【黒ウィズ】ヴァッカリオ編(GA2020後半)Story
開催日:2020/09/17 |
目次
story1 RECKLESS BOY
英雄大戦をさかのぼること十余年前。アポロンⅥは決断を迫られていた。
ふむ、これ以上の増員は望めぬか。
オリュンポリスに巣食う悪党の組織。そのひとつが廃工場に潜んでいることを発見し、襲撃することになったのだ。
だが、急な招集に応じられた者は多くない。敵を逃さぬように配置するのなら、各人の負担は大きく、危険だ。
いま襲撃をかけなければ逃げられる。部下の被害を覚悟し突撃するか、今回は諦めるか……。
……あたら若い命を散らすわけにもいかない。口惜しいが、次の機会を待つべきだな……。
アポロンⅥが苦渋の決断をくだそうとしたそのとき、部下が駆け込んできた。
隊長!大変です例の廃工場が……。
逃げられたか!?
いえ……何者かに襲撃されています!
〈サテュロブリー〉 |
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もうじきオリュンポリスからはトンズラだ。そうすりゃ、今回の稼ぎで当分は好き勝手にできるだろう。
組織的な強盗(ロブリー)を繰り返す彼は、サテュロスの神話還り(ミュータント)である。ヴィランコードは〈サテュロブリー〉。
これだけの数を揃えてんだ。見つかったところで、突つ込んでくる度胸のある公務員なんざ、ひとりもいねえだろうよ。
た、大変です、ボス!ヒーローの襲撃が!
なんだと!?
話しているわずかな間にも、建物は幾度も揺れ、集めた部下たちのあげる悲鳴が、耳をつんざいた。
なんてぇ派手な攻撃を仕掛けやがる!敵は何人だ!30はくだらねえよな?50か?100か?
そ、それが……ひ、ひとりです!
いけ、クシフォス!
そら、ヴェロスだ!
どうした、その程度か?ロンヒ。
宙に浮いた真紅の液体――ネクタルを様々な武器へと変形させ、若きヒーローはヴィランを薙ぎ払う。
数ばっかり多くて埓が明かねえな。親玉は……こっちか?
サテュロブリーの潜む部屋の壁が砕け散り、砂塵の向こうから、若きヒーローは姿をあらわした。
ほ、本当にひとりで乗りこんできやがったのか!?
数を揃えて油断してたか?お前らごとき、オレひとりで充分なんだよ。
そいつは……ご苦労さんよ!
言いながら、ヴィランは巨大な角笛のごとき兵器を肩に担ぐ。
対神話還り用ロケットランチャー。室内で扱うには危険過ぎるそれを、ヴィランは迷わず放った。
爆発が建物を揺らし、爆風が吹き荒れる。だが瓦篠の向こう側で、若いヒーローはなおも無傷で立っていた。
無駄だ。オレにそんなもんは効かねえよ。
だが、人造神器(レプリ・パンドラ)は限界のようだな。
ヒーローの変身が解ける。防御に力を使いすぎ、人造神器のエネルギーが切れたのだ。ヴィランの狙いは、はじめからそれだった。
ガキが調子に乗りやがって!変身してなきゃ、ヒーローなんざも怖くねえんだよ!
サテュロスの凶暴性をあらわにしたヴィランは、変身が解け無防備なヒーローに、躊躇なく全力のー撃を叩き込む。
変身してなきゃ怖くない?そいつは普通のヒーローの話だろ?
若いヒーローはわずかに身をひねって致命のー撃をかわすと、カウンターで拳を放ち、ヴィランの顎を撃ち抜いた。
おっと、おねんねすりゃ済むと思うなよ!
前のめりに倒れる悪の巨体を、ヒーローは無慈悲に蹴り上げ、追撃。
全身の急所に拳を叩き込むと、トドメに竜巻のような後ろ回し蹴りを放ち、ヴィランを建物の外にまで吹き飛ばした。
サテュロスがディオニソスに勝てるわけないんだよ。で――
ヒーローは周囲を見渡す。機関銃を構えたヴィランたちが10人。距離を空けて取り囲んでいた。
お前らのボスはあのザマだが、まだやんのか?やめといた方がいいと思うがね。
変身も解けて、これだけの人数に囲まれてんだ!生きて帰れると思うなよ!
へえ。そう思うんだ?なら、やってみなよ。
不敵に笑った若いヒーローに向け、ヴィランたちがー斉射撃を開始しようとした、その瞬間――
ショット・ザ・ヘリオス!
背後より放たれた10の光弾がヴィランたちを射抜き、すかさず突撃してきたヒーローの集団が、彼らを取り押さえた。
ヴィランは全員捕えたか?油断するな。2人1組(ツーマンセル)を崩さず、建物内を精査するのだ。
部下が次々とヴィランを捕えていくなか、アポロンⅥは若いヒーローに声をかける。
ディオニソスZ09、なぜ単身で突入した?それにここはアポロン区。ディオニソスヒーローの管轄ではない。
親切心だよ。ナンバーズ様がモタモタしているから、片付けてやろうと思ったのさ。
英雄庁からそのような指示は出ていないはずだ。独断専行をするのではない。
アポロンⅥの言葉に応えず、若いヒーローは背を向けて歩きだす。
オレはディオニソスフォースだ。Ⅵ様のお説教を聞く義理はないね。じゃあな。
待て、ヴァッ……!
(ヴァッカリオ……。お前はいったいなにを考えているのだ……。)
***
神器――その力を引き出すことができた者は、神にも等しい力を得る。
だが、神話還りとしての力が強ければ、神器を扱えるというわけではない。神器には意思があり、使い手を選ぶのだ。
ゆえに神器に選ばれ、使い手となったヒーローは神聖なる数字を背負い、ゴッド・ナンバーズと呼ばれる。
――というのが、神器の特徴だけど、いまさら僕が説明する必要、ないよね?君の方がずっと先輩なんだ。
専門家としての意見を聞かせてほしいのだ。神器はなにをもって使い手を選び、覚醒するのだろうか?
僕の専門は人造神器で、オリジナルには詳しくないんだけどね。……ま、性格じゃないかな。
ヘパイストス神の神器には、長らく継承者がいなかった。ヒーローらしい性格じゃ、こいつには選ばれないからさ。
ヘパイストス神は12神の中でも不遇な、ひねくれ者の技術者だからね。僕みたいな天才じゃないと神器も心をひらかないのさ。
だとすればディオニソス神の神器がいまだ覚醒したことがないのは……。
ディオニソスといえば奔放な神様だからねえ。ヒーローには向いてないんじゃないの?永遠に覚醒しないかもね。
ディオニソスフォースは統制に欠ける。ナンバーズが不在のためだ。神器の早急な覚醒を望みたいのだ。
そんなに弟さんが心配かい?ディオニソスZ09だっけ?やんちゃらしいねえ。
公私を混同するほど愚かではない。純粋にディオニソス区のためだ。なにか神器覚醒の方法はないのか?
そうだねえ。神器は外見で選んでいるって説もあるよね。君なんて、ほら、アポロン神好みの少年じゃない。
その弟さんも、ディオニソス神好みにお化粧でもしてさ、神器を誘ってみたらナンバーズになれるかもよ?ははははは。
……XI。君の実力と知識は評価しているが、その諧謔癖は治すべきだと忠告しておこう。あまり気分のよいものではない。
これはこれはご忠告をどうも。けどね、こんな僕だから、XIなのさ。ま、弟さんも大人だ。放っときなよ。
……邪魔をした。失礼する。
英雄庁本部に呼び出されたヴァッカリオは、その帰途、知り合いに声をかけられた。
おや、ヴァッカリオ君じゃないか。珍しいね、君が本部に顔を出すなんて。
ゴッド・ナンバーズのひとり、ハデスⅣ。新人時代のヴァッカリオを指導した男である。
呼び出しを喰らったんだよ。無視しても良かったんだがな。
アポロン区で暴れたみたいだね。
また減給6ヶ月だとよ。このままじゃ給料がなくなっちまう。別にいいけどな。
僕が口を挟むことではないけど、あんまりお兄さんを泣かせちゃダメだよ?
わかってんなら、放っといてくれよ。こっちは退屈してんだ。
……ふふ、退屈してる、ね。君がそう言うのなら、そういうことにしておこうか。
ハデスⅣが穏やかに微笑む。ヴァッカリオの手が伸びて襟首を掴み、ハデスⅣの肉体を背後の壁へと押し付けた。
いつまでもガキ扱いはやめてもらいたいね。
子供扱いなんて、していないよ。君は立派なヒーローだ。
余裕ぶってくれるね、ナンバーズ様。なんなら、アンタが退屈しのぎにつきあってくれてもいいんだぜ?
間近から喰らいつくような視線を向ける若いヒーローに、ハデスⅣは微笑みのまま言う。
いいよ。今度、ウチにおいで。娘といっしょにゲームでもしようか。娘は手強いよ。
ヴァッカリオは手を放し、ハデスⅣに背を向けた。
……やめだ。アンタの相手は調子が狂う。
君は根が素直だからね。娘のイヤイヤ期の方がよっぽど手強かった。
言ってろ。じゃあな。
あ、それで、ウチにはいつ来るんだい?エウブレナも君に会える日を楽しみにしているんだよ。
行かないよ。ガキの相手なんかできるか。
君は絶対、子供好きだと思うんだけどなあ。まあいいや。また誘うね~。
……と、いうことが昼間にあってね。
その日の晩、公務を終えたハデスⅣとアポロンⅥは、馴染みの店で酒を酌み交わしていた。
そうか……。
アポロンⅥはつぶやくと、手元の杯をあおり、ー息で空にする。
ヴァッカリオは~!なにを考えているのだ~!
べろんべろんだった。
少し前まではやけに無口になったと思ったら、最近はあんなマスクをかぶって顔を隠すし、不良みたいに派手な恰好をして……。
ヒーローの仕事はちゃんとしているじゃない。あのマントも、僕は格好いいと思うよ。はい、お水飲んで。
ヴァッカリオがいい子なのも格好いいのも私がだれよりも知っている!だが、あれでは皆に誤解されてしまう……!
いったい、私はどうすれば……。マスター!卵酒のおかわりだ!太陽のように熱いのを頼む!
う~ん。これは、今夜は帰れそうにないね。あとでエウブレナに謝っておかないと。あ、マスター、こっちにもおかわりをお願い。
民衆に神の如く敬われているヒーローも人の子。心親しい者の前では、ひとりの男に過ぎないのであった……。
story2 ZEUS I
ゼウスⅠ | ポセイドンⅡ |
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英雄庁本部のー角。念入りに他者を排したー室で、ふたりのヒーローが対峙していた。
どうしても、考えを改める気はないのか?
考え抜いた末のことだ。貴様こそ、考え直すならいまの内だぞ。
できぬ……。私には、そんな選択は不可能だ。
Ⅱよ。子ができて腑抜けたな。残念だ。
友よ……わかってくれぬのか……。我々は神ではない。ただの人間なのだぞ……。
翌日。本部にゴッド・ナンバーズが集められた。招集をかけたのはゼウスⅠ。
ゼウスⅠと言えば、最初に神器を覚醒させたヒーローであり、ポセイドンⅡと共に英雄庁を設立した、ヒーローの中心人物である。
英雄庁そのものとすら言える彼の呼びかけを断れる者などいるはずもなく、11人のナンバーズ全員が揃っていた。
多忙の中、よく集まってくれた。感謝する。
あなたのお呼びとあれば当然のこと。それで、ナンバーズのみで話がしたいとは、いかなる火急の用件でしょうか?
Ⅵよ。先日、アポロン区で騒動を起こしたヴィラン組織だが、反神話還り団体の支援を受けていたそうだな。
はい……誠に遺憾ながら、そう報告を受けています。
ほとんどの神話還りは無闇に力をふるわず、ヒーローとして市民に奉仕している者も多い。だが反神話還り運動は根強い。
挙げ句が、我らを困らせるために、ヴィランを支援する始末。愚かしいとは思わんかね?
悲しいことだと思います。ですがそれはごくー部の者に過ぎません。多くの市民は我らを支持し、応援してくれています。
だが、反神話還り思想は根絶されない。なぜだかわかるか?
神話還りがオリュンポリスに生まれるようになってからしばらくは、普通の人間とのあいだに様々な軋慄があった。
そうした多くの偏見や誤解と戦いながら英雄庁を設立し、神話還りへの理解に尽力したのは、まさに目の前にいるゼウスⅠだった。
……我らの努力がいたらぬためかと。
わかるまいな、アポロンⅥ。お主のように生まれながらに強く清廉な者には、あのような者たちの気持ちはわかるまい。
我らがいたらぬためではない。奴らを掻き立てているのは、我らの持つ力への妬み、嫉(そね)みよ。
ゆえに、我らがいかに努力し心を尽くそうと、反神話還りの火が消えることはない。種火は嫉妬の炎なのだ。
たとえそれが真実であったとしても、我らにできるのは、罪なき市民のため、この身を尽くして戦うことのみかと。
それではキリなどあるまいよ。英雄庁の設立より半世紀近くが過ぎるが、奴らはなにも変わろうとしない。
私は悟った。力あるものと力なきものが対等でい続けることなど不可能だったのだ。力なきものは、力あるものに従うべきなのだ。
ゼウスⅠ!それはあまりな言葉!生まれ持った能力の違いで、人に身分の差を設けろとでも言うのですか!
そうだ!人間と神話還りに明確な身分の差を作り、人間が逆らうことのないよう教え込むべきだ!
乱心なされたか、ゼウスⅠ!ヒーローもまた人間!人は全て平等だ!
神話還りは進化した人類だ!ならば人間が家畜を管理するごとく!人間は神話還りに管理されるべきなのだ!
ゴッド・ナンバーズよ、私と共に来るのだ世界を在るべき姿に変えようではないか!
そのような歪んだ思想にうべなうものが、ヒーローにひとりでもいると思うのか!
激情のままに叫ぶアポロンⅥの隣に、ハデスⅣ、ヘラⅢ、アルテミスⅧが立つ。
そうだね。人も神も、罪を犯せば等しくタルタロスに落ちる。人間と神話還りの差なんて、それを思えば些細なものだね。
ゼウス神とてそこまでは思いあがるまい。私もそのような思想は受け入れられません。
Ⅷ/Ⅵと意見が合うのは業腹だが、同感だ。月も太陽も等しく地上を照らすというに、人に上下を作るなど愚の骨頂。
見よ、ゼウスⅠ!これがヒーローの総意だ!
さて、それはどうかな?
憐れみの笑みを浮かべたゼウスⅠの背後に3つの影が立つ。デメテルV、アテナV、ヘルメスXだ。
Ⅴ/行き過ぎた平等思想が混乱を生んでいるのは事実。オリュンポリスの在り方を考え直すべき時なのかもしれません。
Ⅶ/力あるものが統べ、代償として弱者を守る。神話の時代から続く世の真理だ。
ぼくはどっちでもいいんだけどね、ゼウスⅠがやるって言ってるんなら、止めるだけ無駄じゃないかな?
なっ……!アフロディテⅨ!ヘパイストスⅪ !お前たちはどう思っているのだ!
えー?Ⅸちゃんはみんなのアイドルだから~、どっちにも肩入れはできないかな~。
能力による区別は賛成だけど、その基準が神話還りかどうかってのは乱暴だと思うなあ。ヒーローにだってクズはいるもの。ね?
ポセイドンⅡ!あなたはどうなのだ無論、反対なのでしょう!?
……。
ポセイドン翁も我ら同様、中立のようだ。で、どうする?Ⅰ派とⅥ派で戦争でもする?いいと思うよ。ヴィランも大喜びだ。
あ、はいはい!Ⅸちゃんいいこと思いついた!賛成派の代表と反対派の代表で~、戦って決めればいいんじゃない?
いいねえ。もちろん、パンクラチオンなんかじゃないよねえ?
とーぜん、ガチンコよガチンコ。
そいつは最高だ!賛成派の代表は、もちろんゼウスⅠだよね?
いいだろう。 Ⅸの提案を受けよう。私に勝つことができれば、考えを改めるとしよう。
さて、Ⅲ、Ⅳ、Ⅵ、Ⅷ、どうする?私に挑み、止めてみるかね?
その言葉に、トップヒーローたちは沈黙する。なぜならば、ゼウスⅠはだれもが認める原初にして最強のヒーロー。
1対1の勝負で彼に挑む無謀な者など、その場には存在しなかったのだ。――ひとりしか。
いいだろう、ゼウスⅠ。その勝負、私が受ける。
アポロニオ君!正気かい!?
ゼウスⅠは少々寝惚けておいでのようだ。ならば目を覚まさせてさしあげるのも若輩の務めというもの。
それでこそ光明神の化身と呼ばれた男よ。では私とⅥで勝負し、勝った方に、残りのナンバーズは従う。それで良いな?
9人のゴッド・ナンバーズは、ある者は決然と、ある者は不安そうに、ある者は笑いを浮かべ、その言葉に同意した。
それで、ゼウスⅠよ。勝負はいつ行う?
ヒーローに無駄にする時間などあるまい。――今日、これからだ。
***
すまぬな、アポロンⅥ。君に重責を負わせることになった。
ポセイドンⅡは反対派であった。だが、英雄庁の中心である自分とゼウスⅠが正面から対立することを危惧したのだ。
いえ、思えばあなたの立場ならば当然のこと。冷静にふるまっていただき、感謝しています。
アポロンⅥ。次代を担うヒーローよ。あやつを……頼む。
私はそのようなだいそれたものではありません。ですが、承知いたしました。必ずや、勝利してみせましょう。
アポロンⅥは力強くうなずき、立ち上がる。その背には、何者にも揺るがせない正義の信念が宿っていた。
ゼウスⅠとアポロンⅥの戦いは、特別なエキシビションとして市民に通達された。
英雄庁の象徴であるゼウスⅠに、いまもっとも期待されているアポロンⅥが挑むとあって、全市民の注目がー瞬で集まった。
戦いの場へ向けて、アポロンⅥは迷わず歩を進める。その前に、ひとつの影があらわれた。
ゼウスⅠと本気でやり合うとは、正気とは思えないね。
なんの話かな?これは市民のためのエキシビション。私はⅠの胸を借りるだけだ。
とぼけるなよ。この試合にかかってるもんを、知らないとでも思ってるのかい?オレにだって情報網はあるんだぜ。
……Ⅳか。あいつはお前に甘すぎる。
で、なに?ホントに勝てると思ってんの?そいつはちっと思い上がり過ぎじゃないの?
だれかがやらねばならぬこと。その大役を同志が私に託してくれたのだ。微力を尽くすまでだ。
やめときなって。無駄骨無駄骨。だれがやってもⅠが相手じゃノーチャンスだ。
私はゼウスⅠには勝てぬかもしれない。だが、戦うことで彼に伝えられることもあると、そう信じている。
それこそ夢物語さ。敗者から伝わるものなんて、なにもない。
アポロンⅥは、その言葉にスッと目を細める。ヴァッカリオはここぞとばかりに、ニッと笑い、続けた。
なんだい、その顔は?言いたいことがあるなら言いなよ。ここにはオレと兄貴しかいないんだ。
いいだろう。ならば言わせてもらう。近頃のお前の行動、目に余る。
目上を敬わぬロの利き方。挑発的な振る舞いと衣装。度重なる命令無視と規則違反。私には理解できぬことばかりだ。
へえ、そうかい。だったら、どうするんだい?
……どうもしないさ。誤解されるような行動ばかりを取っているが、結果を見るなら、お前はよくやっている。
決して市民には迷惑をかけず、他のヒーローの助けとなっているのだ。先日もお前のおかげで部下に被害が出なかった。
お前なりの正義を模索しているのだろう。アポロンⅥとしては認められぬが、兄としては微笑ましく思っている。
たとえ私が敗れたとしても、いずれお前がゼウスⅠを止めてくれるだろう。そう信じているから、行けるのだ。
そう告げると、アポロンⅥは弟の前を過ぎ、戦いの場へと歩を進める。
……ホントさ、そういうとこだよ、お兄ちゃん。
でも、そいつは大間違いさ!ネクタル・オヴィス!
ヴァッカリオ!なにを……!
不意をついた背後からのー撃は、アポロンⅥの細い体躯を彼方に吹き飛ばす。
これくらいじゃ怪我もしないだろうが、時間稼ぎにはなるだろ。
悪いが、こいつは譲れないのさ。
ゼウスⅠとアポロンⅥのエキシビションの場には、ヒーロー同士の研鎖を奨励するアテナ区が選ばれた。
すでにゼウスⅠは所定の位置につき、アポロンⅥが来るのを待っている。だが、あらわれたのは――
待たせたな、ヒーロー・ゴッド。アンタの相手は、このオレだ。
story3 BIRTH
あらわれたのがアポロンⅥではないことに、観客たちは戸惑い、ざわめく。
ディオニソスフォースの者か。なぜここにいる?アポロンⅥはどうしたのだ?
アンタみたいな老いぼれが、いまをときめくアポロンⅥと戦いたいなら、まずオレを倒すんだな。
くだらぬ功名心にでも囚われたか。下がれ。この戦いはお主が思うほど軽いものではない。
理解してるさ。耄碌(もうろく)したアンタの思想に、他のヒーローをつき合わせるかどうかを決めるんだろ?
……そうか。ディオニソスフォースには、アポロンⅥの弟がいるのだったな。お主がそうか。
良いだろう。Ⅵを相手する前の肩慣らしだ。跳ねっ返りの小僧に、現実を教えてやるとしよう。
ゼウスⅠが手をあげ、合図を送る。試合の開始が告げられ、固唾を飲んで見守っていた観客がー斉に沸いた。
さあ、はじめようか!
ヴァッカリオはすでに人造神器を起動し、彼の背後には真紅の液体――ネクタルが浮かんでいる。
ディオニソスヒーローの人造神器は、自在に形を変えるこの神酒を生成し、様々な武器を形作ることができる。
対するゼウスⅠは――構えることすらなく、ただ立っていた。
どうした?戦い方も忘れちまったのか?
子供相手に、思い出す必要もあるまい。
そいつは……ありがとうよ!
次の刹那、ヴァッカリオの肉体は、音速の砲弾のごとく前方へ飛び出し、ー瞬でゼウスⅠとの間を詰める。
クシフォス!
ネクタルの剣が、吸い寄せられるようにヴァッカリオの手に収まり、そのまま刃が振り下ろされる。
ロンヒ!ズレパニ!
ヴァッカリオは止まらない。言葉に応じ、ネクタルは槍に、鎌に、次々と姿を変え、ゼウスⅠに襲いかかる。
まだるっこしいのは嫌いなんでねこのまま決めさせてもらう!
ヴァッカリオの両腕があがり、そこに集まったネクタルが、巨大な両刃の斧を形作る。
ラプリス!
大神ゼウスがアテナを生み出す際、その頭を切り開いたと伝えられる大斧が、ゼウスⅠの頭上に降りかかった。
だが――
終わりか?
ゼウスⅠは無傷のまま平然と立っていた。その肉体は、戦いがはじまる前よりも精気が湿り、見ている者を圧倒する。
終わりのようだな。ならば、こちらからいかせてもらう。
我が神器よ――覚醒せよ!
神器〈神王雷雲(ケラウノス)〉。すべてのヒーロー、はじまりの神器。
それは天空神ゼウスの放つ雷霆(らいてい)の威を、その肉体に降ろす、強力無比な肉体強化である。
天空神の拳を受けよ!
くっ!アスピダ!
光の速さで放たれたそれを、ヴァッカリオはネクタルによる盾で防御。電撃を散らす。
それでもなお、突き抜ける衝撃に吹き飛ばされ宙を舞う。なんとか着地するが、ただのー撃で、膝が笑っていた。
観客たちが歓声をあげ、ゼウスⅠの名を呼んだ。この都市の人間ならだれでも知っている。神器を覚醒させたゼウスⅠは、無敵だ。
さすがだな、ジ・オリジン。だが、勝負はこれからだ!
しかし、そこから先はー方的だった。
ゼウスⅠの放つ打撃は全て雷雲。ー撃でも喰らえば勝負は決まる。ヴァッカリオは必死で避ける。
避けているのに、身が震えた。ならばと放ったネクタルのー撃は、突き出された拳の前に四散した。
なんの小細工もない。ただただ速く、力強い。それがゼウスⅠというヒーローだった。
やがて、限界がきた。
くっ……変身が!
ヴァッカリオの人造神器が砕け散り、変身が解けたのだ。
まだだ!まだ!
そのようなこと、自分でも信じておるまい。
ー瞬にして間合いを詰めたゼウスⅠが、ヴァッカリオの肉体を吊り上げる。
全身に電流が流れ、身動きも取れない。ゼウスⅠは歯を食い縛るヴァッカリオに顔を寄せ、他人に聞こえぬように囁く。
神器もなしに、よくここまで耐えた。私のもとに来い。共に人間を治めるのだ。
ふざ……けろ。アンタみたいなジジイのお守りなんざ……まっぴら御免さ……。
そうか。残念だ。
ゼウスⅠの拳が光を放つ。神の雷が、彼を焼き尽くそうとしているのだ。
ヴァッカリオ降参するのだ――――もういい!ヴァッカリオ!
苦しい顔で観戦していたアポロンⅥが、我を忘れて自分の名を叫ぶのを聞きながら、ヴァッカリオは苦笑いを浮かべる。
(負け、か……。そりゃそうだよな。神器もない俺が、勝てる相手じゃない。)
はじめから、わかっていた。だが勝てずとも良かった。少しでもアポロンⅥの助けになるのなら。
兄のようにはなれない。そう気づいたとき、ヴァッカリオは己の道を定めた。
清廉なる兄にはできぬことを、己がやる。それこそが、自分の役目なのだ、と。
兄の名声に傷をつけぬよう、顔を隠すためにマスクを被り、派手な服装と不遜な振る舞いで距離を置いた。
アポロンⅥはこの都市の太陽。沈む姿を市民に見せるわけにはいかない。だが、ゼウスⅠ相手では勝てるとは言い切れない。
(お兄ちゃんはみんなの光だ。ならば、俺は闇でいい。だれにも見返られることのない影でいい。だから――)
せめて、ー太刀。わずかでもダメージを残せれば、アポロンⅥはゼウスⅠに負けはしない。そのための力が欲しかった。
残された力を振り絞る。だが、右手を天に伸ぱすので精ー杯だった。
命でもなんでもくれてやる!ディオニソス神よ、俺に力を!
その、瞬間だった。天よりなにかが降り注ぎ、彼の掌中に収まった。
杯だった。人造神器に似た、しかし遥かに強大な力を秘めた杯。神器〈尽きざる蜜の神酒杯(アペイロン・ネクタル)〉――そこから伝わるなにかの意思を、ヴァッカリオは確かに感じ取っていた。
選んだのか……?俺を……?なぜ……いや、なんでもいい、俺でいいというのならば……!
目覚めろ!神器!
***
マーベラスマーベラス!自分で持ち主を選ぶとはいえ、まさか本部に保管されていた神器が飛んでくるとは!
これは面白くなってきたね。ゼウスⅠに勝てるヒーローがいるとは思えないが――
ディオニソスという名は「若いゼウス」を意味するからねえ。すなわち、ディオニソスはゼウスの後継者。
さ~て、楽しいことが起きるといいねえ。
いつの間にか手にしていたネクタルの剣を、ヴァッカリオは振るう。
いままで全ての攻撃を意にも介していなかったゼウスⅠは、あわててそれを防御したが、そのたくましい肉体が弾けとぶ。
力が、あふれる……。本当に、選んだというのか?こんな俺を……。
驚いたものだ。まさかいまになって、ディオニソスの神器が目覚めるとはな。だが、これで遠慮はいらぬというものだ!
そんなもの、していなかったくせに、よく言う!
離れた位置から、ゼウスⅠが拳を振るう。雷が巨大な拳の形となる。10を越えるそれがー斉に飛来する。
ヴァッカリオの背後の振りまかれたネクタルが、武器を形作る。ひとつではない。向かい来る拳と同じ数だけあらわれる。
武器をひとつしか作れなかったのは、ヴァッカリオの力が足りないのではなく、人造神器の限界だった。
そこから解き放たれたいま、ヴァッカリオは理論だけは完成させていた技を放つ。それは無数のネクタル武具による、刃の嵐。
ネクタル・クリュスタロス!
雷雲拳を砕くとはな……。面白くなってきたではないか!
天空神は背を向けない。ゼウスⅠは拳を固め、正面から飛び込む。
お望みなら、最高に面白くしてやるよ!
ヴァッカリオもまた正面からそれを迎え撃つ。
そこからの戦いを理解できたのは、瞳目してこの戦いの行方を見守る10人のゴッド・ナンバーズだけだった。
殴る。斬る。蹴る。払う。射つ。弾く。ー撃必殺の威を秘めた拳と刃が神速で交差する。
攻防は途切れることなく続き、それが5分を過ぎたころ、市民たちもようやく事態の異常さに気づきだす。
――あのゼウスⅠと、正面から互角に戦っているヒーローがいる!
たいしたものだ。私とここまで戦えた者は、若いころのポセイドンⅡくらいのもの。ゆえにいまー度言おう。
私の手を取れ。いまのお主ならば、私の右腕にふさわしい。共に愚かな人間を導こうではないか。
……ゼウスⅠ。俺には……いや、だれにもアンタを否定はできない。
アンタは最も強く、最も賢く、最も尊いヒーローだ。そう在らねばならなかった。
その重責を、重ねてきた年月を、理解できるなんて言えるはずがない。アンタは全てを背負ってきたんだ。
そうとも!私は正しい!この半世紀、人間と神話還りを見つめ、そうするしかないと決断したのだ!
だがな、ゼウスⅠ、もういらないんだ。最も強く賢く尊いヒーローなんていらない。全てを背負うヒーローなんていらないんだよ。
若造が!私を否定しようというのか!!
俺じゃない!アンタだ!アンタがそういう世界にしたんだ!アンタの作った英雄庁が!
かつてのアンタはひとりだった!だがいまはゴッド・ナンバーズがいる!ひとりが全てを背負う必要はない!
いや、ナンバーズだけじゃない!ヒーロー全員で世界を背負う!それがアンタの作った明日なんだよ!
私はもう用無しだと……なっ、これは!
踏み込んだゼウスⅠの足が止まる。いや、止められる。
その足元には、攻防の最中で散ったネクタルが広がっており、踏んだ瞬間に喰らいつく刃となって、ゼウスⅠの足を止めたのだ。
小細工を!
格上相手だ!それくらいはするさ!
動きの止まったゼウスⅠに向けて、残ったネクタルの力を束ねて大剣を創り、構える。
それを見たゼウスⅠも、残る力の全てを右拳に集める。
ヘラやハデスⅣのような賢者がいる。アポロンⅥのような導く者もいる。アンタがみんなを育てたんだ。だから――
もう降ろしていいんだよ、ゼウスⅠ。アンタが背負い続けた荷は、俺たちみんなで背負う。
だが、私の強さを超えてはいない!戦い続ける我が宿命を、だれが継げるというのだ!
戦う他になにもない俺を、神器は選んだ。ならば、俺にできることはひとつ。――アンタの最強は、俺が継ぐ!
よく言った!ならばこの拳を超えて証明してみせろ!パントクラトル・ケラウノス!
その目に焼き付けろ!これがアンタの創った明日だ!ビギニング・オブ・ジ・アウリオン!
閃光と衝撃。そして静寂。
だれもが自らの見ている光景を、信じることができなかった。
ゼウスⅠが、倒れていた。
……焦っていた。力の衰えを感じてな。だから、だれよりも強いうちに、世界を変えることを求めたのだが……。
ふふ……そうか。私の時代は、終わっていたのだな。
倒れたゼウスⅠの傍らに膝をつき、勝者は手を差し伸べる。
ゼウスⅠ、最も偉大なヒーローよ。私にとっても、あなたは憧れでした。どうか、我々を見守っていてください。
ふふ……断るよ。これからはお主らの時代だ。新たなる゛最強、のヒーローよ。オリュンポリスを任せたぞ。
ゼウスⅠが、若者の手を取る。その瞬間、歓声が爆発した。
「「「ディオソニスⅫ!ディオソニスⅫ!ディオソニスⅫ!」」」
この日、初代ゼウスⅠはヒーローからの引退を宣言。2年後に神器が引き継がれるまで、ゼウスⅠはしばしの空位となる。
その座を埋めるように、数日後、新たなゴッド・ナンバーズが正式に叙任された。
〝最強〟のヒーロー、ディオニソスⅫの誕生であった。
***
ついに最後の神器が覚醒したか。私の計画が成る日も遠くはなさそうだ。しかし――
神器とはいったい何者が作ったのだろうね?人間にあのようなものを与えた記憶など、私にはないのだが。
まあよい。大事なのは結果だ。期待しているよ、ディオニソスⅫ、君が神々を討つ、我が武器となることをね。
――なお、叙任式の日もそれ以降も、ヒーロー活動中のディオニソスⅫはマスクをかぶり続けていたという。
ヴァッカリオ。なぜいつまでも顔を隠すのだ?私も市民も戦うお前の顔を見たいというのに。
そうだよ。もうナンバーズ同士なんだから、君たちが兄弟だということを隠す必要だってないんだよ?
え、いや~、だってほら、みんなしてキラキラした目でこっち見るからさ、なんか慣れないっていうか……。
……恥ずかしいじゃん。
黒ウィズゴールデンアワード2020後半
ディオニソスⅫ(cv.井上和彦) 大都市オリュンポリスの平和を守るヒーロー。 最強のヒーローとして長く語り継がれる男だが、 若い頃はだれも手がつけられないほど奔放であったと言われている。 |
開催期間:2020/09/17 |
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