紫陽花と雨宿り・ストーリー・1-2・1-4
クエスト1-2
雨降る午後 桜の島にある和菓子屋
料理御侍としての才能が特段に優れていた紗良は、幼少期に悪い奴らから目をつけられた。
両親を人質に取られ、食霊を召喚することを強制されるも、紗良はなかなか食霊を召喚しなかった。
本人は『できない』と主張するも、その言葉は受け入れられずに、紗良と弟は桜の島へと放り出された。
自らが危険な目に晒されれば、きっと食霊を召喚をするはずだ、と考えているのだろう。
それでもやはり紗良は食霊を召喚『できなかった』。それは、気持ちの問題であり、能力の問題ではない。
なんとか二人で力を合わせれば、最近堕神が増え始めた桜の島でも、なんとか生き抜いていけた。
問題は食事である。細々と食材を確保するも、それでも育ちざかりの二人には足りなかった。
そんなときだった。その店を見かけたのは。
紗良:『金……軒?』
かろうじて読めた看板に書かれた文字を見て、紗良は救われた気がした。
紗良:(どうしよう……お金がない)
物を手に入れるには、お金が必要だ。堕神を追い払っただけでは、食材も手に入らない。
今は紗良ひとり。何か食材をもって弟の元に戻らなければいけない。
紗良:(食霊を召喚し、食材集めに専念すべきなのだろうか。 でも……)
水信玄餅:……?
そのとき、その店から少年がひょこりと顔を覗かせた。
透明感のある薄い表情をした少年は、紗良と目が合うと、瞬きをして中へと戻っていく。
紗良:あっ……!
紗良:(誰だろう、あの子……いいなぁ、お店の子かな)
紗良は空腹を訴えるおなかを押さえて、長い溜息をついた。
和菓子屋の主人:君、どうしたんだ?
すると店の中から料理人が出てきて、紗良に声を掛けてきた。
和菓子屋の主人:おなかが空いているのか?中に入りなさい。
紗良:あ、あの……でも私、お金がなくて。
和菓子屋の主人:お金の心配はいらない。君のような幼い子から、お金を奪おうとは思わないよ。
紗良:……。
そう微笑んだ料理人の後ろから、先ほどの澄んだ表情をした少年が顔を覗かせた。
和菓子屋の主人:水信玄餅、その子を中へ。
水信玄餅:……はい、御侍様。
水信玄餅:こちらへ。
紗良:う、うん……!えっと、み、水……?
水信玄餅:自己紹介が遅れました。初めまして。私の名前は、水信玄餅。よろしくお願いします
紗良:み、水信玄餅!は、初めまして!紗良です!
水信玄餅:よろしく。
水信玄餅はわずかに口端を上げて微笑んで、そっと手を差し出した。
紗良:よ、よろしく……お願いしま、す……。
水信玄餅の手は少しだけ冷たくて……けれどとても柔らかく、そっと扱わなければ壊れてしまいそうだった。
戸惑った様子で紗良が顔をあげると、目を細めて水信玄餅は笑った。
水信玄餅:そんな恐々触らなくても大丈夫ですよ、私はこれでも強いのです。ひとりで堕神だって退治できます。
紗良:ひとりで――って、それはすごいね!
紗良は驚いて声をあげた。これが食霊なんだ……と驚いてしまう。
彼の見た目はまるで少女のように繊細で、堕神と戦う様子など想像ができなかった。
守ってあげなければすぐに壊れてしまいそうな少年。彼がひとりで堕神と戦って、退治してしまうなんて。
紗良はほとんど食霊と接したことがない。食霊を召喚した後は、すぐに悪い奴らに奪われていく。
そのとき食霊から向けられる絶望的な視線に、紗良の心は悲しみに染まっていた。
紗良:(水信玄餅はきっと、御侍様と良い関係を築けているんだろうな……)
紗良と紗央の両親を捕らえている悪人たちは、食霊を召喚し、悪事に利用しているようだ。
自分が食霊を召喚したら、不幸になる食霊を増やしてしまう――それが、どうしても紗良には耐えられなかった。
紗良:(いつか料理御侍になりたいと思うけれど……そのときは、ちゃんと食霊と心を通わせられるときだ)
紗良:(今はまだ召喚したらいけない……これ以上不幸な食霊を増やさないために。彼らは、契約には逆らえないんだから)
水信玄餅:どうしました?
紗良:……ううん、水信玄餅は幸せそうだなって。
水信玄餅:はい。私は御侍様に召喚していただいて、とても幸せです。
その笑顔に、嘘はない。彼は幸せなのだ、御侍様に召喚されたことが。
紗良:(こんな風に……食霊と良い関係を築けたら)
それは、料理御侍として、どれほど幸せだろうか。
そんな料理御侍にならないたいと、紗良は思った。
紗良:あなたの名前を冠してるお菓子なんだ!
水信玄餅:はい。御侍様が作った、今の時期にしか食べられない、特別な和菓子なのです。繊細な味の、とても美味しい和菓子ですよ。
紗良:わぁ……!
一口食べて驚いた。それは、口の中で溶けていく。甘すぎず、程よい味わいが、紗良の口の中に広がった。
紗良:美味しい……!これ、私、すごく好きだわ!
水信玄餅:それは良かったです。けれど、この和菓子は三十分しかこの形を保ってられないのです。
水信玄餅:限られた時間の、特別な和菓子なんですよ!
そこで水信玄餅は満面の笑みを浮かべた。
ああ、これが彼の誇りなのだと――自慢なのだと思った。
このお菓子は、彼にとって御侍様の愛なのだ。これほど美味しく、これほど美しく……とてつもなく儚い。
紗良:あっ!こ、これ……もう一個もらえないかな?弟がね、すぐ近くでおなかをすかせて待ってるの……!
水信玄餅:そうなんだ、待ってて。
コクンと頷いて、水信玄餅は奥へと下がっていく。そしてすぐにその手にもうふたつ水信玄餅をもって戻ってきた。
紗良:あ、一個で大丈夫だよ!?
水信玄餅:そうしたら、あなたの食べる分がないでしょう?
紗良:私は今食べたから!
水信玄餅:せっかくふたりでいるなら、一緒に食べた方が美味しいです。
水信玄餅:問題は、ここから弟さんのいるところに、三十分で戻れるかどうかですが……。
紗良は、急ぎ足で弟を待たせていた場所まで戻ってきた。そして、説明は後回しにして、急いで水信玄餅を食べさせる。
弟はとても喜んでいた。紗良も改めて弟と共に食べた水信玄餅をとても美味しいと思った。
そうして空腹を満たした後、紗良は周囲の景色とその匂いにとても驚いた。
紗良:(ここは、こんなにも澄んだ空気だったんだ。緑の匂い……だろうか。そして、景色も美しい)
生きるために必死に堕神と戦っていた今までは感じられない感覚だった。
ここにも堕神はいるけれど、さっきの水信玄餅のように、人間と共に暮らしている食霊が存在する。
いつか家族みんなでこの島に来て、一緒に水信玄餅を食べたい……と紗良は思った。
だが――その願いが叶う日は来なかった。
雨降る午後 紗良御侍の家
紗良:(あの日食べた水信玄餅の味を再現したい)
そうしたら、あの懐かしい日を思い出して幸せな気持ちで死ねるのではないか、と紗良は思った。
だが、そんなことにどれほどの価値があるか、紗良にはわからない。
紗良:(……一緒に食べたい人もいないのに)
紗良:(――もう自分には、何もないのに)
うな丼と共に、ここで水信玄餅を食べる。そうして、幸せだった日々を思い出しながら、紗良は残り少ない人生を生きる――それが紗良の最後の願いだった。
それこそが己の幸せと、強く紗良は信じて、あの日食べた味を思い出しながら、夜毎水信玄餅を作っていた。
紗良:水信玄餅、ごはんができたぞ。
水信玄餅:はい、御侍様。
見た目はあの日召喚した彼と変わらない。けれど、今の彼は決して笑みを見せることがない。
記憶を失ったという彼に、何があったのか、紗良にはわからない。
紗良:(彼に……また前みたいな笑顔を浮かべてほしい。けれど、私にはそれを与えられる術がない)
それは悲しいことだったが仕方がない。紗良は、失い過ぎたのだ。大切な人も、その肉体も――守らねばならないものが、もう何もないのだ。
紗良:(ならば、最後にこの子だけは)
水信玄餅:どうしました?
その声はかつてと同じ響きを持っている。紗良は、それだけでまだ希望があったかつてに戻れたようでうれしかった。
紗良:……いや、なんでもない。
けれど、もうあの頃とは違う……それは、痛いほどわかっていた。
水信玄餅:はい。来ると思います。
紗良:だったら、君が寂しい思いをしなくて済むな。
水信玄餅:……私が、御侍様と一緒に食材集めに行けたらよかったのですが。
紗良:気にしなくていいよ、そんなこと。私には、うな丼がいるし。まあ、弟の食霊だけど。
水信玄餅:……。
水信玄餅は黙ってしまった。彼は何かがあって、車椅子の生活を過ごしている。
それについてまだ紗良は言及していない。どう切り出していいかもわからなかった。
紗良:(いいんだ、そんなことはどうでも。少しでもこの子が幸せだと感じてくれたら)
紗良:(どうせ残り僅かな命。彼を神からの贈り物と思って、余生を生きよう――)
そう思って紗良は、忘れていた笑みを浮かべ、水信玄餅を優しいまなざしで見つめた。
水信玄餅:(私は……なんて無価値な存在なのだろうか)
水信玄餅:(せっかく召喚してくれた御侍様と食材集めすらできない。なんのために、召喚されたんだろう?)
水信玄餅は神を憎んだ。御侍様のような優しい人の傍には、自分のような役立たずより、もっといい食霊がいただろうに。
───
(例えばそうだ……彼のような)
・<選択肢・上>流しそうめんのようだったら 流しそうめん+15
───
クエスト1-4
雨降る朝 紗良御侍の家
紗良:……もうやめて!
紗良:私は食霊なんて召喚したくない!どうせあなたたちは彼らにひどいことをするんでしょう!?
紗良:どうしてよ!ぶつなら私をぶって!お母さんやお父さんをぶたないでよ!
紗良:お願いやめて、やめて、やめて……!
水信玄餅:――御侍様!
紗良:……ッ!
水信玄餅に呼ばれて、紗良は目を覚ました。
水信玄餅:大丈夫ですか、とても魘されていました。
紗良:ゆ、夢か……ごめん、大丈夫……。
体を起こして、息を整える。嫌な夢だ。もう思い出したくない、過去のできこと。
水信玄餅:良かったです……わっ!?
紗良は水信玄餅を引き寄せた。そして、長い溜息をついた。
紗良:大丈夫、もう……大丈夫。
そしてゆっくりと顔を上げ、水信玄餅を見て笑った。
紗良:嫌な夢を見たんだ。随分と昔の……嫌な夢を。
水信玄餅:……そうでしたか。
紗良:でも、夢だから。良かった、君がいてくれて。
水信玄餅:い、いえ、私は何も……!
紗良:じゃあ、ごはんにしよう!今から作るから、ちょっと待っててね!
そう言って立ち上がった紗良だったが、そのまま咳き込んでしまう。
水信玄餅:御侍様、大丈夫ですか!?
ゼェゼェと息を乱して、紗良はゆっくりと呼吸を整えていく。
紗良:大……丈夫。ごめん、急に。
紗良はすぐに笑顔を浮かべ、体を起こした。
紗良:君と一緒に朝ごはんを食べたらさ、すぐ良くなるから。
そして紗良の作った朝ごはんを、水信玄餅は食べている。
食霊は食事をしなくても生きていけるが、御侍に求められているので、水信玄餅は彼女と共に食事をする。
この時間の紗良はとても楽しそうで――水信玄餅は、彼女と過ごす時間が好きだった。
水信玄餅:(だが、こんなこと、わざわざ召喚された食霊がすることだろうか)
そんな疑問が、水信玄餅の中では尽きない。
すると、ドアを叩く音と同時に、ドカドカと荒々しい足音を立て、うな丼が部屋へと入ってきた。
うな丼:おはよう。ん、朝飯を食ってるのか。
紗良:お、もうそんな時間か。良かったら出かける前に、お前も食べないか?
うな丼:拙者には必要ないと何度も言っている筈だが?
紗良:水信玄餅、聞いたか?うな丼はなぁ、いつもこうなんだよ。お前と違って、冷たい奴なんだ。
水信玄餅:……そう、なのですか?
うな丼:いいじゃないか、飯を食う相手はもうできたんだろう?拙者まで食べる必然性がない。
紗良:お前って奴は……いい加減、嫌われるぞ?
うな丼:さて。特に嫌われて困る相手はおらぬのでな。
紗良:ああいえばこういう……本当に可愛くない奴だ、うな丼は。水信玄餅を見習った方がいいぞ?
紗良はパクパクと残っていたごはんを勢いよく食べて立ち上がった。
紗良:じゃあ、行ってくる。留守番は頼んだ。
笑顔で手を振って、紗良が家から出て行く。
それを見送って、水信玄餅は肩を落とした。
───
(どうしたら、御侍様の役に立てるのだろうか……)
・<選択肢・上>紗良に相談する? うな丼+5
・<選択肢・下>流しそうめんと猫まんまに聞いてみよう 流しそうめん+15
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