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【黒ウィズ】プルミエ(4周年)Story

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最終更新者:にゃん

4周年&39,000,000 DL 記念
2017/03/05 ~ 03/17

目次


Story1

Story2

最終話





story1



ディートリヒ・ベルクの反乱により、ドルキマス国は、一時未曾有の大混乱に陥った。

だが、謀反の首魅であるディートリヒの狙いは、ドルキマス国そのものではなかった。

彼が欲していたのは、王を失脚させたのち軍の統帥権を握ること。

謀反は、次に迫りくる戦に対処するための“備え”でしかなかった。


「もうおしまいだ……。」

「家も、食い物も……。なにもかも、なくなっちまった。」


農地を耕し、僅かな食料を得て、細々と暮らしていた名もなき彼らの平穏を奪ったもの――

その名は(イグノビリウム〉。


「死ぬのを待つしかないのかのう……。」


突如、大陸に降りたった〈イグノビリウム〉は、一夜にして大陸のほとんどを焦土に変えた。

ドルキマス以外の他国の軍は、〈イグノビリウム〉の強大な力に飲み込まれ為す術を失った。

希望はどこにもない……かに思えた。



「驚いた。生きている人が、まだいたとは。」

翼を背負い、双剣を携えたうら若き乙女が、闇中に立ち壊滅した村を呻睨している。


「まさか、御使いサマ……ですか?」

「なにを言ってる? 伝承の中の御使いサマが、こんなところに現れるわけないだろうが。」


輝くような存在感を放つ、その乙女に村人たちは救いを求めるように手を差し出した。


「あなたが、御使いサマでもなんでもいい。どうか、私たちを助けてください。」

「せめて子どもだけでも、生きて欲しいのです。」

若い母親の手には、まだ物心ついていない年の子どもが抱かれていた。


「……。」

100人近い村人が、家を焼かれ路頭に迷っている。

周囲は焼け野原。放っておくと、飢えて死ぬだけ。

「ワシら老人は、ここで死んでも構わんのだが。未来ある若者がここで果てるのは見るに耐えん。」

そして、(イグノビリウム)に気付かれれば、どのみち命はない。

蒼翼の天使、決意する。


(力なき者を救う。それこそが我が使命。天の意思)


自分が地上に降り立った意味をずっと探していた。

〈ファーブラ〉の一員として、〈イグノビリウム〉と戦うだけではない。別の意向が、天にはあったはず。

(戦うだけならば、私よりもふさわい者がいました。天が私を選んだということは――)


「御使いサマ……どうか、私たちを……。」

「無力な私たちをお導きください。お願いいたします。」

「助けてください……。」


膝を屈し、藁にもすがる思いで懇願する村人たちの中に、年端もいかない少女が混ざっているのを見て――

言葉に出来ない感情に心が揺さぶられた。


「心配するな。全員、私に付いてこい!

我が名は、プルミエ・シエル。地の憂いを取り除く、天からの使者――」



 ***



(地上は酷い有様だ。〈イグノビリウム〉がこんなに短期間で、ここまで広がるとはな……

言い訳できる立場にないが、正直、我々の予想を超えていた)


天より使わされた者たちの軍〈ファーブラ〉。

彼らをまとめる立場にあるルヴァルは、旗下の士官たちを呼び寄せた。


「我らが望むのは、地上の秩序のみ。〈イグノビリウム〉を掃討し、この地上に均衡を取り戻すのだ。」

ファーブラの部下たちの前で、ルヴァルはその目的を明確にする。

目の前に並ぶのは、天から降り立ったばかりの選りすぐりの精鋭たち。

(古来、我々ファーブラが、ここまで地上に干渉したことはないだろう)

つまり、現在それだけの危機に地上が侵されているということだ。

ファーブラ軍の編成を急ぐルヴァルの元に、部下のひとりが報告を携えてやってきた。

「プルミエ……? ああ、今日地上に降り立つはずの最後の使いか。」

まだルヴァルの元に馳せ参じていない。

「道にでも迷ったか?」

天の使いにも様々な者がいる。人にそれぞれ個性があるように……。

部下は言いづらそうに、ルヴァルの耳元に口を寄せて報告する。

「なんだと?」

驚き、そして次にこみ上げてきたのは、なんとも言えないおかしさだった。

「戦地に取り残されている名もなき人間たちを救うつもりなのか?

天の使いである己の使命も顧みずに?

……面白い。だからといって、勝手は許さん。」

決然と言い捨てと、ルヴァルはディートリヒのいる艦橋に向かった。



 ***



悲鳴。嘆き。後悔。

いくつもの声が交錯し、驚愕して慌てふためきながら、人間たちは逃げ惑う。

敵意もなにもなく、その存在は無言で迫り来る。

先遣隊か? もしくは、残党狩りか。

どちらでもいい。

か弱き者たちが感じるのは、命が残酷に散る予感のみ。


「歪だな……。」

ただそれだけ吐き捨てると、双剣を引き抜き〈イグノビリウム〉と対峙する。



「元は人か? それとも、魔か? どちらでもいい。

私はただ、窮屈そうな因果から貴様を解き放つだけ……。」


夜陰の中で振われたのは、天剣〈ベク・ド・コルヴァン〉神剣〈クー・ド・グラース)という一対の剣。

その剣は対象を斬らずに、その者にまとわりつく業と宿命を断ち切る。

人ならざる者といえど運命の輪との繋がりを断たれれば、ただの物だ。


「た……助けていただき、まことにありがとうごさいます。」

力無き人間たちの目には、この“御使い”こそ、天より降り立った救いに映る。


「急いでここから離脱する! 後を振り返らずに進め!」

村人たちを叱咤して進ませる。目指すは、ドルキマス国境。

この大陸のどこも〈イグノビリウム〉の手に落ちている。

かの国でしか、安息は得られない。



 ***



「遅れている人間はいないか? 怪我をしている者がいたら、手を貸してやれ。」

一条の月明かりすら差さない深い森の中を進む。

周囲に漂うのは死の匂い。

プルミエは、後を振り返る。

自分の居所を失った人間たちが付き従っている。

(進みが遅い。この速度では、いつか〈イグノビリウム〉に追いつかれてしまう)

「御使いサマ! 御使いサマ!」

「どうした?」

「付いて来られない老人たちがいるんです。もっと進む速度を落としてもらえませんでしょうか?」

「あなたたちは、ここで死にたいのか?」

プルミエに睨み付けられ、気の弱い村人たちはすくみ上がった。

「……私にはわからない。ここで奮起せねば、〈イグノビリウム〉に追いつかれ、餌食となる運命だ。

命が惜しくないというのなら、のんびりとついてこい。」

彼らに生への執着を感じたから、プルミエは彼らを哀れに思い手を貸すことにしたのだ。

村人たちは、プルミエの直戴な言葉に戸惑いながら顔を見合わせる。

「そ、そうですよね………俺たちが間違っておりました。」

「おい、男連中は、ついてこれない爺さまや婆さまたちをおぶってやれ。」

「すまんのう……。」

助け合いながら、生への執着をみせる人間たち。

プルミエは目を細めた。

「生きようという強い意志をみせてこそ、天は哀れに感じ、手を差し伸べる。

天が人間たちを見捨てない限り、私も必ず、あなたたちを守ってみせる。」

「さすが御使いサマだ。ありがてぇことです。」

村人たちは足を止め、その場でひざまずいてプルミエを拝み始めた。

(だからそれが時間の無駄だというのだ。それに私は“御使い”などではない)

地上の人間たちの信心深さはあらかじめ聞いていたので、呆れつつも彼らが立ち上がるのを待った。

その時、プルミエの頭上に影が差す。

「この気配? 〈イグノビリウム〉ではない?」

目の前に影が降り立った。


「プルミエ。忘れたわけではあるまいな?」


 ***


「なるほど。私の元に向かう途中、彼らを見つけたのか。」

暗い森の中を進み続ける人間たちをルヴァルは横目で観察する。

「そのままにしておくと、人間たちは命を失うことになります。捨て置けず、引率してきた次第です。」

「ふっ、名前も知らない人間に哀憐の情を抱くとは、変わった天の使いもいたものだな。」

自分の行いにいささかの迷いもないプルミエには、なぜルヴァルに笑われたのかがわからない。

「卿の役割は、ファーブラ軍の一員として役目を果たすことだ。一時の情に流されるな。」

ルヴァルの言葉に、プルミエは露骨に不服そうな顔をする。

「人間に肩入れしすぎるな。彼らに食科と水を与えて、卿は私と共に軍に戻れ。

ファーブラ軍の編成は急務。これは、ドルキマス・元帥ディートリヒ・ベルク直々の要請だ。」

プルミエは落ち着いた様子で首を横に振る。

「天の使いが、ひとり足りないからといって、軍の編成にいかほどの支障がありましょう?

アウルム卿は先にお戻りになり、軍の編成を急いでください。私は、人間たちと共に進みます。」

上司であるルヴァルに背を向ける。

そして――

「天の慈悲は、あまねく公平に与えられるもの。私はそう信じております。」

プルミエはすでに決意していた。

同胞である人間からも見放された哀れな付人たち……。彼らにとって救いの希望になることを。

毅然と命令に逆らった部下に対して、ルヴァルは叱るでもなく。

(危ういな……)

そう心の中で呟くだけだった。





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story2



一対の双剣が漆黒を断ち、月光を反射して煌く。

異形の者たちの肉体が崩れ落ちた。

人にあだなす宿業を断ち切られた存在は――

「消え去るのだ。ここは、お前の居場所ではない。」

かつて人だった名残を悲鳴として遺しながら、無惨に散り消える。

「もたもたしているから追いつかれてしまったではないか。」

プルミエは、剣をしまうと、誰に言うでもなく独りごちる。

100名近い村人の行進は、遅々として進まない。

彼らはプルミエを信じて付いてきてくれているが、精神的にも体力的にも追い詰められている。

「腹が減った……。」

「言うな。余計に腹が減る。」

山中の植物は、〈イグノビリウム〉侵取のせいか、ことごとく枯れ果てていた。

川の水も濁っており、飲めたものではない。

「飲まず食わずで歩いてきたが、皆、限界のようじゃ。ワシもここまでかの……。」

特に足を引っ張っているのは、足腰の弱い老人たちだった。

「爺さんたちをおぶって進むのも限界だぜ。」

「だからといって、ここに置いていくのはな……。」

足腰の立たない者たちは、疲れてその場にしゃがみ込んでいた。

彼らに対して、無理をしてでも進めと言う者もいなかった。

弱った足腰では、この険峻な山を越えるのはどのみち無理な話だ。

「歩けないのか? だったら、私が背負ってやろう。」

「い、いえ! 御使いサマがなにを言われるのですじゃ!?」

「早く、私の背中に負ぶされ。」

そう強く言われては断れない。老人は、恐る恐るプルミエの背中にしがみつく。

その姿を見て、プルミエの心意気に胸を打たれた者が涙を流す。

「あのお方こそ、真の御使いサマだ。きっと最後まで、俺たちを助けてくれるぞ。」

背負った老人は、思った以上に軽かった。

(私は天の意志の代行者。罪なき者たちの光となる)

プルミエを支えるのは、天の使いとしての強烈な自覚。

そして、人間に対して備かに芽生えた興味と好意。

(因業背負いし者、その因果を断ち切り、天に帰順させよ

無垢なる者、其はすべて希望の種。天の慈悲を与え、限りなく慈しめ)

未熟な頃より言い聞かされてきた、誓言を心の中で何度も繰り返す。

(神託を忘れた者に、天の使いたる資格なし――)

プルミエの目に迷いはない。

この苦境、苦難。まさにこれは天が与えた試練だと思えば、力も沸いてくる。



 ***



暗闇の中、子どもの泣き声が周囲に響き渡る。

「誰の子どもだ! 敵に気付かれるだろうが!」

「お一、よしよし。お腹すいたんだね? もう少し我慢してね。」

しかし、子どもは泣き止まない。

「その子を黙らせろ! できないなら、俺が黙らせてやる!」

「やめて、子どもに手を出さないで!」

「敵に気付かれたら、俺たち全員が危ないんだよ!」

「わかってるわよ! ……お願い坊や、泣き止んで。ねぇ、お願いよ!」

「口を塞げ!」

「私の子どもに触らないで! 向こうに行ってよ!」

男たちと若い母親が、泣き止まなし子どもを巡って揉み合いになる。

先頭を進んでいたプルミエは、後方で起きた騒ぎに気付くのが少し遅れた。


「なにをしている?」


振り返ったプルミエが見たものは。

激昂した男たちによって殴り殺された、若い母親の死体だった。

若い母親を殺した男たちには、天の慈悲は得られない。

「俺のせいじゃねぇ! この女が抵抗したから……!」

「……。」

「御使いサマ! あなたなら、分かってくれるはず! 俺に罪はねぇ! そうでしょ!?」

あまりにも惨めに……醜いまでに自己弁護を繰り返す男を見て、プルミエは言葉を失った。

子どもの母親が死んだ。これも因果といえるのか?

それを受け入れ、男が罪悪に苛まれているのならば、その因果を断ち斬ってやることもできたが……。

「誰かその母観の亡骸を運べ。そして、先に進もう。」

どうしたらいいのか、プルミエには分からなかった。

目の前の悲惨な現実から目を逸らすように歩きだそうとした。

「そんな目で見るなよ! 俺は悪くない! ガキを黙らせなかったその母親が悪いんだ!」

(うるさい。黙れ……。犯した罪業は、ぬぐえないのだ……)

暗い山に愚かな弁明が響き渡った。

それは、誰も許しを与えられない罪人の慚愧(ざんき)だった。


夜明けまで、まだ時間がある。

御使いに卒いられしー行。無力な者たちの行進は、いつまでも続いた。



 ***



「どれだけ山を越えればいいんだ?」

「ここを超えないと、ドルキマス国にはたどり着けないんだ。諦めろ。」

「御使いサマ。私はもう歩けません。ここに置いていってください。」

(どうすればいい? どうすれば人間たちを元気づけられる?)

「き、きっとあの峠を越えれば、国境が見えるはず。国境近くには、きっと村もある。」

苦し紛れにプルミエは、不確実なことを口走った。

峠の向こうになにがあるのかなんて、見てきたものにしかわからない。

「どうしてわかるんだ?」

「御使いサマには、翼がある。ひとっ飛びして、見てきたに決まってるだろ。」

どんな些細な希望にもすがりたい村人たちは、安易にプルミエの言葉を信じた。



 ***



「峠を越えたのに……。」

視線の先には、同じような山稜が立ちはだかっている。

プルミエの言葉は、その場しのぎの嘘にしかなっていなかった。

「……ここで立ち止まってもどうしようもない。先を行くぞ。」

村人たちの疑念の目が、プルミエに突き剌さる。

「なぜ、そのような目で私を見る? あなたたちを動かすには、嘘をつくより他、なかった……。」

苦しい言い訳だった。自分でも、なぜこんな言い訳をしているのかわからない。

情けなくて、胸が張り裂けそうだった。

「もう、御使いサマや他の者に負担を掛けるのは心苦しい。動けない我々に構わず、行ってくだされ。」

力尽きた看たちが、続々と地べたにへたり込む。

歩けないと訴える者を、これ以上無理に歩かせることはできない。

プルミエは、ある決断を下す。


「ドルキマス国に入ったら、馬車を手配してもらう。」

「迎えに来て下さるのですか?」

「必ず迎えに来る。だから、最後まで諦めるな。」

後ろ髪引かれる思いで、プルミエは動けない者たちを置いて先に進んだ。

(必ず戻ってくる。それまで、絶対に生きろ――)




 ***




「別れ際まで、わしらのようなものを気遣って下さった。ありがたいことじゃ。」

「もっと怖い人だと思ってたんですが、お優しいどこかのお嬢様のようでしたね。」

「ああ、そうじゃったな。」

物音がする。その場にいる誰もが〈イグノビリウム〉に気付いた。

「最後に……御使いサマと出会えてよかった……。」

彼らは、人の気配を感じ取ると、無条件にそれを排除しようと動く。

そこには生物としての感情はない。

彼らはみずからの意志で動いているのではなく。何者かに操作されているのだろう。

(やはり、いざ死ぬとなったら恐ろしいものじゃ。若い者たちは、どうか安全な場所に……)




 ***



動けなくなった村人は、ひとりまたひとりと脱落していき……。

プルミエに従う人間の数は、最初の半分ほどに減っていた。


(残してきた者たちの気配が消えていく……。またひとり消えた……)

ぶつけようのない怒りが、プルミエの全身を戦慄かせる。

今すぐとって返して、彼らを救いたい。

(だがそれはできない。どうか、生きてくれ。ひとりでも多く……)


「国境は、まだなのか?」

「……わからねえ。そもそも、この道であってるのか?」

「せめてどこかの人里に辿り着けば……。水がないと、もう動けないぜ……。」

人間たちを襲う飢えと渇き。

「みんな、歩くぞ。夜が明けるまでに、少しでも先に進むんだ。」

飢えることも、渇くこともないプルミエには、人間たちの苦しみはわからない。

「……もう、ダメだ。」

「なにを言う? 奴らがすぐそこまで迫っているのだぞ?」

「あんなわけわかんない奴らに命を奪われるのはごめんだ。」

だったら――と口を開きかけたプルミエに男はすがりつく。

「どうせ死ぬなら。御使いサマ、あなたの手で送って欲しい!」

「なにをバカなことを……!」

「こんな地獄はもういやだ……。とっとと死んで楽になりたいんだ!」

至る所から賛同の声があがる。

「御使いサマ。あなたは、ここまでよく我々を導いてくれた。

だがあんたと違って、俺たちは弱い人間だ。水がなくちゃ……これ以上は、歩けない!」

「水……? そうか、人が動くためには、水が必要なのか。」

周囲を見回すが、川の流れる音は聞こえない。

雨が舞りそうな気配もない。

「水! お前水、持ってるじゃねえか!?」

「こ……こいつは、俺の水筒だ! 他人にやる分はない!」

「いいからよこせ! 同じ村の者同士助け合おうぜ。」

「何するこの野郎!」

わずかな水を巡って、人聞たちは争いを始めた。

もう他人のことに構っていられる場合ではない。

(この者たちは……。なにをしている? いまは協力すべき時ではないのか?)

「畜生、俺の水が……。この野郎、ぶっ殺してやる!」


生存本能と本能のぶつかり合い。それは生き残りを賭けた、動物的な争いであった。


「やめろ! こんなこと、天が許すわけがない! 他人に危害を加えるものは、私が裁く!」

「止めるな! 水がなければ、どうせ死ぬ身! だったら奪ってでも渇きを癒す!

それとも、あんたが魔法とやらを使って水を出してくれるのか?」

そんなことは、プルミエにはできない。

「……くっ。」

「できないんだったら、引っ込んでてくれ。」

そう言い捨てると、その村人は腰に差していたナタを抜いた。

「水、水水……って、これっぽっちかよ。全然足りねぇ……ぐあっ!」

「返せ、俺の水を……。」

力無き者であったはずの彼らが、いまはわずかな水と食科を求めて、奪う側と奪われる側にわかれて争っている。

他の場所でも、似たような争い起きていた。

「やめて! これは、私の水と食科なの!」

「俺はなにも持っていない! 本当だ……。だからもうやめてくれ!」

「皆、頭がどうにかなっちまった。御使いサマ、止めて下さい!」


プルミエは剣を振りかざした。

水を求めて他人を傷つけるのは、醜い因業に取り付かれた者の証。

「罪あるものは、私の手によって天に帰す……。」

双剣を立て続けに振った。

それは、代行者プルミエの意思によって下された天の裁きであった。


「ぐあっ……。どうして……?」

(なんのために斬らなければ、ならなかった? 私は、この者を助けるつもりだったのに……)

深く自問するが、答えは出ない。

「よかった……。これで、ヘヘっ……楽になれる……。」

最後の最後に安らかに微笑む。

ようやく安息を得られたことによる笑みだった。

「あなたの罪は、私が洗い流した。安らかに逝くがいい。」

死にゆく者に、掛ける言葉はそれしかない。

プルミエは、胸が張り裂ける思いで、その村人を看取った。




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最終話



一行は、沈痛な面持ちで最後の山を越えた。

言葉数も少なく、村人たちはもう助かりたいとも思っていない。

ただ、飢えを……渇きを……癒したい。

今はもう、その本能だけで進んでいる。

(なにが間違っていた? 私が人間を率いること、それ自体が、間違いだったのか?)

ひたすら繰り返される慚愧と自己嫌悪。

(剣を振るうべきではなかった……。でも、私が彼を斬らなければ、別の人間が死んでいた)

剣を振ったあとに、こんなに心が重く沈んだのははじめてだった。

村人は、ここに至るまで脱落したり、プルミエに恐れを抱いたりするなどして、数を減らしていた。

出発当初は100名近くいた村人は、いまや10名足らずになっていた。

そのうちの誰かが叫んだ。

「みんな! 向こうに村があるぞ!」

「やっと……やっと山を越えられたんだ。」

人里が近いということは、おそらく目的となるドルキマス国境も近いはず。

村人は、麓に見える小さな村に殺到した。



 ***



「ここも〈イグノビリウム〉の襲撃を受けたのか。」


焼け焦げた家屋。

崩れ落ちそうな建物の中で、わずかに残った村人たちが怯えながら暮らしていた。

「ああ……っ。ああ……。」

よほど恐ろしい目にあったらしく、残っていた付人はまともに口を聞けない有様だった。

「もう心配ない。私たちと共に、ドルキマスヘ行こう。」

力無きもの。天に見放されたもの。

そういった弱き人間たちを再び天の庇護下に入れるのも、自分の仕事だとプルミエは信じていた。

「怯えることはない。共に行くのは、あなたたちとおなじく……家を失ったはかなきものたちだ。」

離れた場所で、突如悲鳴が起る。

「何事だ!?」

異変に敏感になっているプルミエは、すぐに状況の把握に努めた。

そして、その目で見たものとは……。


「水だ! 水を出せ! あと食い物だ! なんでもいい。もっているんだろ!?」

「ようやく人里にたどり着けたんだ! こうなったら、なんとしても生き残ってやる!」

プルミエの両目は、凍り付いたように動かなかった。

(どうしたことだこれは? なにが起きている?)

「早く、食い物を出せ! 女房が死にそうなんだ!」

「食べ物なんて……なにも……ありません。」

「うるせぇ! こっちは、子どもに先立たれてるんだ! このうえ、女房にまで死なれたら……くそう!」

か弱き者たちが、か弱き者たちを襲っている。

そこにいるのは哀れな弱者ではない。自らが生き残るために、他者を踏みにじろうとする“獣”だった。

(彼らは誰だ? “天の子”だった者たちは、どこにいった?)

混乱と絶望が入り交じる。

(止めないと――)

たったそれだけを思い、プルミエは2本の剣を抜こうとした。

しかし、手が震え……剣は音を立てて地面に落ちた。

(彼らすら死なせてしまったら、元の村人は誰一人生き残らない――)


「や、やめてくれ……! お願いだから、人間同士で殺し合うな! お願い……だ。お願い……。」

プルミエの双眸から涙がこぼれる。

両手で顔を覆い、無力な人間の少女のように、嗚咽を濡らすことしかできなかった。

「御使いサマが……」

「天からいらした御使いサマが、涙を流されている。」

プルミエの涙を見て、我欲に支配されていた村人たちは、たちまち我に返った。

「他を顧みず、自分の欲のままに動く。それが、人の本性……根源的に背負った人間の業だというのか?」

その問いに答えられるものは、誰もいない。

「それが人の本性なのであれば、あなた方は“天の子”などではない。」

疲れ切ったような表情。言葉にもまったく力がなかった。

「どうやら私は、庇護すべきでないものを、間違えてここまで導いてしまったようだ。」

「ううっ。……御使いサマ、そのように言わないでください!」

「俺たちがどうかしてたんです! お許しください!」

剣を拾い上げて、自分の首筋に刃をあてた。

「死を持って償おう。それしか、天に詫びる方法はない!」

「おやめください!俺たちが間違ってました!」

村人たちは、プルミエを止めようと必死になる。

しかし、遅い。

この者たちはすでに“天の子”ではない。ゆえにその言葉に耳を傾ける理由などなかった。


――人間に肩入れしすぎるな。彼らに最低限の食科と水を与えて、卿は私と共に戻れ。――


(アウルム卿は、こうなることが分かっていた。そうなのですね……

愚かなのは、私の方でした)

ぐっと刃を首筋に突き立てようとする。


「やめろ。」

「アウルム卿……。どうしてここに?」

「人間は地上に降りるまでは誰もが“天の子”だが、地上に降り立った時点で罪を背負うのだ。

無垢にして穢れ。穢れにして無垢。それが人間というものだ。」

「天の子でもあり……罪を負った強欲な存在でもあると仰るのですか?」

「そうだ。だから、彼らが天の道を誤らないように我々が導くのだ。

卿のしてきたことは、間違ってはいない。」

ルヴァルは、後を指差した。

ドルキマス国の絞章のついた馬車が数台こちらに向かっているのが見えた。

「人間たちを回収して共にドルキマスに戻るぞ。

戦は近い。卿が剣を向ける先は、他にある。」

これまでの苦労を労るように、ルヴァルは慈悲のある笑みを見せた。

「アウルム卿、感謝に堪えません。彼らのことは、お任せします。」

「どこへ行くつもりだ?」

「道中、足腰の弱い者たちをやむを得ず置いてきてしまいました。

私は、彼らに必ず迎えに戻ると約束しました。ですから、彼らのところに向かいます。

「しかし――」

「人間の正体がなんなのか……私にはまだわかりません。

だけど、残してきた彼らと私は“約束”によって縁を結んでしまいました。

だから、彼らのところに戻らないといけないのです。」

言葉が終わらないうちに、プルミエの目からは涙がこぼれた。

途中で残してきた人間たちはもう〈イグノビリウム〉の餌食になっているだろう。

そうでなかったとしても、飢えと渇きで……どの道生きてはいない。

その結末をプルミエは、受け入れられなかった。

「卿が来た道――今は完全に〈イグノビリウム〉に侵略されている。

戻らせるわけにはいかん。」

「……ですが。」

「この戦いに鵬利し、〈イグノビリウム〉から大陸を取り戻したのちに残してきた彼らのとこに行こう。

彼らの魂を救うのだ。私も力を貸す。もし彼らが怒っていたなら、私も卿と共に謝ってやろう。」

プルミエは膝をついて泣き崩れた。

「……すまない。私は、私は……約束を守れなかった……。」

「……。」



 ***



ルヴァルが率いてきた馬車に村人たちが乗り込む。

馬車の中には、食科と水があり、飢えに苦しんでいた村人たちは、一斉に息を吹き返した。

「普通の人間たちだ。衣食住に困らなければ、無闇に他人に危害を加えることもないだろう。」

「そうであればいいのですが……。」

温厚だった彼らが、同じ人間に向けて本能の牙を側き出した瞬間――

その姿を目にした時に受けた冷たい恐怖心は、プルミエの心から永遠に消えることはないだろう。

村人たちのほとんどが馬車に乗り込んだ。

ここも、いつまでも安全とはいえない。すぐに出発するようにルヴァルは促した。


「こら、お前たちどこに行く?」

(ほろ)の隙間から、ふたりの子どもが飛び出した。

彼女たちは、プルミエの元に駆け寄る。

「なにをしている? あの人たちと、行くのです。」

プルミエは、ふたりのことをよく覚えている。

どちらも、親を失った子どもたち。しかも片方は、同じ村の人間に母を殺された子だ。

「御使いサマ……助けてくれてありがとう……。」

ひとりの少女は、母の形見である櫛を取り出した。

「これからも、私たちを見守っていてください。」

プルミエの髪に手を伸ばす。どうやら、髪を綺麗に整えてくれるつもりのようだ。

膝を折って子どもたちに自分の髪を委ねる。

子どもたちは、慣れないながらも……まるで自分の母の髪を労るように美しい髪を整えた。

「あなたたちの家族を救えなくて……ごめんなさい。」

子どもたちは、プルミエがなぜ謝るのか分からない様子で、一瞬きょとんとしたあと――

慰めるように暖かい笑顔を向けてくれた。その表情にプルミエは、ふと気付かされる。

(そうか……。そうだったのか……)



 ***



ファーブラ軍の陣容は、固まった。

兵の教練。戦艦の整備も、すでに終えた。

ディートリヒからの要講さえあれば、いつでも〈イグノビリウム〉との戦いに挑める。


「……。」

プルミエは、ドルキマスにやってきてから、物思いにふけることが多かった。

心配したルヴァルが声を掛ける。

「最後の最後で、あの子どもたちに教えられました。

天に導かれていたのは、彼ら人間たちだけではなく、私の方だったのだと。」

「卿の目から迷いが消えたのは、そういう理由か?」

「はい。今は剣を振るう先が、以前よりもはっきり見えております。」

人間は、地上に生まれ出た時から宿業と因果を同時に背負う。

そのふたつの均衡によって、人間たらしめている。

「強すぎる力が世を歪める時、人同は因果に囚われ宿業に身を焼くのでしょう。

しかし、我が剣で断つべきなのは、その宿業でも因果でもなく世を歪める強大な存在の方です。」

剣の柄を強く握りしめる。

「その気持ちに、迷いはないか?

この先どんな苦難があろうと、斬るべきものを違えずに進めるか?」

「進めます。」

ルヴァルの目を見て決然と言い放つ。

(この決意の強さこそ、我がファーブラ軍の力となるだろう)


「卿に私の副官を命じる。今の言葉、これからの戦いで証明してみせてくれ。」

「はっ! 天の使いとして、世に秩序と安寧が戻るまで戦い続けます。」

「期待しているぞ。」


「それでは、早速だが参戦出来る者を集めてくれたまえ――」


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   空戦のドルキマス    
00. ディートリヒ 初登場 (ウィズセレ)2014
11/14
01. 空戦のドルキマス ~沈まぬ翼~ 
 ドルキマス軍   最終戦
2015
10/22
02. 空戦のドルキマス 外伝集10/22
03. 黄昏の空戦記 ディートリヒ編(正月)01/01
  白猫×グリコ コラボ (メイン・飛行島)01/29
04. 深き黒の意思 ディートリヒ編(GP2016)06/13
05. ドルキマスⅡ ~昏き英雄~
  序章 1 2 3 4 5 6 7
2016
09/23
06. プルミエ(4周年)03/05
07. フェリクス(GW2017)04/28
08. 対シュネー艦隊戦 ディートリヒ編(GP2017)08/31
09. ドルキマスⅢ ~翻る軍旗~
  序章
2017
09/30
10. 空賊たちの空(ジーク外伝)09/30
11. 赤髭空賊とジーク(謹賀新年2018)01/01
12. 元帥の不在(5周年)03/05
13. 空戦のシュヴァルツ
  序章 1 2 3 4 5 6
2018
05/18
14. リボンを求めて(GW2018)08/31
15. 月夜の思い出 『魔道杯』09/20
16. 血盟のドルキマス【コードギアス コラボ】
  序章 1 2 3 4 5 6
2018
11/30
17. 炊事班の空賊見習い ロレッティ編(GW2019)2019
04/30
18. 新艦長への試練 ローヴィ編(サマコレ2019)07/31
19. 売国(GP2019後半)09/12
20. 決戦のドルキマス ~宿命の血族~
  序章 1 2 3 4 5 6
2020
04/14


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