【黒ウィズ】ディートリヒ編(GP2020)Story
ディートリヒ・ベルク(cv.森川智之) ドルキマス国の第三王子。かつては素性を隠し、空軍元帥を務めていた。 卓越した頭脳とカリスマ性を持ち、あらゆる敵味方から恐れられていたが、何処かへと姿を消した。 |
開催期間:2020/09/17 |
目次
story1 鋼鉄の剣と魔法
イツキ・マスグレイヴはグラスを置き、溜め息と共に隣の女性に話しかける。
「それにしても参ったな。店主が変わってから、あの店も随分と雰囲気が変わってしまった。
「そうね。前に行ったときはもっと落ち着いたお店だったのに、いまは随分と騒がしいわ。
「そちらの方が儲かって従業員の生活は潤うから、仕方ないのかもしれないけど……残念だ。
「そうね。本当に残念。昔みたいに戻ってくれればいいのだけれど。
無論、この会話は隠語である。
イツキは潜入任務を主とする某国の特殊部隊に属し、リンカは国家を股にかけるとある組織に所属している。
いま話しているのは、現在ふたりが潜入しているここ――ベルリア共和国の現状である。
べルリアは戦乱の多いこの大陸では珍しく、不戦主義を唱え、長い平穏を享受していた国だったが――
イツキとリンカはベルリアの内情を調べ、可能であれば開戦を止めるために、それぞれの組織から派遣され、協力していた。
「あのお店が、あのやり方で別の業種にまで手を出したら、荒れるだろうな。
「そうね。長年の手堅い商売で資金が積み立てられているから、強引なやり方も押し通せるでしょうし。
ふたりがいるのは、小さな酒場の片隅の席だ。客は少ないが、だれかに聞かれることを警戒して、隠語で話している。
果たして、ふたりに話しかけてくる男がいた。
「なかなか面白い話をしているようだ。同業者の研究かな?
「……ええ。隣国からパーティーに招かれまして。これを機にこの国の商売を勉強させていただいていたところです。
「若いのに熱心なことだ。私もこの国には来たばかりでね。同席させていただいても?
「……よろしければ、どうぞ。
「ありがとう。礼に1杯奢らせていただきたい。なにを所望かな?
「いえ、私たちは、今夜は酒を控えておりますので。
「そうか。では店主。この店でもっとも良い茶を3ついただこうか。
席に腰かけた男は、運ばれてきた茶を、ほんの少しだけ口に含むと、ゆっくりと味わう。
「ふむ。悪くはないな。私のことはテオドリクと呼んでくれたまえ。貴君らの名は?
「ヒビキです。貿易商をしております。
「ヒビキの妻のサユリです。異国で寂しく思っていたところ、話しかけていただき嬉しく思います。
こういう時の対応として事前に申し合わせていた通り、ふたりは偽りの名と身分歌名乗る。
「私も以前、ある商会の金庫を任されていてね。貴君らの会話に興味をそそられ、話しかけてしまった。
「なるほど、ご同業者でしたか。よろしければ、どちらの商会におられたか、伺ってもよろしいですか?
「小さな国の商会だ。貴君らは知るまいよ。それより、先ほど噂していた店だが、従業員たちの様子はどうなのだ?
「もともと堅実ではあるものの、地味な商売を続けていた店です。降って湧いた大金に浮かれ、変化を歓迎しているようです。
「となると、いまさら商いの方針を変えることはないだろうな。
「ですが、その豊かさはー時的なもの。長期的な目で見れば、信頼を失い、大きな損害を呼ぶと私たちは見ています。
「その見立てが真実であれ、眼前の大金を見逃せるほど、人間は強くない。ゆくとこまでゆくだけだろう。
「……そのような商家をご覧になったことが?
「数え切れぬほど。私のいた商会もそのひとつだ。思うに、人の心とは球のようなものなのだ。
ー度、坂を転がりだしたら、底につくまで止まることはない。悪いことは言わない。その商家とは距離を置くことだな。
男はあくまでも商いの話として語っている。だがそれは、国と軍事に置き換えても、驚くほどに意味が通じていた。
まるで、イツキたちの素性や目的を見透かしているかのように。
「……面白いお話、ありがとうございます。おや、もうこんな時間だ。サユリ。
「そうね、ヒビキ。約束の時間に遅れてしまうわ。テオドリク様、申し訳ありませんが、私たちはこれで。
「呼び止めて失礼をした。良い商いができることを祈っている。
ふたりは席を立ち、支払いを済ませる。その間、テオドリクは席に座し、悠然と杯を傾けていた。
……考え過ぎだったろうか?イツキがそう思っていると、隣のリンカが、ふいに学生のころのような笑みを浮かべた。
「おかしいわね。なんだかあの方と話していたら、急にアルティメット黒猫顧問のことを思い出したわ。
「アルティメット黒猫顧問を?全然、似ていないじゃないか。
「だから、おかしいって言ったのよ。不思議なこともあるものね。
「待ちたまえ。
テオドリクがイツキたちを呼び止め、まっすぐにふたりのもとに歩いてきた。
「まさかとは思うが……。貴君ら、しゃべる黒猫を連れた者と、出会ったことがあるのか?
「はい。以前、何度かお世話に。あの、あなたもご存知なのですか?
「共に戦ったのかね?
「ええ、学生時代の話ですけれど……。
「……あやつめ、ここでもか。なるほど、これも奇縁というものだな。
いいだろう。ふたりとも、ついてくるがいい。
言うなり、手早く勘定を済ませると、テオドリクは足早に店の外へと出る。
「待ってください!あの、どこへ行くつもりなのですか?
「この国の戦争を止めたいのだろう?私が協力するとしよう。
***
ベルリア共和国の大統領は、軍の将校上がりの政治家であった。
民衆をアジテートする才が極めて高く、度々おこなわれる演説によって、国民感情は巧みに開戦へと向かっていた。
今日もまた、広場に民衆を集め、いかにベルリアが優れ、他国の上に立つべき.国家であるかを演説しようとしていた。
「愛するベルリア国民よ。よく集まってくれた。
壇上から、広場を見渡す。民衆の目には、彼の植え付けた熱狂の炎が揺らめいていた。
前列には学生の姿もある。クロム・マグナで学ばせていた者たちだろう。
近日、開戦する準備は整っている。あるいは今回の演説の反応いかんでは、即日、宣戦布告をしても良いかもしれない。
大統領がそう考えながら、声を張り上げようとした時だ。
「失礼、大統領。少し、よろしいかな?
群衆の中から声があがり、ひとりの男が壇上に向かって歩いてくる。
その姿があまりにも自然で堂々としていたためだろうか、大統領も警備の兵も止めることなく、男が壇上にあがるのを見届けてしまった、
やがて大統領の前に立った男は、かすかに笑うと――
「僣越ながら、大統領閣下。しばらく、黙っていただきたい。
腰の銃を抜き放ち、大統領の口内へと銃口を突っ込んだ。
突然のことにだれもが呆然とし、ー拍遅れて警備兵が動き出す。だが、そのー拍の遅れが致命的だった。
「華炎流零の型――不知火!
「ディープブルーブラスト!
学生のー団から飛び出してきたふたりが、警備兵を打ち倒し、大統領に剣を向ける。
動き出したのはふたりだけではない。残りの学生たちも、周囲に向けて武器を構えていた。
「みんな動かないでくれ。手荒な真似はしたくない。
「このインパクター改バーストカスタムを撃てば、辺りー帯がどうなるかわかりませんよ!
「話しを聞いて欲しいだけなの!騒がなければだれにも危害は加えないし、すぐ終わるから!
民衆がざわめく。動くのが危険か、留まるのが危険か、測りかねている。
その戸惑いの間隙を衝くように、朗々とした声が広場に響き渡った。
「ベルリアの国民に問う!諸君らは自ら選択をしているか!
そのー声は、警備兵たちも含めたその場にいる人間すべての動きを止め、静寂を生み出す。
「このベルリアは共和国である!すなわち、民が自らの意思をもって統治する、諸君の諸君による諸君のための国である!
しかるに!今日のこの国は、諸君の意思によって動いていると、果たして言えるのか!
それはあまりにも魅力的な声であった。聞く者すべての心を揺らし、胸を打ち、ただちに目覚めさせんなする声だった。
その声が告げているのだ。自らの頭で考えよと。自らの意思で国を動かせと。
大統領は優れた扇動者であった。故に、わずか数年で不戦主義のこの国に、開戦の気風を作りだした。
だが、そこにいま、異なる風が、さらなる勢いで吹きはじめた。
「いまの我々を見るがいい。力で押さえつけ、銃を突きつけ、言葉を奪う。醜いものではないか。
だが、ベルリアの歴史は違う。専守防衛に徹することで、武器を使わぬ道を選び築き上げたものだ。
美しきベルリアの在り方は、先人のたゆまぬ努力によって成し遂げられた。これは諸君の誇りである。
その誇りを捨てた先にある国を、果たしてベルリアと呼べるのか、いまー度、考えるときではあるまいか。
壇上の男は語り続ける。そのー言ー言が民衆の胸を突き刺し、血のように染み込んだ大統領の思想を流れ出させる。
もはやだれもが固唾をのみ、壇上にいる謎の男の発する言葉を、ー言ー句聞き逃すまいな耳をすましていた。
時間を計っていたイツキは、そこでテオドリクに合図を送る。テオドリクはわずかに目を細め、民衆に向けて片腕を広げた。
「誇り高きベルリアの民よ!己の判断を悔やむことなきよう生きたまえ私が言いたいのは、それだけである!
言い終わるなり、即座に身を翻すと、今度は稲妻のような速度で、その場を駆け出す。
学生服に身を包んだ集団もまた、テオドリクを守るようにして、その場から姿を消した。
テオドリクが壇上にあがってから、すべてが終わるまで、わずか10分足らず。
その10分足らずで、この国のなにかが、確実に変わっていた――
「ふう。ホントに脱出できたわね……。
ベルリア首都郊外で、リンカたちは息を吐いていた。
今回の計画は、突入から脱出まで、すべてテオドリクの描いた絵図面に従ったものだ。
「驚いたな。まさかこんなにうまくいくなんて……。
「驚いたのはこっちですよ。国の命令で来てみたら、みんながいるんですから。
計画には、民衆を抑える人員が足りなかった。そこでリンカは「管理者」を通して、友好国に精鋭の派遣を依頼した。
その際にテオドリクが出した条件が、学生に扮することができる者、だった。無論、学生のふりをして群衆に紛れ込むためだ。
結果として各国が派遣してきたのは、奇しくもかっての生徒会メンバーであった。
「国に帰ってからだれとも連絡を取れず、心配していたんだが……みんな、平和のためにがんばっているみたいだな。
「もちろん!卒業式のこと、忘れてないからね。
「でも、本当にこれで開戦を回避できるのかしら?
「さてな。そこまでは保証しかねる。だが、どのような政体であろうと、開戦を決定づけるのは国民感情だ。
国の行く先を変えたいのなら、国民の意識を変えるよりあるまい。
ともあれ、私が協力できるのはここまでだ。あとは貴君ら次第だろう。
テオドリクは背を向ける。その背に、イツキは深々と頭を下げた。
「あの、ありがとうございました!俺たちだけでは、なにもできませんでした。
「感謝ならば、我らを繋いだアルティメット黒猫顧問とやらにするのだな。
「もちろん、アルティメット黒猫顧問には感謝しているわ。けど、テオドリクさんにもなんとお礼を言っていいか……。
「ふむ。そうだな。貴君らの腕前、見事だった。特に連携が素晴らしい。
この先、私が難事に遭遇した際、その力を欲することもあるやもしれん。礼は、その時に頼むとしよう。
「我々にできることなら、喜んで。テオドリクさんはこの先、どちらに行かれるのでしょうか?
去っていく背にそう声をかけると、テオドリクは振り返り、どこか楽しそうに答えた。
「さて、どこであろうな。私にもわからん。
この日より、ベルリアは厭戦の空気に包まれる。
そして数力月後、急濾行われた弾劾裁判により、大統領は罷免。
ベルリアは不戦主義を貫く国として、その後も堅実な繁栄を続けるのであった――
***
「ケネス。カジノに行くぞ。
「お、いいこと言うじゃねえか。やっとギャンブルの楽しさに目覚めたか?
「ギャ、ギャスはん!ケネはんのアホが伝染ってもうたんですか!?
「仕事だ。この神都に帝政T国の諜報員が潜り込んでいるという噂がある。
「T国ってことは、また戦争の種でも探してんのか?
「おそらくはな。だがこの諜報員、E王朝の血を引いているという噂もある。
「めんどくせえ奴だな、おい。で、そいつがカジノにあらわれるってのか?
「そういうことだ。なにを企んでいるのかを探っておきたい。行くぞ。
「仕事でもギャンブルなら大歓迎だぜ。今久留主は呼ばないのか?
「あまり耳に入れたくはない。聞いた瞬間に興奮しそうだ。なにせ噂の諜報員は――
軍服を着た男装の麗人らしい。
***
カジノに着くと、すぐにわかった。
ひとつのポーカーテーブルに、大量の観客がついて、食い入るような視線を向けていたのだ。
「確かに軍服だが、女じゃねえな。
だが、美貌なのは確かだ。観客たちは軍服の男が長い指でカードを操るさまを、溜め息を吐いて見つめている。
「さて、次に私の相手をしてくれるのは、どなたかな?
ちょうど前の勝負がついたようで、男の向かいの席が空いた。ケネスはそこに座ろうとする。
が、それを制するように、先に腰をおろした者がいた。ギャスパーだ。
「私がやる。おそらく、この男の相手は私の方が向いている。
「私も、貴君には興味がある。お相手していただこうか。
ギャスパーと軍服の男の勝負は長引いた。
「レイズ。
「フォールド。
「オールイン。
「フォールド。
ふたりとも、まるで相手の手が見えているというように、勝てない勝負をすべて降りたからだ。
少額のチップが、両者のあいだを行ったり来たりするばかりで、ー向に勝負はつかなかった。
「見事なポーカーフェイスだ。まるで、ずっと仮面をかぶって生きてきたようだ。
「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。どのように生きてくれば、そのような鉄面皮に育つのだろうな。
軍服の男の口の端が、かすかに吊り上がる。
「たいしたものだ、ギャスパー・アルニック。
無論、ギャスパーは名乗っていない。にもかかわらず、知っているということは――
「……なるほどな。あの噂は、我々を誘い出すためにわざと流したものか。
「貴君の新聞社に、黒猫を連れた記者がいると聞いてな。会ってみたくなったのだ。
「あの記者は勤怠が不安定でね。最近は出勤していない。残念だったな。
「会いたかったのは貴君だよ。この目で見ておきたかったのだ。その判断は正解だったようだ。
「楽しそうでなによりだが、勝手に測られるのは、あまり気分の良いものではないな。――オールイン。
ギャスパーがチップの山をずいと前に出す。
軍服の男もまた、チップの山を前に出した。
「コール。
観客がざわめく。このー戦で、勝負がつくのだ。
注目のなか、軍服の男が手札をひらく。
「フルハウス。
対するギャスパーの手中にあるのは、スリーカード。敗北である。――そのままひらけば。
手札をひらく瞬間、ギャスパーはカードをかるく撫で、力(・)を使った。
次の瞬間、ひらかれた手札は――
「フォーカード。私の勝ちだな。
軍服の男が拍手をし、立ち上がる。
「楽しませてもらった。礼を言う。
「……なぜ、わざと負けた?
「なんのことかな。どうやら私はギャンブルが向いていないようだ。あまり天には好かれていないらしい。
男はギャスパーに背を向ける。
「ギャスパー・アルニック。忠告しておこう。仮面の外し方を、学んでおきたまえ。外すことができなくなる前にな。
縁があれば、また会おう。
「おい、ギャス。なんかごちゃごちゃ話してたけどよ、結局なんだったんだ?
「見定めにきたつもりが、見定められていた。なにが目的か知らないが、気に食わない話だ。
しばらくすると、男の後をつけていったちゆうが、申し訳無さそうな顔で戻ってきた。
「ギャスはん、すんまへん。見失ってもうた。ちゃんと見とったんやけどなあ。
「気にするな。相手が悪かっただけだ。しかし、何者なのだ……?
ギャスパーはつぶやきながら、手に入れたチップの山を指先でいじる。
すると、違和感に気がついた。チップになにか、書かれているのだ。何枚かに分かれているそれをつなげると――
「……T国ホテル、408号室?
――後日、その部屋を訪れたギャスパーたちは、軍服をまとった男装の麗人に出会い、とある陰謀と対峙するこりこなるが――
それはまた、別の物語である。
***
「では、その世界の敵である5人の大悪党には、他に仲間がいないのかね?
「ええ、あいつらは自分たちだけが全てでしてね。他の奴らのことなんざ、塵屑ほどにも思っちゃいないんですよ。
「過去にも、いなかったのかな?
「いましたよ、ひとり。ですが、置いていかれたみたいでしてね。結局、本当の意味では仲間じゃなかったんでしょうよ。
「ほう。置いていかれた、か。
タワーでの決戦から3日。ルポーティ・ルファンは策を練っていた。ヴィタをどうにかする策だ。
ひとり、酒場で飲みながら思索にふけっていると、このテオドリクという男に話しかけられた。
話して驚いたのは、男の聡明さだった。いままで己より頭の切れるものはいないと自負していたルポーティだったが――
こと、先の手を読むことに関しては、テオドリクは自分以上の才を持っているように思えた。
それが新鮮だったためだろう。他愛のない話をしていたはずが、気がつくと、己の思案を相談していた。
「果たして、本当に仲間ではないから置いていったのかな?
「そりゃ、どういう意味ですかね?
「大切な仲間だからこそ、置いていった。そういう可能性もある。連れ添うだけが、情ではあるまい。
私ならば、その置いていかれた者を人質に取り、5人の大悪党に交渉を持ちかける。
「……へえ。アンタ、なかなかのワルじゃないですか。
「手段を選べるほど、この手は綺麗ではないのでな。目的が正しいのであれば、躊躇はしない。
(なるほど、ラガッツを人質にか。そいつは悪くない手だな。なぜ思いつかなかったんだ?)
「時に貴君――しゃべる黒猫を連れた魔法使いに会ったことはあるか?
「こいつは驚いた。あの御仁とお知り合いで?
「やはり会ったことがあるか。それで、貴君はあの者と敵対したのか?
「……いえいえ、仲良しでしたよ。いろいろな物を調達してあげたり、いっしょに脱獄したりしましたからね。
「ほう、脱獄。魔法使いは投獄されていたのか。では、いまどこにいるか、ご存知かな?
「さて、どうでしょうね。急にいなくなりますからね。どこかに行ってしまったんじゃないですかね。
「……そうか。貴君が魔法使いの知り合いだというのなら、協力するのも悪くはない。
それからテオドリクは、ルポーティから現状を聞き出すと、その全てに対して、即座に適切な策を出して見せた。
「アンタ、なかなかとんでもないね。なるほど、この作戦ならうまくいくでしょうよ。
「それは良かった。では、私はこれで失礼する。
「おや、行ってしまうんですかい?なにもお礼はしていませんぜ?
「面白い話を聞かせてもらった。それだけで充分だ。魔法使いに会ったら、よろしく言っておいてくれたまえ。
「ありがとうよ、謎の天才さん。オタクの作戦のおかげで、魔法使いと仲良しのバビーナをどうにかできそうでさ。
***
――君は疲れ果てていた。
バビーナファミリーに置いていかれたラガッツを慰めるため、いっしょに遊んであげていたのだが、その遊びの内容が問題だった。
クレイジー凧揚げ――イリーガル羽根つき――殺戮のカルタ――鏖(みなごろし)の福笑い――
いずれもー瞬でも気を抜けば命を落としかねない危険極まる遊びだった。
それに遊ぶのは良いにしても、3日間ノンストップはさすがに辛かった。おかげで君はほとんど寝ていない。
「大丈夫か、マホーツ?……ありがとな。おかげで、ちょっと淋しくなくなってきた。
別にいいよ、と君は言った。
「でもごめんな。カブトムシ、見つけられなくて。都会だと全然いないんだもん。
それは本当にいいよ、と君は言った。
「よう、こんなところでなにやってるんだい、ラガッツちゃん?
「あ、ルポーティ!お前、生きてたのかよ!
「いい男は死なないものさ。しかし不用心だねえ。頼れる先輩はいないんだろ?油断してると食われちまうぜ。
「まだ懲りてねえのかよ~!
「悪いね、アンタには釣り餌になってもらう。おとなしく観念してくれよ。ひとりで勝てるとは思わないだろ?
別にひとりじゃないけどね、と君は言い、魔法を放った。
「え?ちょっ、え?ま、魔法使い……さん?こ、こりゃ……まだお帰りになられていなかったんで?
「お前みたいな悪党がいる限り、魔道士に安らぎはないにゃ!キミ、遠慮はいらないにゃ!
遠慮なんかしないよ、と君は答え、全力の魔法をルポーティに放った。
「遠慮してくれてもいいんですがねぇぇぇぇぇぇ!
「まったく、しつこいにもほどがあるにゃ。まあ、元気そうでちょっと安心したにゃ。
そうだね、と君が苦笑すると、全身が光に包まれた。どうやらクエス=アリアスに帰還するらしい。
「わかったにゃ。なかなか光が出てこなかったのはルポーティを追っ払うためだったんだにゃ。
なるほど、と君はうなずき、ラガッツに別れを告げる。ラガッツは泣きながら君を見送ってくれた。
***
「イテテテ……。まさかまだ魔法使いが残っていたとはね。俺としたことがちょいと調べが足りなかったか。
さて、どうしますかね。あの謎の客人の残した策も、このままじゃどれも使いようがない……ん?
そこでルポーティは気づく。ポケットの中に、入れた覚えのないカードが入っている。
怪冴に思いながら取り出すと、なにか書いてあった。それは――
魔法使いによろしく言っておいてくれたかね?
「おい、ルポーティ。ここにいやがったか。なにを呆けてやがる。いい加減、ビスティアを出るぞ。
「……ボス、すみませんが、ちょっと飲みません?なんか無性に、酔わなきゃやってられない気分になっちまいました。
story3 異界の放浪者
その後もテオドリクは様々な異界を渡り歩いた。
「ユアンは死んだ!
血肉から精神、人格にいたるまで〝ヒトを構成する何もかも〟が失われ、その存在は世界から抹消されたのだ!
「くだらんな。狂気に堕ちて自らを守るか。そのような脆弱な〝鎧〟は、すぐに砕け散るだろう。
「では……ではどうしろというのだ明日にもあの人の命は失われる!これは世界が決めたことなのだ!
「サーカスというのは観客を騙すものと聞いた。道化師よ。世界がそれを決めたと言うのなら、貴君の絶技で世界を騙してみせたまえ。
「そうか……ユアンが死ぬのは、まだ早い!世界を騙し、私があの人を救う……!この世のすべては奇術なのだから!
「良い目になった。ならば、少しだけ策を授けよう。
***
「この世界では、魔法の才のある者は戦争の道具として死ぬまで利用され続ける。
我が科学の粋、エレメントスフィアが完成すれば、個人の才に頼る必要はなくなり、魔道士は解放される。それが私の悲願。
だが……なぜだ!なぜ完成しない!なにが足りぬというのだ!私の悲願は、過ぎた願いだったというのか!
「人の抱く願いに、過ぎたもなにもあるまい。叶えるか叶えないか、それだけだ。
ラズマ・クルックス。貴君の願い、なかなかに面白い。私も協力させてもらおう。
***
「まさか3人同点とはな!面白くなってきやがったぜ!
「みんなが気持ち悪がらずに、オトウフーを食べてくれれば、私の麻婆がー番に決まっているのに。
「僕の名前はトブル!おかげで復活できたけど、まだ優勝を諦めちゃダメだよ、メイマオ!
「美味フェスに優勝できるのは代々ひとりだけ……。いったい勝負はどうなってしまうのでしょう?
「お待たせいたしました。協議の結果、なんかグルメっぽいお客様に、特別審査員として優勝者を決めていただくことになりました。
「私で良いのかね?あまり食には自信がないのだがな。
「「「絶対グルメだ!
***
「……という経緯でね。様々な異界を渡り歩いているうちに、この店に迷い込んでしまったのだ。
テオドリクはそう言うと、グラスの中のダブルを飲み干した。
「うわ~、色んな世界を旅しているなんて、すごい人なんだね!
「ならば、この店から出て、別の世界に行くこともできるのか?
「無論だ。艦の燃料にはまだ余裕がある。
「ならば、頼む。俺をもとの世界に連れて行ってくれ。こんなところで気持ち悪い生き物と戯れていられるほど暇じゃない。
「リュオン、いくら真実でもクレティアを気持悪いはちょっと言い過ぎニャ。もっと優しい嘘をつくニャ。
「お前のことだ。
「そろそろ出発しようと思っていたところだ。お望みなら、貴君らをもとの異界にお送りしよう。
「頼む。
「私もお願いしようかな。エークノームのみんなが心配してるかもしれないもんね。
「俺も帰ろう。焼きまかたんのアイデアをー刻も早く伝えねばならんからな。
「ちょっと待つニャ。帰るならちゃんとチェック(支払い)していくニャ。
「ふむ。この金貨で足りるか?
「ダメニャ。ダァメェニャ。ダァァァメェニャ。
ウチの会計はあっついチッスと決まってるニャ。もちろん口ニャ。マウスニャ。マウストゥゥゥマウスニャ。
さあ、だれがアタイにチッスするニャ?リュオンニャ?アルドベリクニャ?それともテオドリクニャ?
「いいだろう。私がするとしよう。口と口ならば良いのだな?
「そうニャ!さあ、早くするニャ!
鼻息を荒くして近づいてくるウィズ(?)の口に――
テオドリクは銃口を突っ込んだ。
「お望みなら、チップとして鉛の弾を追加するが、どうするかね?
エピローグ
異界とはどこも面白いものだ。魔法使いめ、こんな楽しみを私に隠していたとはな。
さて、次はどのような異界であろうな。もっと驚かせてもらえると良いのだが……ほう、ここは期待できそうだ。
ふふ……異界よ。これからも、私を楽しませてくれたまえよ。
空戦のドルキマス | |
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