時のレクイエム・ストーリー・サブ幕間Ⅴ
幕間Ⅴ
5-1-執事のミス
事件当日
時の館
フランスパン「すいません、執事さんは普段どのようなお方ですか?」
メイド「執事様ですか?私たちのことをよく思ってくれますよ。ガゼット様の機嫌を損ねてしまった時でも、肩を持ってくださるのです。」
メイド「もちろん、仕事も抜かりがありませんでしたので、ガゼット様も大変信頼されていました。」
フランスパン「では、今日の午後は何か変わった様子はありましたか?」
メイド「そうですねえ、執事様はずっと誕生パーティーのことで大忙しでしたね……」
メイド「あ!そういえば、気になる事がございます。」
メイド「今日の午後から執事様はすでにパーティー用の衣装を着られていたんです。」
メイド「普段であれば、汚れやシワがないように行事の直前まで着替えないのですが。」
メイド「この日は準備中に来ていた服を汚してしまったらしく、早めに着替えたんです。執事様のそんなミス滅多に見ないんですが。」
5-2-ファンからの手紙
事件当日
スフレの部屋
フランスパンはあの大きな置き鏡が苦手に感じ、鏡を避けるように机の方へと向かって行った。
机の引き出しに鍵はなく、すんなり開く事ができた。
フランスパン「これは?」
ノートの下にある便りがフランスパンの注意をひく。
フランスパン(オペラ宛ての便り?どうして……まるでふたりが書いたような手紙ですね)
一つの手紙に二つの筆跡……前半は整った綺麗な字、後半は荒々しい字になっていた。
インクがあまりの筆圧によって手紙の上にいくつもの斑点をつくっていた。書き出しは一般的なファンの思いが綴られ、文末は狂気を感じさせるほどの内容になっている。
「リリスやティモのようにずっと一緒にいられたらどれだけいいんだろう……俺を失望させるようなことはないよな?」
フランスパンはなんとか荒々しく書かれたその一文を読み解いた。
それは執念のようなものをひしひしと感じさせるものだった。
フランスパンはこれを読んでふと思った。オペラがもしスフレを失望させるような事があるならば、どんな結末が待っているのか?
フランスパン「私の考えすぎであればいいんですが。」
5-3-日記帳
事件当日
執事の寝室
フランスパンの手元には古びた一冊の日記帳があった。日記は水に浸かったのかインクが滲んで読めない部分があった。これは床板の裏に隠されていたものだ。
日記の中に頻繁に登場する旦那とは公爵邸の執事のことである。
フランスパンはその日記の薄いページをゆっくりとめくっていく。すると、あるページから後ろのページには同じ人物の名前が登場していた。
「X月X日 晴れ
アンウェンが選ばれた。彼は『母のもとに残りたい』と話していたけれど、またとない機会に、私も心苦しいところはあるけれど、彼が優秀な執事になれると信じて送り出そう。」
「X月X日 曇り
長い間アンウェンからの便りがない、今頃どうしているのでしょう?きっと忙しいのでしょう、少しは休めていればいいのだけれど……」
「X月X日 小雨
まあ同じ。また子爵邸の方に門の前で引き止められてしまった。彼らはどうしてアンウェンに会わせてくれないんでしょう。どうして…?ただ、どうしているか知りたいだけなのに。」
「やったわ、子爵邸で使用人として働くチャンスが来たの!新しい環境で、待遇も今よりも悪いけれど、アンウェンのためなら!」
日記はここで終わっていた。その後のページ―は空白であり、書く暇さえなかったのだろう。
フランスパン(執事さんの息子さん……子爵邸で一体なにがあったのでしょう?)
5-4-公爵夫人
数年前
公爵邸
スティーブン「―リリア!! 」
スティーブンは力強く公爵夫人の部屋の門を押し開けたが、中にいたのは思っていた人物ではなかった。
その時、聞き慣れた声が聞こえてくる。声がした方向を見ると、公爵夫人が椅子に腰掛け、アフタヌーンティーを楽しんでいた。
公爵夫人「ん? 誰だお前は。失礼な人間だ、礼節を知れ。淑女の部屋に入るのにノックもなしとはあまりに無礼ではないか? 」
スティーブン「リリア……? 重い病にかかったと聞きました。ですがなかなか会わせてもらえず……」
公爵夫人「病……? 確かに数日前までは体調は良くなかったが、それがおぬしと何の関係が? 」
スティーブン「リリア? ……どうしたんです? 」
公爵夫人「おお! 今、時計の鐘が四度なった!ここから先の時間は全てこのアフタヌーンティーを楽しむためにある! この時間は誰であっても邪魔することを許さぬ! それは、リリア……わらわと仲が良かったおぬしであっても同じだ! 」
スティーブン「リリア……いったいどうしたんですか!? 」
公爵夫人「何故おぬしはわらわを名前で呼ぶ? 「公爵夫人」と呼ぶのが正しいのではないか? 」
スティーブン「どうして急にそんなことを言うのです? ずっと私は貴方をリリアと呼んでいたではありませんか。リリア、本当にどうしたんですか? 私の知っているリリアはそんな話し方は……」
公爵夫人「なるほど……わかったぞ、おぬしの違和―ならばここからが本番だ! コホン……では改めて! 今後、そのようにわたくしを呼ぶことは許しませんわ。わたくしの部屋にノックもなしに立ち入ることも、名前で呼ぶのも許しません。わたくしは貴方に『礼節』を求めます。」
スティーブンは鳥肌が立ち、思わず後ずさる。彼女の目はリリアのものだ。だが、その目にはリリアのような暖かさはなく、冷めきっていた。
スティーブン「あなたはリリアではない……どれほど見た目が同じでも、その中身がまるで違う!リリアは……もっと優しい人だった! 」
公爵夫人「ほう……? おぬし、どこまでリリアのことを理解できていたと思っている? 『優しさ』がリリアの本質だと? 」
公爵夫人の髪飾りにある赤い蝶をかたどった宝石が日の光を浴びて光り輝いている。それはまるで蝶が羽ばたいているような錯覚を起こさせるものだった。
公爵夫人「もういいわ、こんな茶番は。わたくしは公爵夫人です。どこからどうみてもそうでしょう? そうでなければ、何故ここでこんな風にお茶を飲むことができて? 」
公爵夫人「理解できたようね……ならば結構。執事はどこですか! すぐにここに来てちょうだい! お客様がお帰りです! お見送りしてあげてちょうだい!! 」
5-5-名簿
事件当日
ホルスの眼
ザッハトルテが事件の調査ファイルに目を通していた。
綿あめは心ここに在らずといった様子で何かを書いている。
ザッハトルテ「どうしたのです、集中できていないようですね。」
綿あめ「……ザッハトルテ、どうして今回はフランスパンが一人で調査に行くのを許可したの? あそこの公爵邸は危険だって言ってたよね? 」
ザッハトルテ「危険は成長を諭します。彼もホルスの眼として長いですし、いつまでも僕がついているわけにはいきませんよ。」
綿あめ「え? これからはフランスパンと別々で任務をするの? 」
ザッハトルテ「もしかしたら彼からその申し出が来るかもしれませんね。」
綿あめ「それはないと思うなぁ。」
その言葉に、ザッハトルテは優しく本の上に手を置く。
綿あめ「だってザッハトルテと一緒だったら、いつだって美味しいものが集まったところに行けるし。」
ザッハトルテ「……綿あめ、そんなことを考えていてはいつまでたっても司法試験に受かりませんよ? 」
綿あめ「うう~……! 次は絶対受かるもん! 」
綿あめは可愛らしく舌を少し出してから、勉強に戻る。
ザッハトルテもそんな綿あめを微笑みながら見届け、再び調査ファイルに目を通しはじめる。
だがザッハトルテの表情が急に曇る。グルイラオの失踪者リストに目を通していた時に、いくつかの名前に見覚えがあったのだ。
ザッハトルテ「どこかで……」
ザッハトルテは指と指をこすらせて記憶を思い返す。すると彼は突然立ち上がり、外へと出て行った。
しばらくして彼が戻ると、その表情は一変しており、せかせかと荷物をまとめ始めた。
綿あめ「ど、どうしたの? なにか緊急事態? 」
ザッハトルテ「綿あめ、何にか前に送られてきた匿名の通報を覚えてますか? 」
綿あめ「うん! 覚えてるよ。確か幻楽歌劇団の団員の身分が怪しいから調査してほしいって内容だったよね? 」
ザッハトルテ「先程、失踪者リストでその団員と同じ名前と顔写真を見つけました。失踪時間は九十年前です。」
綿あめ「九十年!? ということは……その人が生きているってことは……人間じゃないかも! わかった、食霊だね! 」
ザッハトルテ「もう一つの可能性もあります。」
ザッハトルテ「堕神です。」
綿あめ「ええ!? 」
綿あめ「どこにいくの? 」
ザッハトルテ「公爵邸。私が本来受け取っていた招待状には幻楽歌劇団の主演が来ると書かれていました。」
綿あめ「もしかしたら、フランスパンが探してる犯人は堕神が化けたものかもって事?? 」
ザッハトルテ「ターダッキンを探して来てください。彼女の力が必要です。この事件簡単ではありません。」
ザッハトルテはそう言うと、すぐさま門を飛び出した。
5-6-食霊
数年前
公爵邸
公爵邸が宴会を開くらしい。今回は公爵様が食霊召喚に成功した祝いだという。国王は彼に大きな土地を贈呈するようだ。
スティーブン「叔父様、食霊召喚おめでとうございます! 」
公爵「ありがとう、スティーブンよ。」
スティーブン「叔父様、今夜の宴会で食霊はお披露目になるのですか? 名前は? 」
公爵「ああいったものは影として存在しておれば良い。多すぎる人脈と名は問題を招くだけだ。」
スティーブン「さすがは叔父様……では、私には会わせていただけるのでしょうか? 」
公爵「このようなことに時間を割くくらいならば、出席する貴族に顔でも売ってこい。彼らとの人脈こそが今後のメリットに繋がるのだ。わかったな? 」
スティーブン「はい……叔父様のおっしゃる通りです。」
5-7-アフタヌーンティー
某年某日、公爵夫人はどこからかスフレという食霊を連れ帰り、自身のそば付きとした。
この件に関しては公爵も反対していたが、止めることはせず、黙認していた。
スフレは執事と共に仕事を学んでいたが、気が小さく、覚えも悪い。夫人の規則の多さも相まって、気のいい執事ですら教えるのに嫌気がさすほどだった。
執事「奥様はいつも何時にアフタヌーンティーを?」
スフレ「よ、四時です。」
執事「デザートは?」
スフレ「お皿を揃え、クッキーやケーキに些細な形くずれは許されません……」
執事「環境は?」
スフレ「え……日傘を立て……事前に除虫をすませ……草はらは湿っていてはいけません……あと、あと、あと……」
執事「風通しはいいが音のない場所でしょう! いったいいつになったら覚えられるのですか。」
スフレ「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
執事「はあ、もういいです、自分の子どもを見ているようですよ……大きくなったら、できればこういった……な主人に出会わなければいいですが。」
5-8-便り
時の館の使用人の話によると、執事はもう三十年近く公爵に仕えているそうで、公爵が最も信頼する人物だという。
執事はずっと健康的な方でしたが、どうしてかここ数年急に白髪が増え、老いたように見える。
フランスパン(あの火災が原因でしょうか……まさか家族が被災しているとは……)
フランスパン(当時、私が被害者名簿を整理していた頃、関係のある名を見ませんでしたが。まさか情報に漏れが? それとも他の原因が……)
フランスパン(ですがこの件、今回の公爵の死と関係あるのでしょうか?)
フランスパン(もし執事さんが真犯人であるなら……あの火災と公爵の間に関係がある可能性は高い……ですが、本当にそうなのでしょうか?)
彼は部屋に向かい、再度調査をしようと考えた。
フランスパン「もしこの証拠が本当に存在するのであれば……必ずそれを最も重要な場所に置いているはず。」
彼はもう一度部屋を見渡し、最後は写真たてで目線を止める。
その写真は家族全員が笑顔で幸せそのものだ。
フランスパン「私は必ず真相をもって、あなた方の道理を正し、死者に安息を与えます。」
彼は心の中でそう願い、写真を裏返す。写真たてを裏から開けるとそこには黒い封筒が隠されていた。
フランスパンは手紙を取り出し、無意識に内容を読み上げた。
フランスパン「「親愛なる伯父様、アンウェンの友として、子爵邸より逃れる中、夜も眠れぬ日が続いております。なので私はこの便りに全ての真実を記します。子爵邸の事件は公爵からの指示によるものです。その原因は公爵が子爵を用無しと判断したことからです。」」
フランスパン「「私がこの真実を知るのは、あわや罪をなすりつけられるところだったためです。ですが私は運良く事前に話を知ることができたので、逃げ出すことができました。ただ私は公爵がこのことをアンウェンに伝えていないのではと考えました。」」
フランスパン「「彼らは私が逃げたしたことを知れば、他に罪をなすりつける者を選ぶでしょう。その者がどんな罪を被らされようと……すぐに、私の言葉が真実であると知ることになるでしょう。」」
フランスパン「「私はずっと後悔していました。ですがこんなことで友を裏切った償いができたとは思いません……ただ知って欲しいのです。アンウェンを殺したのは公爵です。くれぐれもお気をつけて!」」
フランスパンは驚きながらも内容を読み終えた。
特に手紙の文末だった。手紙で記された罪を認める言葉は、本当に放火犯として投獄中に自殺した人物の言葉と同じだったのだ。そしてこの手紙の送られた時間は、その犯人が捕まったちょうと一ヶ月前だった。
5-9-手助け
事件当日
書斎
書斎では顔を白くした執事が地面に広がる血の斑点を見つめていた。
ウイスキー「執事さん、公爵様はすでに亡くなられておられます。当面の急務はこのことを夫人に報告する事でしょう。」
夢から覚めたばかりのように、執事は深く息を吸い、正気を取り戻す。
執事「はい、今すぐ奥様に! ……ウェッテさん、貴方は事件発生後に来ました。このまま巻き込まれるのもご迷惑かと思いますし、さきにお帰りになられては?」
ウイスキー「急くことはありません、まだここでやるべき事がありますので。」
執事「こんな状況でいったいどんな重要なことが?」
ウイスキーは微笑みを浮かべ、表情を変えずにゆっくりと執事の元へと歩み寄り、執事の右手を見てその手袋を優雅な仕草で抜き取った――執事の手袋の下には赤黒く滲んだ血痕があった。
ウイスキー「執事として、このような状態で夫人に会うのは無礼だとは思いませんか?」
執事の顔からその瞬間血の気が引いた。
ウイスキー「心配なさらずに……手をお貸ししましょう。」
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