【黒ウィズ】リュオン編(黒ウィズGP2019)Story
2019/08/30
目次
登場人物
story1 騎士団長の仕事
サザ・ヤニタが戦死した。大聖堂の教主たちは、執行騎士の団長を新しく決める必要に迫られた。
第1の聖域の執政を代行する大教主は、周囲の反対を押し切って、子飼いの執行騎士リュオンを推挙した。
***
騎士団長叙任の儀式の最中、大教主はリュオンの耳元でささやいた。
……忘れるな?
じっと大教主を見つめるリュオンの瞳。その奥に隠された感情は、誰も読み取れないほど深い。
***
若輩のリュオンが、騎士団長になったことに反感の色を潜ませる者は、少なくなかった。
噂によると、リュオン・テラムは孤児で、元は福音生成のための素材(・・)として聖堂に拾われたとか?
噂が本当ならば、聖堂に忠誠を誓う理由などないに等しい。
ケラヴノスは、呆れたように息を吐き出す。
リュオンの審判獣ネメシスは最強の審判獣。我々が裁かなくとも、ネメシスが裁くだろう。
***
騎士団長となったリュオンには、専用の個室が与えられた。
これほど、運に恵まれた男もいないだろう。
ドブの中を這いずり回っていた子どもの頃の記憶は、あまり思い出したくない記憶だ。
そして、騙されて聖堂の地下プラント――福音精製施設に連れて行かれた。
目の前で年の近い子どもたちが、次々に素材として消費されていく様は、筆舌に尽くしがたいものだった。
心臓が高鳴り、汗が渉む。
執行騎士の衣装に身を包んでいる現在の自分が、欺瞞の塊のように思えてくる。
大審判獣エンテレケイアによって大聖堂は守られ、第1聖域の住人たちは安寧に暮らしている。
その代償として、エンテレケイアに挿げる生け賢が必要なのだ。
人類がこの大地で生き抜くための必要な犠牲だと聖職者たちは説明する。
執行騎士の騎士団長は、聖職者たちと聖域を守る存在。
生き延びるためにリュオンは、大教主にひざまずき、この道を選んだ。
今更、正義感ぶって聖職者たちを責める立場にはないのだと、何度も自分に言い聞かせてきた。
そしてこれからも、嘘で本心を糊塗(こと)しながら、生きていくだろう。
騎士団長様。私めは、この執務室の改装を請け負ったものなのですが……。
確かにこの部屋は、少し手狭だ。
職人は図面を広げて見せてくれた。
珍しくシリスが慌てていた。なにかが起きたのだと、すぐに察知した。
***
第3聖堂のある聖域。リュオンが守る大聖堂とは、隣り合う聖域同士。
その聖域にいま、危機が迫っている。
聖域の民に襲い掛かっているのは、審判獣クロノス。
審判獣の森で静かに暮らしていたはずだが、今や神の怒りの代行者のように聖域に鉄槌を振り下ろしている。
瓦解する建物。踏み潰されて圧死する人々。審判獣クロノスの狙いは無差別だった。
審判獣による裁きは、理不尽なものと決まっている。
しかし、怒り狂うその様は、裁きの次元を既に越えていた。
白い光が、建物をなぎ払った。
崩れ落ちる瓦礫にラーシャは押しつぶされそうになる。瞬時に死んだサザの面影が、脳裏に浮かんだ。
絶望に染まった直後、救いの神が降り立つ。
新たな敵に対し、審判獣クロノスは、獣のような咆吼をあげる。
リュオンの放った十字の磔剣が、風を切って、クロノスの身体をなぎ払った。
リュオンは、心臓と結合した鎖を握りしめ、契約している審判獣ネメシスと同調する構えを見せた。
その気配におののいたのか、審判獣クロノスは、聖域から静かに姿を消した。
私のことなんて、見捨ててくれてよかったのに。
なぜ、いままで静かにしていた審判獣が、とつぜん怒り狂ったのか。
次の襲撃までのわずかな時間の中で、原因を探るしかなかった。
執行騎士は戦闘するだけの存在ではない。医学、薬学などの知識も身につけており、なにもないときは聖域の民を診て回っている。
……って、一々相手してたら聞き込みが進まないです!もう行きますよ!?
リュオンは身内には厳しいが、民に慕われているのは昔からだった。
今回の捜査を行なうにあたって、そんな日頃の積み重ねが役に立った。
story2 つかんだ真実
聖域内は、執行騎士や守護審判獣などによって守られているため安全だが、その庇護は聖域外には当てはまらない。
あなたはとても魅力的な人だ。俺なんかより、ふさわしい人がいるだろう。
***
ただ、森に連れていかれたまま戻ってこなかった兵は、相当な数いるはずです。
***
森で眠る審判獣たちの動向を調べるのは、当然のことです。調査部隊は、今までも定期的に出しておりました。
あ、そうそう。我々に恨みを持つ、インフェルナ人に襲われた可能性もありますね。
多数の犠牲と仰いましたが、正確に何人死んだのか、ご存じですか?
聖職者は、分厚い台帳をリュオンたちに見せた。
そこには、これまで聖域外に派遣した部隊に関する記録がすべて記されていた。
住民たちから聞いた話と記録の数に、食い違いがある。
しかし、そこを追求しても、しらを切られたらそれまでだ。
***
罪のない聖域の民が、さらに死ぬことになる。聖域の中には、お前の家族もいるのだろう?
見張りの兵は、リュオンの熱意に押されて口を開きかけた。しかし――
誰かの視線を感じ、開きかけていた口は、再び貝のように閉ざされた。
行き詰まっちゃいましたね。どうします?リュオン団長?
***
私が護衛として同行すると言っても、彼らは頑として受け付けなかった。
出発した人数。被害者の数。これらは厳格に情報統制されている。
気づかなかったラーシャを責めるのは酷な話だ。
聖域の外には、なにもない荒野が広がっている。
枯れて作物もろくに育たない貧弱な大地。インフェルナ人たちは、そんな場所で細々と暮らしている。
荒野をさらに進むと、緑に満ちた自然の森が広がっている。
だが、そこは審判獣が眠る森。人が足を踏み入れることは許されざる界域。
シリスが小枝を踏んだ。
リュオンたちは、不気味に静まり返る森のさらに奥へと進んだ。
至る所に、人が歩いた痕跡があった。調査部隊がここまで来た証しだった。
指さした先にあったのは、放置されている聖堂兵の鎧や武器だった。
さらに先に腐乱した死体があった。戻ってこなかった聖堂兵たちだろう。
リュオンは無視して先に進んでいく。シリスは、仕方なく木に登って追いかけた。
調査部隊が進んだ痕跡は、あるところでぷっつり途切れていた。
ここで、止まったということは、この周囲になにかあるはず。
リュオンは、大樹の根の分かれ目に置かれているものに目をつけた。
透明な粘液が、まだ殻の内側に残っていた。
爬虫類の卵にしては大きな殻だった。
リュオンは、小さくうなずいた。その表情は、どことなく青ざめていた。
その時――リュオンたちに覆い被さる影があった。
見上げると、上空を飛行していたのは、審判獣クロノスだった。
審判獣が向かっているとなれば、調査を中断するしかなかった。
***
こんなところで、油を売っていていいんですか?
story3 断罪
どの時代。どの世界にも、悪人はいる。
リュオン自身、執行騎士の身でありながら、己を善人だとは、思ったことは1度もない。
だからこそ、己の悪を自覚していないもの。それが許せない。
審判獣を崇める立場にありながら、それを利用し、多くの人間を巻き込んでいる。
自分たちの悪行を自覚していながら、のうのうと聖衣に身を包んでいる奴ら。
リュオンは、聖職者の右手首をつかんだ。
聖職者の誰もが、肌身離さず持っている聖典には聖域の戒律や歴代の聖皇が残した聖句などが収録されている。
しかし、あんたの持っているその聖典は、表紙はすり切れているのに背表紙がやたらときれいだ。
真面目な聖職者なら、何度も聖典を開くため、背表紙に開いた跡がいくつも付く。
だが、その男の持っている聖典の背表紙は、新品のように折り目がひとつもなかった。
激しい揺れが起きた。
聖典を無理矢理奪い取る。
開いてみて気づいた。外見は、本のように取り繕っているが、ありがたい聖句が書かれたページなどなかった。
小箱の中には、鍵がひとつ入っていた。どこかの部屋を開ける鍵だろうか。
そう呟くリュオンの口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
恐れおののく聖職者は、後ろにあった本棚にぶつかった。その時、リュオンはこの部屋の異変に気づいた。
この部屋は、騎士団長室としてあてがわれた部屋によく似ているが、どこか違和感があった。
俺は建築のことなどわからないが、素人なりに図面を見る機会があった。その経験が役に立った。
本棚を片っ端から倒していく。
案の定、外壁側の壁に、隠し扉があった。鍵穴に先ほど手に入れた鍵を差し込む。
ドアを開ける。中はまっ暗だった。地下に続く細い階段を下りていく。
生臭い血の匂いが漂ってくる。リュオンは、自分の推理が外れてくれることを願った。
が――その願いは、虚しくかき消えた。
地下室には、解体されたとおぼしき生き物の残骸が、一面に散らばっていた。
これは、審判獣の子どもだな?森から奪って、切り裂いて解体したのか?
破壊された審判獣の殻衣。その内側にある肉は、きれいにさばかれている。
それこそ、動かざる物証。ここで許されざる儀式が行なわれていた証明。
魂ともいえる福音を吸って生きる審判獣。その血や肉を口にすると、この世のどんな食べものでも得られない無上の恍惚が味わえる。
崇めるべき、審判獣を食らうという背徳的行為そのものに痺れるし……。
なにより、柔らかい肉は、歯ごたえがあって大変美味だ。
私は、こんな美味しいものを食べたことがない。1度食べれば癖になって止められなくなる……。
それで何人が犠牲になった?
しかし、それでも聖職者だ。捕らえて審判獣による裁きを受けさせる必要がある。
残念だったなぁ!!!?
***
審判獣がこの聖域を襲うのは、さらわれた子どもを、取り戻したいからだ。
そう思うと、おぞましい咆吼も、子を思う親の悲鳴に聞こえなくもなかった。
あとは、大聖堂の裁きに任せるしかない。
第3聖堂を守り、聖域で暮らす無実の民を救うこと。
心臓に繋がった鎖を握りしめる。
審判獣ネメシス。契約に従い、我が身を依り代とし、災厄を退けよ。
リュオンの肉体は、ネメシスと同化する。人の意思を持った審判獣の誕生――
審判獣クロノスは、呻きをあげてネメシスに襲いかかった。
どれだけ哭こうとも、ここに探している子どもはいない。
悪に食われた。
その残酷な事実――いくら審判獣相手とはいえ、胸が痛む。
だが、真実は告げなければ。
暴れられなくしてから、人の犯した過ちを言葉にして審判獣クロノスヘ流し込む。
当然、さらなる怒りの爆発があった。それでも、大勢の人間には罪がないことを告げた。
クロノスの悲しみが膨らみ、リュオンの中にも流れ込んできた。身を引き裂かれる思いだった。
戦いは終わった。審判獣クロノスは大破した肉体を引き摺りながら、何処かへ消え去った。
大聖堂は、審判獣の子どもを切り裂き、その肉を食らうという禁忌を犯した罪で――
第3聖堂の聖職者ひとりを審判獣の森へ追放という結審を下した。
その男の裁きは、審判獣に委ねるという意味だ。おそらく、森から戻ってくることはないだろう。
ひとりで食べる分だけを調達していただけならば、あのような規模の地下室は必要ない。
後ろ盾があると言っていた――審判獣の肉に魅了されたものは、他にもいるはずだ。
しかし、そのものたちが裁かれたという情報は入ってこない。
大教主のこの反応。おそらく顧客の中に、身分の高い聖職者も含まれていたのだろう。
なにもかも腐っている――とリュオンは、暗澹たる気持ちになった。
審判獣の肉を食らった他の聖職者たちの名前が記されたリストは、その後秘密裏に処分された。
末端の聖職者ひとりを追放して、この事件はすべての幕引きが図られた――はずだった。
ネメシスの手が、聖職者の喉元をわしづかみにする。
このまま喉を握りつぶしてもいい。しかし、それではなんの解決にもならん。
そ、そんなことができるわけ……!?
***
彼の手元には、何名かの聖職者たちから送られてきた罪の告白状があった。
告白状を送ってきたのは、処分したはずの顧客リストに、名前が載っていたものたちすべてだった。
逆らったこと必ず後悔させてやろう。
監査役としてシリスが、リュオンの動向を探るようになったのは、この事件からだった。
なんて言えるわけないよ。いまはまだ大教主様には、逆らえないけど……
いつか見てろ。きたねえジジイの皺首、いつかねじ切ってやるからな……!)
Birth of New Order | |
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