時のレクイエム・ストーリー・メイン序章〜第三章
序章-時の館
グルイラオの南部の都市に、有名な邸宅があった。「時の館」と呼ばれている。ここには世界で一番多く貴重な時計が収蔵されている。値段が高く、一般人は一生を通して本当の姿を見ることができない。今日は「八月ニ十五日」で、時の館の玄関前では物々しい警備が行われている。
午後四時半すぎ、軽快な馬車がゆっくりと走ってきて、公館の入りロに止まった。馬車から降りてきた男は医者の制服を着て、スーツケースを手に持ち、雅やかな笑顔で警備員の心を和ませながら、二言三言話した。
一人の執事の恰好をした老人がほどなくして、駆けつけてくる。
ウイスキー「執事さん。」
執事「ウェッテ先生、本日はどうしてここに?」
ウイスキー「先日、公爵様からお手紙をいただきました。前回調合した薬はよく効いたようで私も安堵しております。今日はここで再検査をさせていただきたく参りました。」
執事「今日? 再検査? これは………」
執事が難色を示す。
ウイスキー「ふむ……執事さんは知らなかったようですね。これがその手紙です、どうぞご確認を。」
執事はウイスキーから渡された手紙を開いて、さっと目を通して、眉をあげた。
執事「ウェッテ先生、こちらへどうぞ。あなたも見ましたように、今日は特別な日でございます。時の館の安全を保証しなければなりません。」
ウイスキー「ご心配なく。今日は公爵様の誕生日と聞いております。夜には素晴らしい演奏会があり、各界の名流が集まってくれているとのこと。公爵様が私をお呼びくださいましたのも、晩餐会を成功させるために万全の体制を整えたいからでしょう。」
執事「……はい、旦那様―ガゼット様をお願いします。ウェッテさん。」
ウイスキー「最善を尽くすべきと心がけております。」
ウイスキー「ところで、公爵様が今日の晩餐会で重要なことを発表すると聞きましたが、ご存知ですか?」
執事「私にはガゼット様の気持ちを推し量ることはできません。ウェッテさん、私を困らせないでください。」
ウイスキー「失礼、唐突でした。」
話している間に、二人はもう時の館内に着いた。
執事「ウェッテ先生、応接室に着きました。ちょっと待っていてください。書斎のガゼット様に連絡します。この時間、ガゼット様はいつも中で本を読んでいます。」
ウイスキーは領き、客席にゆっくりと座って待つ。執事は応接室の奥に行った。奥の書斎に通じるドアは閉じている。執事がそっと書斎のドアを叩いた。
ドンドン一
ノックの音が返ってこない。執事はすまないそうにウイスキーを見た。
ドンドンドン一
ウイスキー「公爵様は他のところに行きましたか?」
ドンドンドンドン―
執事「ガゼット様? ウェッテ先生がいらっしゃいました。書斎にいらっしゃいますか?」
室内からはなかなか返事がないので、執事はしばらくためらって、ドアの取っ手を回した。ゆっくりとドアを開けた。
執事「……ん?!」
濃厚な鉄錆の味がドアから先を争って湧いてきて、書斎の光景は執事の顔を一瞬にして白くした。彼は身のこなしが不安定になり後退りし、転んで地面に座ってしまう。
執事「……ガ、ガゼット様!」
ウイスキーはソファーから立ち、早足で歩いた。彼は執事を助け起こし、中を見に行った。書斎全体が血で染まっている。ガゼット公爵は部屋のドアの向かい側にある椅子に座っている。彼の頭は目の前の机の上に腹ばいになり、両手がぐったりと体のそばに垂れている。彼の背後の窓から太陽の光が惜しみなく降り注いできた。背の高い椅子に遮られ、地面に落ちた影は黒い逆十字のようだった。
執事は机に向かって、机の上に腹ばいになっているガゼット公爵を見て、 両手が震える。どうすればいいか分からなかった。ウイスキーは眼鏡を支えて、ゆっくりとついて行った。彼が近づくと、公爵の目はまだ開いていたが、【瞳は完全に拡散している】。
ウイスキー「執事さん、公爵様はもうここにはいません。当面の急務は、【公爵夫人】に知らせるべきだと思います。」
時計の針が入った手紙
時は流れていく。
チクタクと鳴っている時計の振り子は
誰も知らない秘密を覗いでいる
第一章-ホルスの眼
午後三時
ホルスの眼
慌しい足音とともに、入ってきた綿あめと、出かけようとしていたザッハトルテが真正面からぶつかった。そばの本棚の前で資料を見ていたフランスパンが頭も上げずに、手を伸ばしてしっかりと綿あめを支えた。
ザッハトルテ「何かありましたか?」
綿あめ「良くないことが――公爵、公爵邸が大変です!」
ザッハトルテ「……焦らないでください。水を飲んで、ゆっくりお話ください。」
綿あめはテーブルのそばのコップを手にゴクリゴクリと何口か入れて、やっと息がつけるようになった。
綿あめ「公爵の使用人が訪ねてきたんだけど……公爵が時の館で殺されたらしいの!」
フランスパン「時の館? ガゼット公爵ですか?」
綿あめ「……えっ?!」
ザッハトルテと綿あめは、あまり多くを語らないフランスパンが、突然会話に加わってくるとは思わず声をあげた。
フランスパン「ガゼット公爵ですか?」
綿あめ「あ、あ! そう、そうなの! 綺麗な時計がたくさんある時の館の主人、ガゼット公爵だよ!」
フランスパン「この事件は私に処理させてください。」
フランスパンは本棚から資料を取り出して、ザッハトルテに渡した。
綿あめは、それがきちんと整理された事件資料であることに気づき、少し戸惑いながら顔を上げる。
綿あめ「これはあの【子爵邸放火事件】の資料だよね? 百人余りが死んで火の海に沈んだんだよね……この事件は当時人間の自首があったので、人間法院に引き渡して処理したと覚えてるよ。」
フランスパン「けれど、犯人の証言と現場の証拠には多くの違いがあり、犯人は自首直後に急病を起こし、監房で病死した。確実な証拠の連鎖がないなら、いいかげんに結審しても法典には許されないでしょう。」
綿あめ「こんなことがあったの……胡散臭いね!」
フランスパン「ふむ、その時の証拠の指向性を全部統計しました。はっきりした証拠連鎖はないですが、この放火事件はガゼット公爵と関係がある確率は七十%です。」
フランスパン「今日はその火事からちょうど一年です。ガゼット公爵の死は、その火事の背後にある真相と関係があるかもしれません。」
ザッハトルテ「もう一年経ちました。そして、他ところに移管されました。フランスパン、もしやこの分析追跡をずっとやっていましたか? なぜ教えてくださらなかったんです?」
ザッハトルテは事件の資料をめくった。この事件に対する分析と推理がフランスパンの手によって整然と書きだされていた。
フランスパン「勤務時間内ではなく、日常の公務内のことも報告しますか?」
ザッハトルテは、フランスパンの誠実さに困惑した表情をしていたが、すぐにむせてしまう。その後、手を振ることしかできませんでした。
ザッハトルテ「……結構です。」
ザッハトルテ「はい、今回の案件は貴方に任せます。では、行きましょうか。僕が教えたことを覚えてください。そして、安全に注意してくださいね。」
フランスパン「わかった。」
フランスパンは笑顔を作り、資料を手にした法典に丁寧に収めた。そして、ロビーへと向かう。そこには、赤い黒髪の少女がいた。少女は彼とすれ違い、幽幽回が振り返って彼を呼び止めた。
ターダッキンの薄紅色のひとみが、フランスパンの手の中にある法典を直視している。そこには子爵邸放火事件の書類が挟まれていた。
ターダッキン「往生者の息吹……」
フランスパン「……うん?」
ターダッキン「去りたくない往生者たちはここにいて、あなたに新しく生まれた者たちを連れて行ってほしいと願っています。」
フランスパン「……彼らを失望させられません。」
第二章-闇にうごめく
午後五時半
時の館
フランスパンは使用人を伴って急いで時の館に向かった。一階のホールに入ると、無数の鐘の音が四方から鳴り響いた。
ドン――――――――
フランスパンは警戒して一歩引いてしまう。すると、待っていた執事が、急いでやってきました。
執事「裁決官様、緊張する必要はありません。公爵様が所蔵する時報の音です。これらは日々修正され、正確な時間(とき)を刻んでいます。【半時ごとに鳴ります】、怪しむことはありません。」
フランスパンは上を向いて、装飾の美しい邸宅を眺めている。やはり、目の届くところには、精巧な時計や華麗な時計が置いてある――今は午後五時半だ。
執事「ようこそいらっしゃいました、私は公爵の執事でございます。」
フランスパン「すみません、ホルスの眼のフランスパンです。事件を発見したのは貴方ですか? それはいつですか? 現場はどこですか? 具体的にな状況は? 目の前で亡くなられたのですか?」
フランスパンに一連の質問をぶつけられて、執事は額の汗を拭いた。彼は周囲の顔に好奇心に満ちた使用人の姿を見つけ、軽くため息をついて、声を抑えた。
執事「二階の書斎で……裁決官様、ここの大部分の者は事故があったことしか知りません。具体的に何が起こったのかは把握しておりません。私と一緒に上の階に行って話しましょう。」
フランスパンは執事に従って二階に行き、歩きながら周囲を観察していた。
フランスパン「執事さん、時の館には毎日こんなに多くの使用人が出入りしますか?」
執事「いいえ、時の館にはいつも公爵夫人と彼女の執事である【スフレ】だけが住んでいます。他の使用人は全員別棟住まいです。今日は公爵の誕生日パーティーをするので、多くの人を連れてここに来ます。」
フランスパン「今日この書斎に出入りができる者は何人いますか?」
執事「ふむ? ご希望でしたら、書斎に出入りできる者を集めましょうか?」
フランスパン「はい。」
執事「やはり……」
フランスパン「おかしいですね?」
その時、執事は、フランスパンを木戸の前に連れて行った。
執事「奥様、裁決官様が来ました。」
公爵夫人「中に入ってちょうだい。」
大きな女性の声が木戸の中から聞こえた。
目の前のドアを執事が開いた。フランスパンはすぐに執事の言葉の意味が分かった。
応接室のソファーの上で、派手な服を着た女性が、手にした一杯のお茶をゆっくりと吹いていた。表情がよく見えない。ソファーの向こうに若い男が座っている。彼も淡々と見えて、指でゆっくりとソファーを叩いていた。
公爵夫人「……」
スティーブン「……」
執事「こちらは公爵夫人と【スティーブン様】です。彼はガゼット様の甥にあたります。また、あちらの窓際に立っている彼らは、明晩の晩餐会に招待されたゲストです。幻楽歌劇団の首席俳優【ブルーチーズ】と【オペラ】です。」
フランスパンは少し離れた窓辺に、スラリとした体つきをした長髪の男が二人立っているのに気が付く。彼らは声を抑えつつも、激しく何かを討論していたが、見知らぬ者が来たからか、オペラは一瞬にして無表情になった。だがフランスパンと視線があったブルーチーズは、礼儀正しい微笑を見せる。
ブルーチーズ(微笑)
オペラ(……)
執事「彼らは今日書斎に入った可能性があります。あなたが来る前に、彼らは先にここに集まりました。これは【ウェッテ先生】の提案です。」
執事「ウェッテ先生は、あなたが来る前に、無実の者が自分の行方を証明することができないので、まずみんなを集めてくださいと言いました。……心配していましたが、これはよくないですかね……。」
フランスパン「いいえ、確かに正しいやり方です。ウェッテ先生とは?」
執事「あちらでスフレの治療をしている方です。彼はガゼット様の主治医で、今日はガゼット様の病気を診察するために来ました。そこで、私と一緒に今回の事件に遭遇したのです。」
フランスパンは執事に案内されながら見ましたが、応接室の内側に、わずかに開けた木戸のそばで、壁のそばに血だらけの青年が倒れていました。白衣を着た男が怪我を調べているようです。
フランスパン(負傷者? 生存者ですか?!)
事件現場の生存者は往々にして真犯人を逮捕する最も重要な証人である。フランスパンは急ぎ足で青年の方へ歩いて行きます。
公爵夫人「ちょっと待って。」
公爵夫人が突然口を開き、フランスパンの足を急に止めた。彼はそれでやっと気づく。自分が当事者との自己紹介を忘れていたことを――これまでこれらの調査前のプロセスは全てザッハトルテがやっていたことだった。
執事「奥様、彼はホルスの眼から来た裁決官です。」
公爵夫人「基本的な礼儀も知らない子どものように見えるわ……そんな子にどうして安心してこんな重大な事を任せられるというの?」
フランスパンはばつが悪くて鼻先を触った。
スティーブン「ふぅ、裁決官殿がここに来たばかりで、何の調査も始まっていないというのに、公爵夫人はこのように急いで口実を作って彼を追い出そうとしているます。公爵夫人は何を恐れているのですか?」
公爵夫人「スティーブン、目上の者が話しているときに、若輩者が口を挟むとは……分を弁えなさい。」
スティーブン「今日ここでは、貴方も私も容疑者ですよ。でも、他の者が調べても、公爵夫人は違って見えるでしょうね。何しろあなたの特別な食霊の執事は、【凶器を持って現場に倒れているのが見つかった】。」
フランスパン「凶器?」
スティーブン「はい、あそこで気を失っていた奴です。ナイフを持って、叔父さんの死体のそばに倒れていましたよ。このような状況を、裁決殿はどう思いますか?」
公爵夫人「スティーブン、今のようにむやみに他の者に噛みつく姿は、まるで野良犬のようですよ。あなたは貴族としての自覚がありますか? ああ、どうりであなたは今まで爵位さえ与えられず、毎日叔父におべっかを使うことで暮らしているのね。」
スティーブン「なっ……!」
スティーブンは顔色を変えて立ち上がり、こぶしを握り締めた。場面はだんだん制御されなくなってきている。
フランスパン「ちょっと待ってください……。」
フランスパン(うむ……この状況ザッハトルテだったら、どうするでしょうか??)
ウイスキー「あの、公爵夫人。スティーブン様も犯人を見つけたい一心で、何の気なしに言っただけかと。まずは、裁決官様に協力して真相を調べていただきましょう。」
フランスパンが貴族同士のトラブルをどう処理するか悩んでいたところ、傷口を検査していたウイスキーが取りなしてくれた。
公爵夫人「あなたは良くできた人のようね、ウェッテ先生。」
公爵夫人は【医者】という字に幾重にも噛みつき、薄ら笑いでウイスキーを見ていた。ウイスキーは微笑んだまま何も言わない。素直にこの「褒め言葉」を受け取ったようだ。
フランスパンは落ち着きを取り戻した状況に、ほっとして息をつきました。彼は思わずウイスキーに感謝し視線を向ける。ウイスキーを捉えて更に笑いかけました。
ウイスキー「裁決官様、スフレさんは命に別条はありませんが、彼はたくさんの血に塗れています。貴方が調査する前に処置をして良いものか悩みまして。少し、こちらに来ていただけませんか?」
フランスパンは頷き、心の中で自分を励まし、部屋の中の人々に向かって言った。
フランスパン「皆さん、私は「ホルスの眼」の裁決官、フランスパンと申します。法典の名のもとに、真実を明らかにし、法典によって正義の判断を下すことを誓います。罪を犯した者は、誰も赦さないでください。」
フランスパン「続いて、今回の判決調査は正式に始まります。ご協力をお願いします。」
第三章−目覚め
昏睡していても、スフレは短剣をしっかりと握っている。
指の隙間にたくさんの血がついていた。
ウイスキー「彼は見つけた時から、右手にこの長いナイフを握っています。ナイフはダイヤモンドで、彼の手の傷が心配です。裁決官様が見て問題ないようでしたら、ナイフを取り出して怪我の治療をしてあげたいと思います。」
フランスパンは若者の両手をよくチェックしてから、ウイスキーを見て頷いた。ウイスキーはピンセットとガーゼを取り出して、軽くスフレの手を取り、少しずつ青年の手のひらの血を拭きました。
ウイスキー「ふむ? おかしいですね、彼の手には【傷がありません】。」
フランスパン「……傷口がない? では、血はどこから出ましたか?」
ウイスキー「あぁ、そうでした。このスフレは【食霊】と呼ばれる者です。霊的回復能力は普通の人より優れています。傷はもう治ったのかもしれませんね? 」
ウイスキーは合理的な説明を思いついたようで、手を振ってガーゼをピンセットで挟んで、彼のスーツケースを片付け始めた。
ウイスキー「それなら、私は何もしなくても良いでしょう。では、次は裁決官様のですよ。」
彼はスーツケースを閉じて、立ち去ろうとした。その瞬間、腕が引っ張られた。振り返ると、フランスパンが立っていた。彼はウイスキーの腕をしっかりと押えました。
フランスパン「ちょっと待ってください、あなたの箱は……。」
ウイスキー「なんでしょう? 」
フランスパン「これは、何のマークですか? 」
ウイスキー「ふむ、【スーツケースの双頭蛇のマーク】ということですか? 双頭蛇のマークは錬金術の飛躍を表していますが、その錬金術は医学の前身です。そのため、医療面では珍しくありません。」
フランスパン「……」
フランスパンはためらってウイスキーの腕を握る手の力を、ゆっくりと緩めた。ウイスキーの表情は嘘をついているように見えない。そして、先ほどから今まで彼もずっと手伝ってくれていた。
フランスパン(しかし、子爵邸関連の事件で、これと同じような二頭蛇のマークが出てきました。これは本当に偶然ですか?)
ウイスキー「裁決官様、他に疑問がなければ、書斎に行って死体の様子を見てみたいと思いますが、いかがですか?」
フランスパン「……ああ。」
時の館
書斎
書斎には血生臭いにおいがまだ残っていて、フランスパンはすでにこの匂いに慣れていたが、それでも彼は鼻を覆った。
彼は慎重に書斎に入った。そして足を一歩踏み出す。そのとき突然、靴の底に違和感を覚える。何かを踏んだようだ。
フランスパン(!! )
フランスパンは慌てて足を上げた、細かい【黄色い粉】が彼の靴の底にくっついていた。
フランスパン(現場を破壊してしまった! 初めての仕事でこんな基本的なミスを犯すとは!ザッハトルテに知られたら……まあ、いいでしょう。この程度は想定内です。それより、これは何ですか?ああ、この質感は……)
執事「裁決官様? こんなところで座り込んでどうしました? 」
フランスパン「大丈夫だ。」
フランスパンは何食わぬ顔で立ち上がり、振り向いて笑う。そして公爵の倒れている机まで向かった。
ガゼット公爵は机の上に腹ばいになっている。彼の青白い顔には【病的なむくみ】があった。この時、生気のない目を見ています。昔の傲慢はもうなく、朽ち果てて退廃した死気だけが漂っている。
書斎の壁、床、椅子の背もたれ、死者の目の前の机の上、至るところに【四散の血の跡】がある。
部屋の中は散らかっていて、机の上も同様に散らかっていた。墨、羽ペン、印鑑、漆が倒れている。血痕の間にはもう一つの跡があった。公爵は死ぬ前に激しい抵抗をしたようだ。書斎全体に追いかけられた痕跡がある。だが、最後に無残にも殺された。
フランスパンが死体の服をめくる。
フランスパン(傷は背中に集中しています。左側の蝶形骨の下から、動脈を突き破ったようですね。咄嗟に刺してしまったのでしょう。計画性は皆無。本当にスフレですか?このようにシンプルな方法で? )
フランスパン(ちょっと待ってください。この傷は……)
フランスパンは、服が破れた個所に注目する。精巧な布地には、何かに引っ張られてできた【毛玉のほつれ】があった。彼の頭の中で何か考えが繋がった。そのとき突然、後ろの応接室からの賑やかな声が飛んできて、思考を乱されてしまう。
執事「裁決官様、早く来てください。スフレは目が覚めました。」
ふと見ると、壁のそばに座っていた青年が、後頭部をさすっていた。その形相は激しく、怒りに満ちている。彼は壁を支えにフラフラとしている。フランスパンは彼を支えてあげようと思った。苛立ちを抑えきれない様子の彼は、その清楚な外見とはちぐはぐに見えた。
スフレ「フゥー! てめえら、俺を取り囲んでどうするつもりだあ! 」
フランスパン「は、初めまして、スフレ君。私はホルスの目の裁決官様です。ガジェット公爵が殺害されました。貴方はその現場で倒れていました。何があったか覚えていますか? 」
スフレ「……あぁ、奴は死んだ……死んじまったぜえ。俺に何か言いたいことがあるかと聞いたな? 奴をぶち殺してやりてぇって思ってた犯人の願いが叶ったんだろ?派手にお祝いしてやるかぁ? 」
スティーブン「スフレ! よくもそんな大胆はでたらめを……お前は気が狂っている! 」
スフレ「ん? スティーブンさんじゃねぇか。どうしててめぇがここにいる?こんなとこにいねぇで、ひとりで部屋に籠って今日のゲストを攻略する方法でも考えてろよ。そんで全員をナンパしたら、一人くらい引っ掛かるバカがいるかもしれねぇぜ? 」
スティーブンの眼底に残忍さはちらりと見え隠れするも、フランスパンの視線に気づき、己の怒りを抑えた。そして冷笑して、一歩後退する。
スティーブン「見てください!これが彼の本性なのです。裁決官殿、今度は私の言うことを信じますよね? こいつは前から人間に手を下そうと狙っていたに違いないんですよ! 」
フランスパン「……」
スフレ「……は? てめぇも俺たちが公爵を殺したんじゃねぇかって心配してるのか? 」
フランスパン(うん? 彼は話していますか? )
スフレ「あ?俺たちが奴を殺したいと思ってたんなら、公爵様は今日まで生きていられなかった……だと? ―もういい!黙れ!」
スフレは悩ましい表情で頭を覆い、独り言を呟いている。だが、その様子は誰かと喧嘩しているようにも見える。彼は神経質にその場を行きつ戻りつしていたが、急に神経質な笑い声をあげた。
スフレ「……てめぇらが俺たちを犯人だって望むなら、失望させちゃあいけねぇよな。まだ足りない……?ふん、だったら次は誰を殺して欲しいんだ?望み通りぶっ殺してやるぜ! 」
フランスパン「みんな気をつけて! 」
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御侍様同士で交流しましょう。管理人代理が管理するコミュニティサーバーです
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