【黒ウィズ】アレス編(GP2020前半)Story
2020/08/31
目次
story1 VARIATION
漆黒神器(ブラック・パンドラ)を配っていたプロメトリックは消えたが、全てのヴィランがいなくなったわけではない。
いつも通りのヴァンガード基地。ー仕事を終えて帰ってきたアレイシアたちは反省会をしていた。
理屈よりも人の感情を大事にする。アレイシアの姿勢は、エウブレナにとっても好ましいものではあるのだが――
エウブレナは神器(パンドラ)〈見えざる神の二叉槍(バイデント・アイドネウス)〉に選ばれ、ハデスⅣとなることが決まっている。
いまは襲名を保留し、公表しないでいるが、早晩、正式にお披露目せざるを得ないだろう。
そうなれば、ハデスフォースの隊長も務めねばならない。これまでのように、指示を仰ぐだけではいけないのだ。
そう思っていると、まさに指示を出す立場の人間が、室内に入ってきた。
ゾエルは差し出されたカップを受け取り、ドロのようなそれをー息で飲み干すと、苦い顔のまま、告げた。
ハッ!?となると、エウブレナがハデスⅣを襲名すれば、わたくしが、しぇ、しぇんぱいに!?
けど、あの×××××ゴッドをぶちのめして以来、市民に人気がありすぎんだよ。シカトするにも限度がある。
で、本部は苦渋の決断をくだした。アレイシア、お前は新たなゴッド・ナンバーズ、アレス零になれ。
……よく、わかってるんだ。
***
近年、オリュンポリスでは「オルペウス」という動画投稿サイトが流行し、そこに動画を投稿する者はオルペウサーと呼ばれた。
だが、加熱する動画投稿ブームは、話題になりたいがために犯罪スレスレの行為をする者を生み、社会問題となりつつあった。
迷惑オルペウサー |
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そんな虚像を認められたところで、君は満足できるのかい?
LIE(嘘)にV(勝つ)でLⅣE……。なにかを伝えたいなら見せるべきは本当の自分の姿。そうだろう?
涙を流しながら去っていくヴィラン予備軍の背中を、エウブレナはぼんやりと見送った。
ナンバーズ任命の報せより数日経っていた。
あれ以来、アレイシアは常に冷静さを崩さず、無用な戦いを避けながら、ヒーローの仕事を完遂していた。
意気揚々と移動するアレイシアの後ろをついていきながら、ネーレイスとエウブレナは顔を寄せあい囁きかわす。
応援する市民たちに爽やかに手をふり、アレイシアは街を行く。
そんな3人の部下の様子を、すこし離れた場所から、ヴァッカリオは観察していた。
と、そこで携帯端末にメッセージが届いた。相手はゴッド・ナンバーズのひとり、アフロディテⅨ。
いまのアレイシアちゃんもナシよりのアリだけどさあ、あーし的にはいつもの方がとにかく3150だし語彙力
Ⅻ的にはあれでおけまる?」
言っている内容は3割くらいしかわからなかったが、ヴァッカリオはとりあえず感覚で返事を打った。
そう届いたきりメッセージは途絶え、こちらから送っても既読がつくだけで返事はなかった。
……そうだな。ちょうどいい機会だし、連れて行ってみるか。
それからしばしの時間が過ぎ、ヴァンガード隊の本日の業務は終了となった。
ヴァッカリオが連れて行ったのは――エリュマだった。
アレイシアが逡巡していると、店のドアがひらき、中から店員の声が聞こえた。
story2 ORNAMENT
アレイシアはダッシュで入店するなり、そのままレジの中にいる店長(あだ名)に抱きついた。
アレイシアはヒーローの剛力で店長(あだ名)の背中を締めつける。骨が悲鳴をあげる音がする。それはそれは見事なベアハッグであった。
幸せな笑みを浮かべたまま泡を吹きだした店長(あだ名)を、アレイシアはあわてて解放した。
ヴァッカリオは店の片隅にアレイシアを呼び寄せると、耳元に口を寄せ、小声で説明をした。
プロメテウスの精神が死んだいま、店長はただの人間だよ。あの戦いのことも、なにも知らない。
支払いを済ませると、ヴァッカリオはパワフルワン片手に、ひらひらと手をふって店を出る。
イートインに残されたアレイシアが、呆然としていると、店長(あだ名)がハンバーガーを席に持ってくる。
アレイシアは、大好物のハンバーガーを、数ヶ月ぶりに口へと運ぶ。
視界が滲んだのはきっとマスタードが効きすぎていたせいだ。
***
仕事をあがった店長(あだ名)と、帰路をともに歩く。
落ち着きを取り戻したアレイシアは冷静に話していた。
ディオニソスⅫみたいに。
ティタノマキア事変で家のなくなったボクは、その後、おばあちゃんの家でお世話になってたんだ。
おばあちゃんっていっても、血は繋がってないんだけどね。近所に住んでた、優しい三姉妹のおばあちゃん。
でも、ボクにとっては本当のおばあちゃんとおなじだよ。みんな物知りだから、たくさんのことを教えてもらった。
上のおばあちゃんの口癖は「大切なんは未来じゃ。未来だけを見とりゃええ」
真ん中のおばあちゃんの口癖は「過去も未来もなんちゃない。大事なんは現在ぜよ」
下のおばあちゃんの口癖は「過去を蔑ろにしたやいけん。おはんも過去に学ぶど」
言ってることはバラバラだったけど、どれも大切なことだと思う。
みんな言葉遣いが違うから、ボクはみんなのが混ざってしまったけどね。
みんな優しかったけど……本当を言うと、落ち込むこともあったんだ。
そんなときにいつもボクを支えてくれたのが、ディオニソスⅫだった。
ティタノマキア事変以降、行方不明だったけど、ボクを救ってくれたあの姿が、言葉が、いつだってボクを励ましてくれた。
ううん、ボクだけじゃない。姿を消してからもずっと、〝最強〟のヒーローといえばディオニソスⅫだった。
調べれば調べるほど、カッコよかった。いつでも冷静で、でも熱くて……。みんなの憧れだった。
あの人がナンバーズになってから姿を消すまでほんの2年ちょっとだったけど、その勇姿はみんなの心に焼き付いていた。
ヒーローは、ただ危機を救えばいいだけじゃない。心の灯火にならなくてはいけないんだ。その灯火があるから、人は前に進める。
だから、ボクはヒーローになりたいと思ったんだ。ディオニソスⅫみたいに、その存在だけでだれかを勇気づけられるヒーローに。
ゴッド・ナンバーズになるというのは、ディオニソスⅫとおなじ立場になるということ。
責任があるんだ。だれかの心の灯火になるという責任が。これまで通りでは、いけないよ。
長い話を聞き終えた店長(あだ名)は、否定も肯定もせず、穏やかに笑って、「そうですか」とだけ言う。
それからポケットに手を入れると、なにかを取り出した。
それは――髪飾りだった。
よろしければ、また受け取っていただけませんか?
アレイシアは髪飾りに触れる。形は以前のものとおなじだが、ただの髪飾りだ。なにも感じない。
アレイシアはうなずいて、髪飾りをつける。
(生きていてくれて)
心の中だけでそう告げて、笑みを浮かべる。
わずかに離れた場所から、そのー部始終を覗き見ていた者たちがつぶやく。
story3 INHERIT
それからまた、何事もなく数日が過ぎ――ゴッド・ナンバーズ叙任式、当日の朝となった。
……最近のアレイシアはしっかりしているから大丈夫よね。本部で会いましょう。
アレイシアは万全に準備を整え、英雄庁本部へと向かっていた。と、その途中、子供の泣き声が聞こえた。
みると、小さな男の子がひとりで泣いている。
どうやら迷子らしい。
男の子が元気よく返事をしたそのとき、見知った顔が声をかけてきた。
新人研修時代、教官を務めていた先輩ヒーローだ。
教官の言葉は正しい。アレイシアには外せない用事があり、なによりベテランの彼の方がこうした仕事は慣れているだろう。
ディオニソスⅫは、部下からの信頼も厚く、人を使うのが上手かったという。それに倣(なら)うなら、判断は決まっている。
こうして、アレイシアは無事に英雄庁本部にたどり着いた。
アレイシアは歩きだす。その脳裏に、先はどの男の子の顔が浮かんだ。
「アレスちゃん、行っちゃうの?」
アレイシアはふたたび歩きだす。ところが、今度はエウブレナが立ち止まり、目を閉じて口をひらいた。
最強のヒーロー議論にだって、名前が挙がることはないわ。ずいぶん前に死んじゃったしね。けど――
私にとって一番のヒーローは、いまも昔も、ハデスⅣよ。
私の目指すヒーローの道は、パパとは少し違ってしまったけれど、それは変わらないわ。
アレイシア。貴方は私の自慢の友達よ。他のだれかの代わりではなく、私は、貴方の貴方らしさが好き。
貴方の道は貴方が選ぶものだけど、それだけは、忘れないでね。
エウブレナが笑みを浮かべて顔をあげたとき、そこにはもう、アレイシアの姿はなかった。
そのまま、アレイシアは駆けだした。炎のように激しく、流星のように輝きながら、頭につけた髪飾りのように、まっすぐに。
だったら、ボクはボクのやり方であの子を救う!迷子のひとりも救えんやつが、ヒーローなんて名乗れるもんかあああ!
***
結論から言うと叙任式はめちゃくちゃ遅延した。閉会予定時間にまだ開会してないくらいに遅延した。叙任される当人がいなかったから。
あの後、迷子のもとに戻ったアレイシアは、教官から奪うようにして両親の捜索を開始。
しかし迷子のうろ覚えな記憶を真に受けて、様々な区を駆けずり回り――
途中で遭遇した揉め事に、いくつも首を突っ込んでは解決し――
結局、もとのハデス区に戻って両親を見つけた時には、オリュンポリスをほぼ1周してしまっていた。
アポロンⅥは呆れたように息を吐いた。
良いか?我らの力は私情でふるってよいものではない。ゴッド・ナンバーズともなればなおさらだ。それを……。
アポロンⅥの説教は、ポセイドンⅡがたしなめるまで、延々と続いた。
つーか、どっちかってーと、みんなⅥちゃんの説教の方につらみを感じてるんですけど?
その言葉に、列席するヘラⅢとデメテルVは苦笑し、アルテミスⅧが静かにうなずく。
ヒーローの頂点である彼らの視線は、みな祝福の色をたたえて、穏やかだった。
このような光景を見せられては、反対などできぬよ。
アポロンⅥは、窓の外に視線を向ける。
そこは新たなるゴッド・ナンバーズ、アレス零をひと目でも見ようと、目を輝かせた市民で埋め尽くされていた。
***
叙任式はつつがなく行われた。詰めかけた市民たちの見守るなか、特別に設えた壇上へとあがったアレイシアは、居並ぶゴッド・ナンバーズ――
ポセイドンⅡ、ヘラⅢ、デメテルV、アポロンⅥ、アルテミスⅧ、アフロディテⅨに祝福され――
最後に、市民への宣誓をもって、新たなるゴッド・ナンバーズ、アレス零に正式に任命された。
みんな!絶対に、ボクが全部守るからね!
止まないコールを受け、パレードがはじまる。
詰めかけた市民の顔はみなー様に、明るく輝いていた。
英雄庁の最長老がそう独りごちるのも無理はない。彼らゴッド・ナンバーズを、人々は崇敬をあらわに仰ぎ見る。
だが、いまアレイシアを見る人々の目は、信頼と心配と、尊敬と親愛とが混ざり合った、温かなものだ。
3まるで家族に向ける視線――オリュンポリス市民みんなが、あの子を家族のように想っている。
8放っておけないのだろう。そういう娘だ。
5Ⅸのものでもないでしょう。あの娘は、だれかひとりのものになる器ではありませんよ。
そうしたヒーローたちの会話を知ってか知らずか、パレードの最前列にいた男は、そっと列から離れる。
……あなたには、お礼を言わないといけませんね。
ヴァッカリオがアレイシアにした説明は嘘だ。彼はプロメテウスそのもの。だれかに取り憑いたものではなく記憶もある。
いまのプロメテウスには、神の力はない。アレイシアとの戦いで砕けて消えた。もはやほとんど人間と変わらない。
それでも、当然、警戒されており、処刑や投獄も検討されたが、同時にそれが神を刺激することも怖れた。
対応策に紛糾する英雄庁に、自らの責任で監視することを提案したのが、ディオニソスⅫだった。
彼女を見守る時間を与えてくださったこともね。
アレイシアはチャリオットから飛び降りて、道に並ぶ人々のー角、小さな影の立つ場所へ近づく。
そこにいたのは、さきほどの迷子とその母親だった。
アレスちゃんみたいなヒーローになる!
その言葉を聞いたアレイシアは、満面の笑みを浮かべて、少年の頭を撫でた。
その光景を、離れた場所から眩しそうに眺め、最強と呼ばれた男は、神だった男に言う。
けどな、こんな日は思えるんだよ。全ては繋がっている。なにも無駄なんかじゃなかった、ってさ。
その言葉に、市民たちは「どこのエリュマだ?」とざわついた。
おハルさ~ん!テロさ~ん!ボス~!まだまだ迷惑かけるけど、よろしくおねがいしまっす!
それから、それから、えーと、伝えたい人がたくさんいすぎてわかんないぞ!とにかく!
みんな!ありがとう!これからもよろしくね!
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