白き約束~ホワイト・トワイライト~・ストーリー・クエスト
クエスト1-2
数年前
町の表通り
康:杏(あん)ちゃん、ごめんね。僕は、ホワイトデーの日にはもうここにはいない。一緒に過ごそうって約束したのに……本当に、ごめん。
杏子:ううん、わたしはわかってるから。康(こう)くんにはやらなきゃいけないことがあるんだもの。仕方ないよ!再会できる日を……ずっと待ってるから。
杏子:康くん、わたし、信じてるよ。康くんが、たくさんの人を救うんだって!
康:……杏ちゃん!ありがとう。僕は頑張るよ……!そして、必ずここに戻ってくる!そこから先のホワイトデーは必ず君と一緒に過ごすよ!
杏子:康くん……!待ってる……!わたしずっと。待ってるからね……!
一年後
町の病院
志夜:杏子(あんず)、今日の薬だよ。
杏子:お母さん、ありがとう……コホン、コホン……!
志夜:咳が辛いみたいだね、杏……。
杏子:コホン、コホン……だ、大丈夫。こんなの、全然平気なの……!康くんはもっと大変な筈だもん。それに比べたら、全然大したことないの……!
【それから数年経っても、杏子の彼は戻ってこなかった。それでも、杏子はずっと彼を信じて待ち続けている……。
杏子は彼と別れた町の門で、元気なときは毎日のようにそこにいた。それでも彼は戻ってこない。杏子の病気は日々悪くなっていった。
その後も彼女の病はひどくなる一方で、快復の兆しは見えない。杏子は、ただひたすら彼が戻ってくることだけを頼りに病気と闘っていた。】
志夜は目に涙を浮かべ、訥々と語る。その様子を黙って三人は見守った。
志夜:杏子は、もういつ死んでもおかしくない状態のようです。医師からそう宣告されています。今年のホワイトデーは越せないだろうと言われました。
ビーフステーキ:……。
赤ワイン:……。
ジンジャーブレッド:……。
ビーフステーキ:志夜さん、杏子さんの彼を探しましょう。彼の名前を教えてください。どこにいるかわかれば、いますぐ彼の元へ向かうべきです!
志夜:いえ、杏子の彼はもう戻ってこないと思います。ここまで杏子を待たせた彼には何の期待もしていません。これ以上、あの子に彼のことで悩んでほしくない……。
志夜:今、私が望んでいるのは、あなたが杏子の恋人として一緒に来てくれることです。
ビーフステーキ:あなた……?って、え?わ、私か?
志夜:はい。あなたは杏子の彼氏に見た目も身長の高さも似ています。病床に伏すあの子にはきっと、かつての恋人とあなたの区別がつかないはずです。
赤ワイン:確かにそれは手っ取り早い方法かもしれないが……いくら病気だからといって、愛する人を見間違うなんてことはあるでしょうか?
志夜は一枚の写真を取り出し、三人に見せた。そこには杏子と恋人であろう青年が写っている。
志夜:杏子の目は、薬の後遺症でもうよく見えていないようです。だから、彼女に恋人を認識することは難しいと思います。
その言葉に、三人は写真を覗き込む。そこには赤い髪の青年がにっこりと笑みを浮かべていた。
ビーフステーキは、「この依頼を受けよう」と笑顔を浮かべた。それは、写真の青年の表情を意識した笑顔だった。
契約が成立し、志夜は何度も頭を下げて帰っていった。そんな彼女を満足気に見送ったビーフステーキは、赤ワインとジンジャーブレッドが眉を吊り上げて睨んでいることに気が付いた。
ビーフステーキ:ん?どうかしたのか?そんな怖い顔をして……。
ジンジャーブレッド:なんで依頼を受けたの!?あんた、状況わかってる!?
ビーフステーキ:何か問題があったか……?
赤ワイン:ジンジャーブレッドは、我々がこの依頼を受けるべきではないと思っているんだ。
ビーフステーキ:依頼を受けるべきではない?何故だ?
ジンジャーブレッド:この話って、杏子を騙すことになるじゃないか!杏子は何年も好きな男を待ってたんだぞ!偽者でごまかそうなんて、あんまりだっ!
赤ワイン:とはいえ、彼女はいつ死んでもおかしくない状態だと話していた。彼氏本人を探し出すのは難しいと思うが……?
二人の話を聞きながら、ビーフステーキはどうするべきか改めて考える。だが、赤ワインの言う通り、今から本人を探している余裕はないだろう。
ビーフステーキ:なんだ?
ジンジャーブレッド:この依頼、本当に……引き受けていいって思ってるのか!?
───
(……私は……どう思っている?)
・もちろんだ。やり遂げてみせる。
・それなら、代わりに断ってくれればよかったのに。
・やはり、引き受けるべきではなかったな……。
───
クエスト1-4
翌日
――朝食の席にジンジャーブレッドの姿はなかった。二人は彼女のことが気になったが、直に現れるだろうと待つことにした。
しかし、ジンジャーブレッドは、やってこなかった。もうすぐ病院に行く時間である。
赤ワイン:我々は病院に行くのだ。彼女は子どもではない。放っておけばいいさ。
そんな赤ワインの言葉に、ビーフステーキはカッとなって剣の柄に手を当てるも、ぐっと堪える。
ビーフステーキ:ちっ……その態度は気にいらないが、時間がないのは事実だ。依頼主を待たせる訳にはいかないからな。
苛立ちを隠しきれないまま、ビーフステーキは赤ワインと共に病院へと向かった。
病院も門をくぐると、入り口に志夜が立っているのが見えた。待たせたか、と慌てて二人は足早で志夜の元へと向かう。
志夜:焦らないで大丈夫ですよ。ありがとうございます。ではビーフステーキさん、これをどうぞ。
ビーフステーキ:これは……?
唐突に渡されたのは、襟首にファーのついた白い外套だった。
志夜:このコートを着てください。あと、これを……。
それはかつて杏子の恋人が、この町に戻ってくるときに携えてくると約束したものだった。今でも、恋人がこれを手に戻ってくると信じて、杏子は窓の外を眺めているらしい。
ビーフステーキ:なるほどね……。
蘇盛十三日早朝
町の市役所
ジンジャーブレッドは早朝の市役所に来ていた。キーピックでドアをこじ開け、ひとり室内へと侵入する。杏子の恋人である康の居場所を突き止めるためである。
ジンジャーブレッドの手には、志夜から渡された杏子と康の写真があった。誰かが来る前に情報を得なければ、と必死に書類を漁る。
ジンジャーブレッドの読みは当たり、該当する青年の情報に行き着いた。しかし、そこで手に入れた情報だけでは、康の居場所はわからない。
そんなとき、市役所のドアが開いた。慌ててジンジャーブレッドは書類を元の場所にしまう。
町長:おや、貴方は……?すみません、どうやってここに?
ジンジャーブレッド:ドアが開いていたので、どなたかいるものかと。失礼しました。
町長:そうでしたか。役所の者が鍵を閉め忘れたのですね。何か御用でしょうか?
【ジンジャーブレッドは今さっき手に入れた康の情報を、まるで既に知っていることのように朗々と語る。すると、町長は康のことを話してくれた。その話に、ジンジャーブレッドは大急ぎで病院へと向かった。】
カツカツカツ-―
――バンッ!!
ジンジャーブレッド:ちょっと失礼!
ビーフステーキ:おっと!どうした、ジンジャーブレッド。そんなに急いで。
ジンジャーブレッド:ん?ビーフステーキ!なんだその格好……いや、そんなことより聞け!康を見つけたよ!
ジンジャーブレッドは、ビーフステーキと赤ワインに、役所で聞いた康のことを話した。更に、役所から掠め取ってきた書類を二人に見せる。
ビーフステーキ:……。
赤ワイン:……。
ジンジャーブレッド:康は戦死したらしい……でも死体は見つかっていないって。
そんなジンジャーブレッドを横目に、ビーフステーキは溜息をついて、髪を掻き上げた。康の死亡について、もうひとつ重要な事実がその書類には記されていた。
───
……どうする?
・志夜さんに伝えよう。
・その書類を志夜さんに渡そう。見るかどうかは、彼女次第だ。
・志夜さんには……このことは黙っておこう。
───
クエスト1-6
そこに志夜が現れた。ジンジャーブレッドの姿を見て、一瞬驚きを見せるもすぐ笑顔を浮かべた。
ジンジャーブレッドは緊張した面持ちで志夜に向き直る。
どうしていいかわからず、ジンジャーブレッドは手にした書類を慌てて後ろ手に隠した。
志夜:ああ、やっぱりとても似合うわね。このドレス、あなたにピッタリよ!
ビーフステーキ:ええ。丁度良いサイズでした。まるで、私のためにあつらえた服のようです。
志夜:……何故そんなことを言うのです?
ビーフステーキ:……それは。
ジンジャーブレッド:……。
ジンジャーブレッドは、動揺から手にした書類を落としてしまう。
志夜はその書類を素早く拾い上げる。そして、苦い表情で三人に向き直った。
志夜:お嬢さん、あなたが遅れてきた理由は、これだったのね。
志夜は悲しそうに肩を落とした。
ジンジャーブレッド:志夜さん、あたしたちは……。
志夜はジンジャーブレッドの言葉を手で制した。彼女は、康の死亡証明書を見ても驚いた様子は見せない。それは、このことを知っていたことを証明していた。
志夜:もちろん康の死についてはわかっていました。私は、彼の母親ですからね。その書類に記されていることは事実です。
ジンジャーブレッド:康は兵士としてではなく医者として戦地に向かったんじゃないの?本当に彼は死んだのですか?死体は見つかってないって市役所で聞いたよ。
志夜:けれど、いまだ彼は戻ってきていません。もとより、それが彼の意思ですから……もう戻ってくることはないでしょう。
そして彼女は懐から何通かの封書を差し出した。差出人は康――彼女の息子からだった。
志夜:徴兵された者は皆、家族や大切な人への手紙を残します。康からの手紙は、杏子を愛してしまった罪への謝罪で埋まっていました……。
志夜:彼は医師として杏子と知り合いました。ですので、すぐに杏子と自分の関係について知りました。それでも、杏子への想いを止めることができず――康は最後まで、杏子に真実を告げませんでした。
志夜:康は、彼女の恋人としてこの町を去ることを決めたのです。戦争が終わって、たとえ生きていたとしても、ここには戻ってこないと……私に手紙を残して。
志夜:杏子は真実を知らない。最後の最後に真実を伝えるべきか悩みましたが、康のためにもこの嘘を貫こうと決めました。
ジンジャーブレッドは低く唸った。感情の整理ができていないようだ。対して、ビーフステーキと赤ワインは表情を変えることはなく、淡々と志夜の話を聞いている。
康の願い、杏子の願い――そして、志夜の願い。すべてを叶えるなら、ビーフステーキが彼の代わりをすればよい。そこに嘘は残るが、真実が必ずしも人を幸せにするとは限らない。
ビーフステーキは、用意されていた薔薇とチョコレートの入ったお菓子の箱を手に取った。そして、杏子の病室へ行こうと志夜を促す。
志夜:よろしくお願いします、ビーフステーキさん。
志夜:康は、杏子を『杏(あん)ちゃん』と呼んでいました。あなたも、そう呼んであげてください。
そして、二人は病室の前に立った。そして、ドアをゆっくりと開く志夜の後ろで、ビーフステーキはこめかみを数回叩く。
───
(さて、どうしたものかな……)
・あ、あ……あんず…!
・杏ちゃん。
・杏子さん。
───
クエスト2-2
ビーフステーキは病室に入り、ベッドに腰掛ける少女を見た。そこには、写真とさほど変わらない容貌の少女がいる。
病気だと言うが、それほどやつれてはいない杏子に、ビーフステーキは少しだけ安堵した。だが、逆に不思議にも思う。杏子は今年のホワイトデーは越せないと医者に言われていたらしいが……とてもそんな風には見えない。
杏子:お母さんと……あなたは?ごめんなさい、あまり目がよく見えなくて――まさか、康くん?
ビーフステーキ:約束通り、戻ってきたよ。杏ちゃん、待たせてごめんね。
杏子はその言葉を聞いて、わっと泣き出してしまう。
顔は見えないが、その赤い髪を見たらわかる、と。何度も康の名を呼んだ。
泣き出した杏子にビーフステーキが戸惑い、居心地悪そうに俯いてしまう。その様子を感じっと杏子は涙を拭って大丈夫だと笑った。
杏子:良かった……戻ってきてくれたんだね。わたしね、ずっと待ってたの。もう会えないと思ってた……。
杏子:なのに、まさかホワイトデーの今日、薔薇とチョコレートを携えて戻って来てくれるなんて!わたしとの約束、覚えていてくれたんだね!」
そう叫び、杏子はビーフステーキに抱き着いた。その胸に頬を摺り寄せ、ホッとした様子で息をついた。
そんな彼女の背を、ビーフステーキはそっと撫でる。このやり取りに何かしらの違和感を感じながら。
ビーフステーキ:(この物語の行く末は……どこだ?)
杏子を落ち着かせるのに、若干の時間を要した。日が暮れる頃、ようやく杏子は穏やかな寝息を立て始めた。ビーフステーキは静かにそんな杏子を見つめていた。そこに、ジンジャーブレッドと赤ワインが入ってくる。
ジンジャーブレッド:おい、杏子ちゃん……大丈夫か?
ビーフステーキ:ああ。私を見て、大層感動していたよ。ただ……
ビーフステーキは、杏子がとても死と背中合わせの人間だとは見えないと伝えた。ジンジャーブレッドと赤ワインは訝し気な顔をする。
すると、ジンジャーブレッドが神妙な顔をして言った。
ジンジャーブレッド:このあと、どうしたらいいと思う?
ビーフステーキ:さあな。私も悩んでいる。
ジンジャーブレッド:康はさ……生きてるかもしれないんだろ?だったら、どんな事情があったって、やっぱり本人が出てきて説明すべきなんだ。お前が変わりになるなんて間違ってる。
赤ワイン:だが、病気で幸薄い少女に真実を知らせたところで何になる?彼女の幸せのために、我々にできることがきっとあるはずだ。
ビーフステーキ:(この余裕は、いったいなんだ……赤ワインは何を考えている? )
───
(私は……)
・黙ってうつむく。
・本当のことを伝えてあげるべきだ。
・やはり……彼女の願いを叶えてあげたい。
───
クエスト2-4
蘇盛十四日、朝
――ビーフステーキは、今後についてどうするべきかの答えを出せないでいた。
赤ワイン:貴様は難しいことを考える必要はない。所詮バカの浅知恵だ。無駄なことはやめろ。
ビーフステーキ:……もしかして、喧嘩売ってるのか?
ジンジャーブレッド:……ねぇ、詰まらないじゃれ合いはいいからさ。それより、ビーフステーキ。あんた、何折ってんの?
ビーフステーキ:千羽鶴だ。病人に送るものと相場が決まっている。
赤ワイン:貴様には随分と不似合いな行為だな!恥じて死すがいい!
ビーフステーキ:……もしかして、喧嘩売ってるのか?
一瞬立ち上がり掛けるも、ビーフステーキは後頭部をバリバリと荒々しく掻き、すぐにまた腰を下ろした。
杏子:康くんと赤ワインさんは仲良しだよね。
ジンジャーブレッド:ああ、そうだな。二人はとてもそっくりな馬鹿者たちだ。
ビーフステーキ:……。
赤ワイン:……この馬鹿と一緒にしないでもらいたいな。
杏子:あなたに、赤ワインさんのような親友がいたなんて……わたし、嬉しいな。コホン、コホコホ……。
笑顔で告げる杏子だが、そのまま激しく咳込んでしまう。そんな彼女に心配した様子でジンジャーブレッドが歩み寄る。
ジンジャーブレッド:大丈夫だ!きっと杏子ちゃんは元気になるよ!
杏子:コホン、コホン……そ、そうですね。康くんに再会できたんだもの、元気にならなくちゃ……!
ビーフステーキ:……しばらく横になって休んだ方がいい。
杏子:いいえ、大丈夫です。もう落ち着いてきました!わたし、もう少しあなたと一緒にお話したい……。
ビーフステーキ:……。
しかし、ビーフステーキはそれ以上何も言えない。そんな彼の前に出て、赤ワインは柔らかく微笑んだ。
赤ワイン:そうですね。彼にいろいろ話をしてもらうといいでしょう。これまでに彼が起こした、愉快で愚かな出来事を。
ビーフステーキ:(そんなこと言われて、一体何を話せと……!)
戸惑うビーフステーキを置いて、ジンジャーブレッドと赤ワインは病室を後にした。残されたビーフステーキは若干居心地の悪さを感じつつ、再び千羽鶴を折り始める。
杏子:わたし、あなたが会いに来てくれて、とっても嬉しいの。担当医からいつ危篤状態になってもおかしくないって言われてたから。
ビーフステーキ:貴方の病気はきっと治る……大丈夫だ。
杏子:ありがとう。でもね、わたし今年のホワイトデーも越せないって言われてたんだ。ねぇ、知ってる?今日がその『ホワイトデー』なんだよ。わたしの命は今夜、尽きちゃうの……。
ビーフステーキ:……医者の見立てが外れるときもある。
杏子:ふふ……だったら、いいけど。
ビーフステーキ:……どうしてだろうか。私には、貴方が今日を越せないでいいと思っているように見える。
杏子:うん、そうかもね。貴方に素敵な友達がいることも知れたし、安心してここを去れるなって思ってるのかもな。
杏子:そうなの?でも、信頼し合っているように見えたわ。そういう人がいるって、とても素敵なことよ⋯⋯コホコホ。
ビーフステーキ:……大丈夫か?もう寝た方がいい。
そう言って、ビーフステーキは杏子の背中を撫でる。そんなビーフステーキに、杏子は長い溜息をついた。
杏子:お願いがあるの――今日の夜、またここに来てくれないかな?貴方に、話したいことがあるから。
ビーフステーキ:夜に?杏ちゃんは病気なんだ。寝ていないと……
杏子:……いいから黙って言うことを聞いて。わたし、貴方の秘密を知ってるんだから――あなた、康くんじゃないでしょ?
杏子は笑顔を浮かべている。ビーフステーキは、彼女の真意が掴めない。
ビーフステーキ:……わかった。今日の夜、またここに来る。そこで、話の続きをしよう。
───
(杏子は……)
・当てずっぽうで言っただけで、偽者だと気づいていない。
・愛する者(康)への愛で、ビーフステーキが偽者だと気づいた。
・彼女の目は見えていて、だからビーフステーキが偽者だと気づいた。
───
クエスト2-6
ティアラでは、様々な場所でホワイトデーのパーティーが開かれる。町は薔薇の香りと熱っぽい恋人たちで溢れていた。そんな中、ビーフステーキは憂鬱な気持ちでホテルへと向かっていた。
カツカツカツ――
そこに、いつものように荒々しい足音を響かせ、ジンジャーブレッドと赤ワインがやってきた。
ジンジャーブレッド:ビーフステーキ!杏子ちゃんが倒れたらしいぞ!今、ホテルに連絡があった!
大急ぎで三人は、杏子の入院している病院へと駆け付ける。病室では、ベッドで杏子が眠っていた。看護師の話によると、ビーフステーキが帰って程なくして、杏子は血を吐いて倒れたようだ。
志夜:急な体調異変だったと担当医は言っていました。今は落ち着きを取り戻しています。ただ――もういつどうなってもおかしくないと。
杏子は今日の夜、康と過ごしたいと希望していた。杏子の担当医も母親の志夜もその希望を呑んで、杏子の望み通りにしてあげたいと言った。
志夜:楽しい時間を過ごさせてあげてください。杏子にとって、これが最後のホワイトデーになるでしょうから……。
ジンジャーブレッド:……。
ビーフステーキ:わかっている……。
志夜:神様は意地悪ですね……康の父親――かつて私の夫だった人は杏子のように、重い病気を患っていました。そして、康がまだ小さいときに亡くなってしまいました。
志夜:父親のことがあったせいでしょう。康は、医者になるために学び始めました。彼が立派な医師になるためには、お金が必要で……私は再婚をしました。その男は康のためにお金を出してくれましたが、康を息子とは認めてはくれませんでした。
康は既に成人していたため、そのことで志夜を責めなかった。むしろ自分のために申し訳ないと、何度も謝罪していたと言う。
ビーフステーキ:(うまく……いかないものだな)
志夜:その人も、杏子が入院する前に徴兵され……帰らぬ人となりました。私の望みは、康と杏子の幸せだけなのです。そのためには、どんなことでもします。
ビーフステーキ:それが杏子に嘘をつくことだと……康さんが戻ってきたと杏子に信じ込ませ、そうして死んでいくのが彼女の幸せであると……?
志夜は答えない。もう決めたのだと、その瞳には強い意志を感じた。
志夜:私をひどい母親だと、罵ってくれて構いません。
志夜:それでも私は、康を待ち続ける杏子を悲しませたくないのです。
ビーフステーキ:(真実が必ずしも人を幸せにするとは限らない……。そう思っている――が、本当にそうだろうか?)
志夜:杏子が真実を知って悲しまないように……どうか、よろしくお願いします。
杏子の病室に行くと、彼女は規則正しい寝息を立てていた。今日の夜、彼女は何を語るつもりだろうか?
たとえそれが何であったとしても、志夜の話を聞いてしまった以上、杏子を悲しませないようにしたい。
───
(私に……できることは)
・杏子と話して、別の解決方法を探すべきだ。
・赤ワインに相談する。
・彼女の望むままに。見届けよう……。
───
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