【黒ウィズ】アポロニオ&ヴァッカリオ編(GW2020)Story
2020/04/30
目次
登場人物
アポロンⅥ | |
ディオニソスⅫ | |
アテナⅥ | |
ヘパイストスⅪ | |
アレイシア | |
エウブレナ | |
ネーレイス | |
プロメテウス | |
〈マンビキッソス〉 |
story1 HOLIDAY
プロメトリックによる事件が終結し、しばしの時が経った。
自らの正義を見つめ直すため、ゴッド・ナンバーズを辞し、オリュンポリスを旅立ったアテナⅥことネルヴァは今――
よし、だれにも気づかれていないな。
オリュンポリスにいた。
アテナⅥ |
---|
まさか忘れ物とはな……不覚だ。とにかく、見つからぬうちに我が家へ戻り、回収して街を出ねば。
己が信じる正義のためとはいえ、市民を裏切りヴィランと手を組んだのだ。のうのうと姿を晒せるわけもない。
ネルヴァは物陰から物陰へと密かに移動する。だがその足取りが、ある場所でピタリと止まった。
あれは……!
ディオニソスⅫ | アポロンⅥ |
---|
お兄ちゃん。お互いにいい歳なんだしさ。兄弟で休日過ごすって、なんか恥ずかしくない?
恥ずかしいことなどなにもないだろう?お前は私の自慢の弟だ。
そういうとこだよ、お兄ちゃん。
アポロンⅥとディオニソスⅫ……。
かつて彼女と最強の座を争ったアポロンⅥ。彼女をー撃のもとに下したディオニソスⅫ。ともに因縁浅からぬ相手だ。
……ー見ただの酔っぱらいにしか見えぬというのに、あのー撃はまさしく最強だった。奴の強さの秘密はなんなのだ?
で、なんの用なの、お兄ちゃん?わざわざ休みの日までおいらに合わせて。ていうか仕事休むことあるんだね。
当たり前だろう。適切な休息も仕事の内だ。
前に休んだのいつ?
807日前だ。
ホントそういうとこだよ?
ヒーローはブラック公務員だ、という噂が絶えないのは、だいたいアポロンⅥのせいである。
やっと我々の休みが合ったのだ。すまないが、つきあってもらうぞ。
はいはい、わかりましたよ、っと。
ふたりは話しながら去っていき――気がつくとネルヴァはその後を歩きだしていた。
私は己の正義を見つめ直す旅の途上。ならばⅫの強さと正義、見極める必要がある。
そうつぶやいて、ふたりの後をこそこそと尾行していくネルヴァの後ろを――
これまたこそこそとつけていくひとつの影があった。
ヘパイストスⅪ |
---|
だ……ダメだよネルヴァ……その男だけは……!
ヘパイストスⅪことアイスキュロスである。
ネルヴァとともに旅立ったアイスキュロスは、その後もずっと、行動をともにしていた。
忘れ物を取りに戻るというネルヴァを見送り、オリュンポリスの外で待っている予定だったが、心配でこっそり後をついてきたのだ。
あの熱い視線……まさか!?ネルヴァはⅪに恋を……!?
ついてきて正解だったね。あのような飲んだくれにだけは、ネルヴァを渡すわけにはいかないよ。
間違いが起こらないよう、最後まで見届けなくては……。
アイスキュロスはそうつぶやき、ふたりの後をつけるネルヴァの後をつけていった……。
***
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しっかしお兄ちゃん、若いよねえ。ヒーローになってから外見変わってないでしょ?
アポロン神の神話還りだから、外見が若く保たれているだけだ。そう珍しいものでもあるまい。
いやいや、いくら神話還りでも、まったく変わらないの、お兄ちゃんくらいだからね?
なに、私から見ればお前の姿も、私の背にしがみついていたあの幼い日からなにも変わっていないさ。
お兄ちゃん、目、大丈夫?ちゃんと休も?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
***
ヴァッカリオは行く先も告げられず、アポロニオに引きずられるように歩いていた。
その兄の足が、気まずい場所で止まった。
ほう、エリュマがあるな。なにか飲み物でも買っていくか?
え!?いやあ~、このエリュマは……。別のお店にしない?
ならば私だけで行こう。少しだけ待っていてくれ。
あ、ちょっと!
プロメテウス |
---|
いらっしゃいませ~。エリュシオンマートヘようこそ~。
すまないが、エッグタルトとたまごボーロをもらおうか。
はい、かしこまりました!
あと追加でミルクセーキを頼む。代価はここに置くぞ。
ちょうどいただきます!ありがとうございました~!
待たせたな。さあ、行こう。
……お兄ちゃん、店員さん見て、なんか思わなかった?
真面目そうな良い青年だったな。それがどうかしたのか?
市民を愛するヒーロー、アポロンⅥは、みだりに無皐の民を疑ったりはしないのだ。
……いや、どうもしませんよ。やっぱお兄ちゃんは凄いや……。
ハッハッハッ。褒めても甘やかすだけだぞ?よし、買い物は済んだ。目的地へ向かうぞ。
そうしてアポロニオが向かったのは……。
アレイシア |
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あれ?ヴァカ隊長、今日はお休みじゃなかったの?
弟の職場――ヴァンガード本部だった。
ちょっとお兄ちゃん。なんで休みなのに職場に来なきゃいけないのよ。
決まっているだろう?挨拶だ。
エウブレナ | ネーレイス |
---|
アレイシア、だれか来たの?……って、アポロンⅥ様!?
わ、わたくし達、なにも悪いことなんてしていみゃせんわよ?
騒ぎを聞きつけて集まったヴァンガードの人々に、アポロニオは輝く笑顔を浮かべながら丁重に頭を下げた。
ヴァッカリオの兄のアポロニオです。弟がいつもお世話になっています。
いまさら?いまさらなの?あんだけバチバチやりあって?
アポロンⅥとしてはな。アポロニオとしては今日が初対面だ。礼節は守らねばなるまい。
たいしたものではないが、これは手土産だ。皆で食べるといい。
アポロニオはさきほどエリュマで買ったものを、混乱気味のエウブレナに手渡した。
……お兄ちゃんのそういうとこ、なんつうか、ホントお兄ちゃんだよね。
ハハハ、どうしたのだ、また褒めて。なにかおねだりでもあるのか?
30男が兄におねだりしてたらホラーでしょ。
アレイシアです!今後ともよろしくお願いします!アポさん!
こちらこそ、弟を今後もよろしく頼むよ。でも、その呼び方は変えてもらいたいな。
わかりました、アポお兄さん!ヴァカ隊長をよろしくします!
……ハハハ……君はなかなか愉快な子だね。
ふへ……な、なんかイメージ変わるな……。
アポロンⅥっていえば市民にもっとも優しいヒーローっすからね。自然といえば自然っすよ。
ヴァカ隊長、アポお兄さんと仲直りしたんだね!
ん~、まあねえ。もともと仲良し兄弟だし。ね、お兄ちゃん?
うむ。我々ほど仲の良い兄弟はいないぞ。
さすがだね、アポお兄さん!ヴァカ隊長!やっぱ兄弟は仲良く!だね!
おいらはいいんだけど、お兄ちゃんをそう呼ぶの、やめた方がいいと思うよ?
気にするな、ヴァッカリオ。私はそんな偏狭ではない。彼女なりの敬意と親しみのあらわれなのだろう。
言いながら、アポロニオは室内に落ちている空き缶を拾い、散らばった物を綺麗に整頓させていく。
す、すみません!部屋の掃除なら私達がやりますから!
ん?ああ、すまない。無意識だった。昔から、整理整頓が癖になっていてな。勝手にやっていることだ。気にしないで欲しい。
気にします!みんな!すぐに片付けるわよ!
わたくし、なにも汚してないのに……。
エウブレナの号令ー下、ー斉に動き出したヴァンガード隊によって、小ー時間後、室内は綺麗に生まれ変わった。
やらせてしまったみたいですまないな。だが、部屋が片付いていると、やはり気持ちがいいものだ。
さて、挨拶も済んだ。すまないが、ヴァッカリオを借りる。さあ、行くぞ。
え、ちょっ、だから結局、どこに行くのよ?
ヴァカ隊長、いってらっしゃ~い。
窓に張り付いてこのー部始終を見ていたネルヴァは息を吐いた。
Ⅻ……部下にあれほどバカと言われて、まるで意に介さぬとは。その精神力が強さのー端か。
思えばあの戦いの時、奴の思わぬ行動に私の気持ちを乱されたのが敗因だった。知らずに術中にハマっていたのだな。
ネルヴァは納得したようにうなずき、ふたりの後をさらに追う。
そのー部始終を離れた場所から耳をそばだてて聴いていたアイスキュロスは、断片的に人ってきた言葉に身を震わせた。
「バカ」……。「私の気持ちを」……。「知らずに」……!?
ネ、ネルヴァ、やはりあの男を!?いけない、いけないよ、ネルヴァ!
――なお、片付けた部屋は3日で元通りになった。
story2 LUNCH TIME
アポロニオがヴァッカリオを連れてきたのはアポロン区だった。
へえ。あれからそんなに経ってないのに、ずいぶん復興したね。
我がフォースのみならず、英雄庁の全面的なバックアップがあったからな。これもヒーローの仕事だ。
ヒーローをはじめとする神話還りの出現によってオリュンポリスは急速に発展し、世界最大の都市になったという歴史がある。
彼らの力は戦いのみではなく、平時においても人々を守っているのだ。
いまもなお復興を続ける街並みに笑顔を向けながら、アポロニオは歩く。その視線はどこまでも温かだ。
(こういうとこは、いくつになっても敵わないよなあ)
やがてたどりついたのは、公園だった。
あれ、この公園……まだ残ってたんだ?
それは幼いころ、ヴァッカリオがよく遊んでいた場所だった。思わず、頬がほころぶ。
ああ。先の戦いでも、幸い戦禍を免れてな。
懐かしいな。思ったより変わってない。このユニコーンもまだ無事だったのか。
ヴァッカリオは遊具に腰掛ける。子供のころは地に足のつかなかったそれが、いまは笑ってしまうほどに低い。
やれやれ、おっさんになるわけだ。
遊具の角を撫でながら苦笑していると、膝の上になにかが置かれる。
これ……ランチボックス?
お前は飲んでばかりだろう?ちゃんと食べているのか心配になってな。作ってきた。良ければ食べてほしい。
そういえば、お兄ちゃん、料理得意だったもんな。それじゃ、遠慮なくいただきますか。
ランチボックスをひらいたヴァッカリオの目に飛び込んできたのは――
キャラ弁だった。
……はい?
お前たちヴァンガードを模したものだ。我ながら、うまく出来たと思う。
思えば、ヴァンガードに対する態度には私情が混じってしまっていた。その詫びの気持ちもこめた。どうだろうか?
綺麗に並べられた卵焼きが象っているのは、アレイシアやエウブレナの顔だろうか?無駄に可愛い。
そして卵焼きの隣には、卵焼き。その隣には、また卵焼き。端っこに、ミートオムレツ。
卵率10割だった。思わず、乾いた笑いが出る。
キャラ弁ね……はは……。似てるとは思うよ、うん……。
そうか!朝早く起きた甲斐があったぞ!さあ、早く食べてみてくれ!
そうだ、髪を縛ってやろう前髪が食べ物に触れると、衛生的に良くないからな。
いまさら首を横に振ることもできず、バイデント型の二叉フォークを卵焼きに突き立てて、一欠片、口へと運ぶ。
その味わいは、一言。
(あま~~~~い……)
昧はどうだ?私なりに腕を奮ったつもりだが。
い、いや、うん、おいしいよ。いやあ、お兄ちゃんの味、懐かしいなあ。
実際、不昧いわけではない。ただとにかく甘い。甘すぎる。大人の酒飲みには辛い。
(なにか……なにか場は……そうだ、肉なら塩気があるはず!こっちのミートオムレツなら……)
救いを求めるような気持ちで、ミートオムレツをフォークに刺して口に運ぶ。その味わいは――
甘甘甘甘甘甘甘甘甘甘辛かった。
(甘辛の概念超えすぎでしょ……!さては味見してないな!?やんわりとそれを伝えるには……これだ!)
はい、お兄ちゃん、あ~~~ん。
なんだ? 私に気を遣う必要はないぞ。
いやいや、ひとりで食べるの、なんかやりづらいって。ほら、あ~~~ん。
ふむ、そうかもしれぬな。では、私もーロいただこうか。
ヴァッカリオの差し出したオムレツをアポロニオはパクリと口に入れる。
そして無言でよく咀咽し、飲み込んでからー言。
うむ、我ながら上出来だ。
その満面の笑みに、嘘などかけらも見当たらない。
(そうだった……お兄ちゃん、めちゃくちゃ子供舌だった……)
さあ、私はもう充分だ。残りは全部お前が食べるといい。安心しろ。おかわりも用意しているからな。
用意しちゃってるか~。仕方ない……やるか。
ヒーローは戦いに背を向けない。ヴァッカリオは覚悟を決め、甘みの渦へと飛び込んだ。
その光景をわずかに離れた場所からこっそり観察していたネルヴァはつぶやく。
公園でヒーロー同士が弁当の食べさせ合い……。そうか、広報活動か。平和を強調しているのだ。
私は広報をおろそかにしていた。心の余裕がなかったのだな。それが戦いの時の余裕も失わせていた、か……。
ヒーローに復帰することができたら、次は笑顔のひとつも浮かべ、ポスターでも作ってもらうとするか。
そのネルヴァをこっそり監視しているアイスキュロスもつぶやく。
ダメだよ、ネルヴァ……!君の笑顔をみんなに見せるなんて……。そんな……そんなことは……!
***
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そういえば、この英雄庁の求人ポスターってお兄ちゃんがモデルだよね。
ああ。私としては乗り気ではなかったのだが、広報部にどうしてもと頼まれてな。
おお、そうだ!次のポスターは、この隠し撮りした、お前がゴミ箱の上で寝ている写真はどうかと提案してみよう!
……うーん、お兄ちゃんは英雄庁をどうしたいのかな?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
***
ご、ごちそうさま。
まさか本当に全部食べてくれるとは。もう少し作ってくるべきだったか。すまない。
いやいやいやいやいや!おなかいっぱいだからね、うん。
ちゃんと食べてくれて、嬉しかったぞ。あのころは、弁当を作っても、受け取ってくれなかったからな。
あのころって……もしかしておいらが新人のころ?
ああ。だれの言うことも聞かぬ新人に、英雄庁も手を焼いたものだった。
やめてよぉ、恥ずかしい。反抗期のことなんて言わないでっての。
言われて、ヴァッカリオは思い出す。
かつて仕事中に飛び出して、この公園でサボっているところを兄に見つかったことを。
どういう流れだったか、話は兄の料理を食べる食べないの言い合いになり、差し出された弁当にそっぽを向き続けた。
……ま、いまだから言うけどね。あのころは、お兄ちゃんの存在が、ちょっとばかし重かったのさ。
俺はあのアポロンVIの弟として、恥ずかしくないヒーローになれるのか、ってね。
その言葉にアポロニオは目を細めると、すっと手を伸ばし、弟の首筋に触れる。
そこにはヴァッカリオがいつも着けているチョーカーがある。
まだ着けているのだな。
そりゃま、捨てられないでしょ。こんなことならさっさと叩き返しときゃよかったよ。
ヴァッカリオのチョーカー。それは彼の教育係を務めた男、クリュメノス――先代のハデスⅣから贈られたものだ。
ゴッド・ナンバーズが直々に教育係を務めるだけでも珍しいのに、他の神話特性を持つヒーローを育てるなど、例外中の例外だ。
あれさ、お兄ちゃんが手引したんでしょ。
本当は私が教育したかったのだが、兄弟ではそれもままならぬからな。もっとも信頼できる友に頼んだのだ。
そんなこったろうと思ったよ。
クリュメノスの教育は合わなかったか?
合うわけないでしょ。あんなクソ真面目が服着て歩いているみたいなの。口うるさいし、考え方は古いし。
ー度言い出したら意地でも曲げないし、すぐに娘の自慢話をはじめるしな。
そう!そのくせ絶対に怒りゃしない。襟首引っ掴んでケンカ売った時、あいつ、なんて言ったと思う?
「娘のイヤイヤ期の方がよほど手強かった」、だろう?
それ。反抗する気も失せたよ、ホント。考えてみりや、いまのおいらと変わらない歳のくせに、おっさん臭すぎでしょ。
心配性で、優しすぎて、いつも笑ってて……おいらとはまるで正反対の、ヒーローの鑑さ。ま、もっとも――
ヴァッカリオは首のチョーカーをつまみ、肩をすくめる。
こいつにGPSがついてるなんて、聞かされてなかったけどな。クリュメノスのプレゼントにしちゃ洒落てると思ったら。
なにか事件があるとすぐに飛び出していくお前を抑えるために、奴なりに考えた末だ。許してやれ。
……許すも許さないもないさ。あの人がいなけりゃ、ディオニソスⅫは誕生しなかった。感謝してるよ。
いまはもうGPS機能は壊れている。彼を管理する者もいない。チョーカーを着ける理由はひとつもない。
それでも、外す気にはなれなかった。戦えない年月のあいだでも、これを着けていればヒーローでいられる気がしたのだ。
……いつかエウブレナに話してやらなきゃな。お前の親父がどれだけ立派な男だったのかってさ。
兄弟の間に沈黙が落ちる。だがそれは決して嫌なものではなく、昔日を懐かしむ、温かな空気が流れていた。
(……ところで)
ヴァッカリオはさりげなく、視線を後方にやる。
……そうか、師の存在か……
わりと近かった。
ネルヴァ……そんなにも目を輝かせて……。
その少し後ろで、なぜか目を潤ませているアイスキュロスも、けっこう近かった。
(あれで隠れているつもりなのかね……。やれやれ、なにしているのか知らないけど)
ヴァッカリオは目線だけで兄に合図を送る。アポロニオはすぐに意を察したようで、コクリと小さくうなずいた。
よし、お兄ちゃん、ちょっと移動しようか。
ふたりは隣接するアテナ区へと移動した。距離をおいて、ネルヴァもついてきている。
アテナ区へ誘導したのには理由がある。区の現状を見せるためだ。
現在、アテナ区の復興はもっとも遅れ、治安も乱れている。理由は明白――ゴッド・ナンバーズの不在だ。
(ネルヴァは間違っちゃいたが、まっすぐだ。あいつにⅥに返り咲いてもらうのが一番なんだが……。
さて、どうしますかね。なにかが起きてくれれば、ちょうどいいんだが)
そう考えていた、まさにその時だ。
だれかー!そいつを捕まえてくれ!万引きのヴィランだーーーーー!
お、ちょうどいいタイミングでご登場だ。どれ、ここはひとつ……。
……あ?なんだあれ?
story3 BIG BROTHER
振り向いたヴァッカリオの目に映ったのは――
身の丈の何倍も巨大な盾をかかげて走る、細身の青年の姿だった。
渡さない!だれにも渡さないぞこの人は僕のものだ!
あれは……〈マンビキッソス〉か。
なんか、しょうもなさそうなヴィランだね。
ナルキッソスの神話還りだ。自分の姿が映った鏡を見ると、つい盗んでしまうらしい。見ろ、奴の持っている盾の裏側を。
盾の裏は鏡のように磨き抜かれていた。
復興のー環で建てられた、新たなアテナ像に持たせる予定の盾だな。アイギスの盾を模して、裏が鏡になっている。
で、それに映る自分の姿を見て、つい持っていっちゃったってこと?ヴィランも大変だ、そりゃ。
何度も捕まえ、更生施設にも入れたというがな。なまじ強い能力があるばかりに、ナルキッソスの性が抑えられんらしい。
神話還りの能力が高くなればなるほど、それを操るには強い精神力が必要になる。しかしだれもがヒーローのように心が強いわけではない。
能力に振り回されちまってるのか。なんとかしてやりたいところだけどねえ。
いずれにせよ、奴の悪行も終わりだ。
アポロニオの声が、冷徹な響きを帯びる。
この区において、女神アテナを侮辱する行為は死に値する。模倣品とはいえアイギスの盾を盗むなどもってのほか。
法に照らし合わせれば、裁きは明白。即時処断。それ以外にない。
アポロンⅥより英雄庁へ。神器使用の許可を求める。
え、ちょっと待ってよ!あの程度の相手に神器まで使うの!?
法は守らねばならぬ。裁きの手をゆるめるほど、私は甘くない。
”承認。神器の使用を許可する。”
目覚めよ、神器!
神の力が斑り、気配に気づいたヴィランが、振り向いて恐怖に身を凍らせる。だが、アポロンⅥの裁きはすでに下っていた。
悪のあるところにヒーローはあらわれる罪を贖え、ヴィラン!
アポロン・バスター・エラヒストス!
放たれた神のー矢は、過たずマンピキッソスを射抜き、瞬時にして意識を刈り取ると――
蒼弩の彼方へとヴィランの肉体を連れて行った。
わずかな後、アポロンⅥの端末に通信が入る。
なんかいま、空からヴィランが降ってきたんたけど、あーたでしょ?
おや、アフロディテ区まで吹き飛んでいたか。ならば裁きはそちらの区のルールでやってもらうしかないようだな。
……マ?そーゆーこと?あーたのメンドい性格に、あーしを巻き込まないで欲しいんだけど?
なんのことかな?とにかく、始末は任せたぞ。
仕留めそこねるとはな。私もまだ本調子ではないということか。
兄のその言葉に、ヴァッカリオは苦笑を浮かべる。
「エラヒストス」とは「最小限」。すなわち、いまのアポロン・バスターは最低出力で放たれていた。
言うまでもなく、ヴィランを殺さず、アフロディテ区まで飛ばすためだ。あそこならば、罪はただの窃盗で済む。
お兄ちゃんも変わったねえ。
なにも変わってはいない。ヒーローとはルールを厳守するもの。そこを曲げることはない。だが――
ルールの守った上で家族の笑顔も守れるのなら、それに越したことはないだろう?
Ⅵが、変わった……。これもまた、Ⅻの影響なのか?
だが、だというのなら――
ー部始終を見ていたネルヴァは、小さくうなずくと、そっとその場を離れるのだった。
***
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ヴァッカリオ。仕事中くらい、もう少しきちんと服を着たらどうだ?
いーんじゃないの、これくらい。ヒーローの制服はアレンジ自由なんだからさ。
見てみなよ。真面目なエウちゃんだって、服装は攻めてるじゃない?
私は幼いころに見た、父のヒーロー服を参考にしているだけです。
……いや、先代Ⅳのあれは、別に望んでそうしていたわけでは……。
いつもヴィランを説得しようとして先制攻撃されるから、服がボロボロになってただけだよね。
え……?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
***
あった。
自室へと戻ったネルヴァは、だれにも見つからないように棚の奥深くに隠した忘れ物を無事に発見した。
それは小さなロケットペンダント。中に入っているのは――母の写真だ。
十数年ぶりにひらいたそれを、ネルヴァはじっと見つめる。
ヴィランの写真など捨てようと、幾度も思ったができなかった。
私は己の心を見てみぬふりしていただけ……。母を忘れたことなど、なかったのにな。
悲しみを切り捨てるのではない。この悲しみを抱えて、正義を見出す。……私にできるだろうか?
そこでフッ、と笑みを漏らす。
……いや、あの堅物のⅥですら変わったのだ。私が変われずして、なんとする。
アイスキュロス。
うえっ!?
叫びをあげたアイスキュロスが気まずそうな顔で物陰から姿をあらわす。
もしかして、さっきから気づいてた?
気づかないわけないだろう?どれだけいっしょにいると思っている。
そ、そうだよねえ、ハハハ……。
……あのさ、君は残った方が良くないかい?Ⅻと離れたくないだろう?僕のことは、放っといてくれれば……。
……って、あれ?ネルヴァちゃん?どこ?
どうした?なにをもたもたしている?やることが山積みで忙しいのだ。早く行くぞ。
ちょっ、待ってってば。やることってなに?
ⅥとⅫがやっていたことを、ー通りやろうと思ってな。つきあってもらうぞ。
あのふたりがやってたことって、……お弁当食べさせたり?
嫌か?料理は苦手ではないぞ。レパートリーは豊富とは言えないがな。
とととと、とんでもないぜぜぜぜ、是非是非是非!
ならば、さっさと行くぞ。我々の正義を探す旅は、まだ始まったばかりなのだからな。
(いつかお前は本物のヒーローになってオリュンポリスに戻ってくるさ。そうだろ、アテナⅦ)
どうした、ヴァッカリオ?
お兄ちゃん、ナイスだったよ。あのお兄ちゃんを見れば、考えも変わるかもしれない。
考えが変わる?だれのだ?
いや、だからアテナⅦのさ。
ん?なぜここでⅦの名が出てくるのだ?
え?もしかして気づいてない?でも、さっき合図したらうなずいてたよね?
ああ。あれか。すまなかったな。卵焼きが多すぎたのだろう?考えてみればその通りだ。
次は目玉焼きやスコッチエッグも入れよう。ギッシュも良いな。あるいはエッグベネディクトが良いか?
遠慮せず、リクエストすると良い。料理には自信があるのだ。
……そういうとこだよ、お兄ちゃん?
ハッハッハッ。そう褒めるな。兄は少々照れくさいぞ。
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