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【黒ウィズ】アレス編(GP2020前半)Story

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2020/08/31



目次


Story1 VARIATION

Story2 ORNAMENT

Story3 INHERIT




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story1 VARIATION



 漆黒神器(ブラック・パンドラ)を配っていたプロメトリックは消えたが、全てのヴィランがいなくなったわけではない。

 いつも通りのヴァンガード基地。ー仕事を終えて帰ってきたアレイシアたちは反省会をしていた。


E被害者も出さず、無事にヴィランを逮捕することができたのはいいけど……ちょっと大騒ぎになりすぎたわね。

N完全にアレイシアのせいですわね。尾行中に飛び出すなんて非常識ですわ。

Aあれは仕方ないぞ。子供が泣いてたからね。

Nだからといって作戦を台無しにすることはにゃいじゃありみゃせんの!

A泣いちょる人がおる時に、そぎゃんこつ考えてる暇はなかとです!

ハル荒事が増えたほうが、データがたくさんとれてオレはうれしいけどなあ。ひ、ふひひひひ……。

 理屈よりも人の感情を大事にする。アレイシアの姿勢は、エウブレナにとっても好ましいものではあるのだが――

E(上の立場で考えるなら、安易に認めるわけにもいかないのよね……)

 エウブレナは神器(パンドラ)〈見えざる神の二叉槍(バイデント・アイドネウス)〉に選ばれ、ハデスⅣとなることが決まっている。

 いまは襲名を保留し、公表しないでいるが、早晩、正式にお披露目せざるを得ないだろう。

 そうなれば、ハデスフォースの隊長も務めねばならない。これまでのように、指示を仰ぐだけではいけないのだ。

 そう思っていると、まさに指示を出す立場の人間が、室内に入ってきた。


ゾエおう、戻ってるな。ちょうどいい、話がある。

Eあ、ボス。本日の報告書はこれから作成を……。

ゾエんなのはどうでもいいから、そこに座れ。コリーヌ、悪いがコーヒーだ。クソみたいに濃くてまずいヤツを頼む。

コリへい、もう用意してるッスよ。

 ゾエルは差し出されたカップを受け取り、ドロのようなそれをー息で飲み干すと、苦い顔のまま、告げた。

ゾエ英雄庁本部からの命令だ。ゴッド・ナンバーズになれ。

Aおお!エウさん、おめでっとう!ボクもうれしいぞ!

Nふふ……先を越されてしまいましたわね。けど、すぐに追いついてみせますわ。

Eま、待ってください!まだ猶予はいただけるというお話では?いまの私に、ゴッド・ナンバーズはまだ……。

ゾエあー、違う違う。エウブレナじゃねえ。それだったらなにも悩みゃしねえよ。

Nと、いうことは……わたくし!?お父様の引退なんて聞いていませんわ!

ハッ!?となると、エウブレナがハデスⅣを襲名すれば、わたくしが、しぇ、しぇんぱいに!?

ゾエお前でもねえよ。ゴッド・ナンバーズになるのは――アレイシア、お前だよ。

Aえっ、ボク?なんで?ボク、神器持ってないよ?

Eそ、それにいままでのゴッド・ナンバーズに、アレスという神の力を使う方なんていません。

ゾエあーそーだよ!神器もねえし、アレスなんてよくわかんねえ神の力を使う。英雄庁としちゃ扱いに困るヤツだ。

けど、あの×××××ゴッドをぶちのめして以来、市民に人気がありすぎんだよ。シカトするにも限度がある。

で、本部は苦渋の決断をくだした。アレイシア、お前は新たなゴッド・ナンバーズ、アレス零になれ。

Nゴッド・ナンバーズの襲名ではなく増員……!ディオニソスⅫの就任以来ですわね。

Aボクが、ゴッド・ナンバーズに……?

ゾエ言っておくが、拒否権はねえぞ。こいつは決定事項だ。いくら嫌がろうが、縄にくくってでも……。

Aやります!ボク、ゴッド・ナンバーズになります!

ゾエなんだ、やる気じゃないか。よし、近いうちに叙任式をやる。それまではいつも通りに死ぬ気で仕事してな。

Eねえ、アレイシア、大丈夫なの?ナンバーズって強いだけじゃないのよ?もう少し考えてからの方が……。

A大丈夫だよ、エウさん。よくわかってる。

……よく、わかってるんだ。


 ***


 近年、オリュンポリスでは「オルペウス」という動画投稿サイトが流行し、そこに動画を投稿する者はオルペウサーと呼ばれた。

 だが、加熱する動画投稿ブームは、話題になりたいがために犯罪スレスレの行為をする者を生み、社会問題となりつつあった。


迷惑オルペウサー

z迷惑と言われても、違法ではない。再生数を増やすための努力を邪魔する権利は、ヒーローにもないはずだ!

A確かにルールを破ってはいないかもしれない。けど、動画のために作られた光景は、果たして真実と言えるのかい?

zなんだと!?俺の動画は本物じゃないってのか!?

Aわかっているはずだよ。君は嘘をついている。動画を見てくれる人に。なにより、自分自身に。

そんな虚像を認められたところで、君は満足できるのかい?

zで、でも俺は、有名になれば、彼女が戻ってきてくれるかもしれないって……。

A君の気持ちはよくわかった。辛かったんだね。けど、嘘からはなにも生まれない。

LIE(嘘)にV(勝つ)でLⅣE……。なにかを伝えたいなら見せるべきは本当の自分の姿。そうだろう?

zう……ぐす……。俺……俺、間違ってました!1からやり直します!

 涙を流しながら去っていくヴィラン予備軍の背中を、エウブレナはぼんやりと見送った。

Eまた説得できちゃった……。

 ナンバーズ任命の報せより数日経っていた。

 あれ以来、アレイシアは常に冷静さを崩さず、無用な戦いを避けながら、ヒーローの仕事を完遂していた。


Aふう。時間かかっちゃったな。エウさん、ネーさん、お待たせ。パトロール続けようか。

 意気揚々と移動するアレイシアの後ろをついていきながら、ネーレイスとエウブレナは顔を寄せあい囁きかわす。

N頭を打ったとか熱があるとかじゃありませんわよね?

Eナンバーズになることが決まって、冷静に振る舞っているだけだと思うわ。……多分。

wアレスちゃん!今日もありがとう!

w元気なアレスちゃんも好きだけど、クールなアレスちゃんも素敵!

Aありがとう。困ったことがあったら、いつでもボクたちを呼んで欲しい。それでは。

 応援する市民たちに爽やかに手をふり、アレイシアは街を行く。


E……市民の皆様も喜んでいるし、アレイシアが成長してくれてー安心ね。

N本当ですの?本当にそう思っていますの?

Eえ……だって……いい事じゃないの。私に不満なんて……な、なにもないわよ。

Nならいいですわ。パトロールを続けましょう。

Eあ、ちょっとネーレイス!言いたいことがあるならハッキリ言いなさい!

 そんな3人の部下の様子を、すこし離れた場所から、ヴァッカリオは観察していた。

Vアレイシアでも、ナンバーズになるってのは、思うところがあるもんなのかねえ。おいらも経験あるから気持ちはわかるけどさ。

 と、そこで携帯端末にメッセージが届いた。相手はゴッド・ナンバーズのひとり、アフロディテⅨ。

VⅨから?珍しいね、おいらにメッセージなんて。なになに……。

n9「ぴえん」

Vなんだこれ?とりあえず返事するか。「ナンバーズ用の通信使うなんてなんか大事件?」……と。

n9「大事件すぎるんですけど。最近のアレイシアちゃん、ちょっとマジでつらみがすごい

いまのアレイシアちゃんもナシよりのアリだけどさあ、あーし的にはいつもの方がとにかく3150だし語彙力

Ⅻ的にはあれでおけまる?」

 言っている内容は3割くらいしかわからなかったが、ヴァッカリオはとりあえず感覚で返事を打った。

V「うーん、ナンバーズの真面目キャラはアポロンⅥで足りてるってのはあるかな」

n9「わかりみ深すぎ。というわけで、隊長でしょ?責任ヨロ~」

 そう届いたきりメッセージは途絶え、こちらから送っても既読がつくだけで返事はなかった。

VⅨってばー方的なんだよなあ。ま、確かにちょいと気負いすぎかな。さて、どうしたもんか。

……そうだな。ちょうどいい機会だし、連れて行ってみるか。


 それからしばしの時間が過ぎ、ヴァンガード隊の本日の業務は終了となった。

Aお疲れ様です。また明日。

Vあ~、ちょっとアレイシア。悪いけど、メシ、つきあってくんない?

A隊長が誘うなんて、珍しいね。了解です。


 ヴァッカリオが連れて行ったのは――エリュマだった。

A隊長……ここは……。

Vん?どうした?好きじゃなかったか?以前は毎日のように通ってただろ?

Aそうですけど……でも……。

 アレイシアが逡巡していると、店のドアがひらき、中から店員の声が聞こえた。

Aえ……?こ、この声……。そんな……まさか!


いらっしゃいませ~。エリュシオンマートヘ、ようこそ~。



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story2 ORNAMENT



A店長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 アレイシアはダッシュで入店するなり、そのままレジの中にいる店長(あだ名)に抱きついた。

わっ、アレイシアさん?お久しぶりですね。どうされました?

Aい、生きてたんじゃな……。ワシゃてっきり……店長おおおおおおおお

 アレイシアはヒーローの剛力で店長(あだ名)の背中を締めつける。骨が悲鳴をあげる音がする。それはそれは見事なベアハッグであった。

い、生きてますよ。生きてますけど……はは、そろそろ……死ぬかもしれません……。

 幸せな笑みを浮かべたまま泡を吹きだした店長(あだ名)を、アレイシアはあわてて解放した。

Aす、すまんです!でも店長、どうして……?

だ、大丈夫ですよ。どうしてとは、なんのことでしょうか?

Vあ~、アレイシア。ちょいちょい。

 ヴァッカリオは店の片隅にアレイシアを呼び寄せると、耳元に口を寄せ、小声で説明をした。

V実は店長な、プロメトリックだった時の記憶がないんだよ。

A覚えて……ないの?プロメテウスのことも?

Vプロメトリックってのは、店長の肉体にプロメテウスの精神が入っていたものだったのさ。

プロメテウスの精神が死んだいま、店長はただの人間だよ。あの戦いのことも、なにも知らない。

Aそ……そうだったんだ……。ボクはてっきり……。

Vま、そんなわけだ。積もる話もあるだろうし……。店長~。そろそろ仕事あがるよね?

はい。あとちょっとでシフト交代の時間です。

Vんじゃ、アレイシアにエリュマバーガーとあとおいらにパワフルワンちょうだい。はい、これ代金ね。

 支払いを済ませると、ヴァッカリオはパワフルワン片手に、ひらひらと手をふって店を出る。

Vあ、そうそう。アレイシア、今度ゴッド・ナンバーズになるんだよね。お祝いしてあげてよ。んじゃね~。

 イートインに残されたアレイシアが、呆然としていると、店長(あだ名)がハンバーガーを席に持ってくる。

エリュマバーガー、お待たせいたしました。最近、より美味しくなったんですよ。ゆっくり味わってくださいね。

 アレイシアは、大好物のハンバーガーを、数ヶ月ぶりに口へと運ぶ。

 視界が滲んだのはきっとマスタードが効きすぎていたせいだ。


 ***


最近、とても活躍されていますね。陰ながらうれしく思っていました。

Aヒーローとして当然のことをしているだけだよ。

それだけで、ゴッド・ナンバーズには選ばれませんよ。すごいじゃないですか。

Aいろいろあったからね。

 仕事をあがった店長(あだ名)と、帰路をともに歩く。

 落ち着きを取り戻したアレイシアは冷静に話していた。

話し方もずいぶん落ち着かれましたね。やはりゴッド・ナンバーズになられるからでしょうか?

Aうん。ゴッド・ナンバーズともなると、これまで通りというわけにもいかないからね。

立派ですね。でも、ナンバーズは個性的な方が多いですし、そんなに肩肘はらないでも良いのではないでしょうか?

Aそうはいかないよ。ナンバーズは強いだけじゃない。みんなの心の支えじゃなきゃいけないんだ。

ディオニソスⅫみたいに。

ティタノマキア事変で家のなくなったボクは、その後、おばあちゃんの家でお世話になってたんだ。

おばあちゃんっていっても、血は繋がってないんだけどね。近所に住んでた、優しい三姉妹のおばあちゃん。

でも、ボクにとっては本当のおばあちゃんとおなじだよ。みんな物知りだから、たくさんのことを教えてもらった。

上のおばあちゃんの口癖は「大切なんは未来じゃ。未来だけを見とりゃええ」

真ん中のおばあちゃんの口癖は「過去も未来もなんちゃない。大事なんは現在ぜよ」

下のおばあちゃんの口癖は「過去を蔑ろにしたやいけん。おはんも過去に学ぶど」

言ってることはバラバラだったけど、どれも大切なことだと思う。

みんな言葉遣いが違うから、ボクはみんなのが混ざってしまったけどね。

みんな優しかったけど……本当を言うと、落ち込むこともあったんだ。

そんなときにいつもボクを支えてくれたのが、ディオニソスⅫだった。

ティタノマキア事変以降、行方不明だったけど、ボクを救ってくれたあの姿が、言葉が、いつだってボクを励ましてくれた。

ううん、ボクだけじゃない。姿を消してからもずっと、〝最強〟のヒーローといえばディオニソスⅫだった。

調べれば調べるほど、カッコよかった。いつでも冷静で、でも熱くて……。みんなの憧れだった。

あの人がナンバーズになってから姿を消すまでほんの2年ちょっとだったけど、その勇姿はみんなの心に焼き付いていた。

ヒーローは、ただ危機を救えばいいだけじゃない。心の灯火にならなくてはいけないんだ。その灯火があるから、人は前に進める。

だから、ボクはヒーローになりたいと思ったんだ。ディオニソスⅫみたいに、その存在だけでだれかを勇気づけられるヒーローに。

ゴッド・ナンバーズになるというのは、ディオニソスⅫとおなじ立場になるということ。

責任があるんだ。だれかの心の灯火になるという責任が。これまで通りでは、いけないよ。

 長い話を聞き終えた店長(あだ名)は、否定も肯定もせず、穏やかに笑って、「そうですか」とだけ言う。

 それからポケットに手を入れると、なにかを取り出した。

 それは――髪飾りだった。

報道されるアレイシアさんの姿を見て、気になっていたのです。以前の髪飾り、どこかで壊れてしまったのですね。

よろしければ、また受け取っていただけませんか?

 アレイシアは髪飾りに触れる。形は以前のものとおなじだが、ただの髪飾りだ。なにも感じない。

 アレイシアはうなずいて、髪飾りをつける。

うん、やっぱり、よく似合っています。槍のようにまっすぐなアレイシアさんにピッタリです。

Aありがとう、店長。

(生きていてくれて)

 心の中だけでそう告げて、笑みを浮かべる。

Aできたら叙任式の後のパレード、見に来て欲しいな。ボクがヒーローになれたのは、店長が応援してくれたからだもの。

もちろんです。来るなと言われても押しかけますよ。楽しみにしています。

Aありがとう。それじゃあ、また。

ええ、また。お店でお待ちしています。


 わずかに離れた場所から、そのー部始終を覗き見ていた者たちがつぶやく。

Vへえ、ディオニソスⅫを意識してるから、ああやって冷静に振る舞ってんのね。いやあ、そりゃ仕方ないなあ、うん。

N隊長……クールだとか人望があったとか、過去を捏造してデマを流すなんて卑劣ですの。見損ないましたわ。

Vいやいや、ホントホント。ホントだったんだってば。お父さんに聞いてみなって。

N言い訳無用ですわ。それじゃ、わたくしはこれで。

Vちょ、待ってよー。誤解だっての~。

Eそうか。アレイシアは憧れの人の代わりになろうとしていたのね。でも……。



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story3 INHERIT



 それからまた、何事もなく数日が過ぎ――ゴッド・ナンバーズ叙任式、当日の朝となった。

E叙任式には偉い方々が集まるのだから、絶対に遅刻してはダメよ?よければ起こしに行くけど……。

……最近のアレイシアはしっかりしているから大丈夫よね。本部で会いましょう。


 アレイシアは万全に準備を整え、英雄庁本部へと向かっていた。と、その途中、子供の泣き声が聞こえた。

 みると、小さな男の子がひとりで泣いている。

Aどうしたんだい?なにかあったのかな?

wあ、アレスちゃん!来てくれたんだ!あのね、ママがね、いないんだ。

 どうやら迷子らしい。

Aそっか。それじゃ、いっしょにママを捜そうか?

wうん!

 男の子が元気よく返事をしたそのとき、見知った顔が声をかけてきた。

wおや、アレイシアさん。おはようございます。

Aあっ、先生。お久しぶりです。

 新人研修時代、教官を務めていた先輩ヒーローだ。

wそうか。今日は叙任式ですね。立派なヒーローになってくださって、私もうれしいですよ。

Aいえ、あのとき、出来の悪い新人だったボクを、先生が信じてくださったからです。

wははは。言葉遣いまですっかり一人前ですね。ところで、その男の子はどうしました?

A迷子みたいです。これからご両親を捜そうかと。

wそれは大変だ。アレイシアさんはお忙しいでしょう?その子は私が引き受けます。

 教官の言葉は正しい。アレイシアには外せない用事があり、なによりベテランの彼の方がこうした仕事は慣れているだろう。

 ディオニソスⅫは、部下からの信頼も厚く、人を使うのが上手かったという。それに倣(なら)うなら、判断は決まっている。

A……わかりました。よろしくお願いします。

wアレスちゃん、行っちゃうの?

Aこのお兄さんといっしょなら、すぐにママは見つかるよ。またね。

w……うん、バイバイ……。

 こうして、アレイシアは無事に英雄庁本部にたどり着いた。

Eあ、良かった。ちゃんと間に合ったわね。

Aこんな大事な日に、遅刻したりしないよ。

E……本当にしっかりしたわね。なんだか置いていかれちゃったみたい。

Aそんなことないよ。エウさんだって、すぐにハデスⅣを襲名できるよ。

Eふふ、どうかしらね。さ、行きましょう。みんなも中で待ってるわ。

 アレイシアは歩きだす。その脳裏に、先はどの男の子の顔が浮かんだ。

「アレスちゃん、行っちゃうの?」

Eアレイシア、どうかしたの?立ち止まったりして。

A……なんでもないよ。行こう。

 アレイシアはふたたび歩きだす。ところが、今度はエウブレナが立ち止まり、目を閉じて口をひらいた。

Eあのね、アレイシア。私のパパも、ゴッド・ナンバーズだったの。

A知ってるけど……どうしたの、急に。

E私のパパ、ハデスⅣはね、ナンバーズの中では地昧って評判だったらしいの。お人好しで、人のフォローばっかりして。

最強のヒーロー議論にだって、名前が挙がることはないわ。ずいぶん前に死んじゃったしね。けど――

私にとって一番のヒーローは、いまも昔も、ハデスⅣよ。

私の目指すヒーローの道は、パパとは少し違ってしまったけれど、それは変わらないわ。

アレイシア。貴方は私の自慢の友達よ。他のだれかの代わりではなく、私は、貴方の貴方らしさが好き。

貴方の道は貴方が選ぶものだけど、それだけは、忘れないでね。

 エウブレナが笑みを浮かべて顔をあげたとき、そこにはもう、アレイシアの姿はなかった。

Aエウさん、ありがっとう!ちょっとでかけてくるから、みんなに謝っといて!

 そのまま、アレイシアは駆けだした。炎のように激しく、流星のように輝きながら、頭につけた髪飾りのように、まっすぐに。

Aあの子は「来てくれたんだ」って言った!ワシを待っちょったんじゃ!ディオニソスⅫではなく、アレスちゃんを!

だったら、ボクはボクのやり方であの子を救う!迷子のひとりも救えんやつが、ヒーローなんて名乗れるもんかあああ!


 ***


 結論から言うと叙任式はめちゃくちゃ遅延した。閉会予定時間にまだ開会してないくらいに遅延した。叙任される当人がいなかったから。

Aお母さんがどっちに行ったかわかる?あっち?よっしゃアポロン区じゃな!行っくぞおおおおおおお!

 あの後、迷子のもとに戻ったアレイシアは、教官から奪うようにして両親の捜索を開始。

Aなんか覚えてない?おっきな女神様?アテナ区じゃああああああああ!

 しかし迷子のうろ覚えな記憶を真に受けて、様々な区を駆けずり回り――

Aちゃちゃちゃあ!おんしらなんばしょっとかあ!子供が見てるでしょうがぁ!

 途中で遭遇した揉め事に、いくつも首を突っ込んでは解決し――

A見つかってよかったね!今度からは、ちゃんとママと手をつないで歩くんだぞ!

 結局、もとのハデス区に戻って両親を見つけた時には、オリュンポリスをほぼ1周してしまっていた。


A以上が遅刻した理由であります!

n6つまり、我々を待たせているあいだ、やらずとも良い事に首を突っ込み、余計に事態をややこしくしてきた、と。

A仕方ないかなって思います!だってボクは、他のだれでもないボクだから!

n6開き直るのではない……。

 アポロンⅥは呆れたように息を吐いた。

n6近頃は良い噂を聞き、ナンバーズの自覚が生まれたかと喜んでいたのだがな。ぬか喜びであったか。

良いか?我らの力は私情でふるってよいものではない。ゴッド・ナンバーズともなればなおさらだ。それを……。

 アポロンⅥの説教は、ポセイドンⅡがたしなめるまで、延々と続いた。

n6……とにかく、部下や同僚を信頼して任せるのも我らの責務のうちだ。次はおなじ轍を踏まぬように。良いな。

Aいえ、またおなじことがあれば、おなじ選択をすると思います!

n6まだわからぬのか。よいか……。

n9はいはい、諦めて早く慣れなってⅥちゃん。これがあーしたちの新しいお仲間、零ちゃんなんだっての。

つーか、どっちかってーと、みんなⅥちゃんの説教の方につらみを感じてるんですけど?

 その言葉に、列席するヘラⅢとデメテルVは苦笑し、アルテミスⅧが静かにうなずく。

 ヒーローの頂点である彼らの視線は、みな祝福の色をたたえて、穏やかだった。

Aあの……本当に、ボクがナンバーズになっていいの?これからもきっと、こういう感じだけど……。

n6たしかに私は賛成していない。強さは認めるが、心構えができていない。時期尚早に過ぎる。だが――

このような光景を見せられては、反対などできぬよ。

 アポロンⅥは、窓の外に視線を向ける。

 そこは新たなるゴッド・ナンバーズ、アレス零をひと目でも見ようと、目を輝かせた市民で埋め尽くされていた。

n6力のある者がヒーローなのではない。弱き者の希望となるのがヒーローなのだ。市民の声には逆らえぬよ。

n9わかってんならお説教はそこまでにしなよ。みんなもう、待ちきれないって顔してんじゃん。

n6そのようだな。――では、叙任式を開始するとしよう。


 ***


 叙任式はつつがなく行われた。詰めかけた市民たちの見守るなか、特別に設えた壇上へとあがったアレイシアは、居並ぶゴッド・ナンバーズ――

 ポセイドンⅡ、ヘラⅢ、デメテルV、アポロンⅥ、アルテミスⅧ、アフロディテⅨに祝福され――

 最後に、市民への宣誓をもって、新たなるゴッド・ナンバーズ、アレス零に正式に任命された。


A戦神アレスの名のもとに、零の数字を背負い、人々を守る槍となることを誓います。

みんな!絶対に、ボクが全部守るからね!

 止まないコールを受け、パレードがはじまる。

 詰めかけた市民の顔はみなー様に、明るく輝いていた。

n2ナンバーズのパレードを見るのもずいぶんな回数になるが、このようなのは初めてじゃのう。

 英雄庁の最長老がそう独りごちるのも無理はない。彼らゴッド・ナンバーズを、人々は崇敬をあらわに仰ぎ見る。

 だが、いまアレイシアを見る人々の目は、信頼と心配と、尊敬と親愛とが混ざり合った、温かなものだ。

3まるで家族に向ける視線――オリュンポリス市民みんなが、あの子を家族のように想っている。

8放っておけないのだろう。そういう娘だ。

n9口の悪いⅢと無口なⅧがそんなこと言うなんて、マ?言っとくけど、譲んないかんね?

5Ⅸのものでもないでしょう。あの娘は、だれかひとりのものになる器ではありませんよ。

n6私としては不安が勝つがな。Ⅻも認めているのだ。期待はしている。

 そうしたヒーローたちの会話を知ってか知らずか、パレードの最前列にいた男は、そっと列から離れる。

…………。

Vどしたの、店長?もう見飽きちゃった?

ははは。まさか。いくら見ても、見飽きることなんてありませんよ。でも、彼女はみんなのものですから。

……あなたには、お礼を言わないといけませんね。

Vいつもお店の売上に貢献していること?いいっていいって。おいらと店長の仲じゃないの。

あなたが監視役を買って出て、英雄庁を抑えてくれているのですよね?

 ヴァッカリオがアレイシアにした説明は嘘だ。彼はプロメテウスそのもの。だれかに取り憑いたものではなく記憶もある。

Vま、そこは利害のー致がね。あっちもほら、神そのものなんて、罰したことないもの。扱いが難しくてさ。

 いまのプロメテウスには、神の力はない。アレイシアとの戦いで砕けて消えた。もはやほとんど人間と変わらない。

 それでも、当然、警戒されており、処刑や投獄も検討されたが、同時にそれが神を刺激することも怖れた。

 対応策に紛糾する英雄庁に、自らの責任で監視することを提案したのが、ディオニソスⅫだった。

Vあ、でも言っとくけどさ、変なことしないでよ?おいらにも責任ってのがあるもんでね。命に代えても止めなきゃいけなくなるから。

もうなにもできませんよ。私の残りの生は、罪滅ぼしをするだけです。その機会を与えてくれて、感謝していますよ。

彼女を見守る時間を与えてくださったこともね。

Aあ!

 アレイシアはチャリオットから飛び降りて、道に並ぶ人々のー角、小さな影の立つ場所へ近づく。

 そこにいたのは、さきほどの迷子とその母親だった。

A来てくれたんだね!ありがとう!

wあのね、アレスちゃん。ぼく、ぼくね……。

アレスちゃんみたいなヒーローになる!

 その言葉を聞いたアレイシアは、満面の笑みを浮かべて、少年の頭を撫でた。

Aよし!待ってるから、いっしょに戦おうね!

 その光景を、離れた場所から眩しそうに眺め、最強と呼ばれた男は、神だった男に言う。

V……時々、思うこともある。こんなことをしてなんになるんだ。ただの自己満足じゃないか、ってさ。

けどな、こんな日は思えるんだよ。全ては繋がっている。なにも無駄なんかじゃなかった、ってさ。

そうですね。全てはこうなるべくしてなった。彼女を見ていると、そう信じられます。ふふ……お互い、歳ですね。

Vちょっとちょっと、そりゃおいらはおっさんだけど、あんたよりはずっとピチピチよ、ピチピチ。

Aあ!隊長~~!店長~~!あとでエリュマでパーティーしようね~~!

 その言葉に、市民たちは「どこのエリュマだ?」とざわついた。

あははははは。これは今夜のお店は大変なことになりそうですね。戻って準備しておかないと。

V退屈する暇がないよねえ、あいつといるとさ。

ええ、本当に。


Aエウさ~ん!ネーさ~ん!これからもいっしょにがんばろうね~!

おハルさ~ん!テロさ~ん!ボス~!まだまだ迷惑かけるけど、よろしくおねがいしまっす!

それから、それから、えーと、伝えたい人がたくさんいすぎてわかんないぞ!とにかく!

みんな!ありがとう!これからもよろしくね!




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