはメルテールの身長を追い越していた。
年はメルテールの方が下だけど、背の高さで下回ったことはなかったのに。
イスカとは、同じ村で姉妹同然に育ってきたもの同士だ。
しかし、それほど仲のいい関係でもなかった。
悪い子じゃないけど引っ込み思案で主張がなく、影が薄い印象だった。
小さい木の箱を差し出してくる。
小箱を開けてみる。中に入っていたのは、小さな虫だった。
メルテールは覚えていた。
影は薄いが少し変わっている。そして、独特の気配を漂わせる娘。
それがイスカだった。
普通の子とは違うものを持っているというの?それがなんなのか、まずは見極めなきゃ)
***
無事の帰還を祝う食事会が、ささやかに聞かれた。
参加したくはなかったが、下手な態度を取り、周囲に警戒されたくはなかった。
スプーンを口に運び、スープのようなものを飲み込む。
相変わらず、インフェルナの飯は美味しくなかった。
でも、聖都であさった残飯よりは温かくて、まだ口にする価値はあると思った。
メルテールひとりでも、戻ってきたのは、幸いであった。
イスカの養父イーロスの他にも、村の重要な地位にいる大人たちが、居並んでいる。
いまは彼らに怪しまれないように振る舞うべきだ。
精ー杯、取り繕ったつもりだった。
それでも、冷たい闇の中を這い回りつづけたメルテールの表情は、堅く凍り付いていた。
足元にある小箱からは、虫の鳴き声が聞こえる。
イスカとは、以前も今も、そんなに親しい関係ではない。
そのような相手に、いきなり虫を贈って喜んでくれると思うだろうか。
少しどころか、かなりずれてる子だった。
浮かべた暗い笑みに気づいたものは、誰もいなかった。
(手を下す前に、なぜこんな娘が、奴らの標的にされたのか、それを調べないと)
手に持っている木箱には、すでに何匹かの昆虫が入っていた。
たとえば、可愛い形をした葉っぱとか。お花で作った冠とか。
格好からしてインフェルナの人間だとわかる。イスカが知らないということは、別の土地から流れてきた者だろうか。
仕事を邪魔する闖入者を厳しい目で睨み付ける。
藪を踏み締める音が響く。追い剥ぎは、ひとりではないようだ。
彼の仲間とおぼしき者たちが、森の奥から続々と現われた。
どうしよう……。)
story
刃物を取り出した。鈍く光る刃には、赤錆のような乾いた血が付着している。
イスカの顔は青ざめていた。普通の女の子らしく、怯えきっている。
それも当然だと思った。
ここで事故を装って、イスカが死ぬように仕向けて、仕事を終わらせてもよかった。
しかし、それではなぜ依頼主が、イスカの命を欲しがっているのか判らないまま終わる。
隙を見て体当たりを食らわせる。
追い剥ぎのひとりが倒れた。これでイスカの逃げ道はできた。
最初は、足が煉んで動けないのかと思った。
イスカの背後にもうひとり、凶器を持った男が立っていた。
鋭利な刃物は、イスカの喉元を切り裂かんばかりの距離に迫っている。
両手を掲げる。
イスカに刃を突きつけていた追い剥ぎが、突如、泡を吹いて倒れた。
空中を舞うそれは、蠍の尾によく似た物体。
それはまるで、意思が宿っているかのように追い剥ぎを打ち据えた。
イーロスが駆け付けてきた。
残っていた追い剥ぎを蹴散らし、イスカとメルテールを無事に保護した。
メルテールと目が合った。直後、まずいものを見られた顔になる。
嘘をついたら怪しまれる。
できるだけ、子どもらしく返したつもりだった。
お前たちは、先に村に戻ってなさい。私は、この追い剥ぎどもを片付けてから行く。
次に身の危険を感じたら、力を使う前に、大声でワシを呼ぶのだ。いいな?
***
無事、家にたどり着くなり、イスカは眠り込んだ。
追い剥ぎとの戦いで、疲れ切ってしまったのだろう。
(あの尻尾はなに?イスカの身体から生えたものなの?)
疑問が溢れてきた。でも、ひとつだけ確かなことを掴んだ。
(あたしに暗殺を依頼した奴らは、イスカが普通の娘じゃないことを知っていたんだ。
あれは、奴らにとって都合の悪い力なんだ……)
いまベッドで横になっているイスカは、赤ん坊のように無防備だ。
手を伸ばせば仕事を終わらせられる。依頼を達成できる。
(なぜ躊躇うの?聖都では、山ほど仕事をこなしてきたのに)
標的への同情は、禁物。
人に対する情なんて、とっくの昔に捨てたはずだったのに。
「イスカを救ってくれて感謝する。」
気配を感じなかった。メルテールは、伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めた。
ある重大な秘密を抱えた娘だ。それゆえ、聖職者たちから母とともに命を狙われた。
幼い頃から、ずっとそうだった。この先も、それはきっと変わらんだろう。
まるでメルテールに釘を刺すような口ぶりだった。
(大丈夫。まだ、あたしの正体には、気づかれていないはず)
この子は、審判獣の血を受け継いでおる。
イスカとふたりっきりにされたということは、まだ正体には気づかれていないと考えていい。
それよりもメルちゃん。
○か×かで答えられる問題を解けば、治まるような気がするの。
年が近いこともあるだろう。イスカと話していると、つい昔の自分に戻ってしまう。
心の奥に隠されてきた本来の顔が、冷酷な暗殺者の仮面を剥がして露わになりそうになる。
(不思議なことに、それが不愉快じゃない。むしろ、気持ちが楽になってくる)
別に本心で感謝してるわけじゃないわ。でも、ちゃんとお礼言っとかないと気持ち悪いからね。
自分なりに勇気を出して言ったつもりだった。
いったいイスカは、どういう反応するのかと思ったら。
両手を頭上で合せ、○を作っていた。
story
今日は、年に1度のお祝いの日。
太古の英雄たちが、審判獣を封印してはじめて人類が自由を勝ちとった記念日なのだそうだ。
元は聖域で行なわれていた習慣だ。
それを誰かがマネしはじめ、インフェルナでも、それが習慣として広まったそうだ。
私がこの村にいられるのも、義父さんはじめ、みなさんが受け入れてくれたからだもん。
(へえ……)
イスカは、表情を暗く沈ませる。
招待した子どもたちが人ってきた。
イスカは、何事もなかったかのように、みんなに料理を振る舞ってプレゼントを贈る。
子どもたちは、イスカの事情などなにも知らずに無邪気に楽しんでいた。
いまさら手遅れだよ。イスカも、あたしも……。後戻りできないところまで来ちやってるんだから。
メルテールは、生まれた瞬間から、餓えと戦争による死の恐怖に怯えて育った。
そんな理不尽な運命から逃れたかった。苦境から逃げ出したかった。
だから、仲間とともに聖都に忍び込んだ。生きるために、そうするしかないと自分に言い聞かせて。
(その選択が正しかった……なんてとても言えない)
餓えて死ぬ恐怖からは、逃れられた。
代わりに人を殺す技術と、多くの怨念を背負い込むことになった。
(審判獣の血が流れているあの娘の存在を隠匿したいのは、きっと聖堂の聖職者たちだ。
つまり、この仕事の本当の依頼主は、聖堂――)
背筋が冷たくなるほどの黒光を放つ刃物。
使い込まれたその刃は、これまで何人の命を吸ってきたのだろう。
首筋に銀色の針が突き刺さっていた。
メルテールの口元には、小さな吹き矢が咥えられている。
男は倒れた。そして、動かなくなった。
メルテールは、無言で男の死体を片付けはじめた。
後悔はない。殺した相手は、殺しの斡旋を生業とする男だ。
このような男ひとり死んだところで、世の中に何の影響もない。
それよりも、駆け付けてくるこいつの仲間の方が心配だった。
***
足元に死体が転がっている。隠し通せるはずもなかった。
意外にも冷静だった。それに、自分が狙われていることを知っていた。
どこまで脳天気なんだか。
メルテールは、殺しの道具をイスカに見せた。
いまの標的は、イスカ。あんただよ。
もっと泣いたり、動揺したりするかと思った。けどイスカは、あくまでも冷静だった。
もし、私がここで死ねば、メルちゃんは幸せ?
男を殺してしまった時点で、メルテールは依頼を反故にしたも同然。
契約破りは御法度。掟に従い、制裁が科せられる。
聖堂から派遣された手の者が、そのうちやってくるだろう。
イスカの命を奪うために、やつらは手段を選ばない。
村の方が騒がしくなった。
馬に乗った男たちが、突然やってきて村の中を物色しはじめている。
***
ドアを蹴り破って入ってきた無法者をイーロスが睨み付けた。
ぐえっ……!
いつになく真剣なまなざし。イーロスは、深く事情を訊くことはしなかった。
厳しいインフェルナの土地は、そうやって助け合っていかなければ、生きていけない。
聖域に反旗を翻すための準備といってもいい。
のどかな村を装いつつ、裏ではいつでも反乱の旗を掲げられるように周到に準備を進めていた。
聖都から送り込まれた狼籍者たちは、イーロスが指揮する村の男たちによってー方的に蹂躙された。
イスカの居場所が知られたため、もうあの村にはいられないが、所詮は流浪の民。
行く場所など、いくらでもある。インフェルナは広大だ。
でも、イスカは守れた。
イスカの身体に流れる審判獣の血。それは近い将来、聖域に反旗を翻した時、インフェルナ側の切り札となる。
夢を実現するためにも、――イスカに降りかかる火の粉はすべてあたしが振り払う。
メルテールは、この日固い決意を秘めた。
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