【黒ウィズ】リフィル編(GP2019)Story
2019/09/12
目次
story1 汽車に乗って
ポーッ、という音が、駅に満ちるざわめきを切り裂いて響く。
文明の音だと、リフィルは思った。
魔法になど頼らなくても、こんな巨大な鉄の塊を動かせるのだ――。そう声高に主張するような音。
世界最後の魔道士たる自分が、こうして蒸気機関車に頼ろうとしていることが、何よりの証だ。
リピュアは、踊りながら列車へ駆けていく。駅にひしめく紳士淑女が、リピュアの羽を見て、目を丸くしていた。
(列車を発明した人も、まさか妖精が乗ることになるとは思ってなかったでしょうね)
そんなことを考えながら、リフィルも乗るべき車両へ足を進めた。
***
一等車両の指定個室に入り、しばらく待つと、汽笛が鳴って、汽車が動き出した。
リピュアはさっそく個室の窓にかじりつき、筆で刷かれたように流れていく景色を思うさま堪能する。
リフィルは、やわらかな座席に身を預け、窓の外を見るでも、本を取り出すでもなく、じっと物思いにふけった。
思い出すのは、数日前――生家、アストルムの屋敷に帰ったときの情景だった。
***
出迎えてくれた父の佇まいは、昔の印象そのままだった。
柔和な微笑み。穏やかな物腰。そして、世界のすぺてに価値を見出そうとする、幼子のように純朴な瞳。
3年前、リフィルがあの都市に行く直前、最後に会った時と、まるで変わっていない。
僕は絵本で生計を立ててるんだ。君みたいな妖精を描いたりしてね。だから本物に出会えて、とても嬉しいよ。
さ、奥に入りなさい。まずは長旅の疲れを癒すことからだ。
広間に入ると、使用人がやってきて、紅茶とお茶菓子を用意してくれた。
使用人は、くすくす笑い、後ろに控えた。
紅茶のカップを手に取ると、同じソファに座ったリピュアが、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
ふたりのやり取りを見て、ジウスが可笑しそうに笑った。
リフィルは鼻を鳴らして、紅茶を飲んだ。つれなくされても、ジウスはにこにことしている。
――おめでとう、リフィル。おまえはおまえの魔法をつかんだ。誰にもできなかったことを成し遂げたんだ。
リフィルは、困ったように父から視線を外した。
事情は手紙で伝えていたが、面と向かって褒められると、面映ゆくて落ち着かない。
人が魔力を失い、魔法技術が廃れて以来、魔道の名門たるアストルム一門の門弟は、当然ながら激減の一途を辿った。
今となっては、高齢の門弟が数人、魔道書の編纂や魔匠具の製作という形で関わっているに過ぎない。
リフィルは答えず、紅茶を飲み下した。じんわりとした熱さが、喉を通って、胸の奥へと落ちていく。
その熱の後押しを受けて、問うた。
ジウスはスッと表情を消し、首を横に振った。
それが許されるとしたら、きっと、おまえだけだろうね――リフィル。
***
個室の扉が、突然、ガラッと聞かれた。
連発銃を手に、下卑た笑いを響かせながら現れたのは、明らかに鉄道会社の関係者とは思われない、いかにも荒くれ然とした男だった。
彼は、きょろきょろと個室の中を見回し、意外そうな顔をする。
ヘヘヘ、そんじゃあまずは財布を――
男が銃を構える前に、リフィルは省略詠唱で雷を飛ばし、一撃で失神させた。
リピュアが、不思議そうな顔で首をかしげる。
とはいえ……そんなのが横行するようじゃ、誰も鉄道なんて使いたがらない。だから、鉄道会社は警備に力を入れてるんだけど。
言いながら、リフィルは個室から側廊下に出た。
リフィルたちの個室は、ちょうど真ん中のあたりにある。
廊下には、銃を持った男たちが、ちらほらと立っていた。同時に、あちこちの個室から悲鳴や怒号が聞こえ始める。
リフィルは側廊下の左側を向き、呪文を唱えた。
細い雷条が、一直線に側廊下を駆け抜ける。廊下に立っていた男たちは、次々に直撃を受け、悲鳴を上げて昏倒した。
各個室から、男たちが飛び出してくる。
リフィルは、これも落ち着いて魔法で打ち倒した。
静かになったところで後ろを振り向くと、一等車両の右側の廊下は、とっくにシチューまみれになっていた。
軽く息を吐いてから、リフィルは別の車両へ向かった。
story2 魔道士として
祖母の寝室に、リフィルは静かに足を踏み入れた。
焚きしめた香のにおいが、鼻をつく。ラベンダー。それは病魔を退けるためのものか、消せないにおいをごまかすためのものか。
大きな寝台に横たわる祖母へと、リフィルは静かに声をかけた。
祖母は、ゆっくりと身を起こした。寝台の脇に控えていた女中が、背中に手を添える。
上半身だけを起こしきり、祖母は微笑んだ。
リフィルは無言で頭を下げてから、祖母の顔を見返した。
母が老いれば、こうなるのだろう、という顔だ。それは、自分の未来を示唆する顔でもある。
顔色は悪い。身に巣食う病魔に色を喰われたように。まつ毛が侈げに揺れているのが印象的だった。
こんなに小さかったろうか、とリフィルは思った。いつもピシリと背筋を伸ばし、粛然としている。それが、リフィルの中の祖母の印象だった。
そう聞いたときは、信じられなかったわ。
リフィルは気息を整え、指先を動かした。
指先から〈秘儀糸〉を伸ばし、宙にいくつもの魔法陣を編み上げる。
祖母が目を見張った。
かつて自身も〝代替物(リフィル)〟だった彼女には、どの魔法陣も見慣れたものであり、今さら驚くような代物ではないはずだ。
ただ――それを作れるのは人形の方だった。魔法のコツを知らぬ者は、どれだけ理論を学習しても、魔法陣ひとつ形成できないのだ。
リフィルは魔法陣を解き、〈秘儀糸〉を消した。
祖母は、じゅうぶん証明になったと言うようにうなずき、それから、深く深く息を吐いた。
そして彼女は、ひたとリフィルに視線を合わせた。
強い眼だった。病に蝕まれてもなお。
彼女もかつては〝代替物(リフィル)〟であったことを、瞭然と思い出させる眼だった。
彼女は言った。その眼のままで。
***
三等車両に乗り込むなり、リフィルは魔法を飛ばした。
乗客に銃を突きつけていた男の周囲に魔法陣が浮かび、そこから光の糸が伸びて、男を絡め取る。
三等車両の廊下にいる敵は、あとふたり。いずれも状況を理解できず、ぎょっとしている。
リフィルはさらなる魔法陣を編みながら、残るふたりに冷厳と告げた。
ふたりは、銃をリフィルに向けた。引き金が引かれ、弾丸が飛び出す。
銃弾はリフィルの顔面めがけて飛来し――命中する直前、宙でピタリと止まった。
瞳目する男たちへ、威力を抑えた雷撃を放つ。
蛇のごとくのたくる雷撃は、リフィルの意志に従って宙を滑り、男たちを順にかすめて、打ち倒した。
リフィルの後ろから、ひょこっとリピュアが顔を出した。
銃弾を止めたのはリピュアの魔法だが、そんなことは誰にもわかるまい。
乗客たちが茫然とざわめくなか、リフィルは無言で通路を進んでいく。
ふと、右から視線を感じた。
目を向けると、小さな女の子が、まじまじとこちらを見つめていた。
リフィルは立ち止まり、女の子を見つめ返した。すると、女の子は、ちょっと首をかしげてみせた。
リフィルは小さく笑って、彼女の頭を軽く撫でた。
***
魔法は、人の持つ最大最高の技であり、魔道士は、畏怖と憧憬の対象だった。
その力を利用しようと企む者は多く……ゆえに魔道士たちは互いに身を寄せ合い、自分たちの意志と尊厳を守ろうと努めた。
我がアストルムー門も、そうして生まれ、繁栄し――人が魔力を失ってからは、衰退の一途を辿った。
今のアストルム一門に、魔道士を守る力はない。魔法という力を欲する愚か者たちから、あなたを守るすべがないのよ。
だから――魔法を捨てなさい。その力が、数多の苦難を呼び込む前に。あなた自身の幸せを守るために。
言ってから、祖母は、ごぼごぼと咳き込んだ。
女中が慌てて、彼女の背中をさすり、落ち着いたところで水を差し出す。
祖母が水を飲んで、一息つくのを待ってから、リフィルはようやく、口を開いた。
祖母が、見つめてくる。
その強い眼を、リフィルは同じくらいの強さで確(しか)と見返した。
蒸気機関車だとか、電信だとか……魔力ひとつ使わずに、魔法以上のことをやってのける技術が、たくさん生み出されてる。
暴力という点においてもそう。『人を殺すだけなら、銃の方が楽だし手っ取り早い』――これは母の言葉だけど。
あきれたように嘆息する祖母に、リフィルは軽く肩をすくめてみせた。
魔法の力を手に入れようと画策するくらいなら、ガスや電気を使う新たな技術の開発に勤む方がはるかに得なはずよ。
だから、心配はいらないわ。もちろん、だからといって油断してるわけじゃないけど。
いいのよ。〝代替物(リフィル)〟としての役目なんか、放り捨てて生きたって。
文句を言うような人はもう生きちゃいないし、それに真の魔法使いとなったあなたが、そんな因習に従ういわれもない。
祖母は、ひとつ、大きなため息を吐いた。
ごめんなさいね。私は〝魔法を捨てる、という決断を背負えるほど、強くはなかった。
悔やむように頭を振る祖母の姿を見て、リフィルは、かつて父から聞いた話を思い出した。
『おまえのおぱあさまは、〝代替物(リフィル)〟として、それはそれは華々しく活躍し、いくつもの伝説を残された。
ある国では邪悪な殺人鬼を討ち、ある国では、横暴な貴族に虐げられた農民たちを救い、ある国では正統な王子の王位継承を助けた。
〈雷の使徒〉〈雷鳴の化身〉〈緋閃の魔女〉。世界各地で魔法を振るい、悪と戦った彼女は、様々な異名で畏れられ、敬われた。
実は、僕は子供の頃から、おばあさまにあこがれていてね……お母さんと出会ったのも、実は〝代替物(リフィル)〟の取材がきっかけだったんだ』
〈メアレス〉として戦った自分とも、賞金稼ぎとして戦った母とも違う形で、魔法の存在を世界に示した祖母。
彼女は魔法を使い、多くの人を救ってきた。だからこそ、魔法への思いは人一倍強く、それを捨て去ることへの恐れもあっただろう。
悩んでいたこともあったけど、今は違う。家のためとか、魔道のためとかじゃない。私自身がやりたくて、私の魔法を使ってる。
異界から来た、本物の魔法使い。アストルムの悲願から生まれた〈ロストメア〉。助けられなかった少女と、その子の〈夢〉。
あの都市でしかありえなかった出会い。あの都市でしか起こりえなかった戦い。
そのすべてを経た今、はっきりと言える。
迷い、惑い、時に涙を流しながらも。
リフィルはただ、莞爾(かんじ)として微笑んだ。
祖母は、何も言わず、じっとリフィルを見つめた。
そして――ゆるやかに息を吐き、言った。
皺深い目元にかすかな光を灯し、祖母は笑った。
きっとあなたは、多くの人に、夢を与える。あなたの信じる、あなたの魔法で。
それを聞いて、リフィルの脳裏に、ひとひらの言葉が瞬いた。
『夢を持たないあなたも、誰かの夢にはなれるんだよ――リフィル』
胸に沁みる言葉を抱きしめるようにして。
リフィルはうなずき、感じたままを口にした。
あなたも、きっと。どこかの誰かの夢だった。
祖母が、わずかに目を見開いた。
その眼から、つう、と涙があふれ、頬を濡らした。凍れるすべてが融け出すように。
リフィルは知っていた。それは、〝代替物(リフィル)〟たる者に何より響く、魔法の言葉であることを。
その言葉だけで、救われる思いがあることを。
story3 名乗るべき名は
瓢々たる答えに、リフィルは無言で唇を尖らせた。
それに、自分で選んだ道のことだ。自分の言葉で話してこそ、相手の心に伝わるってものだよ。
そうだ、リピュアちゃん。ぜひモデルをやってもらえないかな?本物の妖精を題材に絵本を描ける機会なんて、逃す手はないからね。
あ、そういえば、パパさんてどんな感じの絵本描いてるの?
***
リフィルは貨物車両の扉を魔法で吹き飛ばすと、すかさず中に入り込んで物陰に隠れた。
返答は、銃声だった。リフィルが隠れた荷物の山に弾丸が突き刺さる。
計画は完璧だったんだ!誰も防げやしない!なのに、なんで!
そんで汽車が出ちまえば、あとはこっちのもんだ。走ってる汽車には助けなんざ来ねえからな。中から簡単に制圧して金品を奪えるって寸法だ!
ほれみろ、やっぱり完璧だ!なのになんで、外の連中はやられてんだ?クソッ、わけがわからねえ!
魔法はこの世から失われたわけじゃない。いつどこに魔法使いがいるかわからない――そう覚えておきなさい、小悪党。
すでに魔法陣は編み終えている。リフィルは呪文を唱えながら、物陰から身をさらした。
車両の奥から男が発砲――放たれた弾丸は、魔法陣が織りなす障壁に防がれ、止められる。
愕然と凍る男へ、リフィルは鋭く指先を向けた。
ずどん、と何かが降ってきて、男をぐしゃりと押しつぶした。
唖然となるリフィルをよそに、〝何か〟は衝撃で失神した男の上で、むくりと身体を起こす。
あーこれ術式ミスったぽいなー。やっぱノープランで長距離転移は無理あったかー。ま、次はなんとかなるでしょ。あたしだし。
その少女は、男を尻でふんづけたまま、うんうんとうなずき――
ようやく、あっけに取られたリフィルに気づいたようで、目をぱちくりとさせ、片手を上げてきた。
思わず、沁みついたあいさつが出た。
リフィルは、ぶんぶんと頭を振って、身悶えしたくなるような恥ずかしさをねじ伏せた。
少女は、上を向いて何事か考えた。それだけで、ぶわっと魔力が発生し、彼女の前にいくつもの魔法陣を織りなす。
すぐに少女はこちらに向き直り、ニヤッと頬を歪めてみせた。
なにやら適当なことを言いつつ、少女はその場に起き上がった。
てなわけで、そろそろ未来に帰るから。そんじゃまバイバイ、またトゥモロ~♪
光の粒子がきらめいた。かと思った次の瞬間、ユピナの姿は消えていた。
リフィルは茫然として、少女の消えた空間を見つめた。
そんなものがいるなんて、と思ったが。
思い直して、リフィルは、はあ、と嘆息した。
様にならない心地を味わいながらも、とりあえず、倒れた男を魔法で拘束することにした。
***
汽笛とともに、列車が止まる。窓の外で流れていた景色が、ゆっくりと元の形を取り戻していく。
リフィルは肩をすくめ、車両の外に出た。
***
駅の係員が、貨物車から手荷物を持ってくるのを待っていると、数人の男女が、どたどたとこちらへ駆けて来るのが見えた。
その一団はふたりの前で足を止め、頭から爪先までを、しげしげと眺めてくる。
彼らはあわてて居住まいを正し、手に手にペンとメモ帳を取り出した。
きっと、これからも便利になっていくのだろう。あるいは、魔法すら追いつけないくらいの速度で。
(それでも、魔法はここにある)
たとえ時代遅れの技になって、忘れ去られる日が来るとしても。
磨き、繋いでいく限り、魔法はどこかで存在し続ける。
(あの子が未来の魔法使いだっていうなら、きっと、そういうことよね)
男が、遠慮がちに声をかけてくる。
答えを求められているのだと思って、リフィルは、軽く息を吸った。
見世物になる気はないが、魔法の存在を示すには、うってつけの機会だ。
おお、とどよめく記者たちに、リフィルは凛然と名乗りを上げた。
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