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【黒ウィズ】リュオン編(ゴールデンアワード2018)Story

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん
ゴールデンアワード2018 リュオン編
開催期間:2018/08/31


目次


Story1

Story2

Story3


登場人物


執行騎士 リュオン・テラム
聖楽士 ローザ


story1



 聖都は祝福の声で沸き返っていた。

「今ここに新たなる執行騎士が誕生した!その名は――リュオン・テラム!」

 民衆の視線はひとりの青年に無く注がれ、喉はその名を唱和する。

「「「リュオン!リュオン!リュオン!」」」

 執行騎士――それは聖域に住む人々の守護者である。

厳しい訓練と試練をくぐり抜け、審判獣と契約を結んだ者だけがそう名乗ることを許される。

ゆえに民衆は羨望、畏敬、信頼、憧憬――すべての混じった瞳で、執行騎士を仰ぎ見る。

だが――

(……くだらないな)

 熱狂の中心にあって、新たなる執行騎士の瞳はどこまでも冷めていた。

(なにが叙任式だ。こんなもの、茶番だ)

 リュオンの瞳は集まった人々を越え、虚空を捉えている。

 「リュオン……リュオン……。」

 その瞳に映っているのは血にまみれた仲間の顔。その耳に響いているのは掠れ消えゆく仲間の声。

執行騎士の最終試験――それは苦難を共にした候補生同士による、凄絶な殺し合いだったのだ。

(仲間の血と屍の上に俺は立っている。そのような者が、守護者だなどと……)

騎士リュオン。汝こそ〈悪〉を裁く審判の執行者だ。今後の活躍に期待しているぞ。

 殺し合いを命じた張本人がそう告げる。

(白々しいことを……)

 瞬間、リュオンの身の内に、憎悪の炎が燃え上がる。が――

……ありがたきお言葉。このリュオン・テラム、ご期待に添えるよう精進いたします。

 涼る身中の炎を鎮め、リュオンは完璧な騎士の礼をする。

 その瞳には虚無が宿っていた。


 ***


 叙任式はつつがなく終わり、リュオンは大聖堂を歩いていた。

式典が済めば、もう聖都に用はない。守護を任じられた聖域へ戻るつもりだった。

――と、そこに声をかけられる。


wおめでとうございます、執行騎士さま。私、聖楽士のローザと申します。1曲、唄わせていただけませんでしょうか?

(唄?そんなもの、興味はないが……)

 聖楽士は掛なる人々に祝福の旋徘を届ける者だ。無碍に断るのは、聖堂の意に逆らうことになる。

……謹んで賜ろう。

wありがとうございます。それでは……。

 ローザは嬉しそうに笑うと、丁重に礼をして、唄いだした。


(……上手いのだろうな。だが……)

 リュオンには唄の良し悪しはわからない。天涯孤独の幼少期と、訓練に明け暮れた少年時代。唄に静かに耳を傾けたことなどなかった。

高らかに響く声はリュオンの耳を右から左へと通り過ぎていき、やがて止まった。


w……いかがでしたでしょうか?

さすが聖楽士。見事な唄だった。礼を言う。では……。

 心のこもらぬ言葉を告げ、リュオンは背を向ける。

その背に、悲しげな声がかけられた。

wやはり、貴方の心に唄は届かないのですね……。

 怪訝に思ったリュオンが振り向くと、ローザは真剣な面持ちで、挑むように告げる。


w私は……エバンの姉です。

また、唄わせてください。失礼いたします。

 返事を待たず、ローザは去っていく。

遠ざかる彼女の背に、幾度も見た仲間の背中が重なった。


エバン……。

 ――それは、最終試験でリュオンが手にかけた騎士候補生の名だった――



TOP↑

story2



 叙任式のひと月後、リュオンは大聖堂を訪れていた。

執行騎士は普段、担当する聖域を守っているが、大教主に呼び出され、聖都を訪れることも多い。

その用も無事に終え、帰途につこうとしていると――


wお勤めご苦労さまです。

 聖楽士のローザが、穏やかな笑顔を浮かべ声をかけてきた。

wよろしければ、また1曲、唄わせていただけないでしょうか?

……お願いしよう。


 女は笑みを浮かべ、唄いだす。以前に聞いたものと同じ唄だった。

大聖堂の通路だ。何人もが通りかかり、うっとりとした顔で聞き入っている。だが……。


(やはり俺には唄はわからない……)

 ローザは一心不乱に唄う。

そして唄い終えると、目を開き、なにかを探るようにリュオンをじっと見つめた。


wいかがでしたでしょうか?

……見事だった。それでは、失礼する。

 視線を避けるように、リュオンはその場を去る。だが、その背を視線が捉え続けているのを、まざまざと感じた。


(やはり……知っているのか……?)

 最終試験の内容を。――彼女の弟を、リュオンが手にかけたことを。

ならばローザがリュオンに近づいてきた理由は……。

…………。


 その後もリュオンが大聖堂を訪れるたび、ローザは姿をあらわした。


w執行騎士さま、よろしければ1曲……。

w執行騎士さま、お耳汚しでなければ、唄わせていただけましょうか?

wリュオンさま、唄うことをお許しいただけますか?


 拒むことができなかったのは、公での体面を考えてだけではない。

(エバンの命を奪い執行騎士となった俺には姉である彼女の望みを聞く義務がある)

 そう信じていたからだ。

 ふと、気になったのは、5度目か6度目の時だったか。


そういえば、この唄……他では聞かないな。

w古い唄です。無理もありません。今となっては覚えているのは、私たち聖楽士ぐらいのものでしょう。

これは忘れ去られた英雄たちへの鎮魂歌です。

鎮魂歌……。

w聖域の平穏は、代々の執行騎士さまの尊い戦いがあってこそ。私はそれを忘れずにいたいのです。


 ***


 自室へと戻ったリュオンを、マグエルが迎え入れる。


よお、無事だったか?心配したぜ。

行ったのは大聖堂だ。心配されるような場所じゃない。

よく言うぜ。前は戦場に行く時より、よっぽど神妙な顔していたくせに。

でも、ま、安心したぜ。最近は大聖堂に行くの、楽しそうだもんな。やっと執行騎士の生活に慣れたってとこか。

楽しそう?

なんだ?気づいてなかったのか?出かける時、ちょっと口元ゆるんでるぜ。

 最近は大聖堂に向かう時、ローザの唄声が耳に蘇ることが多い。

まさか……唄を楽しみに……?俺が……?


 ***


……。

 それから幾度目かのローザの唄。いまやリュオンはハッキリと気づいていた。己の心が、この唄で安らいでいる、と。

……鎮魂歌……魂を鎮める唄……か……。

 ローザは唄っている。なにかを願うように。――思い返せば、最初からそうだった。

(……俺は、余計なことばかりを考えていたのかもしれないな……)

 思えば最終試験の詳細は重要機密だ。高位の聖職者でもなければ、その内容を知ることはできない。

(弟の死の詳細を、彼女は知らないはずだ。彼女はただ、前線で戦う執行騎士を気遣ってくれていただけなのだろう)

 そんな当たり前のことが、ようやくリュオンの心に落ちてきた。

唄い終わったローザに、リュオンは告げる。

ありがとう。いい唄だった。よければ今度、俺の守る聖域に来てくれないか?兵たちにも、君の唄を聞かせたい。

 突然の申し出に、ローザは驚いた顔をしたが、すぐに微笑み、頷いた。

wはい、喜んで。


 ――こうして数日後、リュオンの守る聖域にローザは姿をあらわした。


よく来てくれた。すぐに兵を集めよう。

wそんなに急がないでも大丈夫では……兵士さんたちにもご迷惑でしょうし。

あの唄のなにが迷惑になる?なにより、俺も楽しみにしている。

 素直なリュオンの言葉に、ローザは恥ずかしそうにうつむいた。

――だが、その平穏を引き裂くように、あわてた様子のマグエルが駆け込んでくる。

リュオン!敵襲だ!インフェルナ軍の部隊がこの聖域に迫っているぞ!

なに!ローザ、俺は迎撃に出る!君はこの建物にいろ、いいな!

 返事を待たず、リュオンはマグエルたちと外へと駆けだしていく。

 ただひとり残されたローザは、しばらくリュオンの去った扉を見つめた後、懐からなにかを取り出し、じっと見つめる。

w…………。

 それは、護身用と言うにはあまりにも研ぎ澄まされた――短刀だった。



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story3



定められし戒律を破る者に天の裁きを――

 聖域の空を、柄まで刃になった十字の剣が舞う。審判獣との契約と引き換えに得た、リュオンと鎖で繋がれた執行器具――磔剣だ。


敵の数はせいぜい100かそこら……。執行騎士になって日の浅い俺を侮ったか。残念だったな。今日の俺は調子が良い。

 戦場を縦横無尽に駆ける執行騎士の暴威に、指揮官はやがて悲痛な叫びをあげた。

zてっ……撤退!撤退だ!

z――

追うな!聖域の安全確保が優先だ。

 敵が我先にと逃げていく光景に、リュオンの口から、自然と安堵の息が漏れる。

……守れたか。あの唄を。

 ささやかな達成感に、構えが解ける。それは常に張り詰めたリュオンの心に、わずかな隙ができた、ほんの一刹那――

地を蹴る音が響いた。

振り向いたリュオンの瞳に映ったのは、決死の形相で短刀を構えて駆けてくる――

――ローザの姿だった。

(なるほど、この瞬間のためか……。俺が弟の仇だと知っていたわけだ)

 最終試験の内容は高位聖職者のみが知る機密。だが取り入って聞き出すことが不可能なほど、奴らが清廉とは、もはや思えない。

傍で機を窺うためリュオンに近づいたのだろう。あるいは、インフェルナ軍の襲撃も彼女が手引きをしたものかもしれない。

(愚かな女だ。虚を衝いたとしても、あのような武器で執行騎士を殺せるものか)

 反応は遅れた。だが、まだ間に合う。磔剣の一振りで、このささいな危機は過ぎ去るだろう。

だが……リュオンの腕は動かなかった。動かせなかった。

(……これが、俺に下される天の沙汰、か)

 最終試験よりずっと、リュオンにつきまとっていた悔恨。それが今、彼を縛りつけ身動きを許さなかった。

(……心臓は審判獣ネメシスにくれてやった。狙うなら首だ。しっかりやることだ)

 リュオンは自らの運命を受け入れる。そして次の瞬間、ローザの刃は――

死角からリュオンに迫っていたインフェルナ兵の胸を貫いた。

zこ……の……!

 鮮血が飛んだ。激高した兵士の剣がローザに振り下ろされたのだ。

その段にいたってようやく、リュオンは事態を理解した。

彼を裁くのではなく、守るためにローザは走っていたのだ。

貴様!

 磔剣が一閃した。

瞬きの間もなく、インフェルナ兵の首は胴から離れる。

後に残ったのは、正面より斬られ、おびただしい血を流して倒れるローザだけだ。

その傍らに膝をつき上体を抱きかかえると、リュオンにはわかってしまった。

ローザはもう、助からない。


wよかった……執行騎士さまが無事で……。

なぜだ。なぜ戦場に出てきた。

w騎士さまが……心配で……。……まるでいつも死に場所を探しているみたいに見えました……。

だからといって君が……!

w最終試験の前日、弟は言っていました……「厳しい試験で自分は死ぬかもしれない。その時は、騎士になった奴に唄ってほしいと。

叙任式の日、貴方を見てひと目でわかりました。弟はきっと、誰が執行騎士に選ばれるか、はじめからわかっていたのです……。

 リュオンの脳裏に、あの最終試験の光景が蘇る。

仲間たちの何人かは、笑ってリュオンの剣の前に倒れた。ローザの弟、エバンもそのひとりだ。

(あれは、俺に託したのだ。執行騎士の使命を。聖域の未来を。わかっていた……だが認めたくなかった)

w貴方は弟が希望を託したお方……。そのお方の怪我をひとつでも防げるなら、それが私の命の意味だったのです……。

 蒼白な顔でローザは微笑む。医師でなくてもわかる。――終わりの時は近い。

ふいに、唄が聞こえた。

すでに耳に馴染んだ、あの旋律。――忘れ去られた英雄たちへの鎮魂歌。

ローザは唄っていた。わずかに残った命の灯火を燃やすように。

その声は弱くかすれ、喉をこみあげる血に幾度も途絶えた。だがそれでも――これまででもっとも美しい唄だった。

なぜ唄う。俺には唄の良さなど………。

 リュオンの声が、震える。

……わからないままでよかった。失うのなら、わかりたくなどなかった。

 ローザは、ただ微笑んだ。

w貴方が唄の素晴らしさを理解したことにも、きっと意味があります……。

 ――それが、彼女の最期の言葉だった。


 亡骸のそばで、リュオンはうつむいていた。だが、長い時間ではなかった。

(憎まれた方が、罰せられる方が楽だった。だがこの世界は、そんな甘えを許してはくれないらしい。ならば……)

 決然とあげたリュオンの瞳は、揺るがぬ決意に満ちていた。

(俺はもう迷わない……迷う資格などない。俺の生は多くの願いと犠牲の上にある。

俺は執行騎士リュオン・テラム。〈悪〉に裁きを下す、審判の執行者。戦い続け、その果てに死ぬために生きる者)

 それはひとりの執行騎士が、真に生まれ落ちた瞬間であった――。



 ――そして、時は流れる。

執行騎士団長リュオンは、森を歩いていた。

先代の団長サザを殺した蠍型の審判獣と戦った場所だ。奴が戻ってきていないかを確かめに来たのだ。

森の奥へと歩みを進めるリュオンは、耳柔を打つ音に、ふと足を止める。

「この唄は……。」

 あるいはそれがあの唄でなければ、リュオンの足は止まらなかったかもしれない。

あるいはそれがあの唄でなければ、有無を言わさず磔剣は宙を舞い、相手を切り裂いていたかもしれない。

それは、かつて幾度も聞いた、忘れ去られた英雄たちへの鎮魂歌――。


「……誰?」


 ――貴方が唄の素晴らしさを理解したことにも、きっと意味があります――

懐かしい声が、どこかでそう囁いた気がした。




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