【黒ウィズ】アレイシア&エウブレナ編(謹賀新年2020)Story
2020/01/01
目次
登場人物
ペルセールス
ヘカトンクレーム
story
インチキ商売のなにが悪い!俺が売ってやったのは夢!つまらない人生から羽ばたく魔法の靴だ!
だっしゃしょかあああああああああああ!ほんならなんでぬしゃあそんな顔しとるじゃい誇りを売っちゃあ、いかんやろがああああい!
我々が言っているのは正論!他人に迷惑がかかろうと、クレームと言う名の石を安全な場所から投げ続けるまでだ!
傷つかない場所から投げた言葉が響くかあ!正義なんざHEARTの数だけあるんじゃ!だからぶつけ合ってわかり合うんじゃろがぁ!
「「「「アレスちゃん!アレスちゃんアレスちゃん!アレスちゃんアレスちゃん!アレスちゃん!」」」」
みんな!これからもヴァンガード隊をよろしくっ!
ぜんっぜんよろしくねえ!
地域ふれあい課あらためヴァンガード隊の本部ビル。責任者のゾエルは頭を抱えていた。
あのガキ、まーた派手にぶっ壊しやがって……。そりゃあの性格を見込んでスカウトしたとはいえさぁ。
ルールに縛られず、正しいことを為す。その姿勢は人々の心を動かすはずだ。
市民の支持を背景に既成事実を積み上げ、ヴァンガード隊の権限を大きくする。それがゾエルの目下の狙いだ。とはいえ――
限度があるってんだよ、限度が。毎週のように頭を下げたりもみ消したりするこっちの身にもなれってんだ。
はあ……毎度毎度あんなに暴れちまうから、おおやけにできる活動がないし、これじゃ広報活動もできやしない……。
……って、今度はなんだい!
しゃああああああああ!新記録達成じゃぁぁぁぁぁ!
轟音の原因であろうバーベルが床に落ち、その前でアレイシアがガッツポーズを取っていた。
そしてそれを見ながら、美味そうに酒を飲む酔っ払いがひとり。
お~いいぞ~。やれやれ~。そ~れ、もう1回。ほ~い、もう1回。
いま限界まで神肉(しんにく)を追い込んだところだから、そういうのは無理です。早くプロティオス飲まないと。
そう思って用意しといたぜ。新しい配合を試してみたんだ。きっとよく効く……ひひ……。
お、さすがおハルさん!それじゃ遠慮なく。
よーし、プロティオス摂取完了!もう1セットいくぞぉぉぉぉぉぉ!そりゃあああああああ!
あ。
次の瞬間、すっぽ抜けたダンベルが宙を舞い、猛烈な勢いで壁に叩きつけられ轟音を立てた。
アレイシアはいつもこの調子だ。暇があれば限界までトレーニングをし、部屋をめちゃくちゃにしていく。
彼女のトレーニングが終わるのは、肉体が限界を超え、指ー本動かなくなった時だけだ。
眼前の光景にゾエルが眉間を揉んでいると、携帯端末に通信が入る。
相手は――アポロンVI。
無言で通信を切り、ため息をつく。
ナンバーズもうるさくなってきやがった。さっさと地盤を固めなきゃなんねえ。となったら、打つべき手はあの作戦だが……。
ちょっと!さっきからなに!?怪我とかしてないでしょうね!?
いやだなあ、エウさん。ヴィランと戦ってるわけでもないのに、怪我とかするわけないぞ?
しょっちゅうしてるでしょ。……って、部屋がぐちゃぐちゃじゃないのなにしてたのよ!
いつも通りにトレーニングして、プロティオス飲んでた。やっぱプロティオスは神トレ直後の方が効くからね。
ほらほら、触ってみなよ。どう?ボクの神の力が高まっていくの、わかる?
触らせないでいいから。ちょっとそこに座りなさい。
ふひ……じゃあオレ、新型のレプちゃんいじらないといけないから、これで。
ダメよ、ハルディス。貴方も座りなさい。
お、いつもの説教タイムか?よーし、もう1缶あけちゃおう。
隊長もこっちにきて座ってください。はい、だらしなく座らない。我々はいつも市民に見られているんですから。
3 8……3 9……40……。
ねー、おいら上司よ?この間、31になったのよ?いつも説教されるのおかしくない?
だったら年齢や立場にふさわしい立ち居振る舞いを心がけてください。
32……33……34……。
アレイシア!座りながらこっそりトレーニングしない!
はあ……まったく年の瀬だというのに、なんでこんな……。いいわ、とりあえず、先に大掃除しましょう。
よーし、掃除で神肉を追い込むぞぉぉぉぉぉぉ!
普通に掃除しなさい!
***
……アレイシアは制御不能。ハルディズは笑顔がキモい。ヴァッカは論外。やっぱエウブレナしかいねえな。
ちょうどそろそろ年が明ける。あんたの出番だ。任せたよ。
お任せを。期待には応えるタチっすよ。
***
片付けた部屋はすぐに元通りになり、1年最後の日が訪れた。
世間じゃみんなお休みだってのに、公僕は辛いねえ。
でもヴァカの隊長、いつもなにもしてないよね?もしかして前にヴィランが言ってた税金泥棒?
アレイシア、言葉に気をつけなさい。時には真実がー番ひとを傷つけるのよ。
あんまフォローになってないというか、わりといまの言葉の方が傷ついちゃったんだけど。
にしてもさぁ、こんな日に特別任務って、ゾエルはなにしようとしてんだ?けっこう秘密主義なんだよなあ……。
よう、揃ってるな。結構結構。
ボス、特別任務っていったいなんでしょうか?年末パトロールなら各区のフォースがしっかりやっていると思いますが……。
ちょいと待ちな。そろそろ来る時間……。
お、来たね。COME IN!
いつもお世話になっておりま~す。エリュシオンマートで~す。
あれ、店長なにしてんの?
ゾエル様から承っていた特別注文品のお届けサービスにまいりました。こちらです。あ、受け取り印お願いしまーす。
はいよ。エウブレナ、受け取って中を開けな。
言われた通り、エウブレナは荷物を受け取り、箱を開ける。中に入っていたのは……。
これは……ちょっと変わってるけど、服?ハルディス、こういうの知ってる?
あ、オレ専門バカ。雑学全般の解説ギャラとかムリだから。そこんとこの線引きはしっかり、な?
これ、おばあちゃんに見せてもらったことある。東のポリスの伝統的な衣装だね。めでたい時に着たりするんだ。新年とか。
(もしかしてうちのチームの物知り役って、アレイシア?……なんかバランス悪い……)
内心でそうぼやきながら、エウブレナは東方衣装を広げる。
エリュマってこういうのも売ってるんだね。やっぱエリュマにはなんでもあるな~。確かキモノって言うんだよね。
え!?キモ!?オレ、キモかった?ちょっと隣の部屋からやり直し、な?
いまそういう話はしてな……行っちゃった。
へ~え、なかなか綺麗じゃないの。エウちゃんに合わせた色合いなんじゃない?か~、これ着て野郎どもをイチコロってか?
……すみません、ボス。近々1on1の面談をお願いできますか?直属の上席にセクハラを受けているかもしれないので相談が。
ちょ、待ってよエウちゃ……エウブレナさん!このご時世にそういう冗談やめよ?ね?
いい加減にしな、×××××××ども!アンタらに任せてると話が進まないね。エウブレナ、そいつはアンタが着るんだよ。
このキモノを、私がですか?いったいなぜ……。
特別任務だって言ってるだろ。ヴァンガード隊のPR動画を撮影する。主演はエウブレナだ。
PR動画?宣伝するってこと?ヒーローにそんなの必要かな?
必要に決まってんだろ。うちが英雄庁直下のまともな組織だってこと、世間様に認識してもらわなきゃならねえだろうが。
その言葉に、エウブレナの脳裡に、先日の夜、母と交わした会話がよみがえる。
「どうしたの、ママ。私?元気に決まってるじゃない。
うん、そりゃヒーローだから、ないけど……大丈夫だってば。吐J安全な職場じゃ同僚もいい子だし、仲良くやってるわ。
え……いや、ハデスフォースじゃないんだけど。えっと、どこの部隊かっていわれても、それはその、守秘義務?みたいな……。
あ、やらなきゃいけないことがあったんだ!またね、ママ!近いうちにパパに会いに行くから!それじゃ!」
(思わず親にも隠してしまうデタラメな職場……。PRがうまくいけば、世間のイメージもよくなって、胸を張って言えるかも……)
私、やります!
よーしよく言った!それじゃ早速……。
あれ?荷物がもうひとつあるよ?
あん?アタシゃひとつしか頼んでないよ?
そちら、当店のスペシャルサービスとして、おまけでもうー着用意させていただきました。中身は同様の東方衣装になります。
奮発して高いやつにしたのに、いいのかい?
もちろんです。お客様の笑顔が私たちの楽園。エリュマです。
そうかい?そんじゃ、そっちのはアタシが着ようかね。
大きめの方にはサイズが合わないかと思います。
じゃあ、ハルディズかしら?
やあ、爽やかな女の子を呼んだかい?
おキモめの方にも合わない柄かと思います。
おキモめ!?やっぱキモいんだ……。
店長、いまのはひどいぞ。おハルさんは爽やか女子なんだからね。
す、すみません、そんなつもりでは。ただそのキモノを着るのはやはり……。
うーん。もう選択肢が残されてないから、仕方ないよね。
ヴァカ隊長、任せます。
いやいや、ですから、それはアレイ……。
やっぱおいらの艶姿が必要ぉ?いいよぉ。思いっきりサービスしちゃうよぉ。
ははは。ゴミ箱寝太郎さん。寝言が言いたいのでしたら永遠に眠らせることもやぶさかではございませんが?
――と、いうような会話がしばらく続いた後、普通にアレイシアが着ることになり、PR動画撮影作戦は幕を開けた。
なお、今回の出費で店長(あだ名)の給料は三ヶ月分ほど吹っ飛んだ。
……………………あれ?出番なし?ウチ、ずっとスタンバってたんだけど……。
***
神話還りの肉体には通常の人間とは異なる筋繊維が備わっているの。俗に神肉と呼ばれるこれを鍛えることによって神の力が強まるわ。
プロティオスはその神肉を育てる栄養素!神話還りには欠かせないー品だぞ!
貴方は摂りすぎ……。
story
オリュンポリスでは、年明けが近づくと、各地でカウントダウンが始まり、1年を締めくくるイベントとして賑わいを見せる。
ここハデス区でも、ペルセポネ・スクエアに何万もの市民が詰めかけ、大盛りあがりしていた。
すっごい人だかりだ!みんな楽しそうでいいね!
でも、PR動画を撮るのに、なぜこんな人混みに?
やっぱ撮れ高あげたいなら、こういうバエるシチュは外せないじゃん。
なんか自然にいる!
だって、出てくるタイミングないじゃん?こういう時はなにげに紛れ込むしかないっしょ。
いやいやいや。貴方、捕まってるはずじゃないの?
彼女の名はコリーヌ――通称バイトテロクレス。かってアレイシアたちと死闘を繰り広げた悪党だ。
アレイシアに敗北した後、捕縛されて連行されたはずだったが――
面白そうだったんでね、もらってきたんだよ。動画撮影が得意だっていうし、ちょうどいいさね。
もらったって……ヴィランですよ?そんな犬か猫みたいに……。
いいじゃないか、反省してるんだし。
うい~す!反省してるっす!これマジ寄りのマジっす!PR動画、任してください!
………………。そもそもなんで釈放されてるんですか?
バイトテロクレス騒動の隠蔽。アレイシアの覚醒に関する情報統制。ヴァンガード隊の設立――
英雄庁の様々な思惑が絡み合う中、上層部との利害のー致により、違法すれすれの手管を使いコリーヌを手駒として迎え入れたのだが――
いいんだよ、細けえことは。
ゾエルは真面目な部下にわざわざ説明したりはしない。
でも、ちょっと前のことだし、更生できているとは……。
テロクレスさん!全カパンチじゃあぁぁぁぁぁ!
えっ!?う、うぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!
……まっすぐな気持ちが乗った、い~い拳じゃあ。約束通り、ワシといっしょに世界を笑顔にするんじゃな?
ういっす!やっと見つかった仕事っすから!アレイシア先輩の下働きから、コツコツとやらせてもらうっす!
よっしゃああああ!行くぞ、テロさん!PR動画、撮影開始じゃああああああ!
ういいいいいいっす!でも自分の名前はコリーヌつすううう!
ええ……?い、いいのかな……?
PR動画の撮影は、この広場の盛り上がりを利用したものだ。
つまり、私は普通にパトロールすればいいんですか?
そうさ。アンタがその格好してりや、勝手に寄ってくる市民がいるだろうから、適当に笑ったり手を振ったりしてやんな。
で、ウチがそれをバッチリ撮っておく。市民に愛されるヴァンガード隊をよろしく……ってわけ。
ハイ!ボクの役目は!?
アンタが張り切るとろくなことがないからヴァッカと遊んでな。よし、エウブレナ。はじめな。
そんなにうまくいくかしら……。知名度のないヒーローに、市民が寄ってくるわけないと思うけど。
お姉さんお姉さん、ヒーローだよね!?ハデスフォース?
その髪、どうして耳みたいになってるの?ていうかネコ耳?イヌ耳?
めちゃくちゃ寄ってきた。
あの、私はハデスヒーローだけど、部隊はヴァンガードというところで、髪は神話還りに目覚めたら勝手にこんな風に……。
ヴァンガード隊?初めて聞いたけど、俺、今度から応援するよ!
ハデスヒーローってことはケルベロス!やっぱイヌ耳なのね!私、イヌ派だから、応援するわ!
大人気だった。
予想通り、カウントダウンで盛り上がった市民の気持ちを鷲掴みだ。エウブレナ、撮るからちゃんと笑いな!
ええ?えーっと、こうかしら?
いいじゃんいいじゃん、よっし、いただき!
お~いいねえ。おいらも応援してよ~。がんばってるんだよ~?毎日飲んでさ~。あ、なんかサービスしよっか?ん?
うわっ、汚っ!え、この人もヒーローなの?
そーそー。おいらね、ヴァンガードのたいちょ~なの。スーパーヒーローだよぉ?
守るものがある限り、ヒーローは決して負けない!
なーんてな?どう、カッコよかった?
くっさ!酒くっさ!臭すぎてなに言ってるかわからない!
カット、力ーーーット!ずらかるぞ!コリーヌいまのデータ消しとけよ!
場所を変えても、エウブレナはすぐに市民に取り囲まれた。
よーし、ヴァッカは縛っておいた。今度こそ清く正しいヴァンガード隊のPR動画を撮るんだよ。
エウブレナさん、いいよーいいよー!今後の活躍に期待してるから!
まだ慣れてない感じの初々しい笑顔がまた爽やかな感じでたまらないわ!
そう?やっぱオレ、爽やか?よっし、いっちょみんなを応援してやるかあ。ひ、ふひひひひひひひひ……。
え、なにこの子?ヒーロー?
へいへいヘーい。こんな可愛い女子に応援されて興奮してんだろ?隠すなよお。
え……可愛いけどキモッ。
カーーーーット!撤収だ撤収!
えーと、市民のみなさん。我々ヴァンガード隊は……。
清く正しくだっしゃしょかああああああ!どうしたあ!声が小さかぁぁぁぁ!そんなんじゃ年は明けんとよおおおお!
撤収ぅぅぅぅぅぅ!
PR動画の撮影は、まったく進まなかった……。
***
エウさんの髪、そういう風にセットしてるんじゃなかったんだね。
神話還りの中には、宿す力によって外見に影響が出る人もいるのよ。
え?ボクの髪、いたって普通だけど?
え?
story
年明けの瞬間がいよいよ近づいてきたころ、ゾエルは諦めたようにため息を吐いた。
ダメだねこりゃ。うちの奴らでPR動画撮ろうなんてのが間違ってた。やれやれ、別の手を考えるっきゃないか。
だが、諦めていない者がいた。
みんな、いい加減にして!これは他でもない、私たちのための作戦なのよ!
エウさんどしたの、急に?
急にじゃありません!いつまでもはみ出し者でいいの?ヒーローなのよ!?胸を張ってみんなの前で活動したくないの!?
エウさん。正義はね、自分の胸にあるんだ。みんなの役に立てるなら、どう思われようと関係ないぞ。
私が嫌なの!貴方を誇りたいの!この部隊を誇りにしたいのよ!
ゾエルさんは口が悪いしすぐ手が出るけど、誰よりも人々のことを考えてる!私たちの立派なボスよ!
ハルディスはまだ若いのに、身を粉にして人造神器の研究をしてくれている。こんな素晴らしい子はいないわ!
コリーヌさんも、きっと真面目に反省して立ち直ろうとしている!ヴィランだって更生できるって、証明しようとしている!
アレイシア!貴方のようにみんなを救えるヒーローなんて、トップヒーローにもいない!わずか数ヶ月で、どれだけの人を助けたか……。
はじめはなりゆきで来たヴァンガード隊だけど、いまはこの街に必要だって心から思ってる。なのに、このままじゃ理解されないまま……。
うつむいて肩を震わせるエウブレナに、場に沈黙が落ちる。
最初に動いたのは、やはりアレイシアだった。
ごめんね、エウさん。そうだよね。ボクだってエウさんたちをみんなに誇りたい!
や、やめろよなあ。そんな風に言われちや、完璧なPR動画を完成させるしかないじゃん。
新入りのウチをセンパイたちが信じてくれてんだ。これに応えられなきやウソっしょ。
み、みんな……。
やれやれ、ちっとばかし遅いが、ウチにしちゃ上出来さね。よーし、テメエら、今度こそ撮影開始だよ!
こうしてPR動画撮影作戦は、真の開幕を迎えたのであった。
……あれ?あの、エウブレナさん?だれか忘れてない?ちょっと、みんな待ってってば~。置いてかないでよ~。
そこから先のヴァンガード隊は、見事な連携を見せた。
良い子のみんな!カウントダウンは楽しいけどはしゃぎすぎちゃダメだぞ!ヒーローとの約束だ!
子供たちにやたら好かれるアレイシアは、年越しにテンションの上がる子連れの家族を見事に統率し――
お、どうしたんだよ。カメラの故障?ちょっと貸してみな……あー、これなら楽勝。……ほら直った。
ハルディスは現地で起きた機械のトラブルを次々と解決し――
俺が酔ってるうちにやめてくれ。わかるよな?……よし、いい子だ。
ヴァッカリオはやんちゃな若者の暴走をうまい具合におさめたりしていたが、特に部下に気づかれたりすることはなく――
センパイ、無理に笑わないでいいすよ。自然に。それがー番ってね。
コリーヌは磨き上げた動画撮影の腕前を遺憾なく発揮し――
各人が己の能力を遺憾なく発揮し、そのすべてが、中心にいるエウブレナの人気を押し上げる。
来年もみなさんの平和を守らせていただきます。ヴァンガード隊です。よろしくお願いします。撮影のご協力ありがとうございます。
社会に奉仕し、人々に笑顔で迎えられる。ヒーローのあるべき姿がここにあった。
よーし、いいぞ。この調子なら、良いPR動画になりそうだ。あとは年明けを待つばかりさね。
市民たちの笑顔に囲まれ、ともに新年を迎える。これほど愛されるヒーロー部隊にふさわしい絵面はない。
あ、カウントダウンはじまる!
現在時刻を確認したアレイシアが、笑顔でカウントダウンをはじめる。
300!299!298!
明らかに数えるタイミングが早かった。しかし、その威勢の良い声につられたように市民たちも笑顔でカウントダウンを開始する。
――事件はそのとき起こった。
***
185 !184 !183 !
278!277!276!
31!30!29!
無数のミノタウロス型マシンが広場のあちこちからあらわれ、大ボリュームでバラバラな数字をカウントダウンしはじめたのだ。
こ、これじゃ正しいカウントダウンがわからなくて、変なタイミングで年越しした気持ちになっちゃうぞ!
ふひ……こいつ……カクレミノタウロスだ。
ハルディス!知っているの?
ああ。遠隔操縦した大量のミノタウロスメカを隠れ蓑にして、嫌がらせを繰り返すヴィラン予備軍さ。本人はヒキコモリらしいぜ。
見ろよあれ。ミノタウロスなのに女性型だろ?ギークらしいキモい発想だよな。オレとは違うって。ひ、ふひひひ……。
(正式なヴィランではない予備軍まで詳しい……この子、本当に専門バカなのね……)
大量のミノタウロスメカががなりたてるバラバラな数字のせいで、広場のカウントダウンは混乱を極めていた。
無論、警備をしているヒーローたちが取り締まろうとしているが――
ちょっと、この機械を操縦している人やめなさい!市民が混乱しています!
ガガ……なんでやめなきゃいけないの?数字を叫んでるだけだよ?どんなルールを破ってるというのさ。
う……た、確かに、数字を叫んでいるのは普通のカウントダウンとおなじ……。取り締まる理由が……。
ルールを厳守するヒーローは、ルールの隙間を縫う嫌がらせに対応することはできない。
だが、ここにはルールではなく己の正義を貫く少女がいる。
(いけない!市民に囲まれ、撮影しているいま、アレイシアが暴れたらこれまでのことが台無しになってしまう!)
エウブレナはあわてて振り向く。だが彼女の目に映ったのは、予想もしていない光景だった。
我慢……我慢じゃあ……。いまワシが動くわけにはいかんのじゃあ……。
拳を固く握り、歯を食いしばり、血の涙を流すような形相で、それでもアレイシアは、己の激情を抑え込んでいた。
アレイシアだけではない。仲間のだれもが、苦い顔をしながらも、動かずに耐えている。
み、みんな……。
エウブレナの視線に気づいたのか、アレイシアがニッと笑う。
大丈夫だぞ。絶対に、エウさんの誇れるヴァンガード隊にしてみせるからね!
その笑顔で、エウブレナの心は決まった。
ケルベロス・オニュクス!
神の力が象った冥界の犬が、ミノタウロスメカヘと襲いかかる。
(たとえだれにも認められず、パパやママに言えなくても関係ない。ヴァンガード隊は、とっくに私の誇りだったんだ。だから……)
なんの逆恨みだか知らないけど、嫌がらせなんてせこいことやってんじゃないわよ!
ガガ……横暴だ。僕はなにもルールを破っていない。こんなことが許されると……。
だっしゃしょかあああああああ!ぐだぐだ言っとらんで、かかってこんかあ拳でわからせちゃるけんのお!
エウブレナの突然の剣幕に、広場は静まり返る。
い、いいの?そんなことしたら、撮影が……。
目を丸くしたアレイシアに、くすりと笑って、エウブレナはこたえた。
ごめんなさい、アレイシア。なんだか、貴方が伝染っちゃってたみたい。PR撮影はあきらめましょ?
エ、エウさん……!
ほら、なにしてるの。年明けまで時間がないわ。早くこいつらをやっつけましょう。まあ、私ひとりでも問題ないけど。
うぉっしゃあああああああ!かかってこんかあカクレミノタウロス!ボクたちが相手だあああああああ!!
Wおやおや、向こう見ずなヒーローもいるものだ。これは私も負けずに、やっと見つけた仕事を頑張らねばならないな。
Wふふ……無理しない程度にね。
うぇいうぇ~~~~い!やっぱウチの職場はこうでなくっちゃ!
こうして、カウントダウンそっちのけで大暴れしているうちに、アレイシアとエウブレナは新年を迎えたのであった……。
***
は~……。いくら片付けても、すぐにみんなして部屋を汚すのよね……。
でもあの積み重なってる本、エウさんのだよね?「今どき紙の本なんて邪魔くさいのに」って、ボスが言ってたよ。
し、仕方ないじゃない!本は紙で読むのとモニターで読むのとでは、まったく感覚が違うんだから!
ダーメだこりゃ。
***
カクレミノタウロスとの戦いは数時間に及んだ。
アレイシアとエウブレナがすべてのメカを破壊し、バルディズがハッキングからの逆探知でカクレミノタウロスの家を発見。
ヒーロー権限で押しかけてヒキコモリの青年を家から引っ張り出した後、広場のニュイヤーパーティーに参加させた。
どう?楽しいでしよ!わかったらみんなの楽しみを邪魔しちゃダメだぞ!
カクレミノタウロスが解放されたのは、夜明けを迎えるころだった。
年季の入った根暗であるカクレミノタウロスは、後日、「タルタロスに落ちるより辛い目にあった」とネットで語ったが――
この日を境にミノタウロス型のメカが人々に嫌がらせをすることはなくなったのであった。
いやあ、1年のはじまりからいいことしたから気持ちがいいね!
ふひ、すごい辛そうな顔してたけどな、ミノタロウ。
そりゃ、いきなりアレイシアのノリにつきあわされたら、辛くもなるわよ。
ははは。皆様、仕事はじめ、ご苦労さまです。新年の特別メニュー、ご用意しておりますよ。
あ、忘れてた。
うぇ~~~~~~い!みんなといっしょに新年初自撮り!
***
やれやれ、結局、PRに使えるようなもんはひとっつも撮れやしなかったじゃねえか。どうしようもねえな、ウチの連中は。
そんなこと言って、嬉しそうじゃん、ボス。
さあね。……あん?また通信か。
あいよ。……あーそーだよ。なんか文句でも?うるっせえよ、なにがVIだ。××××して寝な!
ね、ねえボス。いまの通信相手、だれ?VIとかなんとか聞こえたけど、まさか……。
そうだよ、アンタもよーく(・・・)知っている、あのアポロンVIさ。なに、気にするな。くだらない因縁をつけてきただけさ。
あの人の性格知っててそういうこと言う!?あーあ、こりゃ今年は厄介な1年になりそうだ。
怖気づいたのかい?アンタもVIは怖いってか。
そりゃもちろん。でも、ま、なんとかしますよ。これでも隊長なんでね。たまには仕事させてもらいますよ。
……あんないい笑顔見せられちゃ、なにもしないわけにゃいかないしな。
***
ほら、アレイシア、こっちこっち。いい日の出よ。アポロン神の恵みね。
おお!いいねいいね!まさにヒーローサンライズ!うおおおお!エウさん、なんか決め台詞的なの言おう!
なによ決め台詞って。あ、でも、ドタバタしてて、まだ新年の挨拶をしていないわね。
お、エウさんナイス!よーし、それじゃいっくぞおおおおおおお!
HAPPY NEW ……YEAHHHHHHHHHHHHH!!
皆様、本年もよろしくお願いいたします。
謹賀新年2020 アレイシア&エウブレナ編
01. ARES THE VANGUARD 1・2・3 | 2019 10/07 |
02. 巨神vs戦神 | 10/11 |
03. アレイシア&エウブレナ編(謹賀新年2020) | 01/01 |
04. ARES the VANGUARD(魔道杯) | 02/21 |
05. ARES THE VANGUARD Ⅱ ~英雄大戦~ 序章・1・2・3・4・5・6・7 | 2020 03/30 |
06. アポロニオ&ヴァッカリオ編(GW2020) | 04/30 |
07. アレイシア編(GP2020前半) | 08/31 |
08. ヴァッカリオ編(GA2020後半) | 09/17 |
09. ARES THE VANGUARD Ⅲ ~ジャスティスカーニバル~ 1・2・3・4・5・6・7 | 2020 11/13 |
10. アレヴァン編(8周年) | 2021 |
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12. ARES THE VANGUARD Ⅳ ~RAGNAROK~ -終焉- 序章・1・2・3・4・5・6・7・後日談 | 06/30 |