時のレクイエム・ストーリー・サブ幕間Ⅱ
幕間Ⅱ
2-1-クッキーの形
事件当日
書斎
書斎の机の状態は荒れたものだった。
ワインの入ったグラス、書籍、薬箱に書類が乱雑に積まれていた。そんな状態でもスフレのデザートはすぐに見つけることができた。
フランスパン(スフレはデザートを届けに門を開けた途端、気を失ってしまったと言っていた……ならどうしてデザートは机の上に置いてあるのでしょう?まさかこれを送り届ける振りをして公爵を……)
フランスパンは机の前に立ち、デザートの乗った皿を観察する。
皿には明らかに街で売られている物よりも高価なバタークッキーが並べられている。
クッキーに違いはなく、どれもまるで芸術品かのように繊細に花紋が彫られている。
盛り付けも凝ったもので、クッキーがまるで花のように並べられていた。
フランスパン(ですが……)
クッキー本体はどうも人を満足させるには惜しいものだった。いくつかのクッキーが形を崩していたのだ。
フランスパン(どこかおかしい、クッキーは綺麗に並べられている。つまり、襲撃にあった時にクッキーは無事だったはず。
それなのにクッキーには形の崩れたものがある)
フランスパン(まさか持ってくる時からこの状態だったということでしょうか?ですがスフレは公爵夫人の使用人。そのようなミスを犯すでしょうか?)
2-2-異常
一年前
時の館
メイド「執事様、執事様、大変です!」
執事「どうしました、慌てて。」
メイド「スフレが!ス、スフレが召使いの一人と喧嘩をはじめたんです!」
執事「ははは、今日はエイプリルフールですか?あのスフレが喧嘩など、太陽が西から昇るようなものですよ。冗談はいいですから、時計は全て綺麗にしましたか?もうじきガゼット様がお見えになりますよ。」
メイド「執事様、本当なんです!食事場で私たち召使いの一人がスフレの食事姿を子供のようだと言ったのが原因のようで。もう、大暴れで大変なんです!」
執事「そんな……わかりました。すぐに向かいます。ガゼット様が見て機嫌を悪くされたらいけません。」
執事「スフレ?これはどういうことです?」
執事が食堂に駆けつけるとあたりは血痕だらけで、やられた召使いは既に医師の元へ連れていかれた後だった。そしてスフレは食事場の一角で蹲っていた。
執事「他のものは仕事に戻りなさい!こんなところで立っていてどうするんです!」
執事の声を聞いて現場にいた他の召使いたちはその場を離れた。
執事「……スフレ?大丈夫ですか?」
スフレは顔を上げたが、その表情は状況を飲み込めないようだった。
スフレ「執事様?わたくしは……どうしてここに?」
執事「……先ほど起こった事を覚えていないのですか?」
スフレ「わたくしはご飯を食べていて……それから?うー」
執事「……」
執事(まさか嘘をついているとは思えませんが…)
ちょうど執事が詳しい話を聞こうとした時、突然宝石のような輝きを放つ蝶が食事場入り口から飛んで来た。その後を追うようにヒールの音が響いてくる。
公爵夫人「スフレ、もうアフタヌーンティーの時間ですわよ!こんなことも覚えられないようなら、辞めてしまいなさい。」
スフレ「奥様!あ!す、すぐに用意致します!」
スフレは公爵夫人を見て慌てて起き上がり、そのまま厨房へと向かった。
公爵夫人は続けて執事の方を見る。
公爵夫人「執事さん、食事時でなくとも、食堂は清潔にしておくものではないのかしら?」
執事「はい、すぐに清掃をさせます。」
公爵夫人は返事もなしに振り返り、その場から立ち去った。
2-3-傷跡
一年前
公爵邸
執事「スフレを見ましたか?」
しばらくスフレの姿を見ていない執事は、召使いを引き止めて尋ねた。
ボーイ「いいえ。私も先ほどから見ていません。」
執事「……ガゼット様の誕生日は一年で最も忙しいというのに、いったいどこへ?」
執事「わかりました。もし見かけたら応接室まで来て手を貸すようにと伝えてください。」
ボーイ「はい、承知しました。」
執事は眉をひそめながらも応接室へと向かい自身の仕事をこなしはじめる。
しかし、誕生パーティーがはじまっても、スフレは姿を現すことことはなく、執事は仕方なく他の召使いの手を借りた。
パーティ終了後。執事はようやく館の廊下でスフレの姿を見つける。
執事「スフレ!どこにいっていたんですか」
だが、スフレはまるでその呼びかけが聞こえないかのように、静かに執事の横を通り過ぎていった。
執事「………?」
執事「スフレ、聞いていますか。答えなさい!いったいどこに!」
執事は声を荒立てながらスフレに呼びかけたが、それでも反応はなく。スフレはそのまま自身の部屋の方へ歩いて行った。
執事(……今日のスフレはいったい?)
2-4-鍵
事件当日
時の館
ブルーチーズが慌てたように部屋に入り、そっと扉を閉める。オペラはその時ベッド横で楽譜をめくっていたが、物音を聞いて顔をあげる。そこには明らかに普段と様子の違うブルーチーズの姿があった。
オペラ「公爵に何かされたのか?」
オペラは心配そうな眼差しでブルーチーズを見る。ブルーチーズ一人に公爵との面会を任せたこともあり、申し訳ない気持ちもあった。
ブルーチーズ「いいえ……何かされるようなことは永遠に来ないかもしれません。」
オペラ「……?」
ブルーチーズはしばらく沈黙した後、手に握っていた銅の鍵を見せる。
ブルーチーズ「これは地下牢の鍵です……公爵……彼は亡くなりました……」
オペラは驚いたように持っていた楽譜を落とす。
ブルーチーズ「大丈夫です。道中誰にもあっていません。ただ、昨日君の人形を送った者も公爵の横で倒れていました。少し面倒なことになりそうです。」
ブルーチーズ「ええ、詳しくは後で話します、今は先に事件が大事になる前に地下牢の場所を見つけておかなくては。おそらく……」
オペラ「……」
オペラは話しながら時の館の地図を取り出すブルーチーズを見た後、机の上にある人形をじっと見つめた。
ブルーチーズ「僕が思うに入り口はやっぱり書斎にある……うん?何か言いました?」
トントントン。
唐突なノック音がオペラの声を遮る。ブルーチーズは鍵をしまい、オペラとアイコンタクトを交わす。そして、ドアを開けることには二人は何事もなかったかの表情になっていた。
ブルーチーズ「執事さんでしたか、どうしました?」
執事「お二方、ガゼット様が……亡くなられました。奥様の意向ですでにホルスの眼の方に連絡しました。調査協力のために応接室へ来ていただけますか?」
2-5-火災
毎年八月二十五日、公爵は盛大な誕生パーティーを開く。
今日も例外ではない、パーティーには各方面の著名人が出席していたこともあり、執事は円滑な進行のために奮闘し、就寝は深夜になってからだった。しかし、次の朝には普段通り公爵のための朝食を朝早くから準備をしていた。
公爵「お?ははははー」
公爵は朝食を食べながら新聞を読んでいた。そこにはどうやら公爵が興味を持つ内容もあったようで、執事もそれが気になった。
執事「ガゼット様?」
公爵「見ろ、子爵邸が燃えてなくなったそうだぞ。」
それを聞いて、執事は目と口とを見開き驚きを隠せないでいた。
執事「そ…そんな。子爵邸はかなり大きな建物のはず……それがなぜ?」
公爵「だからこそ人の目を騙す情報かも知れん。こうしよう、執事よ。あとで様子を見てくるのだ。」
執事「……はい。」
2-6-スティーブンの思い出
数年前
公爵邸
スティーブンが初めてリリアと出会ったのはある晴れた昼下がりのことだった。
幼いスティーブンは召使いと共に草原でゲームをしていた。そんな時、意識は日の光も通さぬ人影に向く。
リリアは日傘を持ち、静かにその影の中に立って、遠くを眺めていた。夏風が吹き抜け、彼女の髪をかびかせたが、それでも彼女に暖かさをもたらすことはできなかった。
スティーブン(なんて美しい方なんだ……)
彼女はスティーブンの視線に気がついたのか、振り返り微笑みながら一礼をする。
スティーブン「!」
スティーブン「あの女性はどなたです?見たことない方です。」
小さなスティーブンは召使の袖を引きながら質問する。
メイド「坊ちゃま、あの方はリリア夫人でございます。ガゼット様の奥様ですよ。」
スティーブン「リリア……リリアというのですね。」
スティーブンは背筋を伸ばして紳士の立ち振る舞いをもってリリアのもとへ歩み寄る。
スティーブン「リリアさん……あの……!」
スティーブン「コホン!お初にお目にかかります、私はスティーブンと申します。」
リリア「ごきげんよう、スティーブン様。」
スティーブン「本日は日の光が眩しくて、とても良い天気ですね。貴方はどう思いますか?天気は快晴、光が満ち溢れている……」
リリア「ふふっ、今日は写真を撮るのにはぴったりな日ですね。」
リリアは撮影者がカメラをもって走ってくるのを見て、目線をおろす。
スティーブン「あの……あの……」
リリア「……ふふ、スティーブン様、よかったらわたくしと一緒に写真を撮っていただけませんか?」
スティーブン「え!?よ、よろしいのですか!?」
リリアは口をおさえて品良く笑った。彼女の微笑みは無垢な小動物を見るようだ。その目は滑らかな弧を描いて、スティーブンへと向けられていた。
リリア「あなたが良かったら是非。貴方とわたくしが出会った記念の写真ですね。わたくしとの写真を大切にしてくださったら、わたくし、とてもうれしいわ。」
2-7-毒
数か月前
公爵邸
ウイスキー「執事さん、お時間よろしいですか? 」
執事「ウェッテ先生、いかがさないましたか? 」
ウイスキー「ええ……少々お話しておきたいことがありましてね。」
執事は何事かと疑問を持ちつつも、ウイスキーと共に廊下の角の方へやっと来た。
執事「ウェッテ先生……いったい何があったんです? 」
ウイスキー「執事さん。おそらくですが……何者かが公爵に毒を持っている可能性があります。」
執事「……なんですって!? ……ですがこのような大事は先に……」
ウイスキー「わかっていますとも。ただ、現段階では私の推測でしかありませんから。」
ウイスキー「手元に証拠もなく、誰が犯人かもわからない状況では公爵様には教えられませんよ。」
ウイスキー「貴方ならわかるでしょう、公爵様の性格上、このことが知れれば街中の人々を……」
執事は納得したかのようにため息をつく。
執事「……そうですね。やはりウェッテ先生は考えが行き届いていらっしゃる……」
執事「この件は大事には出来ません、ウェッテ先生もくれぐれも……」
ウイスキー「当然ですよ、公爵様の安全のためにも、執事さんにも苦労をおかけします。」
執事「これは私がすべきことですよ。このような状況になったのも私の不手際……教えて頂き感謝します。」
2-8-絵の中の眼
事件当日
書斎
現場がいくら荒れていようとも、どんな手がかりも見逃す訳にはいかない。この時、カーテンの一角にある不自然な凹凸がフランスパンの注意を引いた。
フランスパン(これは? )
フランスパンはカーテンに近づき、勢いよく開いた。するとそこにあったのは木製のキャンバスだった。上には絵が描かれており、その下には現れた筆と絵の具があった。
フランスパン(公爵は絵が好きなのでしょうか……以前の調査ではそんな情報は。ですが、どうもこの絵の内容は違和感を覚えますね……)
背景は真っ暗で、その虚構のなかに二つの眼が描かれており、その眼の冷ややかさはさながら死水のようだ。この絵を形容するならば絶望の二文字が合うだろう。
この絵を見て、青藍色の眼と向き合う時、フランスパンは心に穴が空いたような気分になる。
フランスパン(作品の観点から言えば、この絵は確かにインパクトがありますね)
フランスパンは一度深呼吸をしてから、再びその絵を観察する。
絵の一部はまだ絵の具が乾いておらず、逆に乾ききっている部分もあった。
フランスパン(どうやらこの絵は現在も修正が行われているようですね。絵の具の渇き具合を見るに今日も一度修正を……まさか公爵が被害に会う前、この絵を描いていたのでしょうか?犯人はどうしてこの絵を隠そうと? )
フランスパンは法典を触りながら様々な可能性を模索する。
フランスパンは眉間にしわを寄せ、唇を噛み締めながらも、なかなか考えがはっきりまとまらない。ただ、どうしてもその絵の眼には見覚えがあるように思えた。
フランスパン(私はどこかでこの目を見たことがあるような? )
自身の記憶を呼び起こす、フランスパンが自身の額を軽く叩いていると、何かが閃いた。
フランスパン(あ!これは公爵夫人の眼じゃないですか! )
脳裏に散らばる記憶の破片を組み立てると、確かにリアルさは薄れているものの、確かにその絵は公爵夫人の目を描いたものであると確信できた。
だがその絵と今一度向き合って見ると、その両目にこもった感情がフランスパンの心に迷いを生じさせる。
フランスパン(あの公爵夫人の眼。公爵の死を知ってもなお生き生きとしていたのに。いったいどんな過去が彼女の目をこの絵のようにしたのだろう? )
2-9-公爵を恨む者
事件当日
応接室
フランスパン「公爵様は誰かに恨みをかわれていたりしましたか? 」
公爵夫人「彼を憎む者は数え切れませんわね。」
執事「奥様……」
公爵夫人が執事の方を見る。
執事「……失言いたしました。」
執事の言葉を聞き、公爵夫人は何かを思いついたかのような笑みをうかべる。
公爵夫人「公爵は生前傲慢な態度ばかりで、悪事も数多く働いていたわ。特にここ数年体を悪くしたことで、いつも誰かに危害を加えられているんじゃないかって疑っていたわよ。」
執事「奥様……」
公爵夫人は不満げな眼差しでそばにいた執事を一瞥する。
それは冷ややかな笑い声さえ聞こえてくるようだった。
公爵夫人「見なさい。主人が亡くなってもなお忠誠を示す犬でなきゃ、彼も信用できなかったでしょう。」
執事「……」
公爵夫人「どうしたのかしら?わたくしの言葉に間違いでも? 」
執事「滅相もございません。」
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