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【黒ウィズ】カヌエ(謹賀新年2018)Story

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最終更新者:にゃん

2018/01/01

目次


Story1 神様という奴が市場にいた

Story2 年末は神様とフグを食べた

Story3 年始は神様と蟹を食べた



人物紹介






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story1


「……。」

少女は神様を見た。

年の終わりが近づき、多くの露店が並び、活気づく市場の中に神様はいた。

「だーいじょうぶだから。神様がだーいじょうぶつってんだから。だいじょぶだいじょぶ。」

「……。」

「だから、ほれ。壷買ってみ。」

神様は、壷を売っていた。

「もう一度確認するけど、その壷を買えばどうなるの。」

「縁結び。お金に仕事に恋に、なんでもこいだよ。

色んな縁を強くしてくれて、幸せになれっからー。なっちまうからー。」

「壷で?」

「だーいじょうぶだから。だーいじょぶだーいじょぶ。

壷買うだけで幸せになれっからー。なんだったら月賦でいいからー。」

「いらない。」

「ええ! 幸せ逃げるよ……? もったいないっしょー。だから買ってほしいっしょー。」

「いま人探ししてるの。そんな壷抱えてたら、邪魔になるでしょ。」

「そんなことないっしょー。小脇に抱えて、小物を入れたら鞄替わりになるっしょー。」

「うるせえ。」

店頭の少女は言い捨て、くるりと回り、神様の元から去ってゆく。

「信心足りてないっしょー……。世の中厳しいねえ……。」

神様は、ため息混じりに呟いて、ぽっくりと足元の椅子に座り込む。

露店の日よけが作る影が頭からつま先までを覆った。

年中気候が良いとはいえ、サンザールの街にも冬は来る。

ほんの少しの肌寒さを感じる空気は、街のそこかしこに差し込む太陽の光に、いつもと違う色合いを与えていた。

「ふいー……。」

それは神の顔色とも似ていた。

「そんな顔、お前には似合わないぞ。」

「ソラー!」

「どうするんだ? もうすぐ〈新炎の儀〉だぞ。御子がいないと、ヴィジテの人々が祭りに参加できないぞ。」

「そのことならだいじょうぶだいじょぶ。私が出れば問題ないっしょー。

神様が祭りに参加したらダメってことはないからねえ。ぷれいんぐ神っしょー。時代はぷれいんぐ神っしょー。

ようやく時代が神に追いついたっしょー。」

「ダメだ。」

「ええー。」

「神がそう何度も人の営みに関わっていいわけがないだろう。あの時は、異常事態だったからだ。」

「そうだねえ。やっぱりサマーがいなくなると大変だねえ。」

「だから私は言ったじゃないか! ちゃんと考えろって!」

「でも考えた所で、答えは変わるのかねえ?」

「それは……。」

「だったら先のことを考えるのが健全っしょー。」

「新しい御子か……。とはいえ、何のアテもないだろ。」

「だーいじょぶ、だーいじょぶだから。世の中縁だから、だーいじょうぶ。」




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story1-2


「……。」

少女はうなじに当たる日の光の温かさが、神の恩寵のように感じた。

神に見守られている。そんな気がした。

実を言うと、ここ数日、朝起きて街を散歩するたびに、背筋に神の視線を感じていた。

「じー……。」

少女は、そこに神が実在するような気がして、そっと後ろを振り返った。

「ササッ!」

少女の結んだ髪が翻るのを見て、神は急いで路地の角に隠れた。

「……。」

「こそこそ……。」

神はゆっくりと物陰から顔を出す。

「じー……。じーったら、じー……。」

「おいこら、そこのかわいい生き物。」

「ババ、バレちゃった? あわわわ。」

神はうかつにも、少女に存在を知られてしまった。思いっきり目が合った。

「あなた、ここ最近ずっと私の後をつけてるでしょ。」

「おほほほ。それを見抜くとは、なかなか勘が鋭いねえ。

そうです。つけてました!」

神がそう言ったので、少女は神の右手をむんずと掴んだ。

「然るべきところに行こうか。」

聞くと、神は平伏して、言った。

「勘弁してほしいっしょ。お上に突き出すのだけは勘弁してほしいっしょ。

神がそう言ったので、少女はお上に突き出すのを止め、しこたま説教することにした。

「勝手に人の後ついてきちゃだめでしょ。」

「ハイ。」

「いやでしょ、知らない人についてこられたら。いやでしょ?」

「ハイ。」

神が大いに反省しているようだったので、少女は許してやることにした。

「じゃ、私行くから。」

「ハイ。」

神に別れを告げ、少女は街の西に向かうために、大通りへ出る。

神は何事もなく、少女の後について歩き始めた。

少女は歩みを止めた。

「おいこら、そこのかわいい生き物。いまついてこようとしたでしょ。」

「ついていこうとしてないっしょー。たまたま行く方向が一緒だっただけっしょー。

言いがかりっしょー。」

それを聞いて、少女は神の両のこめかみに拳を押し当てた。

そして、容赦なくグリグリした。

「ひーーー!」

神は悲鳴をあげた。

少女は神が反省していないようだったので、再びしこたま説教した。

「屁理屈でしょ。いまのただの屁理屈でしょ。」

「ハイ。」

「ダメでしょ、屁理屈言ったら。」

「ハイ。」

神は懐からあるものを取り出し、詫びる言葉とともに少女にそれを差し出した。

「蟹の甲羅あげるから、許してほしいっしょ~。」

少女は容赦なくグリグリした。

「ひーーー!!」

少女は神の鼻先に蟹の甲羅を突きつけた。

「臭いでしょ? 蟹の甲羅臭いでしょ?」

「ハイ。」

「いらないでしょ、こんなもの。こんなの持ってても邪魔でしょ?」

「ハイ。」

「じゃ、今度こそ行くから。ついてこないでね。」

神は頷いてみせた。

安堵して少女は歩き始める。賑わう大通りへと手前まで進んでから、念のため後ろを振り向いてみた。

神はこちらをじっと見つめているが、別れた場所から一歩も動いていなかった。

ついてくるのは諦めたようだ。

神は両手の人差し指を少女に向けて、突き立てる。つんつんと前後させている。

「わたしのこと気になってしようがなくなってるっしょ~!」

「……。」

少女は猛ダッシュで神の元まで行き、グリグリした。

「ひーーー!」


 ***


神は痛みを和らげるためにこめかみをもみもみしていた。

念じるように、丁寧にもみもみしていた。

本気でちょっと痛かったからである。まさか神相手にここまで手加減なしだとは、神も思わなかったからである。

ひとしきりもみもみすると、神は言った。

「気になっているんだったら、話を聞いてくれてもいいんでないかい?」

それを聞き、肩の荷を下ろすように、少女はふうっ一息つく。


「いいわよ。私はリザ。」

その手が神の前に差し出される。神の手がその指先を握る。

「カヌエ。神様やってるよ。よろしくね、異界の旅人さん。」

少女は目をぱちくりさせて、神を見た。

何も言っていないのに、自分の正体を見抜いていたからだ。

目の前でへらへらと笑っている存在は、自分のことをただの旅人ではなく、「異界の旅人」と言った。

「あなた、何者?」

「だから、神様だって言ってっしょー。」

と、神はへらへらと笑った。






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story1-3


「御子になってください。一目見た時から決めてました。」

「うるせえ。」

「はうーー……。」

涙目で青空を見上げるカヌエにリザが声をかける。

「いきなりそんなこと言われても反応できないでしょ。まずは状況を説明してよ。」

「あい。」


カヌエはこれまでの経緯をリザに説明する。

かつて御子を務めていたサマーという少女が、世界の時間を救うために別の世界に向かったこと。

それにより、御子が空位になったこと。そして自分がヴィジテの神カヌエであること。

年末に執り行われる祭りでは御子が必要なこと。


「ふーん。」

「動じてないねえ? もしかして信じてないのかい?」

「信じてあげるわよ。前にも言ったと思うけど、私は人を探しているの。そんな暇がないわ。」

「その探し人、わたしだったらきっと出会わせてあげられると思うねえ。なんつったってわたしは神様ですから。

縁結びの神様ですから。」

「無理よ。私と一緒に来たその人は、別の時代に飛ばされちゃったみたいなの。」

「ああー……それは……。」

「ほら、無理でしょ。」

「と見せかけて、えい!」

カヌエはリザに向けて指をビッと突き立てる。

「何したの?」

「結びました、緑。その探し人とあなたの緑を結びました。ガッツリ。そりゃもうぉーガッツリ。」

「じゃ、私行くね。」

「わああっ! 少しは信じてほしいっしょー。マジ勘弁っしょー。」

「あなた、いちいちやることが胡散臭いのよ。」

「でもマジモンの神だよお。あ、それなら、ヴィジテのみんなに協力してもらって、情報を集めるってのは?」

「御子になればそれが出来るの?」

「やらいでかーい! やらいでかーい! みんな御子に協力してくれるよ、きっと。」

「胡散臭いなあ。

でも、私みたいな余所者がなっちゃっていいの? 御子って。」

「だーいじょうぶ。ヴィジテは元々、異界から流れてきた人の知識をもらって、発展してきたんだよ。

ヴィジテにとって異界からの旅人は、そりゃもう、もんの凄いんだから。ビッグサプライズなんだから。

だからいいんでないかい? 御子、なっちゃっていいんでないかい?」

「そんな軽くていいの?」



 ***


「リザか……テタニアだ。歓迎する。話はカヌエ様から聞いた。」

「よろしく。本当に私が御子になってもいいの?」

「我々、ヴィジテは旅人を友として扱う。長い歴史の中では、旅人が御子になった例もいくつかある。

だが、あなたにもあなたの事情があると聞いた。なので、今回は代理だ。いまは新しい御子候補も勉強中だ。

それが済むまでだ。ただ、御子になるには、条件がある。」

テタニアは涼し気な目線を部屋の奥に送る。リザも目を凝らすが、薄暗くて見えない。

ぼうっと音を立てて、壁のランタンの火が灯る。

温かい炎の揺らめきに照らされるのは、台座に安置された杖だった。

「あの杖をどうすればいいの?」

「触れるだけでいい。あなたが適していれば、あの杖が反応する。」

「簡単ね。」

「ただ……ごく稀に事故は起こる。それでも儀式を行うか?」

リザはその言葉の奥に別の意味を嗅ぎ取る。冷たく、寂しいなにかの意味。

「あなたの探している人の情報を集めるのなら、御子にならなくても行える。ヴィジテが力を貸してあげられる。」

テタニアがはのめかす提案に、リザは首を横に振る。 

「私が前にいた世界はもっと厳しかった。あなたが言う「事故」にもっと背中合わせだったわ。」

「わかった。祭司たちを呼んでくる。待っていてくれ。」


テタニアが去った部屋で、杖を見つめリザは自嘲した。

「リザ、あなたって案外お人好しね。」

自分でそう言いながら、違うな、と思った。

借りを作りたくなかったのだ。ここもまた、去るべき場所なのだ。

とリザは自分に言い聞かせた。



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story2



リザの朝はどろどろホットチョコレートで始まる。

「ホットチョコレートのミルクとチョコの割合をちょっと変えるの。

ミルク少なめ、チョコレートが多め。」

「おおー、ドロドロぉー。」

ミルクパンの中には粘り気のあるホットチョコレートがとろ火で煮込まれていた。

リザは子どもの頃から、このミルクとチョコレートの割合がおかしいホットチョコレートを毎朝飲んでいた。

飲むというよりも食べるという感覚に近い。

だが、この世界に来てからは、長い間ありつけないでいた。

「ちょっと失敗。ここの暖炉は初めてだから、火加減がわからないわ。」

少し残念そうに、ミルクパンの中のチョコレートをカップに移す。

「そうなんだねえ。前はどんな暖炉使っていたの?」

ドロドロと流れ込む様を、カヌエが目を寄せながら見つめている。興味津々である。

「ここのは薪でしょ。燃え方が違うから難しいのよ。前は燃えやすい小悪魔を使ってたから、もっと火が強かったわ。」

「こあ? こあくま? へえ……いろいろあるんだねえ。」

ミルクパンの縁にこびりついたチョコを丁寧にすくい取って、カップに流し込む。

甘い匂いが朝の肌寒い空気に混じりながら漂い、空っぽの胃袋に朝を知らせてくれる。

ふたり分のカップを持ち上げて、リザはキッチンの邪魔者を急かした。

「はいはい、テーブルに移動して。」

カップから尾を引くように立ち昇る甘い湯気には、神様であるうと従わざるを得ない。

カヌエはリザの後をついて、テーブルに向かう。

用意された朝食。

フルーツいろいろ。バターがたっぷり生地に練り込まれたパン。それと、リザのどろどろホットチョコレート。

ご機嫌な朝食だ。

「マシュマロはお好みでどうぞ。スプーンですくってフーフーして□に運びなさいよ。

「ふー、ふー……ほい。ふむふむ。」

口の中に放り込まれた甘くて熱くて、優しい味の塊を吟味するように、カヌエは口をもごもごさせる。

「ほ! ほ! ホッチョコレート!ホッチョコレート! ほほほーい。」

「ホントにあなた、神様なの? ただのかわいい生き物にしか見えないわよ。」

「ほほほーい、ほほほーい。ホッチョコレート、ほほほーい。」

リザもどろどろのホットチョコレートをスプーンで口に運ぶ。

その一口がもたらす懐かしさが、これまでの出来事を思わず想起させた。


ここまで辛かった。

一緒に異界を旅するはずの、相棒のリュディといきなり離れ離れになった。

話によると、リュディはこの世界の過去に飛ばされ、いまはもう故人となっているらしい。

少し前、この世界は時間がぐちゃぐちゃになったという。

どうやらその影響で、ふたりは別の時代に飛ばされてしまったのではないか、というのが神様の考えだった。

今のところ解決策はないが、リザは御子代理になり、カヌエという神様と同居している。

本当なら御子が住む御所に住まなければいけないのだが、あくまで御子代理だとして、辞退した。

すると、なぜかアパートメントの一室で暮らす神様と同居することになったのだ。


「ほほほーい、ほほほーい。ホッチョコレート、ほほほーい。」

「ふふ。」

ホットチョコレートのおいしさに小躍りしているカヌエを見て、リザは自然と笑顔になった。

思えばいつ以来笑ったのか、わからないくらいだった。

「そういえばあなた、あんなところで壷なんか売って何してたの?」

椅子の上で、くるくる回っていた神様はぴたりと正面を向いて、止まる。

「ぷれいんぐ神だよ。いまヴィジテは御子だったサマーがいなくなって、大変な時期なんだよね。

だからここはいっちょわたしがね、神様のご利益をだだ漏れにして、みんなの信心を高めてあげようって思ったのさー。

でも、これからはリザが御子の代理やってくれっからー。やっちゃってくれっからー。いけるっしょー。」

「そういえば、なんかのお祭りがあるみたいね。そこで御子同士が対決するんでしょ? 何するの。」

「競技は直前に決められるから、わからないんだよねえ。

でもぉ……今回ばっかは負けられないっしょー。ヴィジテの危機に、発奮しなきゃ、ウソっしょー。

ここで負けたら、みんながバラバラになっちゃうかもしれないからねえ。負けられないよねえ。

「まあ、そうね。私も御子の代理として、負けたら存在意義がないわよね。」

「その意気その意気。」

「私、生まれてこのかた、負けたことないから。」

「これマジ金脈掘り当てちゃったしょー。」

飛び跳ねて喜ぶ神様を見て、リザは思った。

(こいつ、クソかわいいな)




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story2-2



「いまからー、御子としてのアレコレをー叩き込んじまうからー、マジヨロシクっしょー。」

ここ数日カヌエは、リザに御子としての厳しい特訓を課していた。

「これ年末まで続くからー、負けらんねえからー。つってー。」

「はーい。」

「まずは、ゴンドラで水路ぐるっと一回りしようかねえー。」

「はーい。」

「わたしの言う通りにやってたら勝てっからー。だーいじょうぶだからー。だいじょぶだいじょぶー。つってー。」

「はーい。動きますよー。」

唐突なゴンドラの動きに、船首に立つカヌエはバランスを崩す。

「うわ、たったった……だーいじょうぶ、じゃなーい……。」

水しぶきを上げて、神様が水路に落ちた。

ゴンドラをゆっくりと停止させ、リザはカヌエが落ちたあたりに目をやる。

ぷくぷくと水面に気泡が浮かび上がる。水鏡の奥でうっすらと見える影が次第に濃くなってくる。

清々しい光が乱反射している。時折、眼を焼いた。

「ぶはあ!」

「ほらー、浮かれてっからー。落ちちゃうっしょー。はい、擢に捕まって。」

「とほほだねえ、面目ないねえ……。」


 ***


「水かけはサンザールの華だからー。やらないわけにはいかないからねえー。

ガンガン水かけていくっからー。」

「……。」

リザは無言のまま、手持ちの水鉄砲でカヌエの顔に水をかけた。

「ぶわっち! 何するっしょ。」

「いや、水かけろって。」

「わたしじゃないねえ。ちゃんと練習相手用意したから、そっちにガンガンかけてほしいねえ。」

リザは再びカヌエの顔に水をかけた。

「ぶわっち! ぶるるるる! 何するっしょ~。」

「ガンガンかけろっていったから。」

「だから、わたしじゃないって言ってるっしょー。練習相手にかけてほしいんだよお。」

「えい。」

「ぶわっち! ぶるるるる。」

(かわいい生き物だな)


 ***


「ちょっと神様に対して好き放題し過ぎだねえ。どういう育ち方してるのかねえ。」

「私、魔界で育ったから。」

「なんかヤバそうな名前のところだねえ。」

「私のバックに魔王ついてるから。」

「これヤバいの拾ってきちゃったっしょー。一番神様と違い所にいるっしょー。」

「あんまり私を甘く見ると……あるかもよ、報復。」

「これ触らぬ神に崇りなしっしょー。完全に立場逆転しちゃったっしょー。」

などとああだこうだやりながら、カヌエとリザは年の瀬の時間を過ごした。


そして、お祭りを翌日に控えた夜。

カヌエはリザに宣言した。


「フグを食べよう。」

「フグ?」

「年末と言えばフグだからねえ。それにここまで特訓頑張ったからねえ。

食べるよ、フグ。食べちゃうよお。」

「フグって何?」

「フグはやばいよお。すっごくやばいよお。」

「なに? そんなに美味しいの?」

「やばいよお、フグ。毒があるからねえ。」

「そっちのやばい!? そんなのどうやって食べるのよ。」

「ぐふふふ……。神頼み。」

「絶対食べない。」


***


「なんだ、神頼みってそういうことなのね。心配したわ。」

「はっはっは。おおかたカヌエがわかりにくい説明をしたんだろう。」

「ソラはねえ、釣りの神様でもあるから魚には詳しいんだよ。」

「それならフグの調理もばっちりね。」

「実を言うと、毒の部分を取って調理するのは初めてだけどな。」

「え?」

「私ら神だから、フグの毒くらいでは死なないからね。いつもは特に処理してない。」

「は?」

「だーいじょうぶ。だーいじょうぶだから。」

「おい。いますぐやめろ。」


 ***


リザの目の前にはぐつぐつと煮立ったフグの鍋があった。

リザはフグの身をひとつスプーンですくい、目の前に持ち上げる。

じっくり見たところで、毒があるかないかなどわからない。

もはや当たるも当たらないも運次第のように思える。

「だーいじょうぶ。だーいじょうぶだから。神様が調理してんだから。だーいじょうぶだから。」

「あなたの大丈夫はすごく不安なんだけど。」

「大丈夫、ちゃんと毒の部位を取り除いたから。」

「そうよね、大丈夫よね。」

「たぶんな!」

「神様だからって殴る時は殴るわよ。」


リザは意を決してスプーンを口に運んだ。その瞬間、これで死んだら間抜けだなあ、と少しだけ思ったが、食べた。


「あ。美味しい。鶏肉に似てる? 優しい味。」

「だしょー。フグはおいしいよねー。食べた後の煮汁は雑炊にも使えるんだよねえ。

明日は雑炊だねえ。ぞーすい、ぞーすい。ぞーのすい!」

神様の鼻歌を聞きながら、この神様は明るくって、温かくって、不思議な神様だと思った。

「本当の所、すこし寂しかったんだ。ここに来てからずっと。

でも、なんか楽しくなってきた、カヌエといると。……いや、カヌエ様か。」

「そんな、カヌエ様とか言われると恥ずかしいっしょー。照れちゃうっしょー。」


リザは、明日はこの神様のために勝ちたい。

強くそう思った。






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story3



朝が来た。

「あ~さ~だ~!」

その年、最後の朝である。

ベランダから見える街の様子は静けさの中に、どこか日常とは違う活気のようなものがあった。

いつもなら働き始めている時間に、人々は子供を連れて歩いている。

「ふーん。」

朝から親に連れられて、外に出かける時は、決まって特別な日だった。

この世界でも、それが同じ意味を持った風景であることを知り、リザの顔が綻ぶ。

「いい朝だねえ。もしかしたら、今年一番の朝かもねえ。」

神様と一緒に子供時代から変わらないどろどろホットチョコレートをかき混ぜる。

心地よい冬の風を浴び、乾いた空気を透き通る光を浴び、ふたりは太陽に顔を向ける。

動かしていた手を止め、スプーンを持ち上げ、えいと口の中に放り込んだ。

「ホッチョコレート! ホッチョコレート! ほほほ~い。」

ガツンと、甘味とカカオの香りが空っぽの体の中に響き渡る。

「良し。やるぞ!」

「やらいでか~い! やらいでか~い! 勝ちっしょ~。勝ちしかないっしょ~。」

決戦の朝が来たのである。


……。


昼過ぎ、御子たちは儀式の場所となる時計塔の一室に入る。

リザはそこで初めてマニフエの御子と会った。

「よろしく。カヌエの御子。」

「ええ、よろしく。えーと……ソラの御子。」

「緊張しないでください。」

「出来る限り頑張るわ。対決する相手に、慰められてちゃだめね。」

「大丈夫です。私もよくありました。前任のヴィジテの御子に慰められました。」

「いい人だった?」

「ええ。いい人です。私の大切な……家族のような人です。」

「私もそういう人がいる……いたって方が正しいか。いまは会えないけど。」

「きっと会えますよ。」

「気を使ってくれてありがとう。あなたは、その人に会いたくないの?」

「会う必要はないです。」

「……? そうなの、意外とさっぱりしてるのね。」

「そうではありませんよ。さ、儀式を始めましょう。」

言われて、リザは小さく頷いた。

御子たちが儀式を執り行う時、神々は――


「リザ来いリザ来いリザ来いリザ来い。」

「ホリー来いホリー来いホリー来いホリー来い!」


祈っていた。

代理である御子の結果次第で自らの命運が決まる。そこには神の力が介在することも出来ない。

神様と言えど、祈ることしか出来なかった。

「リザ来いリザ来いリザ来い……。」

「ホリー来いホリー来いホリー来い……。」

とは言え、まさか神様が本気で祈っているとは誰も思っていない。

「ピーピーピー」

「カーカーカー」

だが、祈っていた。本気で。

「ところでソラ?」

ふと、カヌエが祈りを止めて対の神様を見た。

「なんだ?」

「そういえば、わたしたち誰に祈っているんだろうねえ?

わたしたち自身が祈られる対象じゃないかい? ふつう?」

少し考え、ソラが答える。

「自分?」

「自分に? おかしくないかい、それ?」

「じゃあ、カヌエか?」

「それ、もっとおかしいねえ……。」

「ホントだ! すごいこんがらがってる!」

「もしかして、わたしたちより上になんかいるのかねえ?」

ふたりは、ぼんやりと上を見上げた。

「なんか怖い話になってきたな……。」

「そうだねえ、考えるのやめようか……。」

そして、戦いの午後が、夕凪に誘われ、波音と共に海の彼方へ消えてゆく。

太陽が沈みかけ、空が徐々に夜の濃紺と交じり合うと、御子たちは部屋から出た。

「おめでとう。来年はカヌエの朝で始まりますね。」

「ありがとう。でも、残念じゃないの?」

「残念ですけど、カヌエであろうが、ソラであろうが、明日が来るのはいいことです。

さあ、ヴィジテのみなさんに報告してください。」

「うん。」


ひとしきり報告を終えて、リザはカヌエのいるはずのアパートメントに戻った。

だが、そこにはカヌエの姿はなかった。

しばらく待ったが、それでもカヌエは帰って来なかった。


「……雑炊の作り方、わからないじゃない。」



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story3-2



孤独な夜がリザを眠らせなかった。

体を覆う毛布の温もりが、遠慮のないお節介のように思える。

「……。」

朝が近づいてきているのがわかる。

重たい夜の帳の隙間から、風や木々や生物たちの息吹が少しずつ漏れ聞こえる。

「なんだこりゃ?」

おめでたいはずの新年の朝が、とてつもなくつまらないものに思えた。

心に決めた訣別と、事故のように起きた離別。そして、いま突きつけられている孤独。

終わりゆく夜のど真ん中で、最低の気分を味わわされている。

「ダメだ。寝よう。」

コツコツと戸を叩く音が響いた。

毛布に包まりながら戸を開けると、そこにホリーがいた。


「日の出を見に行きませんか?」

「えと……。」

「あなたの世界のことはわかりませんが、ここではそうするんです。

郷に入れば郷に従えですよ。」

その笑顔に、さすがだなとリザは感心した。

御子という大役を担う笑顔だと思った。人々の支えとなるべき意思を感じた。

ふと、育ての親のことを思い出した。彼らの笑顔も、同じ笑顔だった。

「そうする。」

濃紺に染められた空の色が、徐々に薄らいでゆくのをリザはホリーと見ていた。

ここは名所なのか、朝が近づくにつれて、人が増えていた。

新しい朝の日が徐々に顔を出し始めた時、ホリーがリザに語りかける。

白んでゆく空をしっかりと見つめたまま。

「〈新炎の儀〉というのは、その年、最初の太陽がソラかカヌエのどちらの光なのかを決めるものです。

今年はあなたが勝ったから、これから見る日の出はカヌエのものです。」

「否定するわけじゃないけど、私には同じ太陽に思えるわ。」

「あなたもカヌエとソラに会ったことがあるから分かると思いますが、あのふたりは本質的には変わりません。」

「そうね。どちらも明るくて……ちょっと抜けているわね。」

「愛嬌があっていいでしょ。私も初めて会った時は驚きました。でもすぐに好きになりませんでしたか。」

「……うん。」

「ソラは前向きで、何かあっても背中を押してくれる。

カヌエはいつも大丈夫と言って安心させてくれます。」

「根拠はなさそうだけどね。」

「でも、安心する。

カヌエがあんな神様だから、私は前任の御子にも会わなくていいと思うんです。

彼女とカヌエ、どこか似ています。きっと彼女も向こうで元気に過ごしているはずです。

だから、私は……私らしく、ソラのように前を向きます。」

ホリーの言葉がすっと心に入り込む。口から自然と言葉が出て来る。

今まで、絶対口にするべきではない、と頑なに心にしまい込んだ言葉である。

「私は、リュディに会いたい。」

「会えますよ。」

ホリーもカヌエも、そしてたぶんソラも、彼女たちの根拠のない言葉がとても力強く思える。

それが神様と御子という、存在なのだろうか。とリザは考えた。

朝が来た。その年初めて光と共に、水平線から太陽が顔を出した。

見物客の多くが、同じ空と海の境界線を眺めていた。

リザは、その光景が故郷に似ている気がした。空と海の混じり合う世界が。

太陽はカヌエの顔のように見えた。

その声が聞こえてくるようだった。


「皆さま、明けましておめでとうございます~。

年の初めの、初カ~ヌ~エ~。

今年も、だーいじょうぶだから! だーいじょうぶ。だーいじょうぶ。」

「……。」

「頑張ってれば、だーいじょうぶ~。だーいじょうぶだから。」

本当に見えているし、聞こえていた。

「なんじゃこりゃ。」

「さあ、私も初めて見ました……。」

「だーいじょうぶ、つってんだから、つってんだから。だーいじょうぶ!」


どうやら、本人の話によると、この準備のために、夜は留守にしていたらしい。

リザは、帰ってきたカヌエにダッシュで駆け寄り――

グリグリした。



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story


「やっぱ、蟹っしょー。新年一発目は蟹っしょー。」

新しい年を迎えたカヌエとリザは蟹を食べていた。

御子代理として幾つかの行躾をこなした後、まとまった休みをもらったので、神様ふたりとパーティーをすることにしたのである。

蟹はソラが持ってきてくれたのだ。

「まだまだいっぱいあるぞ!」

ちなみに料理までしてくれている。

「でも蟹ってなかなか食べにくいのよね。」

「そんなことないっしょー。慣れたらお手の物っしょー。」

そういって、カヌエは蟹の足の真ん中に鋏を入れて、きれいにふたつに割った。

「これをこうして、パキってからぁ、プリンって出すとねえ……。」

器用に中の肉だけを取り出してみせた。

「ほれ、やってみ。」

自慢げにぷらんぷらんと目の前で振り回される蟹肉を、リザはもぎ取り口に運ぶ。

「……うん。おいしい。」

「ひどいっしょー! 神様の蟹取ったっしょー。完全、鬼の子っしょー。」

「残念、魔王の子よ。」

「ひゃー。これ、ホント、ヤッベえの拾ってきちゃったっしょー……。」

そんな風に神様と仲良くやっていると、テタニアが訪ねてきた。

簡単に挨拶を済ませ、部屋に迎え入れる。

テタニアが訪ねてきた。

彼女の性格らしく、まず用件をリザに伝えた。

「探していたリュディガーについて、詳しい人物が見つかった。」

「ホント!」

驚いていると、カヌエが肘をつんつんしてくる。

「うるさい。」

神様の顔をぐいと押しのけ、話の続きをきいた。

「あなたと同じ年くらいらしい。

グレイスという名の少女だ。」

「へえー。」

リザが頭のなかで、色々な想像を巡らせていると、それを吹き飛ばすような香ばしい匂いが漂ってくる。

リザが頭のなかで、色々な想像を巡らせていると、それを吹き飛ばすような香ばしい匂いが漂ってくる。

ソラが料理の皿を両手に抱え、キッチンから戻ってきたのだ。

「おーい。チミチャンガ出来たぞー!」

「え!」

「チミチミ、チャンガチャンガ~!」

「チミチャンガ!? チミチャンガってどれ!?」

「これ。」

皿には油で揚げられたどでかい塊がのっていた。味は容易に想像できないが、美味しいに違いないと思えた。

「チミチャンガって実在したんだぁ……。」

それこそ、先ほどまでの話がどこかへ行ってしまうほど、破壊力のある見た目だった。

これ。

「うーまそー、うーまそー。チーミチャンガうーまそー。

たーべよー、たーべよー。チーミチャンガたーべよー。」

もちろん神様も、チミチャンガに夢中だった。







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