【黒ウィズ】ディートリヒ&ローヴィ編 (5th Anniversary)Story
2018/03/05 |
目次
登場人物
story1 元帥の不在
ディートリヒ・ベルクが、ドルキマスを去った。
脆弱な空軍を率い、小国だったドルキマスを覇権国家にまで押し上げた戦の天才。
そして、知るものは少ないが、亡き前王の遺児でもある。
国民にとっては、先行きが見えなかったドルキマスの前途を――
その溢れんばかりの軍事的才能によって、力ずくで切り開いてくれた英雄であった。
それとも、これもあなたの復讐ですか?救国の英雄を失って、混乱に陥るドルキマス国を遠くから眺めて笑うつもりでしょうか?
ローヴィの眼前には、ブルーノ・シャルルリエの墓石がある。
ディートリヒが着用していた上着と軍帽が、ブルーノの長年の勲功を讃えるように墓石にかけられていた。
ディートリヒの出奔に気づいたドルキマス軍は、上から下まで、蜂の巣を突いたような騒ぎであった。
狭疑心という病魔に冒されたアルトゥールは、即座に国境周辺へ憲兵を派遣し、ディートリヒを国外に逃亡させないよう命じた。
だが、いまだにディートリヒの影を捉えたという報告すらあがってこない。
沈みゆく陽光を一身に浴びたディートリヒの上着は、まるで聖衣のように輝いて見えた。
ローヴィは、それを手に取った。
長い間、外気に晒されていたものだが、顔を当てると、まだディートリヒの温もりが残っているような気がした。
***
目通りの許可をいただけますでしょうか?
芝居がかった大仰な口上にディートリヒは呆れたような苦笑を返すのみ。
お互いを認識したふたりの間に、わずかな緊張が走ったが、ブルーノはその異変に気づかなかった。
君には苦労を押しつけてしまい、非常に心苦しいのだが、どうか閣下を見捨てずに、よろしく頼む。
それではフロイセ少尉。くれぐれも、閣下のことをよろしく頼むよ。
***
ドルキマス空軍一、軍紀に厳しいと言われている第3艦隊には、暇を持て余している者は誰もいない。
少ない人材を遊ばせておくことをディートリヒはなによりも嫌った。
今日も、鉄の床を軍靴の底で叩く音が、慌ただしく響いていた。
第4艦隊新設にあたって、鉄鋼資材の割り当てを決めて欲しいと、軍需大臣ベルファルト伯より、連絡がございました。
列官であるローヴィにとって、各部署からの通達をディートリヒに取り次ぐことが、一番の仕事だった。
とはいえ、ローヴィ。君のメモだが、字に癖がありすぎて読みづらい。暗号解読の座学を強いられている気分だ。
初めての副官任務に振り回されていた。
与えられた仕事をこなすのが精一杯で本来の目的(・・・・・)を願みる暇すらなかった。
閣下の真意を。そして、私の父を殺した男かどうかを――)
story2 一発の弾丸
ローヴィにとって王を弑逆し、玉座の主すら意のままにするディートリヒは、明らかに敵意を持ってしかるべき存在だった。
私にとっては、ドルキマス国への忠誠がすべて。父が、命を捧げたドルキマス国の存続と繁栄のために
あらゆる迷いを断ち切る覚悟を決める他ありません)
国王を失ってからのドルキマスは、すべてが喪に服したかのような沈黙の夜がつづいた。
消灯時間がすぎたというのに、今日もディートリヒの執務室には、まだ明かりが点っていた。
聞こえるのは書類がめくられる音とときおり紙の上を走るペンの音だけだった。
反乱を成功させたあとも、ディートリヒは己の行いに浸るでもなく、祝杯を挙げることもなかった。
副官がひとり執務室に入ってきたところで、ディートリヒは気にもとめない。
いまや、ローヴィは側にいて当然の存在であった。
たとえ上官といえど、大義はこちらにある……)
ローヴィの手が動く。腰にぶら下げた護身用の短銃を引き抜き、引き金を絞る――それだけでいい。
短銃を持つ手が強ばっていた。いまさら、なにを迷うことがあろう?
なんと、殺気に気づかれていたようだ。しかし、動揺を顔には出さないように努めた。
だから大事を成せた。ところが、貴官には迷いがある。怯えがある。それでは、私を殺せんよ。
ディートリヒは、椅子から立ち上がる。暗闇の中、元帥服に包まれた長躯が迫ってくる。
ローヴィは逃げることができずに、あえなく壁際に追い詰められた。
しかし、短銃を握った腕は、なぜか凍り付いたように硬直していた。
ディートリヒはみずから、ローヴィの持っている短銃を騰導し、自分の胸にあてがった。
銃口が当たっている場所は、ディートリヒの心臓のちょうど真上。銃を通して、心臓の鼓動が伝わってくるかのようだった。
唇が震えているな?まさか、この期に及んで怖じ気づいたとは、言うまいな?
口が上手く動かず、頭が回らない。それ以上、言葉が出てこなかった。
目の前に迫ったディートリヒの隻眼に、まるで心と身体が縛りつけられたようであった。
それは、グスタフ王を殺したからだと、ローヴィは察した。
ローヴィが戸惑ってできないと言うのであれば、私が手伝ってやろう。
引き金に添えられているローヴィの手に、ディートリヒはみずからの手を重ね合わせた。
――手伝うとはどういう意味なのか?
混乱したローヴィには、理解が追いつかない。
硬直して動かない人差し指に、ディートリヒの指が絡みついた。
乾いた笑みを浮かべる。
その直後、短銃の引き金が、ローヴィの意思を無視して絞られた。
暗い執務窒に一発の銃声が轟く。
だが、弾丸はディートリヒの心臓を撃ち抜かなかった。
弾丸が発射される直前、ローヴィがとっさに銃口を逸らしたため――
放たれた弾丸は、ディートリヒの肩をかすめただけですんだ。
肩口から赤い血が、腕を伝ってしたたり落ちた。
闇の中に佇んだディートリヒの表情には、露骨に落胆の色が浮かんでいた。
王は死に、ディートリヒを狙う者も、行動を遮る者もいなくなったはず。
いまや、ドルキマスを意のままに操ることも、他国と手を結んでドルキマスを滅ぼすこともできる自由な立場だ。それなのに――
ローヴィは、神妙になって持っていた短銃をディートリヒに差し出した。
短銃を拾いあげてローヴィに手渡す。
その口ぶりは、とても寂しげだった。ローヴィは、気づいた――
復讐という大事を成し終え、あとはただ戦争を生き甲斐にして彷徨うしかない、悲しい生き物なのではないだろうか?
***
結局、閣下は殺せなかった。私は、父の敵を討てなかった。
いえ、死を求めている閣下を討ったところで、はたしてそれで、父が浮かぱれるのかもわからなくなった。
復讐を諦めるのであれば、私はこれからどう生きるべきなのか……。
ひとつ言えることは、私はもう閣下のお側にはいられない――
この日から私もまた、目的を見失って彷徨う、孤独な魂と成り果てたのだ。
story3 私掠免許状
手元には、ブルーノの墓石にかけられていたディートリヒの上着と軍帽があった。
あのまま野ざらしにしておけば、そのうち風で飛ばされるか、墓荒らしに奪われる運命だったはず。
これは、一時的な保護にすぎないのだと、しきりに自分に言い聞かせていた。
ディートリヒが、亡きブルーノヘ贈ったものだ。
近いうちに必ず、ブルーノの娘であるクラリアに返却するべきだろう。
ローヴィは、上着を抱きしめながら、その場にいないディートリヒに問うた。
もちろん答えなど、返ってくるはずもなかった。狭い士官室の寂寥とした空気は、胸を激しく締めつけた。
やがてローヴィの頬に勢いものが伝っていった。
ローヴィははたと気づく。その涙のわけを……。
だが、それは、決して口に出していい理由ではない。
涙を拭って、立ち上がる。
温れ出てしまった感情をしまい込むようにディートリヒの上着と軍帽を、チェストの一番奥へとしまい込んだ。
窓を叩く夜風は強く、近いうちに嵐になりそうな予感があった。
***
――その日の夜。
ドルキマス国王アルトゥールからの使者が、ローヴィの士官室を訪れた。
玉座に座るアルトゥール国王は、樵悴し切っていた。
王宮の者の話によると、ディートリヒの出奔は、他国と通じてドルキマスを攻め取る計画の一旦だとアルトゥールは、思い込んでいるらしい。
それはなんの根拠もない妄想であった。
しかし、ディートリヒを恐れるあまり、狭疑心を肥大化させたアルトゥール王は、誰の言葉にも耳を傾けなかった。
他国に出奔した我が弟……テオドリクを連れ戻して欲しいのだ。
すでに艦まで用意されているとは――。
それほど、必死になっている証拠であった。
側近の者が、1枚の書状をローヴィに差し出した。
それはドルキマス国の印章の入った『私掠免許状』であった。
空賊船に偽装した小型艇が1隻ドルキマス国外の空を飛んでいても、目立つことはないだろう。
それに空賊を装っていれば、同じ界隈のものたちから、ディートリヒ――テオドリクの情報を得られるかもしれない。
アルトゥールの言葉は、耳触りがよすぎた。言葉の裏に潜む負の感情に気づかないローヴィではなかった。
覇気が失せた表情に眼だけが爛々と光っている。ローヴィは、彼の表情に狂気を感じた。
弟の『テオドリク』がもし発見されたら……彼をどうするつもりなのか、容易に想像できた。
***
なんとしても閣下……。いえ、テオドリクさまを見つけ出す。
ローヴィの手には、ディートリヒの軍服があった。
「元帥閣下の軍服と軍帽は、貴様が持っているのがいいだろう。
ひょっとして、なにかの手がかりになるかもしれんからな。
閣下が、我々を……ドルキマス国を見捨てるはずがない。それに我々には、まだ閣下が必要なのだ!
ローヴィ少佐。私からも頼む。なんとしても元帥閣下を見つけ出してくれ。」
きっと、死に場所を求めて、旅立たれたのだ
閣下にとって、死ぬことが、空虚となった心の苦しみから逃れる唯一の手段だというのなら――
閣下を死なさず生かしつづけることが、私にとっての復讐になる――)
命令とはいえ、まさか空賊を演じることになるとは。
ローヴィは、自分の置かれた立場に苦笑せざるを得なかった。
ローヴィは、ディートリヒが残した軍服の上着に袖を通した。
サイズの合わない軍服を乱暴に羽織った姿は、なんとなくローヴィが想像する空賊のイメージに近い気がした。
各自、それぞれの役割をはたせ!
ローヴィは、舵を取った。船首を北に向ける。
北の空は、この先の前途を示すように白く澄み切っていた。
番外編 空賊たちの空(ジーク外伝)
番外編 元帥の不在(5周年)
空戦のドルキマス ![]() | |
---|---|
![]() | |
00. ディートリヒ 初登場 (ウィズセレ) | 2014 11/14 |
01. 空戦のドルキマス ~沈まぬ翼~ ドルキマス軍 | 2015 10/22 |
02. 空戦のドルキマス 外伝集 | 10/22 |
03. 黄昏の空戦記 ディートリヒ編(正月) | 01/01 |
白猫×グリコ コラボ (メイン・飛行島) | 01/29 |
04. 深き黒の意思 ディートリヒ編(GP2016) | 06/13 |
05. ドルキマスⅡ ~昏き英雄~ 序章 1 2 3 4 5 6 7 | 2016 09/23 |
06. プルミエ(4周年) | 03/05 |
07. フェリクス(GW2017) | 04/28 |
08. 対シュネー艦隊戦 ディートリヒ編(GP2017) | 08/31 |
09. ドルキマスⅢ ~翻る軍旗~ 序章1234567 | 2017 09/30 |
10. 空賊たちの空(ジーク外伝) | 09/30 |
11. 赤髭空賊とジーク(謹賀新年2018) | 01/01 |
12. 元帥の不在(5周年) | 03/05 |
![]() | |
13. 空戦のシュヴァルツ 序章 1 2 3 4 5 6 | 2018 05/18 |
14. リボンを求めて(GW2018) | 08/31 |
15. 月夜の思い出 『魔道杯』 | 09/20 |
16. 血盟のドルキマス【コードギアス コラボ】 序章 1 2 3 4 5 6 | 2018 11/30 |
17. 炊事班の空賊見習い ロレッティ編(GW2019) | 2019 04/30 |
18. 新艦長への試練 ローヴィ編(サマコレ2019) | 07/31 |
19. 売国(GP2019後半) | 09/12 |
20. 決戦のドルキマス ~宿命の血族~ 序章 1 2 3 4 5 6 | 2020 04/14 |