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【黒ウィズ】ディートリヒ編(GP2019)Story

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最終更新者:にゃん

2019/09/12



目次


Story1

Story2

Story3



登場人物


ドルキマス軍・中佐
ディートリヒ・ベルク
ドルキマス国・名門貴族
ハインツ・ミュラー
ガライド連合王国宰相
ゲルトルーデ・リプヒム
ドルキマス軍・大尉
ブルーノ・シャルルリエ


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story1 売国



ドルキマス国は滅びねばならない。それが彼の出した結論だった。

眼前の男が、恭しく頭を下げながら大仰に告げる。


お会いできて光栄です。ハインツ閣下。

ドルキマス国の名門貴族、ミュラー家当主ハインツ・ミュラー。それが彼の地位と名だ。

齢は30をいくつか越えたばかり。まだ若いその心身には、覇気が満ちている。

それはこちらの言葉です、ゲルトルーデ殿。まさか宰相たる貴殿が、直々に訪れてくれるとは。

当然でございますとも。閣下はドルキマス国の要ともいうべきお方。余人に任せることなどできません。

その慇懃(インギン)な言葉や態度に、彼は騙されない。ガライド連合王国宰相ゲルトルーデ・リプヒム。軍事・政略ともに、その才は本物だ。

ふたりが会っているのは、ドルキマスの南方に浮かぶ小さな島である。

ミュラー家の領地であるその島には、当主の別邸以外のものはなく、部外者が立ち寄ることは滅多にない。

ゆえに、密会の場として選ばれた。

頭をあげ、お座りください、ゲルトルーデ殿。本来ならば私が貴国に参るべきだったのです。

いえいえ、どうかお気になさらず。閣下ほどの方を呼びつけるなど、とんでもありません。

……少々くどいな。狐狸の化かし合いをする気はない。私は実利のある話をしたいのだ。

その言葉に、ゲルトルーデは一瞬だけ、口の端に愉悦を含んだ笑みを浮かべると、一礼をして対面の長椅子に座した。

聞きしに勝る剛毅なお言葉。会いにきて正解でした。

現在、ドルキマス国は内部に火種を抱えている。

原因は無論、現王グスタフにある。


暗君の名をほしいままにするグスタフの妄動は、王政の廃止を望む共和派を生んだ。

暴君の耳に届くのを恐れ、今はまだひそやかに語られるその声は、しかし日に日に大きくなりつつある。

もしグスタフ王が倒れることがあれば、その声はすぐにでも爆発するだろう。

第1王子アルトゥールに、それを抑えることのできる才覚があるとは、ハインツには思えなかった。

保って20年。下手すれば10年。それが彼の見立てる現王権の限界だ。

となれば、彼のように貴族としてドルキマスに君臨する者がとれる選択肢は少ない。


意思は固い。そう信じてよろしいのですね?

一度だけ深く息を吸い、覚悟とともにハインツは告げる。

そうだ。貴様らガライドに、このドルキマスをくれてやる。

売国――それが彼の選択だった。

ドルキマスは小国だ。内から乱れれば、すぐさま他国にとって食われるだろう。このままでは滅びは避けられない。

だが今ならば、国を売り渡す代わりに、ハインツはガライド連合王国に諸侯として迎えられる。

ゆえに彼は現王グスタフごと、この国を一度滅ぼすと決意したのだ。

無駄にあがいて、戦火に苦しむ民を増やすまいという閣下の御心は素晴らしいものです。では、詳しい作戦の話を……。

待て。協力者をひとり、同行させたい。この作戦に加わってもらう者だ。かまわないな?

どうぞ、ご随意に。

入れ。

隣室に声をかけると、扉がひらき、すらりとした長身が姿をあらわす。

カツカツと床を打つ靴音を響かせ近づくと、賓客であるゲルトルーデを平然と見下ろしながらその男は口をひらいた。

ディートリヒ・ベルク中佐だ。アンタがガライドの親玉か。


 ***


さすがは閣下。なかなか変わった配下をお持ちのようです。

言葉には揶揄が込められている。無理もあるまい。不遜な言葉に、はだけた衣装。およそ地位のある者には見えないだろう。

中佐というと、閣下の私兵ではなく、ドルキマス正規軍の?

空軍所属だ。一兵卒上がりでな。堅苦しいのは苦手だ。

礼儀を知らない男だが、これでなかなか使える。すまんが、許してもらいたい。


ハインツがディートリヒを見出したのは、そう古い話ではない。

軍部へのつながりを使い、有能な手勢を求めているときに、この若く不遜な士官の存在を知った。

貴族か。勝利を求めているな。そういう顔だ。

俺に地位と権力をよこせ。そうすれば、勝利などいくらでもくれてやる。

出会うなりそう告げたディートリヒを、ハインツはすぐに気に入った。

戦歴を調べると、老朽艦で編成された部隊を率い自軍に多大な被害を出しながら、それに数倍する戦果をあげているという。

なにより、夜明けの太陽を思わせる金の髪が、ひと目でハインツの心を奪った。

ハインツはディートリヒの後ろ盾となり、軍部とのつながりを利用して、彼を昇進させた。

その代償として、ディートリヒはハインツヘの協力を誓っている。ふたりはいわば、共犯者なのだ。

国の改革をおこなうのは、若く、果断で、才のある者がふさわしい。自分たちのように。――ハインツはそう信じている。


――閣下の作戦参謀といったところですか?礼節など問いませんよ。私も部下は能力で選んでいます。

ならば話は早いな。閣下は貴族たちに手を回し、ドルキマスの防衛線に穴を開ける。アンタらガライドはそこから侵攻。

ほどなく駆けつける主力艦隊の背後を、閣下の手勢が背後から急襲し、両軍で挟撃。あとは混乱の内にある王都を占領し王を討つ。

作戦の概要は、これで正しいんだろう?

ふいに切り込んだ話に、ゲルトルーデは落ち着き払って答える。

ええ、その通りです。ミュラー閣下の人望と我が軍の兵力、ともにそろって初めて可能な電撃作戦です。なにか問題でも?

ある。アンタが裏切らないという保証だよ。

アンタの侵攻に呼応して閣下は蜂起する。だが、そこでアンタが裏切ったらどうなる?我らは囲まれて全滅するだけだ。

そのようなことをして、我がガライドになんの利益があるというのですか?

ミュラー家が蜂起すれば、グスタフ王は疑心にとりつかれ、理由をでっちあげて多くの貴族を処刑するだろう。

ドルキマスは混乱に陥り、国力は低下する。正面からの全面戦争をするまでもなく、たやすく奪うことができるようになるだろう。

なるほど。考えもしませんでしたが、それは面白い戦略ですね。

(はじめから考えていたろうに、白々しいことをやはりこの男も油断ならぬな)

ですがガライド連合王国は、閣下を諸侯に迎えることを喜んでおります。

ミュラー家の祖はハイリヒベルク家につながる。傍系といえど、王の血族を傀儡とした方が、支配はすみやかにいく。そんなところだな。

言い方がよくありませんが、その通りです。殿下を排するよりも、手を結んだ方が我らの利は大きい。それでは信じる理由になりませんか?

ならないな。アンタはなにも差し出していない。いつ見捨てるか、しれたものじゃない。そうやって切り捨てて生きてきた顔だ。

つらつらと出てくる言葉を内心で小気味よく思いながら、ハインツは制止する。

ベルク中佐。盟友に対して言葉が過ぎるぞ。

失敬。だが、閣下の命に関わる以上、言葉を濁す気にはならんな。

信じていただけないのは残念ですが、懸念はもっともです。では、ガライドに何をお求めです?

古代魔法。

ゲルトルーデの笑みが、わずかにこわばる。

そして、ガライド南方の国境付近にある研究所。

さて、そんなもの、あったでしょうか?我が国の国土は広大ゆえ、把握しておりません。

化かし合いはたくさんだと言ったはずだ。率直に言う。貴殿が古代魔法を研究しているという研究所を見せてもらおう。

それが、我らが運命をともにする条件だ。

……なるほど、閣下はなかなか優れた情報網を持っておられるようだ。

かつて大陸を制していたという古代魔法。今日では邪法と呼ぱれているそれを手中に収めれば、大きな力となる。

ハインツはその研究内容を共有することを、同盟の条件として突きつけたのだ。

……良いでしょう。私の信義をお見せいたします。ハインツ閣下、どうぞ我が研究所においでください。

私が自ら赴けば、王に気づかれかねない。そのために、ベルク中佐を呼んだのだ。私の名代として、彼を連れて行って欲しい。

わかりました。それで、いつ来られますか?

決まっているだろう?

不遜な笑みを浮かべ、ディートリヒは告げる。

今すぐだ。


 ***


ディートリヒが小型艦に乗り込むとき、ハインツは彼の胸ポケットに、1本のペンを差した。

すべてはグスタフ王を廃し、ドルキマスに夜明けをもたらすためだ。無事を祈るぞ、我が友よ。

祈られるまでもない。成果を持って帰り、アンタの望み通り、グスタフには死を与えてみせる。

戦場で失ったというディートリヒの右眼には眼帯がつけられている。しかし余す左の眼光がいまの言葉が心からのものだと告げていた。


はるか昔、古代シュネー帝国に、キルシュネライトという英雄がいた。

夜明けの太陽を思わせる金の髪を持っというその臣下を愛した王は、英雄の出陣に際し、いつも鷲ペンを贈ったという。

それは詩吟を愛するキルシュネライトに対し、『お前の詩をまた聞かせて欲しい』と、生還を望む意をこめたものだったといわれている。

ディートリヒに贈ったのは鷲ペンではな<、銀製の万年筆(フュルフェーダハルター)だ。しかし、彼の気持ちは太古の王と同じだ。

頼んだぞ。我がキルシュネライトよ。

飛び立つ小型艇を見送りながら、ハインツはそうつぶやいた。



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story2 収容所



(つまらない男だ)

それがハインツ・ミュラーに対し、ゲルトルーデのくだした評価だった。

(己を革命家かなにかと勘違いしているがただの世間知らずな貴族の坊っちゃんだ。そのことに自分で気づいていない。

おまけに子飼いの部下まで、あの有り様)

ガライド連合王国の南方、国境近くにその研究所はある。

降り立ったディートリヒ・ベルク中佐は、つまらなそうに周囲を眺め、吐き捨てるように言った。

みすぼらしいところだ。ガライドの程度が知れるな。

他国に来てもはだけた衣装はそのままで、尊大な態度を改めようともしない。粗野な育ちが見て取れる。

ゲルトルーデは芸術を好む才人である。多少は見目が整っていても、この男のような下品な人間は好まない。

だが、優れた政治家である彼が、内心の嫌悪を表に出すことはない。

あまり目立ちたい施設ではありませんからね。さあ、ご案内しましょう。


施設の内部には、無数の牢が並んでいた。

ふん。研究所というよりは、強制収容所だな。

牢の中には、老若男女、様々な人間が囚われており、誰もみな、疲れ果てたようにうなだれ、彼らに反応しようともしない。

これがクレーエ族か。

ええ。ドルキマスの方々もご存知でしょう?

かつて大陸を制していた古代魔法文明。それを受け継ぎ、研究を続けているのがクレーエ族である。

邪法である古代魔法を研究するクレーエ族は、各国で忌み嫌われ、密やかに暮らしている。

ゆえに時には権力者と軋轢を起こし、襲撃を受けたり囚われたりしている。ドルキマスでも十数年前にそうしたことがあった。

興味ないな。それで、こいつらからなにか得られるものはあったのか?

なかなか難儀していますよ。結局、この者たちも研究しているだけで、古代魔法など使えやしないのですからね。

魔法文明時代の遺跡の場所や、古代の戦艦について聞き出すのが精一杯です。

女子供まで痛めつけて、そんなものか。まあいい。その遺跡や戦艦について教えてもらおうか。

もちろんです。さあ、こちらへ。

そこで、牢の中から幼い声がした。

おい。ここを開けろ。

開けるのが無理なら、医者を連れてこい。同室のやつが死にかけているんだ。

おお、それは大変だ!しかし残念ながら、いまここに医者はいない。呼び寄せるまで、魔法で治療してはどうかな?

そんなことができるならやっているいいから早く医者を呼べ!

もちろん急いで手配するとも。ただ、時間がかかるかもしれない。魔法で治療できれば間に合うだろうになあ。

とにかく、なんとしてでも、もう少しだけ持ち堪えさせるのです。そうすれば、きっと大丈夫でしょう。

そう言って少年に背を向けたゲルトルーデには、無論、医者を呼ぶ気などない。

これで少年が魔法を使えば儲けもの。そのまま虜囚がひとり死んだところで、惜しむところはなにもない。

そう計算したゲルトルーデは、急いでいるそぶりで、足早に牢の前を去ろうとした。

だが、ディートリヒは牢の前で足を止め、少年に話しかけた。


自由が欲しいのか?

なんだ、お前は?

自由が欲しいのか、と訊いている。

欲しいに決まっている。自由があれば、友を助けることもできる。

ならば、ねだるな。自らの力で奪い取れ。

ディートリヒはゲルトルーデに言う。

おい、ここを開けろ。

お優しいのですね。ですが駄目ですよ。我が国の研究対象なのですから。

誰も逃がせとは言っていない。いいから開けろ。

(……道理の通じない蛮人は困る)

ここで交渉が決裂するのも好ましくない。ゲルトルーデは仕方なく、部下に命じて牢の扉をひらいた。

……出してくれるのか?

怪冴そうに言いながら出てきた少年は――

次の瞬間、吹き飛ばされて廊下を転がった。

ディートリヒが、殴り飛ばしたのだ。

ディートリヒは床に這いつくばる少年のもとへ、靴音を響かせながら歩くと、今度はその腹に硬い靴先を食い込ませた。

奪い取れ、と言った。俺を倒してみろ。そうすれば、出してやる。

少年は少しの間、腹をおさえ呆然としていたが、キッと顔をあげると、ディートリヒに向けて猛然と飛びかかる。

その気迫は獲物を襲う猛禽を思わせ、見ていたゲルトルーデの部下が、一瞬たじろくほどであった。

だがディートリヒはわずかに笑みを浮かべると平然と少年のこめかみを殴り、鳩尾に膝を入れた。

褒めるべきは、少年だった。痛みをこらえながら、腕を伸ばし、指先をディートリヒの左眼に向けた。

目潰しである。大人と子供の体格差を帳消しにする一手を、少年は迷わずに選択した。

その指を、ディートリヒは握る。完全に予想していた動きだった。そのままもう一度、鳩尾を蹴る。

ゲルトルーデは感心した。ディートリヒの戦い方は、優れた戦士のそれではない。機械的で、気迫はなく、応用に欠けている。

しかし軍事教本に載せたいほど、実際的で躊躇がない、兵士のそれだった。

少年は幾度殴られてもディートリヒに向かっていったが、その回数が20を越えた頃、ようやく床に倒れ動かなくなった。

口惜しそうにただ鋭い眼光を向ける少年に、ディートリヒは明確な嘲りをこめて告げる。

やみくもに自由をねだる愚かさを知ったか?

年のわりにはよい動きだったが、ろくな食事も休息もとらずでは、戦えるわけもない。

自由が欲しければ、ねだるのではなく、自らの力で奪い取るんだな。

もういい。牢に戻せ。

言い捨てると、うずくまり震える少年に背を向け、歩き出す。

(無力な子供をいたぶりたかっただけか。所詮は兵卒あがりの破落戸(ならずもの)。主がつまらなければ、部下もくだらないものだ)


 ***


それから1日をかけ、ゲルトルーデは研究所を案内し、ディートリヒに古代魔法の研究内容を教えた。

もっとも、すべてを教えるつもりなど、もとよりない。地下遺跡の奇妙な繭など隠したいことは巧妙に伏せた。

ディートリヒはつまらなそうに目を通すと、書類の束を投げ捨てた。

遺跡から発掘されたという、動かない戦艦というのはなんだ?

文字通りのことです。壊れている様子はないのにまったく起動しない。魔力が必要だという説もありますが、いずれにしろただのガラクタです。

……そうか。

クレーエ族の前で、奴らのガキを痛めつけても魔法を使う気配はなかった。成果がないというのは確かなようだな。

ほう、とゲルトルーデは思う。ただの蛮行と思ったが、理由があったらしい。

っとも、浅慮な行動なのは変わらない。

仲間の危機に魔法を使用するというなら、ゲルトルーデの研究中に、とうに使用していただろう。

これで全てです。ガライドの誠意、ここまで明かしたご理解いただけたかと。

いいだろう。ハインツ・ミュラー閣下に代わり、その誠意とやらは見届けてやった。

盟を結ぶ信に足るものとして閣下に報告しよう。艦を出せ。

おお、喜ばしいことです。無論、私もご一緒しますよ。大事なお話ですからね。

こうして、ふたりはハインツ・ミュラーの待つドルキマスヘと戻っていった。



一方、その夜。牢の一室でひとつの命が失われた。

物言わぬ友であった物体を前に少年は震えていた。

悲しみではない。恐怖でもない。怒りによってだ。

少年は己の掌に視線を落とす。そこには一本の万年筆が握られていた。

さきほどの軍人との戦いの際、胸ポケットから抜き取ったものだ。

それが、ポウと淡く光る。

邪法の使い手と忌み嫌われるクレーエ族だが、彼らは魔法を厳しく律していた。悪用されるのを恐れたのだ。

一族の中でも類稀なる才をもつ少年も、これまでは決して魔法を使わなかった。

だが今、友を失った怒りが、少年の全身に紋様を浮かばせ、魔力を発現させる。

――さいごに……いちどだけ……そらがみたかったなあ……――

淡く光る掌中のペンを、壁に叩きつける。銀で作られた軸は突き刺さり、わずかではあるが壁を打ち崩す。

魔法によって、軸を強化したのだ。それを幾度も、壁に突き立てる。少しずつ少しずつ、壁に穴が穿たれていく。

見張りがきた時は、友の死体で穴を隠し、正気を失ったように泣き叫びながら、壁に頭を打ってみせて、誤魔化した。

長い時間をかけて、壁に己が通れるだけの穴を空け、少年はつぶやいた。

ねだるな、と言ったな。自由は奪い取れ、と。

――おまえは……そらをみれるといいな……ジーク――

ならば、この力で奪い取ってやる!空を見る自由を!いや、空を羽ばたく自由を!

――後に空賊〈ナハト・クレーエ〉を率い、歴史書にまで名を残すことになる男の、それが最初の咆呼であった。



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story3 英雄秘史



ハインツ・ミュラーの所有する小さな島は、彼の王国であった。

そこにいる者は、ハイリヒベルク王家ではなく、ミュラー家をこそ主とし、当主の言葉に無条件で従う。ゆえに、敵国の人間を招いて、酒宴をひらくことも容易に可能であった。



さあ、ハインツ。夜ははじまったばかりだ。もっと飲め。

そう焦るな。今宵は朝まで飲み明かすのだ。

大貴族の名を呼び捨て、あまつさえ卓に身を乗せる無礼に対しても、ハインツは咎めるどころか、顔をほころばせる。

(坊っちゃん貴族が下賎の出の者との交流を新鮮に感じ、そこに落ちる自分の大胆さに酔う。ありがちな話だ)

同卓のゲルトルーデは、内心の失笑を隠し、にこやかに言う。

おふたりは信頼関係で結ばれているのですね。うらやましい限りです。

そうとも。私はディートリヒを部下ではなく友だと思っているからな。

大げさな言葉だ。ただともに酒を飲む相手だろう。アンタは人を信じすぎだな、ハインツ。

お前だからだ、ディートリヒ。私を理解できるのはお前だけ。そしてお前を理解できるのは、私だけだ。

そう、古代シュネー帝国の王と、英雄キルシュネライトのようにな。

ゲルトルーデとの間に盟が結ばれ、ハインツは上機嫌であった。これで遠からず、内乱が起きドルキマスは滅びる。

だが、ガライドの諸侯で終わるつもりなど、彼にはない。連合王国内で力をつけ、いずれ占領下のドルキマス領を独立させる。

そして、ハインツは救世主として、新生ドルキマスの王となるのだ。今宵はそのはじまりの夜だ。

――もっとも、そんな夢物語など、ゲルトルーデにははじめからお見通しだ。

浅はかな野心をせいぜい利用し、使い捨てる。そう思っているからこそ、粗野な軍人に無礼な口を利かれても気になりもしない。

(……いささか、退屈ではあるな。この大陸に、私に匹敵する才はいない)

今回の作戦が奏功し、ドルキマスの造船技術と建造ドックが手に入れば、フェルゼン王国もグレッチャー連邦国もガライドの敵ではない。

早晩、この世界はゲルトルーデの前に膝を折る。見えてしまったその道筋がつまらなく思えた。

おや、ディートリヒ。私の贈ったペンはどうしたのだ?

欲しがっている子供がいたので、くれてやった。

おいおい、あれは最高級品だ。子供には過ぎたものだぞ。

すまないな。だが、有意義に使っているだろうさ。

お前という男の気まぐれは読めないな。まあいい、すぐにまた新しいものを贈るさ。なあ、我がキルシュネライトよ。

そう言って、杯をあおるハインツに、ひどく冷静な声で、ディートリヒは答えた。

残念だが、その機会はない。

なに?

そう問い返すのと、轟音と振動が酒場に響くのがほとんど同時だった。

何事だ!

ば、爆撃です!

奇襲だと!?どこの国だ!国境警備隊はなにをしている!

そ、それがあの艦艇は……ドルキマス軍のものです!

小さな島の上空に浮かぶ軍艦。それはまさしくドルキマス正規軍のものであった。

内通がバレたのか!?だとしても、捕らえて裁判にかけるはずだ。名門ミュラー家に爆撃など、正気の沙汰では……。

あの男に正気など、ない。

ディートリヒ?

手にしたグラスの中で、氷がカラリと音を立てる。ディートリヒの声は、その氷よりも冷めきっていた。

独断で粛清すれば他の資族の離反を誘うだろう。だが、そんな道理を解するには拙陋に過ぎる。それがグスタフ・ハイリヒベルクという男だ。

裏切り、などという言葉を耳にすれば、後先を考えずに刺客を向かわせる。決まりきっていたことだ。

だが、どこで漏れた!ここには私の信頼できる部下しか……。

言葉の途中で、ハインツは氷の刃で突き刺すような視線に気づき、叫ぶ。

貴様か、ディートリヒ!貴様が俺をグスタフに売ったのか!

私が理解できないのは――。

轟音と振動は激しさを増していく。いまこの瞬間に、彼らのいる酒場が消し飛んでもおかしくはない。

その中でなお、ディートリヒは悠然とグラスを持ち上げ、琥珀色の液体を舐める。


なぜ私を信じたのか、だ。粗野な言葉と態度を取るものならば、裏がないと思ったのか?

傭兵からキルシュネライトを見出した古代の帝王の器が、己にあると思ったのか?


爆風で酒場の窓が割れ、並んだ酒瓶が倒れる。焼かれる人々の絶叫が響き渡る。

破滅の光景に、ハインツは確信する。この小さな島はひとりも残らず消滅するのだ。

疑わしきはすべてを滅ぼす狂王グスタフ。その狂気を侮っていた。

なによりも甘く見ていたのは、自らの死をもおそれず、彼を罠に嵌めた、眼前の悪魔。

いずれにせよ、これは貴君の選択の結果だ。諦めて、ゆっくり酒でも飲みたまえ。

存外、それが助かる道かもしれんよ。

なぜだ!なぜそこまでグスタフに尽くす!共に古きドルキマスを滅ぼすと誓ったあの言葉は、嘘だったというのか!

嘘ではない。

瞬間、冷めきっていたディートリヒの瞳に、なにかが宿るのを、ハインツは見た。

闇よりも深く昏い瞳が、ハインツの間近に近づいてくると、耳元で囁く。


ドルキマスを滅ぼすのは貴君ではない。――この私だ。


次の瞬間、ハインツは椅子を蹴って、駆け出していた。

それが、崩落をはじめた酒場から逃げ出そうというあがきなのか、目の前の化け物から少しでも離れたいと思ったからなのか――

自分でも理解することができぬままに、降ってきた屋根に押しつぶされ、愚かな若き野心家は、その生を閉じた。



わずかな後、爆撃は止んだ。

奇妙な光景だった。一面の焼け野原と化した中で、ひとつの卓だけが、奇跡的に無傷のままだった。

そこに腰掛けるディートリヒと、呆然と向かいに座るゲルトルーデまでも。

(偶然……ではない)

ゲルトルーデにはわかった。建物の構造、材質、形状。去っていくドルキマス艦から推測される航路。

そうした諸々を考慮した時、この島でもっとも生存確率が高いのは、まさにこの場所だ。

貴君は、愚者ではなかったようだな。

だが、ゲルトルーデはそれを理解して、ここに黙って座していたわけではない。そもそも確率は確率。無傷だったのは奇跡だ。

ゲルトルーデはただ――見惚れてしまったのだ。破滅の中で、平然と語る眼前の男の姿に。彼の生み出した、芸術的な地獄に。


帰りたまえよ、ゲルトルーデ・リプヒム。ガライドの宰相にここで死なれては、少々厄介だ。

そう告げて、闇に溶けるようにディートリヒが消えた後も、ゲルトルーデは廃墟に呆然と佇んでいた。


 ***


結論から言えば、ゲルトルーデは最後まで完全に利用された。

あの後、部下に通信をして、小型艇で迎えに来させたところを、ドルキマス軍に発見された。

小型艇の足の速さを利用し、なんとか無事に本国に帰ることはできたが――

ミュラ一家の領地を爆撃したドルキマス艦は、痕跡も目撃者も残しておらず、自然、疑いは逃亡した謎のガライド艦に向けられた。

まさか内通して内乱をけしかけていたとも言えずガライド連合王国は沈黙を貫くより他にない

その一方で、彼が不在のうちにクレーエ族の強制収容所は謎の部隊に襲撃され、壊滅。

囚えていたクレーエ族は姿を消し、数年の研究成果のいくつかは露と消えた。

あの男の目的ははじめからこれであったのだ。

志願兵上がりの少将、ディートリヒ・ベルクの名が大陸に轟くのは、このわずかな後であった。

それを知ったゲルトルーデは、笑った。


素晴らしい!ディートリヒ・ベルク!貴方は私に匹敵する唯一の存在!ああ、それとも!私をも超えるというのか?

確かめたい!私のすべてを使って、存分にあの男と戦ってみたい!

そのうえで、もし私が敗れるというのなら……。

ゲルトルーデはひとり、身を震わせる。

ディートリヒ・ベルク!早く上り詰めるのだ!ドルキマス国を動かすほどに!

ああ、その瞬間を私は、心の底から待ち望んでいますよ!

――この数年後、ドルキマス国は外交の失敗により、10倍の兵力を有するガライド連合王国との戦争に突入する。

この時、ドルキマス外交官のわずかな失態を理由に、開戦を強硬に支持したのが、宰相ゲルトルーデだったというが――

数多の国との緊張状態が続くなか、なぜかくも強くドルキマスとの戦争を望んだのか歴史書にはおおいなる謎として記されている。

もうひとつ、歴史書には有名な謎がある。

それは――


中佐。あれは中佐の差し金ですね。

小部隊でのガライド連合王国への潜入を終えたブルーノ・シャルルリエ大尉は、まず上官へ不満をぶつけた。

なんの話だ。

子供ですよ。中佐に命じられて見張っていた施設から、見張り始めて数日で子供が飛び出てきた。

施設に異変があれば、すぐさま攻撃しろ、とのご命令です。そりゃなにか仕込んでいるとは思っていましたよ。

でも、今回ぱかりは、少しくらいは教えてくれていても良かったでしょう?

普段はどんな無茶な命令にも、頭ひとつ掻くだけで従う部下の剣幕に、ディートリヒはわずかに眉をしかめる。

なにか、作戦に不手際でもあったか?

ありませんよ、そんなものは。ご命令通り、収容所は壊滅させて、我々の痕跡も残しませんでしたよ。

ただね、子供ですよ、子供!言ってくれてりや、もっと優しくしてやる準備もできた。

ブルーノには収容所から逃げてきた少年の姿が、ひどく痛々しく映ったらしい。

まあ……あの子なら大丈夫だとは思いますがね。まだ10をちょっと越えたくらいだろうに、まっすぐな強い目をしていた。それに……。

そこでブルーノは、ディートリヒの目を見て黙った。

どうした?

いや、どことなく、中佐に似ていた気がしたんですが……うーん、気のせいでしたかね?

これから忙しくなる。余計なことを考えるな。

今回の件で、グスタフ王は私の昇進を約束された近い将来、私はドルキマスに新しい艦隊を作るつもりだ。

ドルキマス空軍3番目の艦隊――第3艦隊ですか?いいですね。腕っこきの艦長が集まることを期待します。

他人事ではないぞ、ブルーノ。無論、貴様にも艦を預けるつもりだ。

はあ。そりゃ自分は体だけは丈夫ですが、よくもまあコキ使いますね。

当然だ。使えるものはすべて使う。魔力で動く艦艇とやらも、国内の遺跡から見つけておかねばならんな。

と、そこでディートリヒは己の髪に触れる。

ハインツ・ミュラーに取り入る際、口調や態度と同様に、気に入られやすいように変えたものだ。

潜入は終わった。この髪も黒に戻さねばならんな。

別にそのままでいいんじゃないですか?だって、いつもの黒髪は染めてたもので、いまのが地の色でしょう?

話していない事実を当然のように語る部下に、ディートリヒはわずかに目を細める。

……ほう。

それに、前線に立つ兵士は、輝くものを戴きたいものですからな。いまの中佐のほうがよっぽどいい。

そんなものか?

そんなもんです。それに――。

そこでブルーノ・シャルルリエは、腹心の部下ではなく、友として笑った。

そっちの方が似合っている。

……そうか。


――歴史における謎のひとつ。それはディートリヒ・ベルクの髪色である。

書により黒とも銀とも金とも記されていたディートリヒの髪色だが――

ある時期を境に、記述の乱れが減じていき、『黄昏時の太陽を思わせる金の髪であった』という表現に統一されていく。

そのきっかけがなんであったのか――歴史書は伝えていない。






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11/14
01. 空戦のドルキマス ~沈まぬ翼~ 
 ドルキマス軍   最終戦
2015
10/22
02. 空戦のドルキマス 外伝集10/22
03. 黄昏の空戦記 ディートリヒ編(正月)01/01
  白猫×グリコ コラボ (メイン・飛行島)01/29
04. 深き黒の意思 ディートリヒ編(GP2016)06/13
05. ドルキマスⅡ ~昏き英雄~
  序章 1 2 3 4 5 6 7
2016
09/23
06. プルミエ(4周年)03/05
07. フェリクス(GW2017)04/28
08. 対シュネー艦隊戦 ディートリヒ編(GP2017)08/31
09. ドルキマスⅢ ~翻る軍旗~
  序章
2017
09/30
10. 空賊たちの空(ジーク外伝)09/30
11. 赤髭空賊とジーク(謹賀新年2018)01/01
12. 元帥の不在(5周年)03/05
13. 空戦のシュヴァルツ
  序章 1 2 3 4 5 6
2018
05/18
14. リボンを求めて(GW2018)08/31
15. 月夜の思い出 『魔道杯』09/20
16. 血盟のドルキマス【コードギアス コラボ】
  序章 1 2 3 4 5 6
2018
11/30
17. 炊事班の空賊見習い ロレッティ編(GW2019)2019
04/30
18. 新艦長への試練 ローヴィ編(サマコレ2019)07/31
19. 売国(GP2019後半)09/12
20. 決戦のドルキマス ~宿命の血族~
  序章 1 2 3 4 5 6
2020
04/14

コメント (ディートリヒ編(GP2019)Story)
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