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溯世の吟・ストーリー

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溯世の吟

目次 (溯世の吟・ストーリー)


1.講談師


講談師:烏飛兔走、古往今来、指折り数えるとどれだけの英才がいて、どれだけの──

講談師:成功と失敗があったのだろう。

講談師:英雄になるのは易いが、忠義を貫くのは難しい。古往今来、光耀大陸の土地には様々な感情が刻み込まれている。今の安泰はどれほど忠魂と引き換えに手に入れられたのか、神のみぞ知る。

講談師:今日は、赤誠を持っていて情に義に厚い者の話をしたい訳ではない。

講談師:数千年に渡り、この光耀大陸にはどれだけの英傑の輝かしい歴史が残っているだろう。彼らは手のひらを軽く翻すだけで、世が変わってしまう。

講談師:だがその中に一人だけ、極悪中の極悪人がいる。

講談師:どれだけ極悪非道かだって?

講談師:その凶名は彼が死してなお、その名を聞いただけで秋蝉の残響や子どもの夜泣きが止まるという。

講談師:大人でも、この者の事になると、首を振って多くを語りたがらない。その魂が、家族に災いをもたらすのではないかと、怯えているからだ。

講談師:その者とは一体誰なのか、その名前をお客さんらは知らないだろう。しかしその字はきっと聞いたことがある。

講談師:光耀大陸を統一したにも関わらず、忠臣を殺し、民を顧みず、不老不死になるため、蒼生万民をもって永生の陣を作り、終には亡骸すら残らなかった者──

講談師:そう、玄武大帝である!

講談師:玄武大帝と言えば、実に先見の明があり、人並みならぬ器量をもっているお方。普通の君主なら喉から手が出る程に欲する将官や策士が、彼の周りには数え切れぬ程いたのだ。

講談師:千秋を謀れる文官、山をも押しのけられる武官、二人の腹心が彼に従い、更には手に入れるだけで天下を手中におさめられる鮫人も傍にいたとか。本人はいかほどか、謙遜しても豪傑と言えるだろう!

講談師:玄武帝は文武両道、誰にも負けず、千古まれに見る治世の雄才をもっていた……はぁ、話を聞けば聞く程暴君という人物像から離れているのに、どうして最後あのような過ちを犯してしまうのか。

講談師:物語は、千百年前、この玄武帝は生まれた頃から話始めなければならない…………


 パンッ──


 茶碗が机に打ち付けられた激しい音に、ひまわりの種を食べながら講談を聞き入っていた観客たちは驚いた。全員が去って行く赤い服を来た若者の後ろ姿を見ていると、突然講談師の叫び声が聞こえて来た。


講談師:おいっ!どっからか火花が飛んで来た!!!店員、早く火を消しに来い!


 赤い服を着た若者と同じ席にいた子どもは、若者の代わりに店主に代金を払うと、もう一人の青年と忙しなく若者の後を追った。


猫耳麺:……先生、城主さまはどうされたのですか?


 先生と呼ばれた青年の顔には少しだけやるせなさが滲んでいた。彼は子どもの頭を撫でるが、その顔には珍しく笑みがなかった。


東坡肉:心配するな。あの小童は、少し昔の事を思い出してしまっただけだ。


2.旧友の再会


 気晴らしのために出掛けた辣子鶏(らーずーじー)だったが、何故か大層苛立っていた。買ったばかりの肉まんを抱え、このどうしようもない苛立ちを全て食べ物で発散しようとした時、懐かしい声が聞こえて来た。


明四喜:あれらを店主に任せておけば、長老たちもきっと安心出来るでしょう。

店主:いえ、いえ!こちらこそ、今回は直々に足を運んでくださったのに、恥ずかしながらこの粗末な店ではまともにおもてなしも出来ず、誠に申し訳ございません……

明四喜:今回も宜しくお願いします。


 先日の玉京之変で、辣子鶏はそのつかみどころのない笑顔を浮かべる人物に変わった点は見つけられなかった。しかし、その笑顔を見ていると背筋が凍る感覚を覚える。

 彼は率直な性格のため、回りくどい事を言う連中が一番苦手だ。しかし地府を率いている者は、彼にこう言いつけていた──


高麗人参:南離族は確かに関与していますが、程度まではわかりません。事は複雑めいているため、目の前の均衡が破られてしまった時、どれだけの民が被害を受けるかわかりません。城主様、俗事に関わりたくない事は重々承知しております、どうか吾の顔を立て、我慢して頂きたい。

辣子鶏:……チッ、うるせぇな。

猫耳麺:……城主さま?散歩はもう良いのですか?


 見た事のある声と笑顔を前に、辣子鶏の心の内の苛立ちは一層強くなった。


辣子鶏:もういい!これ以上ぶらついても、イラつくだけだ!先にあの木偶の坊が言ってた陣を直してやる。


 少し離れた商店から出てきた明四喜(めいしき)は完璧な礼をした後、懐かしい声の方に振り返ったが、酷く慌ただしく去って行く赤い後ろ姿しか見えない。店主は明四喜がその後ろ姿を見つめながら思わず笑みを浮かべたのを見て、興味本位でこう尋ねた。


店主:……あの方は、お知り合いですか?

明四喜:旧知です。

店主:なら、何故……

明四喜:彼は元来このような気性です。したくない事、嫌な物を少しも我慢はしない、気に入った物事にしか目を向けない。このように落ちぶれてしまった不才を見て、何も言わず去っていくのも仕方のない事です。

店主:落ちぶれている?いや、しかし……

明四喜:……昔と比べると、今の姿は実に惨めですよ……

店主:はぁ……その旧知は、実に勝手気ままなお方ですね。

明四喜:そうですね。何年経っても、彼は依然として変わらない……

店主:……そうでした、せっかく足を運んだ事ですし、この少陽町を少し案内しましょうか?風光明媚な所ですが、立ち入り禁止の場所も多く命を落とすこともあります。案内人がいないと、人を食らうという酆山に間違えて踏み入れてしまったら大変です。

明四喜:今回は遠慮しておきます、少陽町には友人がおります故。

店主:え?

明四喜:先日まで忙しくしていたため、仕事でこちらに来たついでに羽休めをしようと思っているんです。以前ここに住んでいた事もあり、旧知にも会おうと思っています。どうか、長老たちには内緒でお願いします。

店主:それは、もちろんです。


3.招かれざる客


 一日うまくいかない辣子鶏はすぐにでも出発しようとしたが、陣の修繕には準備が必要なため、準備に関して足手まといな彼は気付いたら追いやられていた。そのため、彼は椅子を引きずって、彼以外に暇なもう一人の所へと向かった。

 ギシッ──

 引きずられた椅子は耳障りな音を響かせた。辣子鶏は大陣の中央にいる青年の呆れた視線に目もくれず、悠々と猫耳麺が淹れたお茶を飲み始めた。


辣子鶏:おっ!穀雨前に摘んだ龍井か、良い茶だな。どっから手に入れたんだ?

高麗人参:……

辣子鶏:何ため息ついてんだ、俺の質問が聞こえねぇのか?そんなひとの話も聞かねぇ子に育てた覚えはねぇぞ。

高麗人参:……竹煙からのお礼です。機関城の場所がわからなかったそうで、そなたの分も吾のところに送られて来ました。

辣子鶏:ハッ!話は回りくどいが、良い仕事をするヤツみてぇだな。代わりに礼を言っておいてくれ。

高麗人参:……わかりました。この多事の秋、玉京での事もあったので、不安は募るばかり。此度は地府の周囲にある碑文も修繕してくださり、感謝いたします。

辣子鶏:そういうのはいいから、たかが小さい陣だろ、お世辞は良い。で、こんなに手伝ってやったのに、何か俺に言う事はないのか?

高麗人参:……

辣子鶏:もう何年経ってると思ってんだ?まだそっから出たくねぇのか?

高麗人参:……


 大陣の中は静まり返った、ひとの声は聞こえない。あまりの静けさの中、茶碗が机に触れる音だけが響いた。機関城城主の笑顔も、茶碗から立つ湯気の向こう、大陣の中にいる無数の因果に囚われた青年を見つめながら、少しずつ消えていった。


辣子鶏:なんか喋れ!

高麗人参:城主様。

辣子鶏:……

高麗人参:当時、そなたが吾に教えてくれました。我らは天地により生まれ、この世に降り立ったからには、何か執念を持たなければ来た甲斐がないと。

辣子鶏:……執念を持てとは言ったが、こんな物に囚われるよう言った覚えはない!お前は少陽山に借りなんてねぇし、誰にもねぇよ!


 パンッ──

 茶碗が机の上で割れ、淡いお茶の香りが巨大な地宮の中に広がる。怒っている辣子鶏を見て、高麗人参は口元に弧を描き、笑っていた。


高麗人参:以前まで、吾はあれこれ顧慮して来ました。

高麗人参:例え最期どうなろうと、これが吾の選択、吾の執念です。そなたが、少陽山の誰もが、吾の事を恨んではいないと知っています。しかし、これは吾自身の選択、吾自身の堅持です。そして長年にわたる……吾最後の我儘でもあります……


 ゴオォ──

 ずっしりと重い門は青年によって重苦しい音を響かせた。慌ただしくその場から離れた辣子鶏は、自分が勝手し過ぎたことで、機関城にいる部下たちに呪われてしまい、結果どこに行ってもいじめられる事になったのではと考えていた。


猫耳麺:二五六、二五七、二八二九三十ー!


 薄暗い通路を出ると、霧の中から子どもの声が聞こえて来て、青年は少しだけ心が緩んだ。童謡を歌っていた子どもも、彼が来た事に気付いて声を掛けた。


猫耳麺:あっ!城主さまがいらっしゃいました!ずっと待っていたんですよ!準備が整いました、すぐにでも出発出来ます!


 キーンッ──

 何の兆しもなく響いた武器の音に気付いた辣子鶏は、猫耳麺を自分の背後に隠した。


辣子鶏:何者だっ!!!


4.地蔵様


 キーンッ──

 霧を切り裂く刃は尾羽にぶつかり火花を散らした。鳥の嘴から巨大な炎が放たれ、霧は晴らされた。炎が消えると、霧の中にいた堕神たちは黒焦げになったり、生き延びたものは逃げて行った。そして離火の尾羽に攻撃したのは、見た事もない食霊だった。


辣子鶏:何者だっ!!!


 猫耳麺を背後に庇ったまま、辣子鶏はお面をつけたその「客人」をじっと睨んだ。


ヤンシェズ:遊客、通りすがり。

辣子鶏:フン、ここは有名な鬼山だ。ここに入ると、行方不明になるか首を刎ねられるかの二択だ。ここに遊びに来ただなんて、そんなバカげた話を信じるのは後ろのおバカくらいだ。

猫耳麺:……城主さま、猫耳麺はおバカじゃないです。それに、どうやら……もう一つ心音が聞こえて来ます……

明四喜:城主様、お久しぶりです。不才の護衛が失礼いたしました。


 炎によって蒸発しなかった霧が波打ち、そこから市場で聞いた声が聞こえて来た。すぐに、誰かが優雅にそこから出て来た。


辣子鶏:……

明四喜:以前玉京では皆様のおかげで、南離族の南翎様が無事即位出来ました。今回は地府の皆様がこちらにいらっしゃると聞いて、伺いました。まさか運良く城主様にもお会い出来るとは。


 明四喜の優雅だが心がこもっていない笑みを見て、辣子鶏の眉間には玉京城の外で初めて会った時と同じように皺が寄せられていた。


明四喜:……城主様は、相変わらず不才の事を嫌っているようですね。では……これ以上お話するのは控えておきます。

明四喜:微かな心音で不才の所在を察知したそちらの少年こそ、地府の諦聴様でしょう。どうか、案内をお願い出来ますでしょうか……

油条明四喜様、地蔵様の元へお連れする。


 明四喜の言葉を遮るように、どこからともなく現れた黒無常にその場にいた者たちは皆驚いた。彼は急用でもあるかのように、戯れる気がない様子で言葉だけを残して立ち去った。

 明四喜も仕方なく社交辞令をやめ、辣子鶏に一礼した後、短刀を仕舞ったヤンシェズと共に黒い服の青年に足早について行った。


猫耳麺:やはり人参さまには何も隠し通せません……

辣子鶏:フンッ、何しろ俺の弟弟子だからな。あいつの根っこは光耀大陸中に広がっているから、この土地で起こったことは全部、その根っこを伝ってあいつの脳にまで届く。

辣子鶏:光耀大陸はおろか、この天地を探してもこんな骨の折れる事をするのはあいつみてぇな木偶の坊しかいねぇよ。こんな事のために、この狭い土地に自分を閉じ込めるなんてな。

猫耳麺:……うぅ……しかし、出来るだけ早く潜在意識で情報を処理するため、人参さまは普段何か大事な用事があったり、城主さまが訪ねて来たりしない限り、目を覚ますことはありません。今日は……どうしたのでしょう?

辣子鶏:……さあな。でも、あの胡散臭い笑い方をしているヤツ……なんか見覚えがある気がするんだよな……

猫耳麺:城主さまはボケたのですか?以前玉京で明四喜さまにお会いしましたよ?

辣子鶏:それはそうだが……ん?!猫耳ちゃん!いつの間にそんな悪い子になったんだ?!そんな言葉を言うなんてな!!!

猫耳麺:うっ……そうだ!出発の時間ですよ!修繕を必要としている陣がある一番近い場所は酆山のはずです!

辣子鶏:猫耳ちゃん!おいちょっと待て!!!


5.高麗人参


 地府一行は八宝飯について、少しずつ酆山の奥地に向かっていた。かつて少陽山と呼ばれていたこの青山は、賑やかさが失われ、今は静まり返っている。


八宝飯:おっ、羅盤の針はここを指してるぜ!八宝円匙……八宝円匙……オイラの円匙どこ行ったんだ……


 八宝飯が自分の八宝羅盤をまさぐっている間、傍にいた幼子は顔を上げて、草木を見つめたままボーっとしている辣子鶏の裾をそっと引っ張った。


猫耳麺:城主さま、貴方はいつも人参さまの兄弟子であると仰ってますが、お二人は……その……

辣子鶏:なんだ、俺が兄弟子には見えないって言いたいのか?あいつはな、昔から俺と風格が違うんだよ。

猫耳麺:では昔の人参さまは、どんな感じだったんでしょうか?

辣子鶏:昔のあいつは──


─────


講談師:玄武帝と言えば、少年の頃はこれはこれは立派な人物だった!文武両道で琴棋書画全てに精通し、その上体格が良く堂々たる容姿を持つ立派な少年だったのです。その傍らには、仙山からやってきた臣下がいた、玄武盛世の始まりは、彼の功労は欠かせないという。

講談師:この仙人は、手を挙げれば星月を摘み、手を振るうと未来が判るらしい……


 第一幕─少年狂・水中之月


玄武暦285年

少陽山


 パンッ──


辣子鶏御侍:待て、このクソガキ!!!!!

辣子鶏御侍:人参の小僧!どけ!今日こそこの親不孝者を成敗してやる──

辣子鶏:人参!!!どくな!!!


 耳元で騒音が響くのは日常茶飯事だ。高麗人参は目を開けると、自分の袖を掴みながら、墨がついた手で自分の背中に「兄弟子」と書いている者を見て、表情を変えずに軽いため息をついた。


高麗人参:……

辣子鶏:クソジジイ!機関鳥を一羽壊しただけじゃねぇか!火炎放射器まで使って、俺を追いかけんなよ!

辣子鶏御侍:だっ、だけだと?!このクソガキ!今日こそあんたを少陽山の桃花のよう赤く染めてやる!!!

辣子鶏:桃花は桃色だろ!この老眼ジジイ!!!うわあああ!!!髪!髪が!!!


 自分の周りをぐるぐると回っていた師弟が、騒いでいるうちに修行部屋を飛び出していくのを見て、高麗人参は仕方なさそうに首を振り、机の向こうで大人しく座っている少陽山の弟子たちに視線を投げかけた。


高麗人参:朝の読書を続けよ、気を散らさぬように。方は類をもって聚まり、物は群をもって分かれて、吉凶生ず。

少阳山众弟子:方は類をもって聚まり、物は群をもって分かれて、吉凶生ず。

高麗人参:天に在りては象を成し、地に在りては形を成して、変化見わる。

少阳山众弟子:天に在りては象を成し、地に在りては形を成して、変化見わる。


 朝の読書が終わると、服が墨にまみれた高麗人参は、汚れた服を着替えに自室に向かった。その時、窓の外から聞こえた小さな話し声に思わず足を止める。


少陽山弟子:聞いたか?

少陽山弟子:何を?

少陽山弟子:祖師が玄武族唯一の皇子の天命を変えた時、血を大量に吐いて寿命が削られたらしいぞ。その後すぐに閉関して、次いつ出てくるかわからないそうだ。

少陽山弟子:えっ?!祖師の寿命が削られる程の天命って、一体……

少陽山弟子:千載一遇の奇特な天命だとよ。卦によれば、この地に大きな転機をもたらすと同時に、この地を血で塗り替えるそうだ。

少陽山弟子:なんと?!

少陽山弟子:だから、その見た事もない天命を知った多くの人たちが、陛下に早めに彼を殺すように進言したそうだよ。あの素晴らしい陛下には、子は一人しかいないのに、どうして……はぁ……

少陽山弟子:それは酷すぎるだろう?!あの子はまだ何もしていないだろう、陛下はこの玄武国を救った大英雄だ。彼らは、彼らはよくもそんな事を……酷すぎる!

少陽山弟子:おっ、おい、そこまでにしとけ。

少陽山弟子:なんだ、酷いだろうが……あっ、ああ!鬼蓋師叔、どうしてこちらに……

少陽山弟子:今の時間は確か……もっ、申し訳ありません、軽々しく噂話をするべきではありませんでした。

高麗人参:良い、行きなさい。

少陽山弟子:では師叔、失礼いたします!

高麗人参:……天命……


6.若気の至り

 辣子鶏は自分のあごを触りながら、何か面白い事を思いついたようだった。


辣子鶏:お前らは見た事ないがな、あの時の木偶の坊は今より全然元気だ。あいつの背中に墨を塗ったら、額に青筋が浮かぶんだ。上手く隠しているつもりだったが、あの表情は実に……ぷっ……

猫耳麺:はぁ……

辣子鶏:あの時は、皆も活気づいていた。俺があのクソジジイと一緒に少陽山を下りた後、たまに里帰りした時、まだあいつの目はキラキラしたままだった。

辣子鶏:特にあのガキと知り合ってから、あいつがこんな表情をするのかと初めて知った。


玄武暦272年

少陽山


少陽山弟子:鬼蓋師叔。


 ゆっくりと目を開けた高麗人参は、目の前にある幾重にも重なっている祭天礼服を見て、微かなため息をついて立ち上がった。


少陽山弟子:はぁ……鬼蓋師叔、辣子鶏師叔はどうして師伯と共に少陽山を下りたのでしょうか……そうでなければ、貴方の今のお姿を見せられました。

高麗人参:余計な事を言わないように。

少陽山弟子:……はい。

高麗人参:今日は祭天大典の日です、慎みを持つように。

少陽山弟子:ハッ!


玄武国

祭天台


侍者:どうぞ、こちらへ。

少年玄武:フンッ――毎年大勢の人を使ってこの祭天大典をやっているが、災厄が減ったようにはまったく見えないな。

皇帝:愚か者!何を言っているんだ!普段甘やかし過ぎたようだな!少陽山尊者の後ろ盾がなければ、お前は生きていられなかったんだ!ああ……国師様!国師様よくぞいらっしゃいました。

高麗人参:少陽山は山野小門に過ぎません、国師には及びません。

皇帝:仙長よ、謙遜しないでくれ。長年少陽山が守ってくれたおかげで、この玄武国は安泰その物だ。災厄はあるが、総帥や仙長の助力で、どうにか危機を回避出来ている……

高麗人参:陛下の心が万民にある以上、少陽山は全力を尽くすべきです。陛下はどうか、初心を忘れず、万民の願いを聞き届け、万民の苦しみを感じてください。

少年玄武:フンッ、くどいな。

皇帝:こっ、この馬鹿息子!諸君、どうか大目に見てやってくれ。

高麗人参:問題ない。

少年玄武:おいっ、お前があの山にいる伝説の不老不死の天地の霊か?

高麗人参:仰る通りです。

皇帝:玄武!無礼だろ!早く謝罪しろ!

少年玄武:神とやらと仲が良いんだろう?

高麗人参:何故そのような事を。

少年玄武:不老不死ね……仙人になるため術を修めている者たちは、一生を掛けてもその境地にはたどり着けない。だが、お前は生まれながらにして不老不死だ。仙人修行をしている者たちの意義はいかに?

高麗人参:これは天命です。縁がないのなら、求めても、結果は伴いません。

少年玄武:天命?フンッ、俺はこの天命とやらを信じたりしない!

皇帝:玄武!ふざけるな!

高麗人参:……玄武?

皇帝:ああ……息子がこのような天命を持って生まれたのは、あの聖者が転生したからだと言う。故に、その方の名前を借りて、どうにか彼が道を踏み外さないようにしようとしたんだ。

少年玄武:フンッ!神とやらが俺は大陸にとんでもない災厄をもたらすと言うなら、絶対そんな事はしない!必ずや、この土地を更に良くし、この土地にいる全ての人を守って見せよう!

少年玄武:お前は不老不死の天地の霊だろう?ならよく見ておけ!そして神とやらに教えてやれ!俺はあいつを信じたりしない!俺は俺しか信じない!


7.少年有志

玄武暦265年

少陽山


少陽山弟子:聞いたか?

少陽山弟子:ああ、陛下のお体……

少陽山弟子:そうだな……祖師でも手の施しようがないそうだ。

少陽山弟子:皇子の少陽山での修行はこれで最後になるだろう……はぁ……あの頃はまだ小さな子だったのに……今は……こんなに大きくなって……

少陽山弟子:はぁ、皇子は琴棋書画に精通して、文武両道というのに、何故こんなにも鬼蓋師叔を振り回すのが好きなのだろうか。陛下さえ彼に手を焼いて、祖師も止めたりはしないし、その上師叔とは縁があると言い出す始末……

少陽山弟子:何の縁だろうか……はぁ……


─────


青年玄武:おいっ、木偶の坊。

高麗人参:……

青年玄武:チッ、木偶の坊!俺を無視するな!

高麗人参:……心をお鎮めください。

青年玄武:今回が、最後の修行になるだろう。心労が重なり、父上はもう長くはもたない。


 真剣になった青年に、ようやく高麗人参は微かに反応を示した。ゆっくりと、目を開いて青年の握りしめた両手を見る。


高麗人参:……陛下のような吉人は天が味方します。


 珍しく慰めの言葉を投げ掛けたが、青年はそれに気付かない。悲しみに沈んだ青年は拳をますます強く握りしめ、再び顔を上げた時、目には悔しさが滲んでいた。


青年玄武:今、玄武国内は安泰だが、玄武以外の諸国は満身創痍とも言える。戦火、飢饉、疫病などに見舞われているにも関わらず、貴族たちは完全に自分のことしか考えていない。救うには、膿を出すしかない。

高麗人参:……

青年玄武:父上は一生を尽くし、この土地にいる全ての人に良い生活をさせようとした。しかしその所謂天命が、父上の天よりも高い心意気と健康な体を奪った。

青年玄武:この土地は無数の苦痛を経て、火の海の中滅びると天は示した。そんなのは信じない、俺は天に逆らう。

高麗人参:子どもの妄言に過ぎません。陛下が為して来た事には、思慮があります。

青年玄武:木偶の坊、お前もこの世に生まれてまだまもないと聞いた。きっとお前の心の中にも、狂妄な一面があるだろう。

高麗人参:……

青年玄武:少陽山は俗世に干渉しないと言うが、災厄が降りかかった時、いつも寿命を犠牲にしてでも人々に警告し、天命に逆らってきたではないか。その純白の下にあるのは、いつ爆発するかわからない火山ではないか。

高麗人参:戯言は止してください、天命に背くことは出来ません。

青年玄武:嘘をつくな、俺は天下の人を救いたい、お前は天下の人を守りたい。だがこのクソみたいな天命は、全ての人が平穏な最期を迎えられないと言っている。それを受け入れろと言うのか?

高麗人参:……

青年玄武:俺は悔しい。必ずこのクソみたいな天命を打ち破ってやる。俺の天命だけじゃない、この天地の天命もだ!どうしようもない運命なら、一度だけでも良い、俺と共に狂妄の限りを尽くそうじゃないか。


─────


 苔だらけの岩の傍に座って、辣子鶏は組んだ足に自分のあごを乗せていた。少し離れた所で、八宝円匙を持って穴を掘っていた八宝飯が急に穴から顔を出した。


八宝飯:つまり、人参のやつ、前は今みたいに……今みたいに……その……

辣子鶏:今みたいに顔が死んでなかった。

八宝飯:オイラは別にそんな事なんて……

辣子鶏:フンッ、あのガキは前から雷に打たれても動じないヤツだったが、少なくとも笑うことはあった。


 ゴンッ──

 金属がぶつかり合うような音がして、硬すぎる石に円匙が震える。八宝飯は痺れた手を振りながらしゃがんで、微かに青く点滅している石碑を見つけた。


八宝飯:いっ……おいっ!チキン野郎!下りて来い!探しているのはこれか?

辣子鶏:……ああ、それだ。どけ、こっからは俺の出番だ。


 だが、辣子鶏の肩に乗っている離火が自らを彫刻刀の姿に変える前に、穴の中の石碑から溢れ出る霊力を辿って来た堕神が一行の前に現れた。


辣子鶏:……チッ、こいつらは何百年経っても変わらず鬱陶しいな。猫耳ちゃん、八宝飯、自分の頭をしっかり守れ!


8.三顧の礼


 不気味な生臭い匂いを放つ堕神たちを始末し、辣子鶏はイヤそうに手を振った。すると離火が橙色の炎を吐き出し、堕神の残肢を焼き尽くした。まだ白い煙をたてる枯れ枝以外、まるで何事も起こっていなかったようだ。


辣子鶏:フンッ、今までも俺様に勝てた事がないのに、まだ俺様に勝つ気か?

八宝飯:はいはい、自画自賛すんな、早くこの石碑の碑文を修繕してくれ。あと何か所も行かなきゃならないし。

辣子鶏:チッ……面倒だ。あの木偶の坊も俺様に報酬くらいくれねぇのか。

猫耳麺:ええと……お話を戻しますが、あの少年が人参さまが補佐する主になるんですか?

辣子鶏:……まあな。でもあの頃、そのガキはあの木偶の坊を口説き落とすのに、随分労力を掛けたみたいだったぜ。



講談師:伝説によると、玄武帝はその伝説の仙人の山に赴き、三回、三十回、三百回と頼んで、やっとその仙人に振り向いて貰えたそうだ。

講談師:あの仙人のおかげで、玄武帝の大軍は破竹の勢いで各地の敵軍を蹴散らした。

講談師:我らが光耀大陸も、これでようやく、天下統一を果たした──


玄武暦260年

少陽山


青年玄武:おい、人参、待ってくれ!!!俺と帰って、国師として、丞相として、共にこの大陸の千秋万歳を見守ろう!おいっ!そんなに早く歩くな!待ってくれ!

青年玄武:約束しただろ!反故は認めん!人参!おいこの木偶の坊!!!


 小走りで人参を追いかける青年を見て、出来立ての豚の角煮が入った鍋を持った東坡肉は眉を上げて振り返る。


東坡肉:……ん?あの小童は誰だ?

少陽山弟子:ああ、彼は玄武様です……いや、今は玄武陛下とお呼びしなければ。

東坡肉:……玄武?ああ、この地に大きな転機をもたらすと同時に、この地に血の雨を降らすことになると噂されていた奴か。

少陽山弟子:うん。

東坡肉:鬼蓋の小童に付きまとって、何をしているんだ?

少陽山弟子:陛下は鬼蓋師叔に下山させ、自分の国師にしようとしているそうです。

東坡肉:確か少し前に……下山してあの小童のために策を出していただろう、どうして戻って来たんだ?

少陽山弟子:先生、師叔の気性をよくご存じでしょう?この前は世間を苦しみから救おうと、目的が一致している陛下と共に下山しただけに過ぎません。

少陽山弟子:目的はもう達成していますし、苦しんでいた人々にも賢明な君主がいます。師叔が表舞台にいる気になれる訳がありませんよ……ウサギよりも逃げ足が速くなりましょう。

少陽山弟子:……しかし、坊さんが逃げてもお寺は逃げないと言うじゃないですか。それから陛下は毎日入口で待ち伏せしているんです。

東坡肉:毎日待ち伏せされているのに、追い出していないのか……なんとも、面白いではないか。


 東坡肉がふらっと高麗人参の住居の入口まで来ると、さっきまで人参の裾を引っ張ってついきた青年が、仁王立ちで怒りながら叫んでいた。


青年玄武:鬼蓋のポンコツ!この木偶の坊!!!腹が立つ!国師になれと言ったが、死刑囚になれとは言っていないだろう!死刑囚みたいな顔をするな!明日も来るからな!いつか絶対頭を縦に振らせる!


 怒りに任せて柱を蹴って走り去る青年を見て、東坡肉は失笑して高麗人参の住居に入って行った。そこには、庭に座って落ち着いてる様子で茶を沸かしている彼がいた。


東坡肉:その茶、煮え過ぎているぞ。

高麗人参:……っ!


 裾をあげて高麗人参の向いに座ると、東坡肉は片手で軽く袖を押さえ、もう片方で小さな茶壺を持って目の前の青年のために茶を淹れた。

 軽やかな水音と共に、二人の間にゆらゆらと湯気が立ち昇る。次の瞬間、先ほどまで隠者の雰囲気を纏っていた東坡肉は、豚の角煮が入った鍋を机に置き、ワクワクした顔で唾を飲み込んでいた。


東坡肉:ほれ、食べてみるが良い。山で放し飼いにした豚の一番良いバラ肉を、何時間も煮込んで作った角煮じゃ。

高麗人参:……

東坡肉:油っこくないし、肉の香りが口いっぱいに広がる。本当に食べないのか?

高麗人参:感謝します……しかし……

東坡肉:おお、うまい、うまいっ!最近の肉はどんどん美味しくなっているな……

東坡肉:鬼蓋の小童よ、旅をしている最中、あちこちで新帝を称える声を聞いた。新帝こそ天命の人だとか、新帝に家族全員を救ってもらったとか、新帝になってから皆腹いっぱいご飯を食べられるようになったとか……

高麗人参:……

東坡肉:何を悩んでいるか知らんが、さっきあの小童があんなに騒いでいたのに、叩き出さない上にそんな顔をしているのは、何か懸念でもあるのか?

高麗人参:先生、吾の使命はこの少陽山で天命を、衆生の悲しみを見守ることだと思っていました。しかし、何故か今は世に出て、彼の言う千秋万歳を見たいと考え始めております……

高麗人参:吾は何か……間違っているのでは……

東坡肉:ははははは!是非などは知らぬ。知っているのは、小童、お主もどうやら人並みに少年のような悩みを持っているらしいという事だ。良きかな、良きかな!ははははは!

高麗人参:……師叔……

東坡肉:やればいい。やらなければ、正しいかどうかわからない事もある。小童、やるなら大胆に行け!時が過ぎてから何故やらなかったかと後悔するな。少陽山はここにある、永遠にお主の後ろにな!



 第一幕─少年狂・水中之月 完


9.機関城へ進発


 辣子鶏が離火が変化した彫刻刀を握って、碑文修繕に専念している一方、黒無常も明四喜を案内して鬼山と呼ばれている酆山の最深部を訪れていた。


油条明四喜様、こちらへ。

明四喜:ありがとうございます、無常様。


 隠れている地府の通路は深く長い。石畳には古い不気味な模様が描かれていて、誤って踏んでしまうと命が奪われる仕掛けもある。


明四喜:天地から生まれた食霊にとって、それ程脅威にはならないが……

油条:……明四喜様はいらした事があるのか?馴染みがあるように見えるが……

明四喜:たまたま、似たような陣法を見たことがあるんです。


 黒無常と呼ばれている青年の口数は多くない、会釈をして案内を続けた。間もなく二人は厳かな巨門の前に辿り着いた。


 ゴオォ──


 巨大な門がゆっくりと開かれ、大陣の中にいる白い青年に、この世のものではない錯覚を感じた明四喜。大陣の中何千年も変わらない高麗人参を見て、軽く声を上げて笑った。


高麗人参:無常、影に隠れている者を連れて、この場を離れなさい。

ヤンシェズ:……

明四喜:差支えない、ヤンシェズ、無常様についていきなさい。

ヤンシェズ:……危険。

明四喜:言うことを聞きなさい。

ヤンシェズ:……はい。


 タタタッ──

 足音が聞こえなくなるほど遠くなると、明四喜は巨大な玄鉄門の中に入り、大陣中央でじっと座っている青年を見た。


明四喜:……久しぶりですね、鬼蓋。


 ため息に近い沈黙の後、高麗人参はゆっくりと両目を開け、数え切れない程の歳月によって姿を変えられた故人を見つめた。


高麗人参:お久しぶりです……直接来て頂かなければ、吾も貴方であると確信が持てませんでした。

明四喜:山海と歳月も変わる、ひとが変わらないことがあろうか?


 青い光が消えていくと、石碑のそばに立っていた辣子鶏はホッとしたように額の汗を拭った。


辣子鶏:よし。次はどこだ?

八宝飯:どれどれ、そうだな……機関城で行けば遠くない、東海の方だ。それにしても、もっと近い場所があるのに、なんで先に遠い方に行くんだ?

辣子鶏:順番通りにやらないと問題が発生する。それに……

八宝飯:それに?

辣子鶏:……あそこを全ての終わりと新たな始まりにするのも、悪くない選択だ。


10.機関城往事

機関城


 白い雲が横切っていく、穏やかな風が吹いていて、眠気を誘う。いつもなら機関城の頂きで風に当たる辣子鶏だが、今はただ静かに遠くを見つめていた。


マオシュエワン:あんたが行け!

八宝飯:あんたらが行けよ?!

マオシュエワン:兄弟だろ!

八宝飯:あんたらも兄弟だろうが?!ちょっ!押すな!行けば良いんだろ、行けば!


 騒々しい連中に押し出された八宝飯は、転んでしまったがすぐに立ち上がる。痛い程に沈黙している辣子鶏を振り返って、頬を掻いてこう話しかけた。


八宝飯:コホンッ、チキン野郎、どうしたんだ?あの講談師の話を聞いてから、ずっと黙ったままで。

辣子鶏:うるせぇ、一人にしろ。最近機関城の出費が酷くて、それで悩んでんだ。

八宝飯:ほぉ!まさかお坊ちゃんが機関城の出費を気にする日がくるとは!なぁ、猫耳ちゃん!早く腐乳やリュウセイたちを呼んで、荷物をまとめるように言っておけ!これは雹が降るぞ!!!


 ゴオォ──


八宝飯:いっ!あっち!!!

辣子鶏:引っ込んでろ、猫耳ちゃんに悪影響を与えんな!


 いつも無神経な辣子鶏が顔をしかめているのを見て、八宝飯は唇を尖らせ軽くため息をついて、彼の肩に腕を回した。


八宝飯:あらーお坊ちゃん、我らのお坊ちゃんよ、一体どうしたんだ?見たこともないような浮かない顔をしてるぞ、自覚ないのか?

八宝飯:なんかあったんなら言えよーほら言ったらスッキリするぞー


 能天気な奴に当てられたのか、口を閉ざしていた辣子鶏は息を吐いてゆっくりと口を開いた。


辣子鶏:玉京での出来事で、昔の事も引っ張り出された。人参の奴もまた急に俺を呼んで、大事にしている法陣の修繕を頼んでくるし……

辣子鶏:なんか、これから大変な事が起きる気がして……


 パンッ──


辣子鶏:……なんで俺の頭を殴るんだ!!!喧嘩売ってんのか?!

八宝飯:オイラが知ってる辣子鶏はこんな感傷的になる奴じゃない。白状しろ、あのチキン野郎をどこに売ったんだ?!いくらで売れた?分け前をよこせ!

辣子鶏:お前!!!

八宝飯辣子鶏、このばか野郎!あんたは地蔵に自分も当事者だってよく言い聞かせていたけど、今度はあんたがここ機関城にいる何千何百と、我々地府の兄弟がいることを忘れているじゃないか!

辣子鶏:……

八宝飯:例え天が崩れても、あんたと地蔵にしか背負えない訳ではない。昔何があったかは知らないが、これから起きる事なら皆一緒に背負える。

辣子鶏:おい!手を放せ!窒息する!!!

八宝飯:早く言え!何があったんだ!!!

辣子鶏:言う、言うからはなせ……俺は、ずっと昔の友人の事を、認識出来なかった。

八宝飯:友人?

辣子鶏:……友人と言うより、悪友に過ぎない。

八宝飯:……ならどうしてわからないんだ?そんなに大きく変わったのか?

辣子鶏:……そうだな、かなり大きな変化だ。

辣子鶏:完全に分からなくなる程に……

辣子鶏:一体、誰があいつをこんな風にしたんだ……

辣子鶏:……いや、変えられるのは一人しかいない……

11.鮫人初現


講談師:かつて──

講談師:千百年前、風雲変幻、この光耀大陸はなんと良い場所だったか!傑出した人物がいて、万物に神が宿っていた。

講談師:だが伝説の珍獣らも多く発生していた。東には年獣、西には花神、今日は沢獣、明日には災厄。普通の人の生活は、なんと苦しいか!

講談師:何故突然伝説の神物について語っているかって?それには訳がある。神物よりも神がかっていた玄武大帝のそばには、兵略家の仙人と一騎当千の殺神、そして尾を振るうだけで荒波を起こし、身を翻せば雷をも起こせる神物がいたのだ。

講談師:その神物は、東海の彼方から現れた鮫人だと言う。鮫人とは何ぞや。

講談師:鮫人鮫人、人の形をしているが魚の尾を持っているという。その声はとんでもなく美声で、船頭も漁師は魅了されてしまいあっという間に海に落ちて魚の餌食になってしまうそうだ。

講談師:しかし、風雨を操り河山を定められる神物だ。鮫人に見染められれば、必ず大事を成す。海戦の際万船を席捲出来、陸戦の際風雨を思うままに操れる。どうだ、敵にしたくはないだろう?

講談師:鮫人を欲しがる者は皆浜辺へと走って行ったが、鮫人はそう簡単に落とせるものではない、全員返り討ちに遭ったという。

講談師:そこで、鮫人を得た者は──

講談師:天下の主になれる!という説が、いつしか生まれたのだ……


─────


青年玄武:なあ人参、鮫人は本当に存在するのか?本当に尾があるのか?水中で呼吸出来る?魚を食べさせたら共食いになるのか?どうなんだ?

高麗人参:……陛下、もう良い歳ですし、立ち振る舞いを気にしてください。

青年玄武:お前、我が国師になれと言ったが、俺の師になれとは言っていない、毎日立ち振る舞いの事ばかり。俺に言わせれば、お前はあの年寄りたちよりずっと堅苦しいぞ!ピータンもそう思うだろう!

ピータン:ふっ、主上の仰る通りです。

高麗人参:……

青年玄武:おい、怒ってんのか?怒んな、おい待て!!!せっかくうるさい連中から逃げて来たんだ、これは「民のために害を排除する」ためだ、サボりではない!

ピータン:……ただ、あの鮫人が僕たちと同じ天地の霊なのか、それともあの穢れた怪物なのかは分かりません。

青年玄武:どうでも良い、行けば分かる。天地の霊であろうと、穢れた怪物であろうと、これ以上海辺の漁民に害を与えてはならない。

高麗人参:……しかし、陛下が自ら行く必要は……

青年玄武:お前たち二人がそばにいてくれる!何も心配する事はない。お前が喧嘩したくないなら、ピータンがいる!

ピータン:必ずや主上と鬼蓋を守り通します。

青年玄武:ははっ、あの鮫人ですら二人には敵わないだろうな。二人がいれば、この世で怖いものなどない!

明四喜:フンッ、生意気な。


 気付くと、三人の耳に冷たい冰水のような声が届いた、そのあまりの冷たさに三人は無意識に身震いした。

 顔を上げると、目の前に広がる景色に一瞬言葉を失った。

 曇り空の下、荒波が押し寄せる海岸に、一尾の鮫人が天に近い岩の上に座っていた。その美しい尾は、まるで夜空に輝く星のように光っている。荒れ狂う波が、岩に打ちつけては白く砕けても、彼の大きな尾びれには少しも飛沫はつかなかった。


明四喜:ここは私の領地だ、勝手に踏みこんで勝手なことを言うな。海水で咽る感覚をそんなに味わいたいのか?


 第二幕─少年意・鮫人夜歌 


─────


八宝飯:つまり、あの明四喜は、あんたが昔知り合った鮫人だって言いたいのか?

辣子鶏:……はい。

マオシュエワン:だけど、鮫人って皆上半身は人型で、下半身は魚の尾になってんじゃねぇのか?

辣子鶏:最初は確信はなかった。あいつは尾がなくなった上に、白かった髪まで色が変わっていたからな。

マオシュエワン:……我々食霊は確かに生まれた時の姿形を変える事が出来る……だけど、それなりの代価が必要だろう……?

辣子鶏:……はい。

回鍋肉:着きました。

辣子鶏:もう二つ目の石碑の近くに着いたのか。

回鍋肉:ええ、氷粉は堕神がいると言っています。

辣子鶏:ちょうど良かった、今俺様の気分は最悪だからな。


12.海晏河清の約束


 地面に露出した石碑を囲んでいた堕神を掃除し終えた辣子鶏は、浜辺に出てキラキラと光る海面を眺めた。まだ怒りが収まっていないのか、海水によってゆっくりと消えていくはずの火の粉はまた飛び散った。


八宝飯:うわっ!!!チキン野郎なにしてんだ!ビックリしただろうが!

マオシュエワン:機関城のおばさんたちが言ってた、年を取ったらなるアレじゃねぇか……アレだ……こう……更……

辣子鶏:誰が更年期だ!!!

猫耳麺:城主さまは……自分に怒っているのでしょう……昔の仲間に気付けなかった事に。

辣子鶏:フンッ、俺様はあんな奴のために腹を立てたりはしねぇ!

八宝飯:それにしても、鮫人とどうやって知り合ったんだ?

辣子鶏:……玄武が海釣りに行った時、間違えて釣ったって聞かされた。

八宝飯:え?


─────


明四喜:貴様ら!ひとを馬鹿にするのも大概にしろ!私……私でなければ……

青年玄武:流石東海の鮫人だ!

明四喜:……

青年玄武:本気で褒めている!この玄武の覇業の立役者である不老不死の天地の霊二人が、力を合わせてやっと一人、いや、一尾を捕まえる事が出来た。お前は思っていたよりもずっと強い!

明四喜:……

青年玄武:俺と一緒に来て、天下泰平を求めよう。達成すれば、どこの海に行っても構わない。その時になれば、波風に悩む者も、海戦をやる者もいなくなる。さらには泣きながら海に飛び込む者もな、どうだ?

明四喜:……同胞でもない貴様を助ける義理はない。

青年玄武:お前もまだ生まれてそんなに経っていないだろう、どうしてそう古臭い事を口にしているんだ。ほら、お前の同胞が二人もいるだろう?

明四喜:フンッ、人族の言う事は信じられん。

青年玄武:面白い。お前はいつか必ず俺のもとにくるだろう!

明四喜:誰が人間なんか信じるか!放せ!

青年玄武:ピータン、そいつの縄を解いてやれ。

明四喜:これ以上馬鹿にするな……ん?!私を解放するのか?

青年玄武:ああ、もちろんタダでは解放しない。条件を呑んでくれたら、解いてやろう。

明四喜:……どんな条件だ?

青年玄武:うむ、よく聞け。今度また天気と海を荒らして、漁民の妨げをしたら、今度こそ叩きのめしてやる。わかったか!

明四喜:……

青年玄武:それはどういう顔だ?聞こえたか?


 バシャーンッ──


 青年の問いに応えるかのように、巨大な尾に煽られた海水が青年の顔に打ち付けられた。傍らにいた高麗人参は、仕方なく袖から柔らかな手ぬぐいを取り出し陛下に渡した。


高麗人参:天地の霊は傲慢です、陛下が欲しいと言えば手に入れられる訳ではありません。水の中に引きずり込まれなかっただけで幸運と言えましょう、次は手助け致しませんよ。

青年玄武:フンッ、お前がいなくともピータンは助けてくれる。

ピータン:主上は何故彼を望むのですか?干ばつのためでしょうか……しかし鮫人と言えど、彼もまた我々と同じ普通の天地の霊であります、風雨を操る力などないでしょう。

青年玄武:風雨を操れなくても問題ない。鮫人の目は冷たいが、悪意はなかった。

青年玄武:見てみろ、あの怪物の死骸がそこら中に散らばっているが、人の骸は皆無。鮫人は随分昔から噂になっているが、どうして今年になって急に漁民の邪魔をするようになったか。

高麗人参:陛下は、彼の事を……

青年玄武:怪我をしているにもかかわらず、二人の攻撃から生き延びた。全盛期であれば、俺の手にも及ばないだろう。

高麗人参:……

青年玄武:ここが俺の土地である以上、鮫人も、人族も我が民だ。人族を守っているのに、鮫人を見捨てる訳にはいかないだろう?

ピータン:しかし主上、彼が主上の好意を受け入れるとは限りません。

青年玄武:俺の気持ちなどどうでも良い。例え彼が望まなくとも、この地に一日でもいれば俺が守ってやる!人参、ピータン、この海底の怪物を全て掘り出せ、塵一つ残すな!

ピータン:ハッ!


 少し離れたところの海面に微かな波紋が広がっていた。高麗人参だけがそれに気づき、すぐに視線を戻した。淡く笑いながら、ピータンに指示を出している青年帝王の傍に戻る。


青年玄武:どうした人参、何を笑っているんだ?

高麗人参:この風雨の後、きっと空に虹が架かるでしょう……


13.魚鶏の争い


辣子鶏:……玄武が海釣りに行った時、間違えて釣ったって聞かされた。

八宝飯:え?

辣子鶏:さあ?俺はそん時クソじじいと修行してたんだ、帰って来た時には既にあのガキのそばにいた……


─────


 辣子鶏が鮫人を見たのはそれが初めてだった。

 本物の鮫人。

 正真正銘、徹頭徹尾、尾で人の顔目掛けて水しぶきを上げてくる鮫人。


辣子鶏:ペッペッ、チッ!おい木偶の坊!!!お前らのその鮫人とやらはどういうつもりだ!!!初対面の俺様に水を掛けて来やがった!!!


 辣子鶏の言葉に応えるかのように、池を自由に泳いでいた鮫人は思い切って尾を振り、今度は水草から錦鯉まで彼のもとに飛んできた。


辣子鶏:……

辣子鶏:……

辣子鶏:………………

辣子鶏ピータンのバカ野郎、手を放せ!!!俺様は今日このクソ魚を懲らしめてやる!!!どっちかが死ぬまでな!!!!必ず焼き魚にしてやる!!!!!


 「水と火」のように相容れないからか、一人は冷たく、もう一人は熱い、一人は傲慢、もう一人は自惚れ、初対面からお互いを敵視していて犬猿の仲である。


高麗人参:彼を怒らせるからですよ。


 いつも淡々としている高麗人参だが、突然春風のような微笑みを浮かべた。水草だらけの辣子鶏もその笑みから目を逸らせず、鮫人に怒りをぶつける事すら忘れ、すぐさま高麗人参の首に腕を回した。


辣子鶏:なんだ?!うちの木偶の坊をこんなに笑顔にさせるとはな!!!クソ魚!見ろ!そして覚えろ!この人参ですら笑顔を覚えたんだ!お前はいつになったら良い顔を見せてくれるんだ?!

明四喜:フンッ。笑いたくもないのに笑ったら、醜いだろう。


 バシャーンッ──

 鮫人はまた尾を水面に叩きつけ、辣子鶏がずぶ濡れになった。


辣子鶏:バカ野郎!!!今日こそ焼き魚にして食ってやる!!!!!

東坡肉:ハハハハハ!まあまあ、ここは玄武宮の花園だ、少陽山ではない。このまま騒いで、玄武の小童の臣下に見られてしまうと、また少陽山は天地の霊を盾に王権を蔑ろにしていると言われるだろう。

青年玄武:王権を蔑ろにして何が悪い?友人と騒ぐ事すらできない王権なぞいらん。


 突然花園に声が響き一同は驚いた。少陽山で初めて見た時はまだ幼かった少年が、今ではすっかり幼さが消え堂々とした青年になっていた。


 バサーッ──


 水の音がした、池から顔を出した青年はいつも通り冷たい表情を浮かべていた、まるで顔を出したのは気まぐれだったかのように。しかし、その様子を見ていた辣子鶏は、弟弟子の傍に近づいて、耳元でこうつぶやいた。


辣子鶏:あの鮫人、名前も教えてくれない癖に、いつも玄武の奴が来るとすぐに水から顔を出す。玄武の小僧あいつに何をしたんだ?それにお前もあのピータンも、天地の霊なのに、どうして二人してあいつの……パシリに……

高麗人参:……師伯がその言葉を聞いたら、また叱られますよ。

辣子鶏:ハッ!いねぇし、聞こえねぇからいいだろ。

高麗人参:そなたにとっての師伯が、彼にとっての陛下です。

辣子鶏:……師弟関係という事か?

高麗人参:そなたが師伯に助力し、あの機関城を作っているのは、ただ師弟であるからですか?

辣子鶏:……

高麗人参:言葉に出来なくとも問題ありません。吾もどうして陛下を助けたいのか分からぬのと同じです。ただ彼のために、この天地のために、より多くの物を残したいだけなのです。


 第二幕─少年意・鮫人夜歌 完 


14.弁法


 石碑を修繕しながら辣子鶏は過去を語った。それを聞いて、巨大な猫の上に座っている猫耳麺は思わず憧れの表情を浮かべる。


猫耳麺:なんだか……あの頃の皆さんは……楽しそうですね……あの頃に皆さんと知り合えたら……


 刻む指が止まった。俯いている辣子鶏は、何とも言えない笑みを浮かべた。


辣子鶏:……あの頃の俺たちは、確かに楽しかった。

辣子鶏:全てが夢のようにな。

辣子鶏:しかし、猫耳ちゃん、あれは結局のところただの美しい夢でしかなかった。


 第三幕始─少年酔・桃源夢境


青年玄武:人参!お前の考えはあまりにも甘い!被害者は受け入れられると思うか?!

高麗人参:人の命を奪ったことは許されない事です、しかし誰もが救えない訳ではない。人の心を裁き、陰陽を断てる場所がもしあれば、善念のある者に善をもって罪を償ってもらう事が出来ます。

青年玄武:人の心を裁いて、陰陽を断てる所などない!いずれにせよ、生殺略奪は人倫に反する、我らが決して触れてはならぬ一線である。それを越えた者は、もう人とは言えぬ!

高麗人参:陛下のお考えは臣も承知しております。しかし心に善念があれば、やり直す機会を与えるべきです。人を治めると共に、心も救わねばなりません。

青年玄武:しかし口では何とでも言えるだろう、まさか一人一人鉄板や鉄鍋に置いて、拷問して本音を引き出そうと言うのか!


 コンコンッ──


青年玄武:誰だ?!急用でなければ、明日にしろ!


 コンコンッ──


 青年の苛立ちに気付いていないのか、扉を叩く音は続いた。次の瞬間、お酒の香りが部屋の中に漂った。


明四喜:酒を飲もう。

高麗人参:……泉先、吾と陛下は……

明四喜:まだ話が終わっていない事は分かっている、しかしそれは答えの出ない話だ。これ以上話し込んでも、何も得られないだろう。

高麗人参:しかし……

ピータン:それより、気持ち良く飲んだらどうだ。

青年玄武:……ハハハハ!そうだな、議論しても答えが出ないくらいなら、いっそ飲んだ方が良い。どんな問題でも、お前らが傍にいてくれたら、きっと良い結末を導き出せるだろうな!

高麗人参:……ふふっ。

高麗人参:ははっ!そうですね、きっと良い結末を導き出せましょう!必ずや!


 これ程に明るい笑顔を見せたことのなかった高麗人参は、その夜初めてこんな風に笑った。目の端に露に似た水滴を垂らし、目元はその夜の弦月のように曲がっていた。

 その夜、天地の霊と普通の人族は、皇宮の高い屋根の上に座っていた。手に持っていたのは、決して高価とは言えないが、口から喉まで焼き、心まで熱くする普通のお酒だった。


青年玄武:今夜は無礼講だ!君臣も種族も関係ない!ここには兄弟四人しかいない!月を証とし!例え前途が険しくとも。

ピータン:物や人が栄えますように。

明四喜:川は清く、海は穏やかでありますように。

高麗人参:平和でありますように。

青年玄武:この偉大なる大地がいつまでも晴れ渡りますように!!!


 カンッ──


 四人は月を指さし、星を眺め、手にした白く澄んだ杯を揺らした。その杯には月が映り込んでいて、澄んだ音の中、光を帯びた花を咲かせた。


15.山河の名


辣子鶏:つまり──


 その日、ちょうど少陽山では穢れた怪物の始末をする時期だった。高麗人参が下山してから、少陽山を「去った」はずの辣子鶏に、日々の苦労が降りかかった。


辣子鶏:つまり──名前を考えるために追い出されなかったら、今年は少陽山に戻るつもりはなかったのか?!最近はこの怪物も増えているし、誰がそれを掃除しているかわかってんのか?!

辣子鶏:誰だと思う?!お前の偉大なる兄弟子である俺様だ!なのに、兄弟子と呼んでもくれねぇとはな!!!

高麗人参:コホンッ、兄弟子、師伯、少陽山の事を守ってくださり、誠にありがとうございます。

辣子鶏:……あっ、兄弟子……


 落ちつきすぎた後輩が自分のことをそう呼ぶのを初めて聞いた辣子鶏は、文句を言おうとしていた言葉を飲み込み、何故か耳が赤くなっていた。ニヤニヤしている東坡肉を見て、彼は地団駄を踏んでその場を離れた。

 腹いせでもするかのように、いつもより高く燃え上がった炎が、弟子たちの裾を焦がした。高麗人参の隣にいた東坡肉は笑いながら首を横に振った。


東坡肉:子どもが怒っているだけじゃ、彼に構うな。鬼蓋の小童よ、お主がやりたい事を見つけたのなら、それに越した事はないが、今回わざわざ少陽山へ帰ったのは、何のためじゃ?

高麗人参:陛下はこの地を統一されてからずっと、名前を付けたいと思っていました。そうすれば、以前は別の国であっても、別の家であっても、今は同じ故郷に出来ると。

東坡肉:それは大仕事じゃな。

高麗人参:ええ、近頃陛下と吾らは何千何百もの名前を考えて来ました、しかしどれもこの地に相応しくないと……

東坡肉:で……それから?

高麗人参:……陛下は……この仕事を吾に任せた、その上思いつかなければ公務には戻るなと言われました。幸い、選択肢はいくつか与えてくれた……ただ、吾には……決められません。

東坡肉:どれどれ……そうじゃな……どれも悪くないな。

高麗人参:……はい。

東坡肉:この問題は、吾も小童も答える資格はない。お主の心に、この大陸にどんな名前を一番望んでいるかを問うしかない。


 東坡肉の長い指が高麗人参の胸をそっと指さした。幾重にも重なった布に隔たれているが、穏やかそうな青年の肌の下の鼓動が伝わってくる。


東坡肉:お主たちの願い、お主たちの祈り、この土地に対するお主たちの祝福。

東坡肉:お主たちにしか答えは出せぬ。

東坡肉:行け、彼らのもとへ行くと良い。ここは、吾らに任せよ。


16.「光耀大陸」


 これは高麗人参が歩いた一番長い道だった。

 何千回も上り下りした山道はこの時だけは長く見えた。足を速めても、周りの景色はそれ以上速く流れているようには見えなかった。

 数え切れない程の文字が頭の中を漂い、一文字一文字全てに祈りが込められていた。

 これは彼らにとって世界で最も素晴らしい土地だ。

 辛い事があっても、悲しい事があっても、彼女はこの地に立つ一人一人を優しく包み込んでくれた。

 骨肉をもって山川となり、毛髪をもって万千の草木となり、しとしとと降る秋雨は彼女の涙であり、のどかな春風は彼女の笑顔である。

 秋はまだ終わらない、まだいくつかの葉はもがいて枝にしがみついている。柔らかな枝は急いで通り過ぎる青年の頬を撫でた、青年の顔は喜びに満ちている。

 彼らはこの世界で最高のものを、彼らの心の中で考えられる全ての祝福を、この地に与えようとした。

 靴には泥がつき、裾には昨日の雨のせいで斑に泥がついていた。高麗人参はこの世に生まれて以来、これほど狼狽したことはなかったが、少しも不満を抱いていない。

 明四喜ピータンは初めてこんな高麗人参を見た。いつも襟を正して座っている彼の額には汗が浮かんでいる、しかしその目は、冬の金烏よりもいっそう明るく輝いていた。


青年玄武:なんだ?もう帰って来たのか?

ピータン:名前を決めたのですか?

高麗人参:耀。

明四喜:耀?

高麗人参:耀、光耀大陸。

高麗人参:彼女が、彼女の名前のように、いつまでも光に照らされていて、手の届かない暗闇がないままでいて欲しいです。

高麗人参:いつも希望に満ちていて、悲しみのない、明るい未来を。

高麗人参:吾らの故郷は、耀です。


 第三幕─少年酔・桃源夢境 完


17.栄えれば廃る


辣子鶏:兄弟子って呼ばれたのはそれが初めてだった、昔のあいつは強情で、誰のおかげなのか分からないが、あの時初めてあいつから人間味を感じた……

八宝飯:……地蔵にもこんな時があったんだな。

辣子鶏:だが、それからの事は俺も良く知らねぇ……


 皆が過ぎ去った歳月を嘆いていると、少し離れたところから強烈な肉の匂いがしてきた。ほんのりとお酒の香りがする濃厚な肉の匂い、鍋がぐつぐつと音を立て、そして赤いバラ肉は長い時間をかけて丁寧に煮込まれ輝きを放っていた。


 ぎゅるる──


 誰かの腹が意気地なしに鳴り、皆は思わず機関城の上から見下ろしている者を見つめ唾を飲み込んだ。


東坡肉:ハハハハ!小童らはそこにいたのか、おとぎ話をしているのか?


 笑い声に混じって、箸を鳴らす音も聞こえ、お腹を空かせた一行の目は来訪者を見るたびに輝きを増していった。


猫耳麺:はい!城主さまが昔話をしてくれています!

東坡肉:……昔話か。ははっ、良きかな。どこまで話したんだ?

猫耳麺:先程、人参さまが光耀大陸の名を決めた所まで話してくださいました!しかし、城主さまはその後少陽山を離れていたみたいなので、その後の話を良く知らないそうです……

東坡肉:……もうそこまで聞いているのか……なるほど……さあ、食べると良い、出来立てだから美味しいぞ。

八宝飯:……なあ、東坡先生、あんたも少陽山にいたんだろ?その後の事、何か知らないか?


 鍋を持って皆に肉をよそっている東坡肉の手が止まった、そして笑みも少し消えた。彼は大人しく自分を見つめる子どもらを見て、座って軽く息をつき、辣子鶏を振り返った。


東坡肉:次は、そこだな……

辣子鶏:うん。

東坡肉:じゃあ、行きながら話そうか。


 巨大な機関城は止まっていた場所から再び飛び立ち、料理の香りと天上の城ならではの絶景が相まって、まるで夢のようだった。

 ご飯をかきこみ、口の端の米粒も取らずに、自分を見つめる子らを見て、その様子が可笑しく思ったのか東坡肉は笑いそうになった、でも哀愁も漂っていた。


東坡肉:当時、吾らは皆、長い人生の中で最高の瞬間だったと言ったが、その後吾らは……最高という言葉は、誉め言葉ではなく、むしろ呪いのようなものだと知ったのだ。

猫耳麺:どうしてですか?

豆汁:最高の後には、もう何もない、全ては悪くなるばかりだからね……

東坡肉:ハハハッ、忘川の小童は流石だな。

東坡肉:夢のような時間だった、誰もが瞳に野心を描き、一瞬一瞬が詩のように唱えられ、例え厳しい冬でも暖かい春のようだった。

東坡肉:しかし、それが夢である限り、目覚める日はやってくる……


18.邪神再臨

玄武暦258年

玄武殿


臣下:……陛下、最近、邪獣の被害を受けている町がますます多くなりました。さらに海の外からやって来ているようです……

青年玄武:ああ、分かっている。それ以上は何も言うな、孤が何とかする、下がれ。

臣下:ハッ!


 袖を揃えてゆっくりと下がる臣下は、若い帝王の顔色を伺う事も出来ず、一歩一歩後ずさって、ガランとした大殿から逃げるように立ち去った。

 すれ違った高麗人参は、ゆっくりと青年の傍に歩み寄り、帝王の肩に手を置き、手のひらの温度で彼を落ち着かせようとした。


青年玄武:……帰ったか。辣子鶏……彼の様子は?

高麗人参:師伯が亡くなった事で、相当堪えているようです。しかし、臣は彼を信じています、きっとすぐにそこから抜け出せるでしょう。

青年玄武:すまん、色々ありすぎて、あのお方を見送りに行くことも出来ないでいる……

高麗人参:兄弟子は気にしたりしません。ただ、しばらく閉じこもると言っていました……師伯の機関城を完成させると。

青年玄武:……わかりました……


 何と言っていいのかわからず、ガランとした大殿の中は静まり返っていた。しばらくすると、帝位に就いた青年は、頭上の龍の彫刻を眺めながら口を開いた。


青年玄武:……人参、これは弧に対する試練だろうか……光耀大陸を統一してから、どこからともなく、あの邪獣が次から次へと出て来た。小物が食料を盗むだけだったのが、今では人を傷つけるようになった、しかも数えきれない程にな。

高麗人参:これは陛下のせいではありません。

青年玄武:しかし、それは弧の責任だ。どうだ、邪獣の大元を見つけることは出来たのか?

高麗人参:東坡先生の伝書によると、あの邪獣共は心の中の悪念から生まれたもので、絶滅させる方法はまだ見つかっていないそうです。天地の霊がそれらと相克している事しかまだわかりません。

青年玄武:……

高麗人参:しかし、彼は……殺す方法はまだ見つかっていないが、もしかしたら、あるかもしれないと言っていました。

青年玄武:何か策があるのか?

高麗人参:少陽山の典籍に、かつて四聖が邪獣一族と戦った事があるという記述が残っているそうです。その後、邪獣はしばらく姿を消し、少しの生き残りだけが残って、また今日力を付けたと。しかし、四聖が用いた法については記載がありません。

青年玄武:……四聖……伝説じゃないのか?人参よ、お前はいつからあんな得体の知れないものに頼る気になったんだ。光耀大陸を守るのは、我々の役目だと思っていたが……

高麗人参:陛下、臣の話を最後まで聞いてください。

青年玄武:……はい。

高麗人参:四聖は伝説ではありますが、痕跡がない訳ではございません。少陽山の始祖は青龍聖君に師事をしています。聖君の力に頼るべきではないが、今は存亡が掛かっています。邪獣を殺す方法だけでも、請うべきではないでしょうか?

青年玄武:……青龍聖君はどこにいる?

高麗人参:東坡先生の伝書によると、聖君はどこかに隠居しているそうです。既にピータンと泉先に準備させております、すぐに出発出来ます。

青年玄武:よし!では直ちに向かおう。


 第四幕─少年愁・重楼幻影



19.青龍探訪


東坡肉:その日、九死無生の密林に入っていく彼らを見送った。

東坡肉:一歩一歩成長していく驕児たちを見守って来た吾は、彼らが全ての絶境を打ち破るに違いないと期待していた。

東坡肉:しかし吾は忘れていた、誰しも限界があるということ。吾だけでなくて、誰もがその事を忘れていた……

東坡肉:誰もが畏敬の念を忘れた時、天地はお主に自らの小ささを思い知らせる。


─────


東坡肉:……圣君所憩之所便在此处山谷之中。

青年玄武:……はい。

東坡肉:……光耀大陸がこのような災難に見舞われ、悔しいだろう。結局他人の力を借りなければならなくなった、聖君はこの世の者ではない……お主ら……

高麗人参:先生、これ以上は、吾らは聖君に対して礼を欠く事は致しません。

東坡肉:……

高麗人参:これは天下に関わる事だ。自分の一存で、自尊のために避けて通れるものではない。

青年玄武:悔しさがないと言えば嘘になるが、我らはもうあの頃の少年ではない、肩にはこの重い千秋万歳、無数の国民の苦しみがある。

青年玄武:意地だけでは、我らを信じてくれた目を忘れてしまう。それこそが本当の敗北だ。

青年玄武:光耀大陸を救えるのなら、頭を下げるどころか、土下座してでも、この命を持って行かれても、文句は言わない。

東坡肉:ペッペッ、そんな縁起でもない事を言うな。この山谷は聖君の霊気が溢れ出ているせいか、霊智をもった霊獣や霊植にまみれている。他人を嫌う凶獣や人の血肉を喰う妖花もある。大変危険だ。

ピータン:ありがとうございます、主上を必ずや守って見せます。

東坡肉:ここに辣子鶏がいれば、その毒の瘴気も離火の火で消せたがな……

明四喜:これは自分たちの役目だ、あいつは自分の事をすべきだ。

東坡肉:……お主と彼とは犬猿の仲に見えるが、彼の事はちゃんと気にかけているようじゃな。

明四喜:フンッ、ただのうるさい奴だ。

東坡肉:わかっている。あの小童は確かにうるさい。そろそろ出発の時間だろう。

高麗人参:先生。

東坡肉:……どうした?

高麗人参:先生、こちらまでお送りいただければ結構です。

東坡肉:……

高麗人参:少陽山を守る者がいなくなってはいけません。吾らなら多分……

青年玄武:多分などない。

高麗人参:……

青年玄武:先生、少陽山へ帰って、良い知らせを待っていろ。

東坡肉:……ああ、少陽山で待っている。

青年玄武:安心しろ、必ず帰って来よう!あの邪獣、穢獣共を殺す方法を持って、必ず帰って来る!

暴飲王子:なんだ?なんだなんだ?天地の霊じゃねぇか、自分からやって来るなんてな……それに人間も?ハハハハハッ!!!

青年玄武:……

高麗人参:……

東坡肉:ならば、ここは吾に任せると良い。光耀大陸の未来は、お前らに任せた。


20.青龍再現


 東坡肉がその悔しい過去を語っている時、地宮の中では同じように過去に囚われている二人は、旧友との再会をきっかけに、忘れられない過去を思い出していたようだった。


高麗人参:お久しぶりです……直接来て頂かなければ、吾も貴方であると確信が持てませんでした。

明四喜:山海と歳月も変わる、ひとが変わらないことがあろうか?


 重い話題だからか、口下手な旧友のせいなのか、二人の間で沈黙が続いた。


高麗人参:……

明四喜:あの日以来一番変わっていないと思っていた貴方も、随分と変わったようですね。

高麗人参:……泉先、そなたは南離に入り、南離の力を、朱雀一族の力まで借りて、一体何を企んで、何を探しているのですか?

明四喜:やりたい事をやっているだけです。貴方たちがやりたい事。そして彼がやりたかった事。

高麗人参:……それが彼のやりたかった事だと、どうしてわかるのですか?

明四喜:これは違うと、どうしてわかるのでしょう?

明四喜:あの年、不才らは力を尽くしてやっとあの寂れた道観の前に辿り着いた。あの時、不才らの体の至る所に傷があり、ピータンは彼を守るために何度も消えそうになっていました。不才らが求めた事、彼が求めた事とは一体何です……

明四喜:本当に……あの寂れた道観の中に存在したのは、青龍聖君だと思っているのですか?


─────


明四喜:……青龍はこのボロ道観の中にいるのか?

高麗人参:……先生が吾らに嘘などつきません。ただ、眠っている青龍聖君をどうやって呼び覚ましたら良いか……


 ドンッ──


 不意に聞こえた鈍い音に二人が振り向くと、何事にも頭を下げたりはしない、祭天時にも頭を下げなかった青年が、道観の前の石畳に膝をついて、深く叩頭した。


青年玄武:青龍よ、この若輩者が突然訪ねに来て申し訳ございません。しかしどうか、光耀大陸に住む何千もの生き物のために、どうか俺に会っていただきたいです。


 そのくぐもった音は、彼らの耳だけでなく、心の中にも響いた。それは、最も謙虚な姿勢であり、彼らの心の中では、この男が決してすることのない姿勢であった。ほんの一瞬だが、三人は拳を握った。


 ドン──ドン──ドン──


 これはもう一人の叩頭ではない、かつての少年は傲慢を、自分の夸りを捨てた。


 我らは……何もかもが出来る訳ではなかった……


 ドン、ドン……


 我らは、全ての者を守れない……


 ドン、ドン、ドン……


 我らは、自分たちが想像した以上にちっぽけな存在だ……


 ドン──ドン──ドン──


 この叩頭は、どこにもいない聖君のためのものではない、まるで成長しその結果何かを失った自分のためのそれであるように思えた。

 連続する音は、この場所の清らかさを乱したようで、地震が起き谷全体が揺れ動いた。


 ゴオォ──


貴様らは……何のためにここへ……


 頭に響くような音に驚いて頭を上げると、巨大な金色の縦長の瞳孔がゆっくりと開き、悲しみも喜びもないような瞳が天地にいるちっぽけな四人を映し出した。

21.二神再会

貴様らは……何のためにここへ……


 大きな声が全員の心に響き渡った。いつでも、どんな種族でも、自分たちの力を遥かに超えたものを見た時に生じる敬畏の念によって、四人はしばらく無言になった。しかし最初に声を発する事が出来たのは、四人の内最も弱いはずである人族だった。


青年玄武:聖君よ幾千幾万もの生霊のため、我らにお力を貸してください!


 その巨大な目が瞬きをすると、吹き荒れるような勢いで何人かがひっくり返りそうになった。全員が自分の体を安定させて、その瞳を見つめた。

 どういう訳か、彼の目からは、疲れが滲んでいるように感じられた。

 長い沈黙の後、心を揺さぶるような声がまた脳裏に響いた。


生まれた事象は、例え本座が眠っていても、察知する事が出来る。


この禍は、人の心から生まれた。


本座は何故、自滅した人族を救わなければならないのか?


その誠実な心に免じて、何もせぬ。


下がれ、本座は疲れておる。


 パンッ──


 先程よりも更に恐ろしい程の音を響かせ、天地の霊のような不老不死の身体を持たない脆弱な人間は、地震によって凸凹している地面に、再び自分の額を叩きつけた。

 しかし、心を揺さぶる声の主は、その音がまったく聞こえていないのか、ゆっくりと目を閉じた。


 パンッ──


 パンッ──


 パンッ──


……子よ、これは天命、天劫、この地が逃れられぬ禍である。それなのに、どうして……


 パンッ──


 パンッ──


 パンッ──


 額の皮膚が砕けた地面によって裂かれ、真紅の血が額を伝って流れた。

 真っ赤な血が滴り落ちると、一度閉じた金色の縦の瞳が、ふと開いた。


……貴様か、玄武なのか……玄武……ハハッ、そんな偶然があるとは……やれやれ……一人で、入るが良い。


22.前借


明四喜:あの日、不才らは彼があの道観に一人で入って行くのをただ見ていました。そして、弾き出された彼は……

青年玄武:安心しろ、成し遂げた。少なくとも、外から邪獣が襲いかかることはもうない……

明四喜:そして、彼は倒れた。青龍とどんな話をしたのかは誰にもわからない。

明四喜:どんな代償を払ったのか、誰も知らない。人参よ、本当に知りたくありませんか?


───


東坡肉:あの日、黒が混じった青色の強い霊力が久しく晴空が見えなかった光耀大陸の空に駆け上り、広がったのを吾は見た。

東坡肉:その巨大な傘のような幕は、災難にまみれているが、幸運なこの土地を覆った。

猫耳麺:あの……もしかして、それは冰粉さんが言っていた天幕でしょうか?

東坡肉:ああ、それが天幕だ。

東坡肉:青色の霊力が空に広がった瞬間から、外部の邪獣を防ぐ障壁が出来た。それは天幕という巨大な結界だったのじゃ。

東坡肉:皆はとてつもなく喜んだ。天幕は邪獣を殺す事は出来ないが、邪獣の侵害から守ってくれたのだ。

東坡肉:誰も玄武の小童と青龍聖君がどんな条件でこれを成し遂げたのかを知らない。皆喜んでばかりで、全ては良い方向に向かうと思っていた……

東坡肉:そして、あの時から、小童の体はどんどん悪くなっていった……


───


明四喜:チッ……邪獣はむしろ増えている気がする。

ピータン:問題ありません。外の邪獣が入って来れない以上、中にいるものはどうにか対処出来ます。

青年玄武:ああ、良い方向に進んでいる。コホッ……ゲホゴホッ……

高麗人参:……陛下、どうされましたか?

青年玄武:コホンッ……いや、風邪を引けただけだ。お前たちみたいに、病気になる訳じゃないからな。ゴホゴホッ……ッ……ところで、お前らはいつになったら弧の名前を呼んでくれるのだ?

高麗人参:……礼は廃してはいけません。

明四喜:妙なところで頑固だ。

高麗人参:……

ピータン:ふっ。

青年玄武:ハハハハッ、頑固だ、その通りだ!ッ、ガッ、ハッ……


 ドンッ――


 鈍い音が響く。三人は先程まで笑っていた青年が倒れるのをただ見つめた。


ピータン:主上!!!!!

明四喜:血、血を吐いている!!!医者は、ピータン早く東坡を呼べ!!!

高麗人参:陛下!陛下!!!


23.帝王の選択


東坡肉:あの日から、全てが変わった。

猫耳麺:……


 項垂れた猫耳麺を見て辣子鶏は彼を慰めなかった、機関城が上空に上がって行くにつれて小さくなっていく村を見つめながら、欄干を握る手に力が入った。


東坡肉:僅か数日だ、数月にも及ばない。

東坡肉:しかし生まれてから……一番辛い日々だった。

東坡肉:吾は初めて知った、我々天地の霊は本当に幸運を持って生まれったのだと。

東坡肉:人間が一生掛けて求めているものを、我らは生まれながらにして持っていた……


───


ダンダンダンダンッーー


ダンダンダンダンッーー


ギシッーー


明四喜:先生!

高麗人参:……先生。


 部屋に入ってきた者たちを見て、東坡肉は渋い顔で頭を横に振った。


明四喜:ど、どうして……

東坡肉:彼の身体は表面上問題ないように見えるが、内部は衰えている。確かに人族に霊力はほとんどないが、彼は玄武一族の末裔にもかかわらず、霊力が全くない……

明四喜:あの青龍のせいだ、あいつの元に向かう!

青年玄武:コホッ、コホッ……泉先……戻れ。これは弧が自ら選んだ事だ……


 青年の声は弱っていたが、依然として迫力があった、鮫人をどうにか呼び止めることが出来た。


青年玄武:コホッ、コホン……弧が選んだ事だ……青龍聖君とは関係ない、弧の願いだ。

明四喜:……

青年玄武:問題ない、弧は大丈夫だ。自分の霊力と寿命を彼に渡し、光曜大陸のために天幕を張ってもらった。これは王として弧がやるべき事だ。泉先、弧の選択を尊重してくれ……


 コンコンッーー

 扉を叩く音がした。高麗人参はまるで鎖が絡まっているような重い足取りで、ゆっくりと扉に近づき、開けた。

 玄関には同じく顔が真っ青な上に、怒りに満ちたピータンがいた。彼は部屋の中を見渡し、噛み締めた事で白くなった唇を開いた。


高麗人参:……どうしたのです?まさか早く後継者を選ぶよう迫って来たのですか?

ピータン:いや……

高麗人参:……その顔色……まさか……

ピータン:陛下の天命を知っている旧臣らが、天命通りに陛下がこの大陸に災いをもたらし、邪物を招き入れたと言い、人々を連れて……反乱を起こした。


24.人の心が怖い


東坡肉:反乱軍は人間だった。高麗人参らは天地の霊であるため、三人さえいれば反乱は茶番だったかのように、すぐに収束した。

東坡肉:しかし、戦乱続きによって、まだ回復してない土地はまた踏みにじられ、人々の辛み恨み悪念によって、また数えきれない災いが生まれた。

東坡肉:あの小童は結局ただの人間に過ぎぬ、しかも寿命まで失っている。吾らはただ彼がますます弱っていくのを、立つことさえ出来ないのを、見ている事しか出来なかった……


───


青年玄武:人参、知っているか?弧は……お前らの事が……羨ましい……

高麗人参:……

青年玄武:最近夢を見る、お前らと同じく……コホッ……天地の霊になり……百年千年経った後も、弧らはいつものように屋根の上で酒を飲み、月を眺めていた。そして光曜大陸も、より良くなっていった。

高麗人参:陛下……

青年玄武:残念ながら、弧はもう、見れないだろうな……ゴホゴホッ……見れないだろうな……

高麗人参:陛下、お疲れのようです、ゆっくり休みください。


 青年のために厚手の毛布を掛け、高麗人参は部屋から出た。

 名月は変わらず空に掛かっている、鮫人も池の畔でその月を見上げていた。しかしこの時、彼が口を開かなくとも、高麗人参は彼の考えている事が分かった。


高麗人参:……行ってしまうのですか……

明四喜:うん。

高麗人参:こんな時に?

明四喜:ああ、私は貴方たちのようにこの全てを受け入れろというのか?申し訳ないが、私には出来ない。

高麗人参:……

明四喜:人参、知っているか?光曜大陸には、玄武の命と引き換えで得たものであると知らない。彼らはあの日空を包んだ龍紋しか覚えていない。

高麗人参:……

明四喜:彼らは、この災難は玄武がもたらしたものだと、玄武の天命による災いだと言っている。

高麗人参:泉先……

明四喜:人間たちは玄武がもたらした平和を享受しているのに、誰が代償を払ったのか全て忘れている。彼らが彼に貰ったものを、全て取り戻してやる。


 水面に映った名月は揺れていた、かつて蓮の実を苦い顔で食べていた鮫人はまるで絵の中の仙のようだった。絵の中から出て、また絵の中に戻って行って、二度と姿を現す事はなかった。


25.山を出て救世する


東坡肉:その日以来、泉先は消えてしまった。吾らが彼の名を知らぬように、彼がどこへ行ったかも分からぬ……

東坡肉:そして鬼蓋、あの愚かな小童は、自分の君主のために、一生掛けて後悔する選択をした……


───


少陽山弟子:師叔……立ってください。

高麗人参:……

少陽山弟子:師叔、祖師は会わないと仰ってます。これ以上ここで膝をついても、意味がないですよ。

高麗人参:そなたらは修行に行きなさい


 この場を離れようとしない頑固な高麗人参を見て、小さな弟子たちはため息をついて、立ち去った。

高麗人参が膝をついて十日目のやり取りだ。

 彼の心をためそうとしているのか、空は曇り、雷は鳴り、稲妻が落とされた。

 すぐに、土砂降りによって彼はずぶ濡れになった。小さな弟子たちは傘を差しながらも、彼に近づけなかった。

 彼はらいつもきちっとしている師叔のこんな狼狽した姿を、祖師に可愛がられている彼がこんなに願っている姿を、見た事がなかった。

 高麗人参の祖師の弟子の弟子だ。天地の霊である彼は、生まれてすぐに自分を召喚した師父以上の悟りを開いたため、師父によって祖師に託された。そして、その老人の心の中では、この謙虚で礼儀正しい天地の霊こそが、最高の後継者だと定めていたのである。


???:……貴方って子は……とりあえず……入れ……


 おそらく大雨が彼を後継者と見なす老人の心を和らげたのであろう、そのため息には無力感があった。


高麗人参:……祖師よ感謝いたします!


───


 よろけている所を弟子たちに支えられ、高麗人参はゆっくりと祖師の部屋へ入って行った。

 素朴な部屋の屏風の後ろに祖師はいた。胸元まで届く白髭がなければ誰も年齢を想像できないような、鶴のような髪の少年という印象のような老人が座っていた。しかし、高麗人参はあえて見ようとせず、頭を下げて目の前の座布団に膝をついた。


???:鬼蓋、知っているか。東坡肉先生と貴方のやんちゃな兄弟子である辣子鶏と貴方以外、この少陽山にいる私を含めた全ての者は、普通の人間だ。普通に死ぬ人族だ。ただ、普通の人間よりも修行を積んでいるに過ぎない、いつかは土に還るただの人だ。

高麗人参:……

???:この少陽山には自分の親に捨てられ、幼い頃に親をなくした者もいる。彼らはまだ成人しておらず、先ほど貴方を支えたその子もまだ十何歳だ。

高麗人参:……

???:我が少陽山は世間から離れ、世事を問わない事で、苦しみから逃れて来た。怪物を処理する事もあるが、ほとんど世事に干渉したりはしない。だから災いから逃れてこられた。

???:少陽山では星象八卦と陰陽風水を学ぶ、山で身を守るのは難しくない。しかし。邪獣と対峙するのは、非常に危険なことだ。それをこの少陽山に求めれば、どうなるかわかっているのか?

高麗人参:……分かっております……


***


全てわかっております……


しかし……


青年玄武:人参よ、弧にはもう時間がない……この世を去る前に、光曜大陸を守る方法を、邪獣を殺す方法を見つけなければ……弧はどんな代償だって払う……


───


高麗人参:祖師よ、少陽山の皆に下山させ、万民を苦しみからお救いください。


26.天命は背けない


高麗人参:祖師よ、少陽山のみなを下山させ、万民を苦しみからお救いください。

???:わかった……最後に卦を見てみよう……

???:これは貴方の物だ、もう少し成長してから渡そうと思っていた。時間がないようだから、渡しておこう


 バンッーー

 小さな令牌が高麗人参の目の前に投げられた。彼は驚いた顔でそれを見つめる。それは少陽山総帥を意味する令牌だ。


高麗人参:……祖師?


 しかし彼は顔を上げた時、屏風の後ろにいる老人は机に伏せたまま、銅鏡だけ光っていた。


高麗人参:祖師?!


 彼は急いで屏風の後ろに行った。しかしあの厳しくも、いつも優しく髪を撫でてくれる老人は枯れ細っていた。彼の口から、目から、鼻から更には耳からも血が出ていた。


高麗人参:祖師!!!

???:ッ……鬼蓋よ、祖師は役に立てなかった。天を探しても、「鬼殺し」という禁法しか見つけられなかった。この法を修正すれば、万民を守ることが出来よう。このような反動を受けたのは祖師が決めたことだ、自分を責めるな。祖師も、この少陽山も、いつまでも貴方を誇りに思う。


 高麗人参の手から老人の手は滑り落ちた。翌日、少陽山の弟子たちは大小の荷物を持ち、目尻に涙を浮かべながら、邪獣を抑えるためだけに、各地へ旅立った。

 その夜、高麗人参の祖師は令牌を彼に渡した。

 彼が顔を上げた時、老人は山のおきてを破った不幸な弟子のために天を仰ぎ、転機を探した。

 その夜、少陽山で平穏に暮らす事が出来た弟子たちに、下山してたみを救ってくれないかと頼むと、子どもらは責務の半分も果たしてない師叔のことを責めず、使い慣れたお守りの八卦を持って迷わず下山した。

 禁法が載った数え切れない程の巻物が無言の護衛によって送られ、小山のように高く積まれた。

 禁法と共によく送られてくるのは。

 少陽山の死亡者名簿だった。

 その時になって、高麗人参は自分が間違った選択をしたのか、それとも正しい選択をしたのか、わからなくなった。

 しかし、既にこれだけの代償を支払ってしまった……

 もう、成功させるしかない。


第四幕ー少年悠・重楼幻影 完


27.罪を犯す


八宝飯:……

猫耳麺:……

豆汁:……

辣子鶏:全員なんで顔してんだ、お前らが聞きたがってたんだろ?


 目も真っ赤にしている猫耳麺を見て、辣子鶏は手を伸ばして顔の頬をつねった。


辣子鶏:あの時、俺はジジイが作りたかった機関城に夢中で、東坡と木偶が送ってくれた手紙しか読んでいなかった。あのバカ共は……俺に何も教えてくれなかった……

冰粉:……城主、着きました、ここが最後です。


 辣子鶏は軽く傾き、冰粉が渡してきた重箱を受け取った。


辣子鶏:久しぶりだ、本当に久しぶりに会いに来た。確かに美味しい物を持って来てやるべきだったな。


───


 重箱を持って、勝手知ったるように先へと進む辣子鶏について、「国師監」の三文字が刻まれている石碑の傍までやって来た、


辣子鶏:おい、バカな弟子たちよ、師叔が会いに来てやったぞ。


辣子鶏:猫耳ちゃん、知っているか?俺が戻って来た時、うるさいガキ共が走り回っていた少陽山には、もう何人しか残っていなかった。

猫耳麺:……

辣子鶏高麗人参の師父は、重傷を負って目を覚まさない。東坡肉の奴ですら、寝台から降りれない程の怪我を負った。

辣子鶏:俺に機会を作ってと頼み、麓にいる女の子にあげようとしたガキ共も、石に名前が刻まれ、他は何も残らない。これは……陛下からの恩賞だそうだ、英雄のための。

八宝飯辣子鶏……

辣子鶏:ハッ、恩賞、死んだ者への褒美?その後、俺は知った、勝者がいない高いの中……

辣子鶏:少陽山にいるバカな弟子たちの多くは、高麗人参が民を救う方法を探している最中、人間の手によって命を落としたってことをな。


───


高麗人参:……そ、それはどういう事ですか?強盗によって殺された、とは?


 書物を持ったまま、青年の指先は震えていた。


ピータン:少陽山の弟子たちの多くは、邪獣を退治できる法宝を持っていた、そして今や手に入れられない食料も、彼らは人々に分け与えていた……しかし……

高麗人参:では……これはどういう事ですか?邪獣に殺されたのに、どうして背中から刺されているのですか?

ピータン:……邪獣に直面した時、邪獣から逃れられないなら、他人よりも早く逃げられれば良い……その子は、彼が救った者によって背中を刺されたようです。修行をした者は、一般の人よりも多くの霊力を持っているため、邪獣に狙われやすい……一部の人はそれを狙って……


 血に染まった名前を見ている高麗人参の目には、哀しみが映っていた。彼に新たな名簿を持って来た青年も、どうやって彼を慰めたら良いかわからず、しゃがみ込んで冷えている彼の手を握ることしかできずにいた。どうにか自分の温度で、全てを無くした同胞をあたためようと。


ピータン:主上の身体はますます悪くなっている、泉先も離れてしまった、もう僕たち二人しか残らない。少陽山の犠牲がなければ、この土地はとっくに邪獣の楽園となり、ここまで持ちこたえられなかっただろう。そして、少陽山の皆のためにも、あなたはこのまま突き進まなければならない。

ピータン:方法を見つければ、主上が差し出した寿命に、天下泰平のために命を差し出した人族に、顔向など出来ない。


第五幕ー少年思・鏡里観花


辣子鶏:ハッ……人族……同じ人族なんだ……


 青年は数え切れない名前が刻まれた石碑を指先でなぞっていた。個人を偲ぶ彼の邪魔をする者はいない。マオシュエマンと八宝飯は顔を見合わせ、半歩下がると、霊力に引き寄せられてきた影たちに向かった。


八宝飯:こういう時に、水を差すな。


28.「塗炭の苦しみ」


猫耳麺:で、ではその人参さまは、万民を守る方法を見つけられたのでしょうか?

辣子鶏:彼らは確かに見つけた……万民を守る方法を……しかし……ハハッ……


───


 大雨はいつもタイミングが良い。葉っぱのざわめきや雷の下に常にある弱い雲の影が、強い不吉な気配を放っている。

 高麗人参は雨を好まない、雨水は彼の長い髪を濡らしてしまうから。

 彼は二度雨に打たれた事がある。一度目は祖師にお願いした時。

 二度目が今回だ。

 混乱した青年は竹筒を固く握りしめ、数え切れないほど足を踏み入れ、数え切れないほど大切な友人と論議笑い合った玄武殿の外に立ち、弱った帝王のために固く閉ざされた窓をぼんやりと見つめていた。

 痩せ細った国師様が雨の中に立っているのに気付いた者たちは、こっそり陛下の側近にこの事を伝えた。

 やがて、暗い装いの青年は傘を持って慌てて高麗人参の元へやって来た。青年は魂が抜けた同胞を見て、そして彼が持っている竹筒に気付くと、足を止めた。


ピータン:……見つけたのか。

高麗人参:……はい……見つけました……

ピータン:では、すぐに主上に見せて来ます!

高麗人参:……


 青年は竹筒を持って慌てて大殿に入って行った、するとすぐに大殿から狂った笑い声が響いた。

 大殿に入った高麗人参はずぶ濡れのまま顔を上げて、痩せ細っている若い帝王が狂いながら笑っている姿を見つめた。

 彼の顔色は病によって蒼白になっているが、その目は血走っていた。


青年玄武:ハハハハ!!!!!

青年玄武:ハハハハ!!!!!!天命!!!流石天命だ!!!!!ハハハハ!!!!

青年玄武:血の雨を降らすのか、ハハハハハッ!!!やはり!やはり!やはり!弧はこの地に血の雨を降らす厄災そのものだったのか!ハハハハハッ!!!天命!!!!

高麗人参:その日、彼の笑い声を聞いて、吾は、彼が必ず禁法を試すと思いました。例えどれだけの代価を払っても、必ず。


29.寒獄に入る


講談師:人は天下の主となると、心を悩ませる事も増えるものだ。天地の災いは、穢れから生まれしもの。それらは殺せないし、焼くことも出来ない、今はそれらの事を堕神と呼んでいる。

講談師:玄武帝は天下の主となった、それらをのさばらせる訳にはいかないだろう!

講談師:しかし、厄災だけならまだしも、玄武帝が重病を患ってしまったのがいけなかった。

講談師:人はとにかく病気になってはいけない。

講談師:病気になって、治せるならまだ良い。だが、治せないなら、なりふり構わなくなってしまうもんだ。

講談師:普通の人なら、方法を探しまくって、爺さん婆さんに長生きの秘訣を聞く事しか出来ない。

講談師:しかし権力を持っている者はどうだ?権力が大きければ大きい程、ヘンテコな方法が生まれるもんだ。

講談師:ほら、堂々たる玄武帝は病にかかり、死にそうになっていた。だが、彼は帝だ、我らのような百姓ではない。

講談師:堂々たる玄武帝の病を治せない、どうする?彼のそばには有能な者がたくさんいるだろう。堕神に構っていられる訳がなかろう、全員がどうしたら玄武帝の病を治せるか一生懸命考えていた。

講談師:そこでだ、どうしたって方法が見つからなくなると、妖しい術にたどり着いてしまう。

講談師:妖しい術って?

講談師:ずばり、玄武帝が作りし大陣、万民の魂を埋め、たった一人のーー」

講談師:長生きのためにな!


───


高麗人参:陛下、どうか命令を撤回してください。

青年玄武:人参、お前はわかっていただろう。それを弧に渡したが最後、弧は必ずやる遂げると。

高麗人参:……他に方法があるかもしれません。

青年玄武:本当に、そんなものが存在しているとでも?

高麗人参:この方法は一万もの英雄の献身が必要となります。天地の霊と人間の間の英霊と化し、記憶は失い、殺戮の本能だけが残り、永生永世解脱する事が出来ない。陛下、本当にこれだけは……してはいけません

青年玄武:人参、何を言っても無駄だ。これは唯一の方法だ。この罪は、弧が背負う、万民の恨みは、弧一人が受ける、この地獄は、弧一人で堕ちる。これこそが、弧が天命である。

青年玄武:誰か、鬼蓋を寒獄に入れろ。


───


数カ月後

寒獄


青年玄武:……人参。

高麗人参:……陛下、どうか、命令の撤回を。

青年玄武:人参、大陣はもう直完成する。お前は本当に……弧と共に来ないのか?

青年玄武:今回、初めて少陽山を下りた時と同じように、どうか弧を信じてくれ。我らはきっと、また望んでいた天下泰平を見る事が出来るはずだ。

青年玄武:……寒獄の門に鍵は掛けていない。出たければいつでも出られる、この弧の手を掴め。


 青年が差し伸べた手は宙に浮いたまま、しばらくすると彼はそれをひっこめた。


青年玄武:……もう行く。

高麗人参:玄武!

青年玄武:……


 突然の呼びかけに、青年は足を止めた。彼は驚いた顔で振り返り、初めて自分の名を呼んでくれた友を見た。


高麗人参:玄武!自分が何をしているのか、本当にわかっているのですか?!

青年玄武:わかっている、自分がしている事がどれ程狂っているか、弧自身ですら自分を信じ切れない、だが弧は信じなければならない。

青年玄武:全てが終わったら、迎えに来る。その時、お前が信じた男は間違っていなかったと、わかるようになるだろう。

青年玄武:人参、鬼蓋、弧が言った全てを信じた事、後悔させたりはしない。


30.人のために己を捨てる

一方その頃

少陽山


辣子鶏:……

辣子鶏:死んだってなんだ?!どうして少陽山にはガキ共しか残っていないんだ?!奴らは?!ジジイたちは!?

辣子鶏東坡肉!!!!英霊になったってどういう事か言え!!!!!

東坡肉:……

辣子鶏:最近、どこもかしこも恨みに満ちている、全員が天地の霊にしがみついている……良いだろう……!鬼蓋の奴はどこだ!あいつを出せ!!!

東坡肉:彼は、陛下によって寒獄に入れられた。

辣子鶏:……ハッ、良い様じゃねぇか!!!


 辣子鶏の怒りと共に炎が燃え上がった。隣にいた東坡肉は手を伸ばし、拳で彼の肩をそっと叩いた。

 これは少陽山の暗号だ。

 少陽山の者全員の「内緒話」。

 ……冷静になれ。大丈夫、皆がいる。

 あまりにも悲惨な現実に理性を失ってしまっているが、肩を叩かれた事で青年はすぐに落ち着きを取り戻した。

 穏やかな笑顔が一つずつ脳裏に浮かんだ。怒りが抜け落ちていく、抜けていく時に青年の気力をも持って行った。彼は自分の肩を叩いた者を見つめた。


東坡肉:これは彼らの願いだ。

辣子鶏:……

東坡肉:修行をした者は、天地の霊を召喚できる、十人に値する。そして天地の霊は、百人に値する……修行者は、英霊を化しても自分の記憶を保ったまま、自身を制御出来るという……人を傷つけたりはしない……

東坡肉:彼らはこう言っていた。


───


少陽山弟子:私たちは様々な術を習得してきた、全てはこの時のためです!

少陽山弟子:もし私たちの力で、万民を苦しみから救える事が出来るのなら、死ぬ事も辞さない!


───


 氷水をを掛けられたかのように、怒り狂っていた青年は目の前の者の言葉を信じられないでいた。

 これらは亡くなった御侍が、下山した時に残した言葉だった。

 手を何度も強く握り、いつも読書している声が聞こえてくる修行堂は静寂が広がっていた。


子ども:あっ、師叔こんにちは!師叔と師……師……


 東坡肉をどう呼べば良いかを指折り計算している子供の声は、ガランとした学び舎に響いた。沈んでいた二人は突然小さな弟子が現れた事で、悪夢から醒めたようだった。


東坡肉:……先生と呼べば良い。先生で、良い……


 小さな子どもは地面に跪いて泣いている青年を抱きしめ、幼い手で彼の背中をトントンと叩いた。


子ども:えっ!師叔、どうして泣いているのですか?泣かないでください、どこか痛いのですか?兄弟子たちは皆言っていました、私たちは見えない場所から、ずっとわたしたちを見守ってくださると。

子ども:泣かないで……泣かないでください……

子ども:うううっ……師叔……兄弟子に……師父に、会いたいです……これから、誰が守ってくださるのですか……


 子供の服を強く握りしめ、歯を食いしばってこう決心した。


辣子鶏:……もう誰も、誰にも、お前らに指一本触れさせない……必ずだ……

31.第一陣


講談師:この玄武帝は、実に残忍だ。

講談師:どうして残忍かって?

講談師:山河陣の話をしなければならない。

講談師:虎がいくら凶悪でも、自分の子を食べたりはしない。しかし玄武帝は、虎より何千何万倍も凶悪だった。彼の山河陣の最初の犠牲者は、なんと玄武国の公主。

講談師:彼の実の妹だったのだ。


───


青年玄武:……

長公主:兄上、自分を責めないでください。万民のため、自らこの身を捧げようとしているに過ぎません。

青年玄武:……申し訳ない、兄が不甲斐ないがために……弧らのような天地の霊を召喚出来る者は、十人に値する。そして天地の霊は、百人に値する。しかし、この山河陣に必要なのは万人……一人でも欠けると……一人でも……

長公主:兄上、これ以上何も言わないでください。妹である私は、貴方はこの世で最も優しい方であると知っています。万人を犠牲にするのは、更に多くの者を救うためであると。

青年玄武:……

長公主:玄武国公主として、兄上がもたらしてくれた栄華を十数年も享受してまいりました、万民に返す時が来たのです。更に、公主である私が率先して動く事で、兄上は忠勇な者を少しでも招集しやすくなるでしょう……

長公主:兄上、行って参ります。私の代わりに玉郎に謝罪しておいてください。もし来世があれば……もし、来世があれば……


 その日、玄武国の長公主である少女は、第一陣として、自ら青く輝く地宮に足を踏み入れた。

 彼女の背後で国を守る少年将校が凄惨な叫び声を上げていても、妄言のような「山河大陣」はその日、この光曜大陸に血の雨が降る象徴となったのだ。

 玄武帝に忠誠を誓った数えきれない程の者が、情熱と玄武への信頼を携えて大陣に入り、青い光と化して消えて行った。しかし、自らを犠牲に出来る者は、ほんの一部しかいない。


ピータン:……主上、自ら犠牲になりたくない者たちが、あなた様の命令に背き、天地の霊と修行者を陣に入るよう脅しているそうです……しかし、これまでは天地の霊と修行者によって、彼らは守られていた……我らは……

青年玄武:後半月しかない、どんな手を使ってでも一万人を達成しなければならない。弧は最終的な加害者だ、彼らはただ自分の親族を犠牲にしたくないだけ、恨むなら弧ただ一人を恨めば良い。

ピータン:……はい。

青年玄武:ピータン、我らは情に流されてはならない。例え我らを信じてくれている人に対してもだ。必ず人参に見せよう、弧が誓った事は必ず成し遂げられると……

ピータン:……はい!

青年玄武:我らは……情に流されてはならない……


───


半月後


 祭天の隊列は玄色の旗を掲げている、その旗は風に吹かれて揺れている。長い、長い隊列だが、辺りは静まり返っていた。重苦しい空気で窒息しそうになるが、全員が力強い目をしていた。

 突然、ある人影が隊列の前に立ち塞がった。大勢の人に怯む事なく、彼の両目には隊列前方にいる病弱の帝王しか映っていない。

 若い帝王は道を塞がれても、怒る事はなかった。彼の顔にはむしろ笑みが浮かんでいた。


青年玄武:泉先、帰って来たか、必ず来ると思っていた。しかし、お前は弧を止められない。


32.価値とは何か


 数には勝てない、泉先は跪いた。綺麗好きな鮫人は、この時満身創痍だった。病弱な青年の手を伸ばし、自分に忠誠を誓う護衛の支えのもと、彼に近づいた。


青年玄武:泉先。

明四喜:……

青年玄武:約束しただろう、この土地にもう二度と苦痛が訪れないようにすると。天下泰平にすると。

明四喜:貴方は死ぬ。

青年玄武:天地の霊とは違い、人はそもそも死ぬ生き物だ。

青年玄武:生死が短いからこそ、人間は大切に思う事を学ぶ。脆弱だからこそ、我らは平和の有り難みを理解し、より多くの人が生き残るために、犠牲を払う。

明四喜:……貴方は天下のためにこの大陣を作った、だがこの天下にそんな価値はあるのか?皆貴方が今やろうとしている事を理解しているのか?どこもかしこも、この陣は貴方の延命のための物だと噂している……


 普段無口な鮫人だが、今だけは思いの丈を全て吐き出そうとしていた。しかし既に皮と骨しか残らない帝王は、彼の言葉を遮った。


青年玄武:泉先、これは我らの約束だ。弧についてくれば、盛世を返すと約束した。これはずっと前に約束した事だ、皆と約束した事だ。

明四喜:……

青年玄武:他人の言葉などどうでも良い、弧は約束を果たしたいだけだ。だから、誰も怒りを抱く事はない、自分に怒りを向ける必要もない。

明四喜:……私が欲したのは、貴方たちのいない盛世ではない。


 わずか数ヶ月で長髪が真っ白になった病弱の青年を見て、額から手の温もりを感じながら、傷だらけの鮫人は手を上げて自分の両目を隠した。


青年玄武:泉先、お前はこの世の者ではない、これ以上世事のために悩む事はない。俗世の外に帰ると良い。そして、弧の代わりにこの地がどう変わったか、見てくれるだけで良い。


 隊列は地面に倒れている鮫人を避けて前に進んだ。まるで彼が小さな石ころでしかないかのように、波紋を広げる事は出来ても、大海そのものを変える事は出来ない。


明四喜:ハッ……

明四喜:ハハハハハッ!

明四喜:ハハハハハハハハハハッ!知っていた!!!知っていた……知っていたんだ……

明四喜:こうなると……知っていた……私はもう準備してある……とっくの前にな……玄武、また会えるだろう!きっと会えるだろう!!!例え全てを道連れにしても、私は再び貴方に会いに行く!


33.盛世の陣


寒獄

 薄ら寒い寒獄の中、最深部の牢獄に看守はいない中に閉じ込められている青年は重たい足音の後に、良く知っている声が聞こえた。


東坡肉:鬼蓋の小童。

高麗人参:……先生、どうしてこちらに、少陽山は……


 いつも笑顔を浮かべている東坡肉はいつも通り上等のお酒を持っていた。しかし、今回はもう一つの手に良い匂いがする重箱などはなく、濃い薬草の匂いしかしない。


東坡肉:お前の兄弟子が戻ったのじゃ。少陽山には彼がいる、問題ない。

東坡肉:少陽山の弟子たち、成人した子らは全員大陣に入った。陛下は少陽山に国師監という名を与え、今回吾は拒否しなかった。残された子らには、この名で守らなければならぬ、加えて金銭も必要だ。


 至って冷静な口調で、淡々と話している事に青年は驚いた。目の前の者は金銭を何とも思わず、肉の匂いしかしない東坡肉であるはずなのに。こぼれおちていく透明なお酒は、青年の目から流れ落ちた涙のようだった。


東坡肉:陛下はどこからか見つけた方法を説いた。修行をした者、体の中に天地の力がある者、または彼らのように四聖の末裔であれば、十人に値すると。そして吾ら……天地の霊は百人に値する。

東坡肉:彼曰く、吾らのような天賦の異能を持つ者は、英霊となっても自分の記憶を保ち、人を傷つけないそうだ……

高麗人参:……

東坡肉:あの日、吾も冷静ではなかった、陛下に傷を付けてしまった。もし吾が早く戻れば……あの子らを送らずに済んだのではないかと。吾の身体で彼らを取り戻せないかと……彼らの中にはまだ成人したばかりの子らも……

東坡肉:彼は怒らなかった、吾を止める事もなかった。ただ、吾がいなくなったら、少陽山はどうしたらいい、誰に任せれば良いと聞いて来た。

東坡肉:……吾は彼の問いに答える事は出来なかった。彼は更に続けた。

東坡肉:彼は人間で、いつかは死ぬ、全ての人間はいつか死んでしまうと。吾らのように老いる事のない、死ぬ事もない天地の霊にしか出来ない事があると。

東坡肉:我々のような天地の霊だけが、この土地のためにその身を犠牲にした人たちがいると、永遠に覚える事が出来る。

東坡肉:大陣を作る方法が書かれている竹簡を、彼は吾の前でそれを壊した。

東坡肉:方法は、彼にしか全貌は知らぬ。彼は小童たちと共にいるという、これからこの天地で誰もこのような禁法を知る事がないように。

東坡肉:陛下は自身の身体をも捧げることを決めているそうだ。どうにか正気を保ち、記憶が蝕まれないように、全ての怒りと悲しみを受け止め、その感情を動力源に、この地に現れたすべての堕神を倒し、誰一人の犠牲も決して無駄にしないようにしようとした。

東坡肉:しかし、彼はこの陣が破損してしまうことを心配している。そして、そうなった時、維持するために事情を知っている人が必要となる。破損するのは百年後かもしれないし、千年後かもしれない。遅かれ早か、人族では伝承は失われてしまう。故に信頼出来る不老不死の天地の霊に全てを託すのが最良の方法だと。

東坡肉:彼は、この言葉を彼の代わりにこの大陣を守れるものに伝えよと言った。そして謝罪も添えてな。今回は、実に長い歳月を待ってもらう事になるだろう。しかし必ず迎えに行く、百年、千年後に、我らは必ずや盛世の中でまた会えるだろう。

東坡肉:きっと、彼はこの言葉をお主に聞いて欲しかったのだろうな。


34.命を信じる


山河大陣完成日

地宮


 ピータンに支えられ、よろけながら地宮に向かった青年は、そばにいる最も忠実な勇士たちを見つめ、終に哀しみを抑えきれないでいた。


大陣が完成したその瞬間、大陣のために犠牲になった兄弟ら、残された側近たちは、きっと命を狙われてしまうだろう。


彼らは残り、最も辛い立場でいる事を決めた。


惨敗が決めっている負け戦だ、しかし弧は……一歩ずつ進むしかない……


弧はもう……後には引けない……


 ゆっくりと両目を開けた青年は、周りで青い光と化した人々を見つめ、手が震え出していた。すると、どこからともなく温もりが現れ、彼の手を包んだ。

 その瞬間、彼は自分の妹の優しい笑顔が見えた気がした。

 そして、少陽山で見た子どもらの笑顔も。


ピータン:……主上、最後です。

青年玄武:ああ、弧の番か。

ピータン:……主上、本当に宜しいのですか?成否に問わず、これから玄武聖君はいなくなり、私欲のために一万人を犠牲にした玄武暴君しか残りません。

青年玄武:ピータン、知っているか?弧は天命など信じた事はないと。

ピータン:……

青年玄武:しかし、今日だけは信じようと思う。

ピータン:……

青年玄武:少陽山は当時父上に弧は災厄をもたらすと告げた爺さんは、自分の命と引き換えに天命を覗いてくれた。

青年玄武:この陣こそ、この土地に転機を与えると。そして弧は、同時にこの土地に血の雨を降らすと。きっと……我らの転機とは……無数の者が弧を信じた事で生まれたのだろう。

ピータン:主上……

青年玄武:弧は天命なんぞ信じない、運命は自分で変えられると思って来た。

青年玄武:天命なんぞ信じない、天命はいつ何時も弧の命を狙っているから。

青年玄武:しかし、今日こそ弧は天命を選ぼう。この命をくれてやる!だから転機を必ずくれ!そうでなければ、地獄から這い出て、必ず天命に支配されたこの世を、めちゃくちゃにしてやる!


35.反旗を翻す


講談師:この玄武帝は、もうこれ以上生きられないと知って、別の生き方を模索した。しかし、これだけ多くの人が被害に遭ったというのは、やりすぎている。

講談師:その日、玄武帝の威圧により、多くの人々は全員大陣に入ることになった。空では鬼や狼の声が響いたそうだ。完成する前から恐ろしいその陣は、もし完成したら、普通の人は生きていられるのだろうか?

講談師:幸い完成間際、白虎一族の祖先がついに暴君の地宮を発見したーー


───


 長い間探し回っていたその勢力は、一度も負けたことのない皇帝を見つけ、彼に向かって突進したが、障壁に阻まれた。


反乱軍甲:玄武帝!己の欲望を満たすために万人を殺すのか!お前は皇帝に相応しくない!

反乱軍乙:光曜大陸を守るためなど!病気で起き上がれない自分のために、不老不死の道を求めたいだけだろう!

反乱軍甲:今すぐ降伏しろ!そうすれば我々はまだお前の亡骸を残してやってもいい!

青年玄武:お前らは……大陣の犠牲になった人たちを救いたいのか?

反乱軍甲:もちろんだ!お前のした事は許されない!だからお前は重病を患った!私たちは天命に従って動いている!

青年玄武:では何故最初に弧を止めなかった、弧の側近らが全員犠牲になるまで待ってから駆けつけたのか?より多くの者を救えたはずだろう?

反乱軍甲:……くだらないことを言うな!この暴君の言葉は人を惑わす力がある!彼の言葉に惑わされるな!

青年玄武:人を……惑わす……

青年玄武:もういい……皇帝の座が欲しいのなら、弧が大陣に入った後勝手にすればいい。

青年玄武:しかし、大陣の邪魔をするなら……


 一言も発さない護衛が青年の前に現れた。猛毒をもつ爪が光り、いつも穏やかな彼からは信じられない程の殺気が漏れ出ていた。

 しかし主人の方を振り向いた時、淡い笑みが浮かんでいた。まるであの時、屋根の上で杯を交わした時のような。


ピータン:主上、いつもそれ程お役に立てる事が出来ませんでした。あなた様が悩んでいる時は、そばで見守る事しか出来ませんでした。しかし今日こそあなた様の前で、やっと見せ場が出来ます。


36.追従


講談師:その日、暴君の前を守る殺神は白虎一族の血にまみれていた。彼の足元には、彼の服から滴り落ちた血だまりが出来ていた。

講談師:しかし、その殺神がいかに恐ろしくとも、白虎の勇士たちは怯む事はなかった。最後の一人になろうとも、それと相打ちになる覚悟で立ち向かった!

講談師:ついには最後の勇士も彼の手によって破られた。しかし彼は思いもしなかっただろう、彼の命を奪うのは白虎一族ではなく、彼が忠誠を誓った主人だということを。暴君は、自分の腹心を見逃す事はなかった。彼も大陣の生贄にしたのだ!


───


ピータン:ハァ……ハァ……


 血まみれになった青年を見つめ、玄武は少しずつ完成していく大陣を見守った。

青年玄武:……もうちょっと……もうちょっと……

反乱軍甲:二人とも!いい加減にしろ!


 ザクッーー


 剣が体に刺さる音はこんなにはっきり響くとは、ピータンは刃の事など気にする事なく、ただ振り返って空を見上げている玄武を見つめた。


ピータン:主……上……

青年玄武:ピータン……

ピータン:主上……

青年玄武:潮時……だ……


 身側の敵軍を撃退したピータンは癒えない傷口を抑え、よろけながら自分の帝王に近づいた。


ピータン:主上……

青年玄武:人参と明四喜の馬鹿は、いつまで待ってくれるのだろう……

ピータン:たまには……待たせましょう……主上、夜は長い、日頃は憂いを負担する事は出来ませんが、今回は僕がお供いたします。


 君臣はお互いを見つめた、初めて出会ったあの晩のように。この玄武の天地の霊は、突然現れたが、現れたその瞬間から忠心を誓ってきた。

 ピータンと青年の身体は青く光り輝き、地宮は轟音を上げながら地下へと沈んで行った。

 二人は目を閉じると、青い光に変わり地宮の中に消えた。


玄武歴255年 山河陣 完成


37.山河陣


 その日、あたたかい光が空を駆け上がり、流れ星となってあたりに落ちていった。

 その微かな温もりを持つ光は、光曜大陸という土地の人々を包み込んでいるようだった。


───


 その光が通り過ぎると、父親の指が頬を撫でた感触がして、父親を失った子どもを静かにさせ、ぼんやりと空を見上げさせた。


女性:何を見ているんだい?

子ども:……お母さん……お父さんが、いた……

子ども:お父さんが泣くなって、姿が変わっても、いつまでも私とお母さんを守ってくれるって……


───


 愛する少女を失った若き将校は、高い城壁の上に立って、大挙してくる敵軍を見つめ、手を振って、油を含んだ矢を降り注がせ、無数の敵軍の命を奪った。

 だが、青い光が現れると、見知った温もりが自分自身を包み込むような気がした。若者ははっと振り返ったが、女の子の優しい笑顔はなかった。

 その時、血を流して涙を流さない男は城壁に手をついてしゃがみ、涙の滴が地面にパッと花のように咲いた。


少年将軍:わかった……きっと……この光曜大陸を守ろう……必ず代わりに……お兄さんの代わりに……光曜大陸を守る…………泣いてない……私はただ貴方に……会いたくて……


───


光曜大陸を任せた


 聞き覚えのある声が耳元で響いた、寒獄にいた高麗人参と重傷を負った明四喜はゆっくりと顔を上げた。泣きそうな笑みを浮かべた。


高麗人参:玄武……

明四喜:今度は……私が貴方を探しに行こう……


───


 この時の少陽山の上、いつも赤い服を着ている青年は派手な服を脱ぎすて、質素な服に袖を通した。高い山の頂で、絶えず落ちる点々とする星明かりを眺めていた。


師叔!これから!光曜大陸を守る役割は頼みました!


師叔!少陽山の事をお願いします!


師叔!悲しまないでください、私たちは違った形で貴方たちのそばにいます!


師叔……


辣子鶏:ハッ……お前たちさえ守れないのに、どうやって光曜大陸を守ればいいのか。


 バンッーー


 鈍い音を聞いて、辣子鶏は信じられない顔で振り返った。自分が感傷に陥っている時、思いっきり自分の後頭部を打つ東坡肉を見て、いつも笑っているその目の下もこの時だけは水色に染まっていた。


東坡肉:出来るだけ早く立ち直らなければならない。少陽山にはまだ、吾らが必要だ。

東坡肉:守るんだ、彼らが火の地と引き換えに完成させた山河陣を。

辣子鶏:……はい。


38.価値とは何か



地府地宮


高麗人参:ここで彼を待ちます。この山河が清らかになったら、必ずここへ会いに来ると言っていました。

明四喜:貴方が彼の言葉を信じていない所を見たことがない。

高麗人参:そなただってそうだろう?

高麗人参明四喜、そなたが山河陣にどんな手を加えたか知らない、だがそなたのした事は、かつての犠牲を無駄にするかもしれません。

明四喜:その犠牲は、決して無駄にはならない、より価値のあるものになるだけです。

高麗人参:……価値……

明四喜:貴方に伝えると、悩ませてしまうだけでしょう。不才は彼の苦心を決して無駄にはしない、このことだけは覚えておいてください。

高麗人参:……そなたにとって、価値のあるものとは?

明四喜:では、貴方にとって、価値のないものとは?

高麗人参:……

明四喜:鬼蓋、貴方は心が純粋過ぎる。穢れても、すぐにそぎ落とされてしまう。だからこれを貴方に託した。しかし不才は違う。


 愛想笑いを嫌っていた鮫人は、距離を感じる笑みを浮かべた。この笑みを見た高麗人参は思わず眉を顰める。


高麗人参:泉先、そなたは……

明四喜:旧知に会えましたし、そろそろ失礼します。鬼蓋、次いつ会えるかわかりませんね。

高麗人参:泉先、後悔した事はありますか?海から陸地に来た事を……

明四喜:では鬼蓋、貴方は彼の手を取り少陽山を下りた事をまさか後悔した事があるのですか?


39.故人


講談師:暴君と殺神が大陣中で倒れると、轟く雷雨の音が周囲の動物たちを驚かした。

講談師:幸い、我らが白虎一族の勇士は、狼狽しながらも大陣を破る方法を見つけた。

講談師:既に発動した陣法を覆し、山河陣で犠牲になった者たち全てを別の姿に変え、光曜大陸を守る英霊にしたのだ。

講談師:今度こそ、この荒れ果てた土地は、ようやく当たり前のような日常を取り戻した。

講談師:そして、全ての人々の期待のもと、平和はついにやって来た。


───


 ゆっくり地宮を出た明四喜は、手を上げて眩しい日差しを遮った。再び霧に包まれた山を眺めながら、彼は笑いをこらえきれないでいた。


明四喜:昔の仙山、昔の寒獄、今の地府……出口は、なんとここに通じているのか?

暴飲王子:ゴォオオオー!


 耳をつんざくような咆哮が聞こえて来たが、明四喜の表情にはなんの変化もなかった。彼は少し離れたところで、霧の中から突然現れた青い影をじっと見た。

 咆哮を聞いて姿を現したヤンシェズは、明四喜を背後に庇い守ろうとしたが、彼がどこか懐かしそうに幻影を見つめている事に気付いた。


ヤンシェズ:……明四喜様?何を見ている?

明四喜:……

明四喜:旧知だ、構わない、処理してください。

ヤンシェズ:ハッ!


40.日の目を見る


 簡単に祭った後、辣子鶏はゆっくりと石碑にある符文を補完した。

 これが最後の一か所、損傷している陣法だ。

 久しぶりに帰った故郷とも言える地。


明四喜:……城主様。

辣子鶏:……


 霧の中から突然現れてきた明四喜は、戸惑いを隠せなかったが、自分を嫌っていたはずの赤い服の青年は、以前のような嫌悪感が消え、ホッとしたような笑みさえ浮かべていた。

 すれ違った途端、赤い服の青年が足を止めて振り向くと、小さな子どもが彼とぶつかってしまう。


猫耳麺:……うっ、城主様?どうされたのですか?


 猫耳麺をいつも大事にしている辣子鶏はこの時ばかりは返事をしなかった。長髪の男の背中をじっと見つめ、突然自分の声を上げた。


辣子鶏:おいっ……クソ魚、お前は今楽しいか?

明四喜:……


 立ち止まる事なく、明四喜はゆっくりと下山して行った。辣子鶏が返答を貰えないと思った時、その後ろ姿は手を上げて軽く振った。

 いつもは礼儀正しい青年の動きとは思えない仕草に、辣子鶏はボーッと後ろ姿を見つめ、しばらくして軽く笑った。


辣子鶏:元気、か……

八宝飯:……彼は……あんたを許したのか?

辣子鶏:許すってなんだ?あいつとは全然そういうんじゃねぇ。

八宝飯:じゃあ……

辣子鶏:ただ……生きている事が知れて、例え敵だろうと旧知であろうと、良い事だろう?

猫耳麺:……そうですね!生きてさえいれば、きっと!


───


 同時刻、遥か遠くのある地宮の中。

 ギシッーー

 歯が痺れる程の音が鳴り、ある棺の蓋が開けられた。


???:……うっ……俺は……誰だ……

少陽山

1.天命を知る


少陽山

修行室


少陽山弟子:大変だ、大変だ!!!師叔大事な事になりました!!!!!

高麗人参:……どうしました?

少陽山弟子:祖師が玄武族新帝の皇子の改命をして、血を吐いて倒れました!!!

高麗人参:……祖師がどうして……

少陽山弟子:わかりません、とにかく師叔早く行ってあげてください!


 急いで病床に向かった高麗人参は、童顔で鶴髪の老人を見て、唇をかみしめた。


高麗人参:祖師……何故あの者を助けたのですか?

少陽山掌門:子よ、苛立つな、この老いぼれはまだ持ちこたえられる。

高麗人参:……

少陽山掌門:なんて顔をしておる?何を悩んでおる?皆が見ているよ。貴方に伝えたい事がある。


 不満そうに頭を下げた高麗人参を見て、二人だけの空間を確保するため、他の弟子たちと三ヶ月で高麗人参に全てを教え終えた師父を全員小さな部屋から退出させた。


少陽山掌門:鬼蓋、貴方が天地より生まれ、この天命に順応していることを知っている。私がどうしてこんな風に小さな生機を探し求めているのか、わからないだろう。

少陽山掌門:貴方は天地の霊であり、生まれながらにして天に優遇され、人の間の煙火を食わず、人の世の苦しみを知らない。しかし、世の中には、ごく普通の人間がたくさんいることを知っていて欲しい。

少陽山掌門:凡人が一世に執着するのは、いつか、その煩わしい天命を破って、貴方のようになる日が来ることを祈っているから。

少陽山掌門:鬼蓋、貴方に生も死もない、恐れも知らない。しかし人は恐れを知っている。天を恐れ、地を恐れ、それは生まれながらの天命だ。それでもなお、自分の「天命」に抗おうとする大胆な人がいる。

高麗人参:……身の程知らずです。

少陽山掌門:我ら異術を修めし者は、天より寿命を授かろうと、「天命」に抗っていると言えよう。命を賭ければ生き延びることが出来るが、同じ命を賭ければ気が弱くなるのも仕方がない。

高鬼蓋、お前は高くにいるため、山の底にどんな苦難があるか知らない。


 その時、高麗人参の手の甲を撫でていた老人は、異術を極めし尊者というよりは、子どもを心配する年長者のようで、目にはわからない悲しさが滲んでいた。


少陽山掌門:いつか、自分の「天命」を破った人に会える日が来ることを、祖師はいつも願っています。貴方もいつかは兄弟子のように、泣いたり笑ったり、世の中の悲喜こもごもを見て廻ればいい。

少陽山掌門:しかし、どうか……その日が来ないことも願っている……

高麗人参:……祖師?

少陽山掌門:なんという……罪、罪よ……


2.災いの星が生まれる


城民甲:殺せ!!!

城民乙:殺せ!!!

城民甲:殺せ!!!

城民乙:殺せ!!!

城民甲:彼は災いをもたらす!!!

城民乙:殺さなければならない!!!災厄の生まれ変わりだ!!!

城民甲:殺せ!!!

城民乙:殺せ!!!

護衛:……陛下……皇子……

皇帝:……我のたった一人の子だ、例え彼が災厄をもたらす運命にあるとしても、そのような悪行をまだしていない限り、彼は依然として我が玄武族の血脈である!

護衛:……しかし……あの連中は、今にもこの王城の中へと飛び込んで来そうです。

皇帝:……そうだ!少陽山の仙長にお声掛けをしろ!少陽山の仙長にお願いしよう!

護衛:……国師監の方々のことですか?しかし、国師監の名を与えようとする度、拒否されてきたではないですか……

皇帝:仙長らは名利を求めない、彼らが俗名を好まないのは理解出来る。

皇帝:しかし……たった一人の我が子を、例え命を狙われても、この子を失うわけにはいかない……この子を失えない……彼は、皇后の唯一の子だ……

皇帝:お願いしに行く!この子のために、天命が変わることを祈ってくれと頼む。きっとできる変えられるはずだ!!!

護衛:陛下……


3.講談玄武


講談師:玄武暦295年と言えば、この天下で二つの大きな出来事が起きた!

講談師:一つは、天下に威をふるっていた玄武族が滅び、たった一人の公主を残して農夫に嫁いだ後、その農夫が蜂起し皇帝として名乗りをあげた事である。

講談師:二つは、あの青龍聖君が現世に現れた事。

講談師:誰もがその巨大な目玉を見た。まるで空が開いたかのように、あの日は大きな穴が開き、中から蛇にも獣にも見えるような瞳が現れた。

講談師:皆が待っていた、その聖君の言葉を待っていた。彼の一言で、この世が滅んでしまわないかと。

講談師:しかし聖君は瞬きをしただけで、立っていられないほどの波風を巻き起こし、子どもたちは泣くのを忘れた。

講談師:ただ、皆が怖がり終えるよりも前に、聖君は言った。

講談師:口から出た声ではなく、頭の中に直接響くような声で。

講談師:こう言った。

講談師:玄武公主の子、玄武の魂が宿った子。災いと共に、天地に転機をもたらすだろう

講談師:その玄武の魂が宿った子、すなわちその後名を轟かせる──

講談師:玄武帝である!


4.記憶喪失


冬虫夏草虫茶!!!虫茶!!!

冬虫夏草:……あのじゃじゃ馬娘め、どこ行った。今日の薬はまだ飲んでいないというのに。

ピータン:……


 急いで薬湯を持って外に出ていく冬虫夏草を見て、ピータンは梁にしがみついている「じゃじゃ馬娘」を見上げた。


ピータン:……

虫茶:シーッ、お兄ちゃんに言ったら、容赦しないからね!

ピータン:うん。


 声をひそめて脅す娘は、家の梁から身を下りて来た。どこを見てもお嬢様の面影はない。彼女は家の外に飛び出した冬虫夏草を見送ってホッと胸をなでおろした。


虫茶:ふぅ……良かった、見つかったらまた薬飲まされる所だったわ。

ピータン:……

虫茶:むっつりの癖に、なかなか義理堅いじゃない!

虫茶:……どこから来たか知らないけど、あの日はアンタがいたおかげで、あたしとお兄ちゃんは悪い奴らに捕まらずに済んだ。

ピータン:……

虫茶:もしかしてどっかのお金持ちのせいでそこに閉じ込められていたの?ねぇ、アンタに話しかけてるんだけど、なんか喋ったら。

ピータン:……

虫茶:自分が誰かもわからないの?

ピータン:……あるひとが……いなくなった……

虫茶:えっ?

ピータン:彼、覚えて……ない……


 虫茶は額に汗を浮かべながら、頭を抱えながらゆっくりと倒れていくピータンを見て目を見開き、慌てた声で叫んだ。


虫茶:おっ、お兄ちゃん!!!お兄ちゃん!!!ピータンが倒れちゃった!!!お兄ちゃん!!!!!


5.談合


花神祭 数か月後

聖教書庫


蛇スープ:……すぅ…

ハイビスカスティー蛇スープ

蛇スープ:すぅ───

ハイビスカスティー蛇スープー!どこだ……

冬虫夏草:ああ、あの子犬は誰かに知らない人について行ったんじゃない?

蛇スープ:っ?!こ、ここにいる。

ハイビスカスティー:…………どこに行ってたんだ、頭が葉っぱまみれになっている。

蛇スープ:白ちゃんと……青ちゃんが……怒っていた……

冬虫夏草:……二人は怒ることも出来るのか。ますます二人の仕組みが気になってきた。ハイビスカス、あれらをボクにくれない?まだ伴生獣の研究をしたことがないからね。

蛇スープ:……イヤ、出ていけ。


 しばらく、二人は睨み合ったまま、膠着していた。


ハイビスカスティー:いい加減にしろ、そろそろ今日の本題に入ろう。

冬虫夏草:なんだ?アイツを完全に消滅させる方法が見つかったの?

ハイビスカスティー:その通りだ。


6.天命に逆らう


玄武暦265年

少陽山


辣子鶏:鬼蓋ー!鬼蓋ー!おいっ!あいつは?

東坡肉:鬼蓋の小童がお主のようにフラフラしている訳がなかろう、総帥の爺さんの所にいるだろうな。

辣子鶏:……チッ、修行ばかりして、何を勉強してんだか。あいつ誘って下山して講談を聞きに行こう。


 辣子鶏東坡肉を引っ張って、勢いよく少陽山の総帥の庭に入って行った。ガランとした庭はいつものように綺麗だが、しかし空気がなんだか重かった。


高麗人参:……祖師、吾とあの子どもと縁があると仰っていましたが、貴方様の仰る縁とやらを、吾には解りません。

少陽山掌門:では、貴方は何故彼と共に下山する事を決めたのか?

高麗人参:……

少陽山掌門:鬼蓋、貴方は盲目ではない、私の縁があるからという一言だけで、少陽山を去ろうとした訳ではなかろう。貴方も心の中では、彼を認めているはずだ。

高麗人参:しかし吾には分かりません。祖師はいつも天命に従うと言いながら、天命に逆らっているように見えます。

少陽山掌門:鬼蓋、たまには貴方の兄弟子のように、戦ってみるが良い。良い結果が得られない事もあるが、少なくとも私たちは戦いを経験して来た。

東坡肉:……辣子鶏、声を抑えろ。

辣子鶏:押すな、聞こえなくなるだろう。


 ギシッ──


辣子鶏:うわっ!!!


 扉が開き、飛び込んで来た辣子鶏によって二人の会話途切れた。高麗人参は、兄弟子の方を振り返る。


東坡肉:コホンッ、あの、師叔、申し訳ない、鬼蓋を探しに来たのじゃ。

辣子鶏:押すなって言っただろ!うっ……ジジイ、いや、祖師。鬼蓋を遊びに誘おうとしたんだ。あいつは毎日貴方の傍で修行ばかりしているから、いよいよ本当の木偶になるんじゃねぇかって……

少陽山掌門:良いだろう。鬼蓋、彼らと共に行くが良い。それに、少陽山を離れる前にしっかりと別れを告げた方が良い。

辣子鶏:え?少陽山を離れる?!お前少陽山を出るのか?!どうして俺に言わねぇんだ?!


 飛び上がって高麗人参の首をひっつかんで文句を言う辣子鶏を見て、東坡肉は気の毒そうこめかみをさすった、老人に向かって一礼をしその場を離れる。

 三人が騒ぎながら去って行くのを見送って、静かな庭に戻ってから、老人はため息をついた。


少陽山掌門:はぁ……天命……この天地全ての人間の天命……一体誰が逆らうことが出来ようか……


7.頑固な少年


玄武暦268年

少陽山


少年玄武:放せ!放せってんだろ!

護衛:申し訳ございません、鬼蓋様の親書をもらわなければ帰ってはならないと陛下は仰っていました。では、失礼します。

少年玄武:バカ野郎!!!


 再び自分の庭に送り出された見慣れた姿を見て、高麗人参はふと自分のこめかみが微かに痛くなったような気がした。ミノムシのようにぐるぐる巻きにされた少年の方を、仕方なさそうに見た。


高麗人参:……

少年玄武:よぉ、また会ったな!さっさとこれを解け。


 それから数日、好奇心旺盛な少年は高麗人参に付きっきりでいた。少年はわんぱくだが、人が嫌がる事はせず、少陽山にいる者全てを笑わせていた。

 茶碗を持って、どこからかウサギを出しては泣きじゃくる弟子を笑わせている少年を見て、辣子鶏は眉をひそめて自分の横でお茶を淹れている高麗人参を見た。


辣子鶏:久しぶりに会ったが、前よりも趣味が増えたようだな、子どもの世話までしているとは。


 からかう辣子鶏の言葉は耳に入っているが、高麗人参は動揺する事はなかった。


高麗人参:騒ぐのは好きだが、意地が悪いわけではありません。成長すれば、民を大切にし、民を愛する良き君主になりましょう。

辣子鶏:……お前がそんなに褒めるとはな?俺にはあいつに何か出来るようには見えねぇが。

高麗人参:人の悲しみを悲しみ、人の喜びを喜びながら、その言葉の中で自分を維持して決断出来ます。良い指導者がいれば、大成出来ましょう。祖師は吾が彼と縁があると言うが、吾には全てうまくやることが出来るかどうか分からない。

辣子鶏:……回りくどいな、ガキを教えるだけじゃねぇか。まあまあ、ここまでにしておく、ジジイも必要な金を貰えただろう、もう行く。

高麗人参:……そなたらは、まだあの天上の城を造っているのか?

辣子鶏:もちろんだ、それはジジイの望みだ。俺が言うのもな、木偶の坊、お前はあのガキのマネをして、もう少し自由に、そして自信を持て。せっかくこの世に生まれたんだ、執着がないと無駄になるだろう。

辣子鶏:お前は天地の霊だ、出来ない事はない。あいつはお前の力さえあれば、きっと一代の明君になれる。

辣子鶏:行ってくる、機関城が出来たら、案内してやる。


 袖を振って去っていく青年を見ていると、いつの間にか高麗人参の横に来ていた少年が、顎を撫でながら唸っていた。


少年玄武:うーん。

高麗人参:……夜の授業がまだです、行きましょう。

少年玄武:心の中で俺が一代の明君になれると思っているのか?俺はお前の期待を裏切らないようにしないとな。

高麗人参:……兄弟子の妄言です、玄武、生意気な事を言わないでください。

少年玄武:いやぁ、恥ずかしがるな、お前の気持ちはわかった!安心しろ!きっと失望させたりはしない!

少年玄武:では、俺が王になる日が来たら、俺のそばで見ていろ!俺がお前の望む明君になったかどうかをな。その時は国師にしてやる!少陽山全体を守ってやるぞ!どうだ?

高麗人参:……

少年玄武:お前が黙っているなら黙認したことにする!この木偶の坊!

高麗人参:…………今晩は、写経を十回してください、明日検査に来ます。

少年玄武:何だとっ?!


8.本を没収


 ダダダッ──

 ドンッ──

 扉が蹴破られると、部屋の中にいた二人は驚いた顔をしていた。すぐさま手に持っている書物や薬事典を背後に隠した。


ロンフォンフイ:オメェら?!何回も言っただろうが?!傷が治る前に本を読むな!薬の研究もするな!大紅袍の話を聞いてねぇのか!!!


 入口で仁王立ちしている青年は、普段の暴れっぷりはなく、そのあまりの勢いに部屋の中にいた二人は思わず黙り込んでしまった。


雄黄酒:……

西湖龍井:……

ロンフォンフイ:黙ってオレを見てどうした?!睨んでも意味ねぇぞ?!早く本を出せ!!!

雄黄酒:わたくしは……

西湖龍井:怪我はもう治っています。

ロンフォンフイ:つべこべ言うな、怪我が治ったかどうかはオメェらが決める事じゃねぇ?!大紅袍が決める事だ!大人しく差し出せ!そうじゃなければオメェらの縄張りを全部燃やし尽くしてやる!

西湖龍井:……

雄黄酒:……龍井の洞窟は湖底にあります、どうやって燃やすつもりですか……

ロンフォンフイ:オレが焼くつったら焼くんだ!早く寝ろ!持っている物を出せ!子推、探れ!

子推饅:ふふ、いいですよ。


 ロンフォンフイの後ろから顔を出した子推饅は、満面の笑みだった。誰が自分たちを裏切ったのか、その瞬間二人は察した。

 しかし、二人は優しく笑う子推饅をただ見つめるしかなかった、そして大人しく本も差し出した。


武夷大紅袍:ははっ、流石子推さんです、二人とも大人しくしてくれないので、困っていました。

子推饅:お褒めの言葉感謝します。良い天気ですし、湖畔で散歩はいかがでしょう?

武夷大紅袍:良いですね、吾も久しく行っていない。では、お二方きちんと療養してください。ロンフォンフイ、こちらは任せました。

ロンフォンフイ:安心しろ、養生する気がないなら、養生しなきゃいけねぇくらい叩きのめしてやる。

武夷大紅袍:いや……それは……

子推饅:先生安心してください、ロンフォンフイも加減を知っています、さあ行きましょう。


 笑顔の子推饅を見て、武夷大紅袍はなんだか背筋が冷たく感じた、顔もなんだかひきつってしまった。


武夷大紅袍:え……は、はい。


9.朱雀が生まれ変わる


彫花蜜煎:このっ!蟹醸橙!待て!!!

蟹醸橙:イヤだ!誰が叩かれるために止まるかよ!!!

蟹醸橙:あああ!!!助けて!!!この暴力女!!!ヤンシェズ助けてー!

彫花蜜煎:フンッ、ヤンシェズ明四喜と一緒に出掛けたわ!今日は誰の後ろに隠れるつもり?


 ドンッ──


彫花蜜煎:いったーあっ、ま、松の実酒……

松の実酒:はぁ……また何を遊んでいるのですか?

彫花蜜煎:えっ……ここ数日仕事がなくて、暇で退屈しのぎに……

松の実酒:暇を持て余しているのなら、豆沙糕と共に近頃回収した巻物や骨董品を整理すると良いですよ。


蟹醸橙:えっ、また巻物をたくさん回収したのか?朱雀の情報はないって聞いたけど。

松の実酒:玉京の混乱以来、朱雀は姿を消しました。しかし各地の墓に異変が起きたのです。

蟹醸橙:フンッ、なのに明四喜のやつはまた外出しているのか?

松の実酒:……副館長には用事があるみたいですよ。

蟹醸橙:何か企んでいるに違いない、しかもヤンシェズまで連れて行くとは。

松の実酒:はいはい、貴方たち早く行って豆沙糕の手伝いにいってらっしゃい。私は館長様に用がありますので。


 蟹醸橙たちを見送ると、松の実酒は近くの書斎に入った。サボり癖のある館長が寝椅子に寝っ転がりながら、扇子を仰いでいるのを見つけた。


松の実酒:……館長様。

京醤肉糸:おや、よく来たね。


 館長のその様子にすっかり慣れてしまった青年は、机の上の乱れた書物を整理整頓し、京醤肉糸の顔が光りを遮るために顔の上に置いた「地方志」を取り上げた。


松の実酒:……明四喜は、自ら進んであの少陽山へ向かいました。心配ではないのですか……

京醤肉糸:「兵が攻めてくれば将で防ぎ、大水が出れば土でふさぐ」と言うだろう。焦るな、焦るな。

松の実酒:……

京醤肉糸:ましてや、旧知に会いに行ったに過ぎないそうじゃないか。

松の実酒:旧知?彼の旧知は……全員南離にいるのでは?

京醤肉糸:南離は、目的を達成するための仮宿でしかない。鳳凰、非梧栖せず、鮫人、非海游せず。我々は彼の心の拠り所ではない、何も強要する事は出来ない。

松の実酒:……何か分かったのですか?

京醤肉糸:いや、たまたま本で、地方の面白い話を読んだだけだ。

松の実酒:……

京醤肉糸:何だその目は。そうだ、今夜は共に湖に遊びに行こうか?春林楼のお姉さんたちも誘って……

松の実酒:京・醤・肉・糸!!!


10.月には満ち欠けがある


 コンコンッ──


北京ダック:……はい、どうぞ。

魚香肉糸:どうしたの、窓の外を眺めちゃって、また昔の事を思い出したの?

北京ダック:……悪都にいる時も、ここにいる時も、人がどれだけ殺されても、皆が佳節を祝ってていても、空に掛かる月だけは丸いまま、何も変化したりはしないと、そう急に感慨深くなっただけです。

魚香肉糸:変化するのは、いつだって私たちの心境だけよ。これは今日の薬だ、大紅袍さんの手紙に、必ず時間通り飲むようにと書いてあったわ。

北京ダック:……いつの間に、彼らとそれほど仲良くなったのですか?

魚香肉糸:竹林にいる、いつも背筋が恐ろしい笑い方をしている医者も、薬を持ってきてくれたわ。

北京ダック:おや、なんと珍しい。彼はどうして……

魚香肉糸:最近貴方がいないから、あいつらの親分が切磋琢磨する人がいなくなったのよね。だから強引に鍛錬に付き合わされて、か弱い医者は傷だらけになっているそうよ。早くしないと、あの好戦的なやつを毒殺しようと企んでいるみたい……

北京ダック:………………

魚香肉糸:薬を持ってきた時、顔があざだらけで、珍しく狼狽していたよ。

北京ダック:あいつ……竹飯を探して切磋琢磨することは出来ないのでしょうか?

魚香肉糸竹飯の性格は、貴方も良く分かっているでしょう。彼に勝ったら勝ったで毎日つきまとってくるし、負けると会う度にあの笑顔を……なんなら、貴方が試したらどうかしら?

北京ダック:それは遠慮しておきます。何も聞かなかった事にしてください。

魚香肉糸:感慨している暇があったら、先に薬を飲んじゃいなさい。

北京ダック:……砂糖漬けは。

魚香肉糸:昨日ので終わり、タンフールーたちに買いに行ってもらったわ。いい年なんだから、薬ぐらい甘味なしで飲めるようになりなさい。

北京ダック:食霊は薬を飲む必要はないのに……

魚香肉糸:今なんか言った?

北京ダック:飲みます、今すぐ飲みます……

錦瑟園

1.鮫人の涙


青年玄武:本当か?あいつにそんな事があったとは。

辣子鶏:そうだろう、そうだろう。初めて連れて来られた時は、本を読む以外何もしなくて毎日部屋に籠っていたんだ。

辣子鶏:あいつに恋心を抱いていた弟子もいたんだ。その娘の気持ちもわからないまま、あいつは花灯篭祭りに一緒に行ったんだが、その娘が払えない穢れがあるから呼ばれたのだと思っていたらしいぞ。

高麗人参:はぁ……

辣子鶏:おっ、鬼蓋来たのか。あの娘が腹を立てて、お前に噛みついたことを玄武に話して見ろよ。

高麗人参:……暇でしたら、農具の研究を続けたらどうでしょう。

辣子鶏:……チッ、農具、水利、城の防衛、お前たちは毎日毎日、休日があっても良いだろう?あっそうだ、聞いたか?

青年玄武:何をだ?

辣子鶏:ジジイと機関城を飛ばしていた時、向こうの漁師から聞いたんだけど、最近東海の方に海の怪物が出たらしい。

青年玄武:海の怪物?俺は悪獣しか聞いたことがない、海の怪物とは何だ。

辣子鶏:鮫人らしいぞ、毎日海岸を独り占めにしていて、漁民が海に出ようもんならそいつは荒波で漁船をひっくり返すらしい。誰もその海域に近づけさせない、まるで自分の縄張りみたいにな。

青年玄武:…………鮫人……

辣子鶏:どうした?興味あるのか?

青年玄武:ああ……人参!我々も久しぶりに遠出しないか?海とかどうだ?

高麗人参:……?

青年玄武:もし本当に鮫人ならそれを捕まえて、泣かせてみよう。噂によると鮫人の涙は真珠になるそうだ、俺はまだ見た事がない……ああ……ピータンも連れて一緒に行けば、勝てるかもしれない。

高麗人参:………………

辣子鶏:捕まえたら、俺の分の鮫人の涙も残しておいてくれ。鮫人の涙はきっと綺麗だろうな……

青年玄武:安心しろ、お前の分もちゃんと残しておく。

高麗人参:二人とも……


2.人魚の尾


 薄暗い小屋の中には血の匂いが漂っていた。いつも陰に隠れていた少年が心配そうに水を持って、明四喜の横に立っていた。


ヤンシェズ:……明四喜様、海水。

明四喜:…………ヤンシェズ……貴方ですか……ありがとうございます。あちらに置いておいてください……


 揺らめくろうそくの下、長いローブは明四喜の両足を覆っている。それでも厚い布地には赤い点々が広がっている。少年の明四喜をどうにか座らせ、血で皮膚に張り付いてしまっている服を遠慮なく裂いた。

 そこには人間と同じ両足があるはずだが、今は美しい血が滲んでいる魚の尾があった。


明四喜:いっ……

ヤンシェズ明四喜様……

明四喜ヤンシェズ、不才が貴方を好ましいと思うのは、従順で好奇心がない所ですよ。

ヤンシェズ:……はい……


 青年は水鉢を取ろうとしたが、言うことを聞く自分の護衛が手の中のものをしっかりと握り締めていることに気づいた。


ヤンシェズ:……やる。


 柔らかな手ぬぐいを水で濡らし、注意深くその痛ましい尾を拭った。口数が多くない護衛は何も言わない。いつも笑みを浮かべている青年も笑みを浮かべていない。顔を上げると、壁にある海図を見て、懐かしんでいた。


明四喜:……時々、貴方は不才の旧知に似ているように感じます。

ヤンシェズ:……

明四喜:貴方程口数は少なくないが、機関城の連中程口数も多くはない。いつも静かだった。

ヤンシェズ:うん。

明四喜:不才はあの時から、彼と不才たちは違うとわかっていた。彼は、あいつが自分を殺せと言っても、やる奴だった。

ヤンシェズ:……

明四喜:だからあいつは、最後まで彼を連れていたのだろう。

ヤンシェズ:………………

明四喜ヤンシェズ、もしある日、貴方に不才を殺せと言ったら、出来ますか?

ヤンシェズ:出来る。

明四喜:そうですか。


 手ぬぐいが真っ赤に染まると、魚の尾はいつの間にか消えていた。青年は裾を整え、淡い笑みを浮かべた。


明四喜:その日が来たら、頼みましたよ。

ヤンシェズ:……はい。


3.上元夜の願い


玄武暦259年

景安町


青年玄武:これが上元節?賑やかだな。

ピータン:……主上、仮面を外さないでください、危険です。

青年玄武:ピータン、お前はいつから人参みたいに堅苦しくなってんだ?ここの庶民が俺の顔がわかると思うか?

ピータン:……

青年玄武:むしろ、主上って呼んでいる方が、バレるんじゃ。

高麗人参:陛下……

明四喜:いっそ大声で叫んだらどうだ、皆が私たちの前に跪いて見やすくなるだろう。玄武、あの灯篭を見ろ!

青年玄武:ハハハハッ!やはり泉先が一番利口だな。行こう、灯篭を貰いに行こうか。

高麗人参:はぁ……


 叩かれる肩を感じながら、高麗人参ピータンを見て同じように呆れた顔をした。呆れたように軽くため息をついたが、すぐに顔もその賑やかな雰囲気に感化されて笑った。

 これは彼らが長い間苦労して得た万民同楽で、皆はこの年に一度の祭日を喜び勇んで祝い、一人一人の顔に幸福な笑みが浮かんでいた。


ピータン:今日一日、彼の好きにさせましょう。

高麗人参:はい……

青年玄武:おい、二人とも早く来い。


 少し離れた呼び声に気を取られ、二人は雑踏をかき分けて、手を振り続ける青年のもとに近づいた。

 それは願いの帯がいっぱい結びつけられた老木で、何重にも重ねられた赤い紐に包まれていた。


青年玄武:願い事をしようか?来年もまた来よう。

高麗人参:……しかし……

青年玄武:待て待て待て。願いなんて、神は見てくれないだろう、しかし願う事で、俺たちはその願いのために努力することが出来る。そうだろう?

高麗人参:……はい


 しばらくすると願いが書かれた四本の赤い帯が、小さい石に結び付けられ、老木の枝にしっかりとくくられた。

 パンっ──

 手を叩いた後、青年は自分の親友らを振り返った。


青年玄武:以降毎年、ここに来て自分の願いが叶ったか確認しよう。俺が死んだらお前たちがここに来てこの木に、願いが叶ったか報告するように!


 笑っていた青年は、その約束があの日以来、実現しなかったとは思わないだろう。彼らの願いと同様に。


青年玄武:「この三人の親友と共に、もっと長く、更に長く、いられますように」

高麗人参:「願わくは、天も地も清く、不公平のないように 」

ピータン:「主上の美名を後世に残りますように、全ての者が帰る場所を見つけられますように」

明四喜:「この馬鹿共の願いが叶って、初心を忘れないように」


4.ピータン


玄武暦260年_hen_玄武殿


 ダンダンダンッ──

 ダンダンダンッ──

 夜明け前、従者たちが次々と奔走していた。ガランとした本堂は賑やかな雰囲気になっている。しかし本日の主役は、権力の象徴である玉座に座ったまま、興味なさそうにあくびをしていた。


青年玄武:……そこまで煩雑にする必要はあるのか?登極するだけではないか。人参までそんな恰好を……

高麗人参:民心の赴くところ、民は強大な国力を望みます。度重なる戦争の末、国威を顕示する式典は簡素にしてはいけません。

青年玄武:……わかったわかった、お前の言う通りにする。



講談師:国師が計算した吉時になると、元はガランとした本堂はこの時各民族の大臣で埋め尽くされ、華服を着た青年が殿中の玉座に座っていた。

講談師:ちょうど侍者が詔書を読み終え、万人が叩頭する時、青年帝王がいつも腰に付けている美しい晶石が突然眩い光を放った。

講談師:身のこなしがしっかりしている、暗い服装の青年が、突如現れ、群臣を騒然とさせた。

講談師:あの者こそが、後世に伝えられた、玄武暴君と共に万人を殺戮した殺神だ!


 突如現れた青年に、朝臣のみならず、いつも落ち着いている高麗人参までもが驚いた顔をした。

 誰もが先程驚くべき輝きを放ったばかりの、透明な七色の晶石に注目していた。極北の地から採れた特殊な晶石で、珍しいというほどではないが、玄武はいつも、辣子鶏たちが願い事を刻んだこの石を好んで身につけていた。


青年玄武:こっ……これは……

ピータン:主上、私は天地の霊なり、主上に感化され参りました。今日より、忠誠を尽くし甘んじて犠牲となり、命を投げ出して惜しまない。


 玄武の前に片膝をついた青年に誰もが沈黙するが、高麗人参はその青年に自分と同じ力を感じた。


少陽山掌門:十分に強い信念があれば、例え普通の人間であっても、信念を共有する天地の霊を召喚出来る。これは天地が、人間に与えた天命に抗う唯一の機会である。

高麗人参:……陛下、彼は天地の霊です。貴方様の天地の霊です、貴方様より生まれ、貴方様と信念を共有する天地の霊です。

青年玄武:弧のために生まれた……天地の霊……


5.お茶を濁す


 紅と白粉の香りがする部屋が開けられた。扉を開けた人物は嫌そうに顔をしかめ、むせかえる香りを手で振り払おうとした。


冬虫夏草:消えろ。


 聖教であまり評判の良くない医者がそう言うと、赤い紗衣を纏った青年の膝に乗っていた妖しい少女たちは慌てて逃げ出した。青年は仕方なさそうに身を起こす。


冬虫夏草:……服はちゃんと着て、奴はいないし、誰に見せるつもりだ?

ハイビスカスティー虫茶に見せるのも悪くないだろう?

冬虫夏草:良い度胸をしてるじゃないか?!髪はもういらないんだね?

ハイビスカスティー:いやいや、我らの立派な冬虫夏草よ、君が来た途端私の言う事を聞かず、女子らは全員逃げてしまったではないか。

冬虫夏草:……演技するのが楽しくなったのか?

ハイビスカスティー:フフ、油断出来ない、あの女はどこで見ているかわからんからな。

冬虫夏草ピータンがいる、心配する必要はない。

ハイビスカスティー:どこからともなくやってきたあいつを信用するのか。

冬虫夏草:何でも知っている者を信じるより、彼を信じた方が良い。ところで、君の中にいる奴だが、本体について何かわかったかもしれない。

ハイビスカスティー:ほお。

冬虫夏草:ハッ、光耀大陸にはこれだけの敵がいるのに、何故聖教はここまで繁栄しているのかと言うことだ。悪念……そうだ……悪念がまったくない者なんて……

ハイビスカスティー:……悪念?

冬虫夏草:かつて、まだ四聖の族人が生きていた頃、既に終末に関する記述があった。ボクは数え切れないほどの記録に目を通し、ようやくつかみどころのない文章を見つけた……

ハイビスカスティー:……もったいぶるな、虫茶はいないんだ、君を持ち上げる者はいない。

冬虫夏草:天地の念。人心の悪は天地に拒絶され、穢れた獣によって浄化される。

ハイビスカスティー:それは堕神の話か?ははっ、真実を認めたくない人間たち以外、皆知っている事だろう?

冬虫夏草:天地はまだ一縷の希望を持っていた、人心が善良であることを望み、穢れた獣は人心の悪を食す。人心に悪がなければ穢れた獣は貧しく、人心に悪があれば自滅をもたらすだろう。

ハイビスカスティー:……ああ、それで?

冬虫夏草:しかし人心の悪は、天地の念を超えた。天地は悲喜の間、悪意が生まれ、地上に産み落とした。悪念は天地の悲しみを背負い、ただ人類を滅ぼすために、天地を浄化しに来た。

ハイビスカスティー:つまり……あいつは……天地の悪念から生まれたのか?人間を消滅させるためだけに存在すると?

冬虫夏草:……この答え以外に、これ程までに悲劇を生み出し続ける事に執着している理由があると?

ハイビスカスティー:しかし、人間が死のうが生きようが、私たちに何の関係があるのか。ただひたすらに、彼らの悪念を刺激し、堕神をますます増やしているだけだ。

冬虫夏草:じゃあ……天地の間に人間がいなくなったら、それはまだ存在するのか?そして、ボクたちを蝕み続ける瘴気はまだ存在するのだろうか?

ハイビスカスティー:……ハハッ、虫茶を守るためとは言え、実に残忍だ。

冬虫夏草:花神の核である君は、一時しか彼女を救えない。大元を断たなければ、ボクは決して安心することは出来ないよ。


6.封印された真実


魚香肉糸北京ダック……?どこに行ったのかしら。


 バサーッ──

 突然の轟音に振り向いた魚香肉糸は、本の山の中から手が伸びている事に気付いた。


魚香肉糸:!!!

魚香肉糸北京ダック!大丈夫?!

北京ダック:……ハァ……生き埋めになるところでした……

魚香肉糸:……どうして突然書庫に来たの?しかも一番散らかっている場所にいて、何を探しているの?

北京ダック:……いえ、そなたが書いた史書を探していました。

魚香肉糸:……史書とか?もう何度も読んでいるでしょう、どうしてまた急に……

北京ダック:ご存知のように、現在の歴史は、完全な歴史ではありません。あまりにも多くの闇と、勝者によって隠された真実があります。

魚香肉糸:しかし、そんな真実は、どこから知ることができるのか……

北京ダック:知るすべはないが、手掛かりが残っているかもしれません。機関城の城主が国師監に師事していたそうですが、国師監という名は過去百年の間ほとんど語られていません。しかし、玉京の人々は、彼らの出現を意外とも思わず、むしろ恭しく迎えていました。

魚香肉糸:……つまり、彼らも意図的に隠された……真実?

北京ダック:しかも、欠けている部分の真実。彼らの過去には、吾らが必要としている全てがあるかもしれない。

魚香肉糸:欠けている……?

北京ダック:まるで、光耀大陸全体が彼らに何か貸しがあるのに、彼らのことを語ろうともしないが、痕跡を完全に消そうともしない。

魚香肉糸:…………難しい話になって来たわね。彼らとの接触で、そこまでわかったの?

北京ダック:それは、機関城の城主があの火炎棒と仲が良いおかげですね。

魚香肉糸:……火炎棒?

北京ダック:彼は彼の友人に向かって吾を悪徳商人と呼んだ、お返しをしなければなりません。

魚香肉糸:ふふっ……まさか、竹林にいる者の事か?

北京ダック:他に誰がいますか?では……露出狂?暴力狂?

魚香肉糸:……まあ、助けてもらった事もあるし、ほどほどに。聞かれないように気をつけないと、この竹煙は火事で塵となってしまう。

北京ダック:そんな度胸があればの話ですが。


7.無言の「兄弟子」


東坡肉:ところで鬼蓋の小童よ、日頃は礼を重んじて義を弁えているくせに、何故辣子鶏を兄弟子と呼びたがらないんだ?

高麗人参:……

東坡肉:なんだ、もしかして恥ずかしいのか?

高麗人参:……

東坡肉:同時に入門したのに、くじ引きで序列を決めたのは確かに幼稚だったように思う。しかし辣子鶏は兄弟子と呼ぶに相応しくない訳ではないだろう、何か思う所があるのか?

高麗人参:……兄弟子を認めていない訳ではありません、ただ……

東坡肉:……ただ?

高麗人参:普段の兄弟子は自由過ぎます……吾が……口から出す前に、いつも……

東坡肉:……ああ、いつもニヤニヤして、呼びづらいのか?

高麗人参:……

東坡肉:……それとも兄弟子には相応しくないと思って、呼びたくないのか?

高麗人参:そんな風に思ったことはありません……それに……

東坡肉:それに?

高麗人参:兄弟子は良い方です。彼は師伯の望みのため、迷わず少陽山を離れた、これは吾には出来ない事です。

高麗人参:彼は自信満々で、意気が高く、憧れの的です。あの日、まだ少陽山を離れていない頃、彼は吾を誘っていつか一緒に天下の繁栄を見ようと言ってくださいました……吾は、失望させたくありません、立派な弟弟子になってから……彼の事を……


 目の端で赤い服が通り過ぎて行くのをとらえ、東坡肉は笑いながら頭を横に振った。


東坡肉:二人とも馬鹿者じゃな……


8.肥えた朱雀


八宝飯辣子鶏──辣子鶏起きろ!!!

辣子鶏:人参がここに何かあるって言わなきゃ、俺様はこんな所には来なかった!こんなに歩いたのに、鳥すらいねぇじゃねぇか!俺は休む、もう歩けねぇ!


‌ 赤い服を着た青年は、駄々をこねて地面に座りこみ、自分の袖を使って風を扇いだ。同じように暑さで汗だくになっている青年は、彼を引っ張ったが、結局は同じように木陰に座り込んだ。


八宝飯:何もないなんて知らなかったんだ!八卦羅盤が指した方に向かってこんなに歩いたのに、何も見つからない。人参の奴、まさかオイラたちを騙したのか?ハァ……ハァ……

辣子鶏:どう考えても、お前の八卦羅盤が壊れてるからだろ!ずっと同じ所をグルグルグルグル、この木を見たの何回目だと思ってんだ?!

八宝飯:そんな訳ないだろ、オイラの八卦羅盤は壊れてない!

八宝飯:……あれ?これはなんだ?


 お尻の下に硬い物を見つけ、八宝飯辣子鶏は身体をずらし、その小さな突起を見つめた。


辣子鶏:少し離れろ、熱いだろ!腹減ったー!!!

八宝飯:八卦羅盤に入ってる携帯食食わない方が悪いだろう!餓死してもしらないからな!

八宝飯:えっ?辣子鶏!見ろ!これなんだと思う?!

辣子鶏:なんだ、大げさな、食いもんでも見つけたのか?

八宝飯:違うって、ほら!

辣子鶏:食べ物を見つけたら呼んでくれ、少し休む。

八宝飯:だから!!!卵だって!!!


 八宝飯の言葉を聞いて、木に寄り掛かっていた青年はやっと顔を上げて、八宝飯が持っている大きい卵に気付いた。


辣子鶏:……お前が産んだのか?

八宝飯:産めるわけないだろ!

八宝飯:おいおいおい!火で焼くなよ?!

辣子鶏:腹が減っている所に卵が出て来た、これが縁って奴じゃねぇのか?

八宝飯:ちょっとあんた!


 バリッ──

 八宝飯の叫び声に交じって、微かに何かが割れる音が聞こえる。


八宝飯:……ん?なんだこれは……?

モフモフ鳥:俺様は南方の主、四象の朱雀だ!愚民共、図が高いぞ!

辣子鶏:……

八宝飯:……


 ぎゅるる──


辣子鶏八宝飯、もっと良い昼飯が食えそうだな。


9.九死に一生を得る


回鍋肉:のみ、きり……後は……良いのこぎりがあれば……

冰粉:道具が必要なら直接城主に言ったら良いじゃないですか?きっと最高の物を持って来てくれるはずですよ……

回鍋肉:城主は忙しくしています、邪魔は出来ません……

冰粉:城主の興が乗って、ありとあらゆる道具を用意した上に、全てに派手な装飾を施されてしまったら……と危惧しているのでしょう?

回鍋肉:……

冰粉:ふふっ……どこに行くおつもりですか?


 寡黙な青年は本音を言い当てられてしまったがために黙り込んでしまったのかと思えば、すぐに顔色を変えどこかへと向かって行った。

 巨大な穴には千切れた体の破片と血肉が飛び散っており、煉獄が広がっていた。その穴の中心には今にも死にそうな青年がいた。その青年の腰は完全に爆破され、視線も定まらず、ただひたすらにこの言葉を繰り返していた。


マオシュエワン:殺す……あいつらを殺す……殺す……早く……逃げろ……

冰粉:……!!!

回鍋肉:……まだ助かるかもしれません。


 飛び散った霊力から、二人は目の前の青年は普通の人間ではない事に気付く。確かに、普通の人間はこれ程の爆発に巻き込まれ、内臓が飛び散っても、生き残れる訳がない。


冰粉:大千生!!!


 巨大な機関花は、息も絶え絶えの青年を呑み込んだ。回鍋肉は花の蕊に手をあて、絶えず霊力を注いだ。


冰粉:早く機関城に戻りましょう、城主ならもしかしたら……


 数歩進んだ所、巨大な鳥の影が二人を包んだ。


辣子鶏:おいっ!何をしてるんだ!!!今日は地府に行って麻雀をしに行かねぇかー!


 巨大な機関鳥の上から気の抜ける声が聞こえて来た、しかしそれは緊張状態に陥っていた二人の気持ちを落ち着かせた。


冰粉:早く行きましょう。城主さえいれば、きっと助かります。

回鍋肉:うん。


10.果てしない生死


 天地は夢に生まれ。


 夢に消える。


 夢から醒める時。


 天地は傾き、海水が流れ出す。


 万物が枯骨と化す。


 これは天命。


 天命に背くことは出来ない。


少陽山掌門:……ガハッ──

少陽山弟子:祖師!!祖師どうされたのですか!!どうして血を……

少陽山掌門:……万物が……枯骨と化す……

少陽山弟子:何の事ですか……?

少陽山掌門:……天命に……背くことは出来ない……

少陽山弟子:……祖師?

少陽山掌門:……良い、下がれ。

少陽山弟子: 祖師?

少陽山掌門:……天命に、背くことは出来ない……鬼蓋兄弟子をここに呼んでおくれ……

少陽山弟子:……はい!


 急いで走って行った弟子の後ろ姿を見て、老人は胸に手を当てたままどうにか腰を下ろした。


少陽山掌門:鬼蓋、天地と共に滅ぶのは、人族の天命だ。破れるとすれば、天地が思いもよらない事が起きるはず。貴方を巻き込んだ祖師を、どうか恨まないでくれ……

青龍谷

1.城主即位


辣子鶏御侍:ゴホゴホッ……ゴホッ……

辣子鶏:……ジジイ、どうした?

辣子鶏御侍:シッシッ、自分の仕事をしろ。私がどうにかなる訳がなかろう!ピンピンしとるわい!!!

辣子鶏:……本当に?

辣子鶏御侍:本当だ。

辣子鶏御侍:……

辣子鶏:……一体どうしたんだ?

辣子鶏御侍:辣子鶏、お前は私を恨んだことがあるか?

辣子鶏:……恨む?

辣子鶏御侍:お前を追い詰め、五行八卦を奇門遁甲を学ばせ、お前を私と一緒にこの山奥に閉じ込め……何千年掛けても飛べるかわからない機関城の研究をして……

辣子鶏:クソジジイ、一体どうしたんだ?

辣子鶏御侍:……何十年も……お前はずっと、ずっと、私の後ろで、私と一緒に狂って、暴れて来た……しかし一度も何か欲しいと言って来た事はない……


 倒れる老人を、赤い服を着た青年は受け止め、白髪だらけの老人に彼は珍しく取り乱した。


辣子鶏:……なあ!ジジイどうしたんだ?!

辣子鶏御侍:わかっている……私のこの願いは身の程知らずだと……辣子鶏……お前が不老不死の天地の霊であるという事はわかっている……

辣子鶏:クソジジイもうこれ以上喋るな!今すぐ東坡先生の所に行こう!祖師の所に行こう!待ってくれ!

辣子鶏御侍:最後まで……話させろ……

辣子鶏:……

辣子鶏御侍:私は……機関城が空で飛んでいる景色を見られないのだろう……

辣子鶏御侍:だから……この機関城は……お前に託した……

辣子鶏御侍:小僧……最期に……もう一つの願いがある……

辣子鶏:……クソジジイ、言えよ。

辣子鶏御侍:私は……お前がこの天上の城を完成させる所が見たい、天下の居場所なきものに……帰る場所を……


 次第に暗くなっていく老人の両目を見つめ、辣子鶏は枯れた手を力強く握りしめた。


辣子鶏:……わかった、俺に任せろ。


 太陽が丘に沈むと、老人の燃えるような眼差しは消え、柔らかなささやきの後、老人は次第に最後の輝きを失い、最期の言葉だけが残された……


辣子鶏御侍:少陽山……と機関城は……お前に任せた……俺の自慢の弟子よ……


2.未来

ある年の上元節

景安鎮


 歳月はまるで鋭利な刃だ、全ての鋭さや純真さをひとつひとつ切り落としていく。

 しかしあの時の明四喜、或いは泉先を自称する鮫人は、いつもこれを鼻で笑っていた。

 彼からすると、歳月はどうやったって彼ら天地の霊に痕跡を残す事は出来ないからだ。

 彼らが一緒にいる限り、叶わない願いはないといつも思っていた。当然、願いの木に願い事をするなんてそんな愚かな事をする必要もないと。


青年玄武:ハハハハッ、なら泉先、将来への期待を書いたら良い。


 彼はあの日願いを書いた者たちの中で、唯一この場所に戻った一人だ。

 堕神の襲撃に遭った事で、願いが込められた帯がくくられていた古い木は既に枯れており、風に揺られる白くなった帯しか残らない。

 あの日、彼は長い時間を掛けて、どうにか四人の筆跡を見つけ、四本の帯を引き取った。


ヤンシェズ:……明四喜様?


 遠路はるばるやって来たというのに、枯れた木を見つめたまま動かない明四喜を見て、ヤンシェズは思わず声を掛けた。


明四喜:……

ヤンシェズ:ここが好き?

明四喜:……いや、故地なだけです。行きましょう。

ヤンシェズ:……故地?

明四喜:いいえ、さほど重要でもない小さな約束に過ぎませんよ。

ヤンシェズ:……重要では……ない?

明四喜:ええ、誰も守っていない、約束です……行きましょう。

ヤンシェズ:……はい。


3.病気にかかる


 初秋の夜は涼しい。海からやって来た鮫人は寒さからか、池から顔を出して畔に座っていた。


青年玄武:泉先、この池を気に入ってくれたか?少し狭いが、海水を引き入れるのはあまりに大変だからな、まだしばらくはこれで我慢してくれ。


泉先:……まあまあ。

青年玄武:ハックション──

明四喜:……?病気か?鬼蓋を呼んでくる……

青年玄武:いい!大丈夫だ!

明四喜:?

青年玄武:一日我慢したんだ、彼とピータンに気付かれないように。

泉先:……人族は実に脆い。貴方は霊族と人族の混血だが、気を付けなければいけない。

青年玄武:ハクション……はぁ、わかっている。ただたまに思うんだ、もし俺がお前らと同じ天地の霊だったら……どれだけ良かったか……

明四喜:……

青年玄武:もしそうなら、お前らのそばにもっと長く、長くいられる。そして俺らが心血注いだこの土地をもっと長く、長く見ていられる。

明四喜:……本当に……天地の霊になりたいのか?

青年玄武:……ん?真に受けたのか?ハハハハッ!もちろんだ、そんな機会があるならなりたいに決まっているじゃないか!しかしこれは根も葉もない話だ、本当にそう思ってはいないよ。

青年玄武:ただ時々考えてしまうんだ、お前らは俺がいなくなったら、寂しく思わないかと。

青年玄武:俺を忘れてしまわないかと。

明四喜:……

青年玄武:ハクションッ!

青年玄武:チッ、今日はどうしたんだ、風邪を引いたから頭が回らなくて変な事ばかり言っているかもしれんな。泉先、気にするな、テキトーに言っているだけだ。

明四喜:……はい。

青年玄武:頭痛がする、先に休む、お前も早く休め。

明四喜:……はい。


4.鮫人の死

地宮


高麗人参:…………泉先、或いは明四喜

明四喜:鬼蓋さん、お久しぶりです。

高麗人参:……泉先、吾の前では取り繕わなくても大丈夫ですよ。そなたがしてきた事を、吾は知らない訳ではない。

高麗人参:彼はそんな事を見たい訳ではない。手を引いてください。

明四喜:鬼蓋さんご冗談を、どうして彼はこんな事を望んでないとわかるのですか?

高麗人参:……

明四喜ピータンは行方知れず、貴方は地府の中に囚われ、そして不才は凡塵俗事に陥り、今の明四喜になりました。不才たちは全員変わった、唯一変わらないのは、あの日に止まった人だけです。

高麗人参:……泉先……

明四喜:泉先は鮫人です、今は明四喜しかいません。

明四喜:偽装という言葉は当てはまらないんです、明四喜はただの明四喜です、最初からずっとこの姿です。あの鮫人は、とっくの昔に陸地に溺れて死んでしまっています……


5.四聖伝説


 天地が開いた時、陰陽両極に分かれた。


 四象を生んで、四方の主とした。


 天地霊族は四聖に従う。


 白虎は戦いを好み、四象の主の座を欲した。朱雀と玄武はそれに抵抗をする。


 瞬く間に風雲変化、天地は悲嘆に暮れた。


 白虎玄武は共倒れ、朱雀は行方知れず、青龍は天地を護り、四聖の主となる。


 諸霊族は悲嘆に暮れ、青龍の指摘を得て、四聖は眠り或いは再び輪廻に入る。


辣子鶏:…………で、お前があの朱雀だと?

モフモフ鳥:フン、これで俺様の凄さを思い知っただろう?!

辣子鶏:……この太った鳥が?伝説の四象朱雀?

モフモフ鳥:俺様のどこが太っているんだ?!この野郎!貴様の炎が俺様を回復させる事が出来なければな、貴様はとっくに灰にしていたぞ!!!あっち!!!何をするんだ?!俺様が焼けてしまうだろう!!!

辣子鶏:まだ昼飯食ってねぇし、腹減った。八宝飯、八卦羅盤の中に調味料は入ってるか?

モフモフ鳥:熱い、熱い!!!!!無知な小僧!!!絶対痛い目に遭わせてやる!!!

八宝飯:唐辛子粉と塩しかない。

辣子鶏:それでいい、くれ。

モフモフ鳥:なんだと?!放せ!!!!!俺様は焼き鳥じゃない!!!!

辣子鶏辣子鶏様って呼べ、許しを乞え!

モフモフ鳥:断る!!!!!

辣子鶏八宝飯、唐辛子粉を撒け。

八宝飯:はいよー!

モフモフ鳥:ああああ!ハクション!!!いやだ!!嫌だ!!俺様の華麗な羽!!すまなかった!許してくれ!!辣子鶏様!!!


6.英霊に立ち会う


お屠蘇:待て!!!

暴飲王子:待てって言われて待つ奴がいるかよ!!堕神だからって言うこと聞くわけ無いだろう!!

よもぎ団子お屠蘇さん!!!体の傷はまだ回復していないんですよ!!

臘八粥:……お屠蘇!!!ゆっくり走って、ついていけません!

お屠蘇:あなたたちはここで待っていてくれ、堕神を倒したらすぐに戻ってくる!


 お屠蘇は自分と同じくらいの長さの刀を持って、目の前の堕神を追いかけて行き、少し離れたところに取り残された二人の少女は膝を手につき、息を整えていた。


よもぎ団子:ハァ……ハァ……お屠蘇さん、足が速すぎます……

臘八粥:……ハァ……怪我はまだ治っていないのに……ダメ、やっぱり追いかけなければ。よもぎ団子、まだ走れますか?

よもぎ団子:はい!大丈夫です!


 二人の娘が息を切らしながらお屠蘇に追いついた時、目の前の堕神はゆっくりと倒れていた。


よもぎ団子:ハァ……ハァ……お屠蘇さん、仕事早すぎます……

お屠蘇:……殺したのは私ではない。

臘八粥:え?他に食霊がいるんですか?

お屠蘇:…………たった今、見た事もない軍服や道着を着た青い兵隊が現れ、この堕神を制圧して消えていった。

よもぎ団子お屠蘇さん、私たちをからかわないでください。次またこんなに無茶をしたら、亀苓膏さんに告げ口しますよ。

お屠蘇:冗談じゃない、本当に消えたんだ。


 よもぎ団子が何か言おうとした時、臘八粥がそっと彼女の裾を引っぱった。お屠蘇は眉をひそめて、真面目に考えてるのを見て、明らかに先程の出来事に疑問を持っているように見えた。


よもぎ団子:……青い……兵士?

お屠蘇:ああ。彼らを見るのは初めてではない。まあ、いつか彼らが誰なのか知る機会がくるだろう。

臘八粥:うん。


7.浪人の帰る場所


辣子鶏:ハァ……よし、機関術で動く内臓と、体も水晶で繋げた。お前たちは本当に厄介事ばっか持ってくるな、あちこちからガラクタを拾って来て。

冰粉:城主様の教育の賜物ですよ。おや……目が覚めたようですね。薬を用意してきます。

マオシュエワン:はい……

辣子鶏:起き上がるな、病人は大人しく横になってろ

マオシュエワン:……


 目覚めたばかりのマオシュエワンは、陽の光に照らされ輝いている青年を見て意識を飛ばしていた。しかし次の瞬間、まん丸なモフモフ鳥が飛んできた。


辣子鶏:機関城には召使いが一人足りない。俺様に助けられたからには、機関城に残って恩返しをしろ

マオシュエワン:……


 部屋を出た辣子鶏は、部屋の外にいた回鍋肉を見て、怪訝そうに眉を上げた。


辣子鶏:なんだ?何か材料が足りないのか?

回鍋肉:……彼を機関城に置くつもりですか?

辣子鶏:うん。

回鍋肉:あの日の爆発は、彼自身が引き起こした物かと。機関城に災いをもたらすかもしれません。

辣子鶏:それがどうした。機関城が爆発したとして、お前は直せないのか?

回鍋肉:いいえ。

辣子鶏:それとも、俺様があいつに勝てないとでも?

回鍋肉:いいえ。

辣子鶏:じゃあいいじゃねぇか。

回鍋肉:……

辣子鶏:この機関城は、帰る家がない者のための拠り所だ。

辣子鶏:機関城にすらいられないのなら、帰る家のない者たちは、どこに行けるんだ?


8.これが青春だ


ワンタン:なあー!亀苓膏ー!

亀苓膏:えっ?

ワンタン:つーまーらーなーいー

亀苓膏:…………それなら、今夜の宴会の準備を手伝ってくれ。もう少ししたら廬山も来るだろう。

ワンタン:あーいやだ……

亀苓膏:……なら書斎で本を読めばいい、それとも絵を描くか?

ワンタン:……墨を磨るのか……

亀苓膏:……

ワンタン亀苓膏、怒っているのか?

亀苓膏:いや、足を上げろ、その足の下にある机が必要だ。

ワンタン:いやだー足を乗せるのにちょうどいい高さなんだ。

亀苓膏:……

ワンタン:おや、ますます怒っているように見えるな……わっ!ちょっ、叩くな!!!からかっただけじゃないか……小籠包助けてー!


 騒がしい部屋の中を見つめながら、入口に座っている小籠包カニみそ小籠包は頭を横に振った。


カニみそ小籠包:殴られるのをわかってて、どうしていつもちょっかいをかけるんだ……

小籠包:はははっ、これが若者というものじゃ……これが青春、青春じゃー


9.世間の悪を取り除く


八宝飯:なあ、辣子鶏、人参と長い付き合いなんだろ?あいつはどうして墓を探しながら、地府まで作って不平事の判決をしているんだ?

辣子鶏:知るかよ。あいつはなんでもかんでも自分で背負って、いつか頭が爆発してもしらねぇよ。

八宝飯:……猫耳ちゃんも知らないのか?

猫耳麺:うぅ……人参さまはいつも、この世の不公平をなくしたいと言っています。

辣子鶏:チッ……あいつは昔からそうだ……どっからその大それた想いを見つけてきたんやら。



青年玄武:人参ー人参ー鬼蓋ー!

高麗人参:……陛下、立ち振る舞いを気にしてください。これらの政務は本日中に処理を終わらせないといけません。

青年玄武:毎日政務、政務ばかり……カビてしまうぞ。これら以外に、もっとやりたい事があるんだ……

高麗人参:……やりたい事?

青年玄武:ああ……この土地の山水を見て、不公平をなくし、悪を根絶やしにする事だ。

高麗人参:……これらの政務も大事です、国に関わります。

青年玄武:ここに座って、骨董品共の話をいくら聞いても、この瞬間にも光耀大陸では悲劇が起きている。それに……平民らは冤罪をどこにも訴えられない……

高麗人参:……

青年玄武:かつて、帝王になれば、この世の不公平を全てなくすことが出来ると本気で思っていた。しかしまさか、帝王になっても何も出来ないとは。

高麗人参:いつの日か、この世から不公平は消えましょう。

青年玄武:いつの日か……そのいつかは……いつまで待てばいい?……弧は、その日を迎える事が出来るのか……?

高麗人参:……陛下、努力すれば、きっと成し遂げられます。


10.泉先の名


高麗人参:泉先、そなたの名は、きっと……泉先ではないのでしょう……

明四喜:……私が泉先であるとこだけわかっていればいい。

高麗人参:……はい……


 池に飛び込む鮫人を見て、高麗人参は珍しく困惑した表情を見せた。


ピータン:鬼蓋、これ以上聞いても無駄です。教えてはくれませんよ。

高麗人参:……どうして。

ピータン:自分の名を好きではないみたいです。

高麗人参:……好きではない?

ピータン:この世に喜ばしい事がそんなにある訳がない……などと言っていたが、それ以上は言う気はないらしい、これ以上聞かない方が良いでしょう。

高麗人参:……わかりました……

ピータン:彼が僕たちが知っている泉先である事だけわかればいい、名前なんて、重要ではない。

高麗人参:……はい。

ピータン:行きましょう、主上が待っています。

玄武宮

1.二聖密談


青龍:若者よ、どうして本座は一人で来させたかわかるか?

青年玄武:……

青龍:貴様は生まれながらにして、普通の者とは違う。人族でありながら、霊族だ、更には玄武の血脈も受け継いでいる。

青年玄武:はい……

青龍:人族は本座からしたら、虫けら同様だ。しかし先程の血で、本座は貴様の事がわかった。

青年玄武:……わかった?

青龍:その玄武という名は、父母の意志ではなく、天意である。

青年玄武:……若輩者はその言葉の意味を理解できません、どうか教えてください。

青龍:当時、本座の愚かな兄弟たちは争って互いに命を落とした。まさかあの口数の多くない子が……転生し貴様のような半人半霊の霊族末裔になるとは。

青龍:その子らの長兄として、手助けするべきだが、本座も既に枯れかかっていて、余力がない。

青年玄武:……言葉の意味をわかりかねます……

青龍:わからないのなら、わからないままでいい。本来転機などないが、兄弟である事に免じて、もし玄武の霊力と寿命を代価に出来るなら、本座も命をかけてこの土地を覆う天幕を作って見せよう……

青年玄武:どうか、宜しくお願い致します!


 迷いなくそう答えた青年に、疲れている瞳には懐かしさが浮かんだ。


青龍:……貴様は……何年経っても、変わらないな……

青年玄武:……?

青龍:老人の戯言だ……まさか、我ら兄弟がまた会う日が来ようとは……そしてまさかこのような事になるとは……次は……きっと……もうやってこないだろう……人族のために命を捧げる……本当に……そんな価値はあるのか……

青年玄武:……お話の意味がわからないのですが、この土地の全ての生霊のために我が命を差し出すというのは、私にとってもっとも軽い代価である事だけはわかります。


2.風の残燭


臣下甲:陛下はもう……

臣下乙:はぁ……

臣下甲:早く後継者を決めて頂かないと。

臣下乙:はぁ……

臣下甲:しかし、陛下にはご子息はいない、一体……


 パンッ──

 割れた灯篭が突然話し込んでいる臣下の足元に落ちて来た、高麗人参はその者たちの元に行こうとしている鮫人をどうにか引き留める。


高麗人参:……彼らは光耀大陸のためを思ってそう言っているだけです。

高麗人参:……彼らは光耀大陸の事を考えているのです。


 青年の言葉はまるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。その広い袖口の中にある手は、握り過ぎた事によって血が滲んでいた。


明四喜:放せ。

高麗人参:……冷静になりました?

明四喜:放せって言っているだろう。

高麗人参:……泉先、どこに行くつもりですか?

明四喜:貴方には関係ない。


 殺意がこもった視線にあてられ、大臣らは左右に避けて道を作り出した。鮫人がそこを歩くと、冷たい風が吹いて、彼らは身震いした。後ろにいた高麗人参は鮫人の手をこれ以上掴めずにいたのだ。

 手を振りほどかれた瞬間、鮫人の鋭利な爪によって高麗人参の手に傷跡が残った。彼の目に謝罪の意があるのが見えたが、その後の冷たさからもう手を伸ばせなくなってしまった。


ピータン:……鬼蓋、泉先はただ……

高麗人参:……はい、わかっています。


3.国師監

玉京


子ども:お母さん、国師監って何?

子ども:お兄ちゃんが、もし国師監の綺麗なお兄さんがいなかったら、おうちがなくなってたかもしれないって言ってた。

女性:……母もよくわからないわ。でも貴方のお父さんが言っていた、この玉京にはある屋敷があって、普段は皆それを避けて通る、特に皇族たちは、何かそこに借りがあるかのように……

子ども:ん?じゃあ私も将来国師監に入れる?!私も国師監の大英雄になって、お母さんを守る!

女性:バカな事を言うな、国師監の方々は天命に逆らう力があるんだ。母はただお前が平和に幸せに一生を過ごす事だけを願っている。

子ども:そうか……でも……でも私も力が欲しい、そうじゃないと怪物に会っても、逃げる事しか出来ない……

女性:……はぁ、この世で力を持つ者は、いつだって私たちよりも早くいってしまう……

子ども:どうして?

女性:……大人になったらわかるさ。ほら、お喋りはここまで、早く荷物を片付けなさい。この玉京にはもう住めない、早く引っ越そう。

子ども:えー!せっかく引っ越してきたのにー!

女性:はぁ、この光耀大陸に安住の地はもうないのか……南に引っ越して、そこの龍神様に守ってもらえると良いけど……


4.薬を取り替える


チキンスープ:聖主様?

チキンスープ:聖主様???

チキンスープ:……一体どこに……

ハイビスカスティー:私を探しているのか?

チキンスープ:!!!

チキンスープ:あら……聖主様、どちらに行かれていたのですか?妾は驚いてしまいましたわ。

ハイビスカスティー:今日は虫茶と花見に行く約束だった、聖女も一緒に行きたいのか?

ハイビスカスティー:それは良い、美景、美酒があるなら美人もいないとだ。

チキンスープ:妾も行きたいのですが、やる事が多く誠に残念です。しかし聖主様に誘っていただけるなんて、光栄ですわね。

ハイビスカスティー:私に用か?

チキンスープ:ええ、聖主様は近頃薬湯をお飲みになっていないとお聞きしました……何か薬湯に問題でもありましたか?

ハイビスカスティー:苦すぎる、変えておけ。

チキンスープ:しかし……

ハイビスカスティー:変えろ。

チキンスープ:かしこまりました。すぐにそう命じて来ます。聖主様どうかお怒りにならないでください、お体に障ります。

ハイビスカスティー:用がないなら、私はもう行く。

チキンスープ:お見送りします。

ハイビスカスティー:必要ない、自分の仕事をしろ。

チキンスープ:はい。


5.富を築く


女店主:あらー羊方のお兄さん久しぶりだね、珍しいじゃない。

女店主:どこで金儲けしていたんだい、私の事はもう忘れてたりして?

羊方蔵魚:あらお姉さん、大きな商売の話が舞い込んでねそれに専念してたんですよーそうじゃなかったら、ツケが残っている店にわざわざ来たりしませんよ。

女店主:もうーそんなに怯えないでよーお兄さんの言い方からすると、ツケを全部払ってくれるのかい?

羊方蔵魚:そりゃもちろん、この通り。

女店主:おやまあ!本当かい?!まあ!どうしたんだ!皆早く家に帰って洗濯物を取り込んだ方がいいよ、これから雨が降るかもしれないからね!

羊方蔵魚:お姉さん、そこまで言わなくても……儲けてすぐここに来たじゃないか……

女店主:あはは、驚いたのさ。お兄さん一気にそんなに儲けて、良い方法を見つけたのか?お姉さんにも紹介してくれないかい、私も儲けたいな。

羊方蔵魚:いやいや、いつもと同じ事しかしていませんよ、ただ太っ腹な得意先に出会えたんです。

女店主:得意先?景気が良いね。

羊方蔵魚:いやいや、確かに昔よりは手持ちが良くなりましたよ。これからお姉さんに紅やら耳飾りも手土産に持ってこれるくらいにはね。

女店主:チッ、口だけは良く回るね。私がそんな物を欲しがるとでも?

羊方蔵魚:じゃあいらないのですか?

女店主:いる、いるわよ!しかし羊方よ、お金持ちはお前がいつも相手してた百姓とは違うからね。そんな大金を渡して来たのは、絶対他に何か企んでいるはずだよ、気を付けなさい。

羊方蔵魚:ありがとうございますお姉さん、気を付けていますよ。


6.早く目を覚ましなさい

八宝飯:東坡先生は毎日外で何をしてるんだ?いつも見かけない。

猫耳麺:城主さまによると、何かを探しているみたいです……

八宝飯:捜し物?何を?

東坡肉:角煮に一番適している豚肉じゃ!

八宝飯:うわっ!いつの間に!

東坡肉:ははっ、さあ雪原にいる小さな白豚だ。

八宝飯:……小さな、白豚。

東坡肉:そうじゃ!捕まえるのに苦労したぞ!あの豚は冰の上を滑る事が出来るから、実に足が速かった!

八宝飯:はぁ……ご苦労様です。

東坡肉:いやいや、全然苦労していない!良い肉が食えるなら、苦労なんて!おや鬼蓋の小童は、最近陣にこもりっぱなしなのか?

猫耳麺:はい。近頃光耀大陸各地の情報が多く、根を全域に張り巡らしても、必要な情報を選別するのに時間が掛かると言っていました。しばらくは目覚めないかと。

東坡肉:はぁ……それは残念だ……わざわざ食べさせようと持って来たのにな……

猫耳麺:僕も、人参さまにはもう少し休んで頂きたいです……

東坡肉:まあいい。さあ、食べてみるが良い。出来立てだ、良い匂いだろう!


7.逝く者は斯くの如きか


廬山雲霧茶:……

武夷大紅袍:廬山……どうかしましたか?

廬山雲霧茶:悩みがあるようですね。

武夷大紅袍:……気付かれてしまったか……

廬山雲霧茶:沸騰しすぎた水は、時期を見誤る。昔ならいざ知らず。

武夷大紅袍:……ただ、彼らの事が少し心配なだけです。大怪我から立ち直った彼らだが、最近は回を重ねるごとに酷くなっている。

廬山雲霧茶:うん。

武夷大紅袍:……俗世の話ばかりですまない、あなたは聞きたくもないでしょう。

廬山雲霧茶:問題ない。

武夷大紅袍:残念だが、彼らは吾を巻き込みたくないようです。しかし吾は……やはり寂しい……

廬山雲霧茶:安心してください。必要なら求めに来ます。

武夷大紅袍:……え?

廬山雲霧茶:彼らの心強い後ろ盾になるだけで、十分に安心出来ますよ。

武夷大紅袍:……

武夷大紅袍:その通りですね……吾の考えが浅かったようですね……ありがとうございます、廬山……

廬山雲霧茶:私もそなたも俗世から離れてはいるが、結局はこの世にいる。其方と彼らが友なら、我らも同じく友である。


8.勝てば官軍負ければ賊軍


反乱軍甲:玄武は一体何をしようとしているんだ?山河陣とは一体なんだ?

反乱軍乙:ハッ、なんだって良いだろ。その帝位、遅かれ早かれ差し出してもらう。

反乱軍甲:そうだな、不敗だと言われているが、その帝位は結局は我が白虎一族のものになる。

反乱軍乙:じゃあ……あの山河陣はどうする。

反乱軍甲:感謝しなければな。天下黎明のために、犠牲は必要だと言っていたな。

反乱軍乙:しかし彼の部下たちと彼を追随している愚民は……

反乱軍甲:知っているか、歴史というのは勝者が書き綴るものだ。あんなに病弱になっている、今日こそ彼の命尽きる時だ!

反乱軍乙:つまり?

反乱軍甲:死にそうになっている暴君は、万人を犠牲にして自分の不老不死を得ようとしている。そして白虎一族は黎明を救うために、暴君を剣で屠った。この筋書きをどう思う?

反乱軍乙:……信じると思うか?

反乱軍甲:人数は関係ない、この噂が天下に流れば、いつしかこれが真実となる。


9.強者同士で手を組む

数か月前

玉京酒楼


 玉京の混乱の後、南離族は長い時間を掛けてどうにか後始末をした。そして、本来帰っているはずの海外の客たちは、何故か玉京の小さな酒楼にいる。


シャンパン:……

辣子鶏:……

佛跳牆:コホンッ。お二人、それ以上睨み合っても埒が明かない、もうすぐ船の時間だ。

シャンパン:城主の事は気に入っているが、どうしてあの使節ではなく、城主がここにいるんだ?

佛跳牆:悪徳商人と龍神様も重傷を負って、今は竹煙で療養している。シャンパン陛下はここに長く留まる事は出来ない、すぐに商談を進めるためには南離族の明四喜のほかに話がわかるのは機関城城主様しかいません。

辣子鶏:フンッ!陛下が俺様じゃ役不足だと言うなら、もう帰る。

佛跳牆:……えっ!待ってくれ、城主!

シャンパン:わかった、今日の午後に帰国するつもりだ。城主様もこれ以上ここに長居したくないのだろう、手短に話を進めよう。

辣子鶏:うん。

シャンパン:帝国連邦、法王庁そして神恩軍は、光耀大陸と協力関係を結びたい。

辣子鶏:俺らに何の利がある?

シャンパン:ここに忌まわしいあれに源がある事は知っている。そして、お前らの歴史には俺たちが知らないあれに関する事柄が記載されているかもしれない。

シャンパン:そして我々にも、お前たちが持っていない情報を持っているはずだ。

シャンパン:これは一方的な取引ではない、お互いにメリットはある。

辣子鶏:……

シャンパン:もしかして城主様は、少陽山皆に安らかに眠って欲しくはないのか?全ての元凶に罰を与えたくはないのか?

辣子鶏:……どこからその名を。

シャンパン:俺は何も調べずに見知らぬ土地に踏み入ったりはしない。俺はまだ達成していない目標を達成したいだけだ。

辣子鶏:……お前の事少し気に入った。わかった、協力してやる。

シャンパン:……城主様一人で、この光耀大陸を代表出来るのか?

辣子鶏:竹煙、小舎、地府の大人しい奴らはまだしも、光耀大陸他の天地の霊が逆らうなら、この俺様が首を縦に振らせてやる。

シャンパン:ではあの元凶が......

辣子鶏:あの元凶は、お前らがいなくとも俺様が引きずり出して八つ裂きにしてた。俺様はお前のような気に障る自信家は嫌いじゃないからな、だから了承してやった。


10.愛の教育

竹煙 竹林 


塩辛い豆花:いっ......いたたた......バカ兄貴あいつらは一体何をやってるんだ?!あの白毛野郎はどうして俺を見た途端火で攻撃してきた?!

甘い豆花:竹煙の番頭は療養しているらしい、あのバカは戦う相手がいなくて、ちょうどそこに君がやって来たからね。

塩辛い豆花:はあ?!そんな事で?!挨拶もしないで殴り掛かって来たのかよ?!

甘い豆花:そうだ、竹煙にこれを届けてきてくれ。

塩辛い豆花:は?バカ兄貴オレお前のことを殺しに来た事を忘れたのか?!

甘い豆花:はいはい、届けた後にまた殺しに来てよ。

塩辛い豆花:なんでお前の指図を聞かなきゃならねぇんだ?!

甘い豆花:まさか竹林の筋肉バカに勝てないって思っているのか?なら自分で……

塩辛い豆花:誰が筋肉バカに勝てないって?!よこせ!!!

甘い豆花:行ってらっしゃいー

辣条:……あんたの弟は相変わらず可愛らしいね。

甘い豆花:そりゃ、当然だ。

辣条:……だけど竹飯に絡まれるだろうね、本当に良い兄だわ。

甘い豆花これを愛のムチって言って欲しいな。

山河陣

1.善し悪しを分ける


 講談を終えると、少女は立ち上がり目の前の荷物を片付け始めた。彼女がこの場を立ち去ろうとした時、ある人が彼女を呼び止めた。


通行人:なあ、先生、ちょっと聞きたい事があるんだ。

茶糕:えっ?

通行人:あんたが言ってた玄武帝の話、他で聞いた事がないんだが。

茶糕:でも興味津々に聞いて、彼の事を覚えたじゃないですか?

通行人:あっ、それは……そうだが……

茶糕:それで充分です。

通行人:……なら、先生はどこで聞いたんだ?

茶糕:私から一つ質問があります。

通行人:なんだ?

茶糕:貴方は、この玄武帝の事を良い人だと思いますか?それとも悪い人?

通行人:……それは……あんな悪事をしたんだから……

茶糕:だけど貢献もしていた?

通行人:そうだな……善か悪か……難しいな……

茶糕:だから、彼は世間から忘れられるべきではない。どうでしょう?


 太陽に照らされ、少女は美しい笑顔を浮かべた。あまりの眩しさに通行人は目が眩んだ、再び焦点を合わせ彼女がいた方を見ると、もうそこに彼女の姿はなかった。


通行人:……世間から、忘れられるべきではない、か……


2.忘川水


猫耳麺:忘川さま。

豆汁:猫耳ちゃん、どうした?

猫耳麺:忘川水は本当に全てを忘れられるのですか?

豆汁:まさか、試したいの?

猫耳麺:い、いえ……少し気になっただけです……

豆汁:一人一人に忘れたい過去がある。でも、忘れて新たな人生を歩みたいと思う人もいれば、忘れたくない人もいる……

猫耳麺:はい……

豆汁:傷ついた人は、悲惨な過去を忘れて、やり直したい。だけど間違いを犯した人は、忘れる資格すらない。

猫耳麺:……

豆汁:わたしの忘川水は、罪のないひとを解脱させるためのもので、罪人たちの心の苦しみをなくすものではないよ。

猫耳麺:だから……無常さまに忘川水を飲ませなかったのですか?

豆汁:あら?きみには教えたんだね。彼は、罪から逃れたい人たちと違うよ。

猫耳麺:?

豆汁:彼は過去の罪を忘れるつもりはない、自分がやってしまった事全て。これらこそが彼を形成している一番重要な部分だ。記憶があるからこそ、彼は彼でいられる。記憶があるからこそ、彼はもう二度と同じ轍は踏まない、今日の彼になったんだ。

猫耳麺:……うぅ……ごめんなさい、わかりませんでした。

豆汁:猫耳ちゃん、大丈夫だよ、わからなくてもいい事はあるんだ。


3.周到に護る


虫茶:お兄ちゃん。

冬虫夏草:……

虫茶:お兄ちゃん!!!

冬虫夏草:……ああ……虫茶、どうした?

虫茶:……あいつは大丈夫かな?最近いつも頭を抱えてる、何か思い出そうとしているんじゃない?

虫茶:思い出したら……いなくなっちゃうんじゃ……

冬虫夏草:……大丈夫、彼はどこにもいかないよ。

虫茶:え?

冬虫夏草:思い出させたりもしない。

虫茶:?

冬虫夏草:彼には全て忘れてもらった、記憶も少しいじった。最近の薬の効果化が強すぎたせいだと思う。新しい薬も与えたし、すぐにいつも通りに戻るよ。

虫茶:……お兄ちゃん……彼の記憶を……消したの?

冬虫夏草:最初は、本当に思い出せなかったみたいだった。なら、永遠に思い出せなくてもいいだろう?

冬虫夏草:……そうする事で、ボクたちは彼を信じられる、でしょう?

虫茶:……

冬虫夏草:心配しないで、もう誰にも君を傷つけさせない。絶対に。


4.天を揺るがす陰謀


???:玄武陛下。

青年玄武:……お前が、ピータンが言った自分から訪ねて来た異術の使い手か?

???:はい、陛下。

青年玄武:どうして顔を見せない。

???:陛下は私の事を信用していませんね?

青年玄武:……顔すら見せてくれない者をどう信じろと。

???:ふふっ、陛下が私の事を信じるかどうかは重要ではありません。重要なのは、私には陛下が求めている情報を持っている事です。

青年玄武:……

???:鬼殺大陣、万霊の怨念を借りて天地に災いをもたらす邪気を飲み込む事が出来ます。毒を以て毒を制す事は出来るが、万人の生贄が必要となる。そして、私には万人の代替品に関する情報を提供出来ます。

青年玄武:本当か?!コホッ、コホコホッ……

???:落ち着いてください、この方法がうまく行けば、鬼殺大陣は人の生贄は必要なくなります。陛下も青龍聖君と取引を交わした頃に戻れるかもしれませんよ。

青年玄武:……どこでそれを知った……

???:陛下と商談するのに、知らない訳がないでしょう

青年玄武:……


 一夜を掛けて話し合った後、そばにいた部下はすぐさま黒づくめの男に近づいた。


???:どうでしたか?

???:ははははっ、まさか、まさかそんな存在がいるとは。

???:何か不備がございましたか?

???:ははははっ、あいつに天地の霊には霊力がある、鬼殺大陣に入れば百人に値すると言ったら、彼のような天地の霊を召喚出来、霊力をもつ修行者は何人に値するか聞いて来た。

???:妾にはわかりません。

???:つまり、天地の穢れを消すためだが、天地の霊も同族ではないが彼が守るべき対象で、彼らにだけ代償を払わせる訳にはいかないと。

青年玄武:普通の人間、異能を持つ人間、天意の霊、そして弧。全ての生霊はこの天地を清浄にするために代価を払わなければならない。この凄惨な代価を伝え、子孫に争いをやめ、この結末を二度と向かわないようにしなければならない。

???:……この陛下は、実に甘いですね。

???:そうだ、甘い。しかし我らの目的は達成した。

???:?

???:天地の霊が大陣に踏み入れ生贄となったら、より多くの人間が自分の代わりに彼らを陣に入れるだろう。その時、天地の霊はこの陛下の思いをまだ汲む気持ちになると思うか?

???:天意の霊と人族の心が離れた時……人族は自分で自分の首を絞めているのですね。

???:しかし彼のような者もいる。万人の命を使って鬼殺大陣の中から再び目覚める時を楽しみにしているよ。

???:えっ?

???:今回の取引は、我と彼だけの単純なものではない。彼は万人の命と引き換えにこの土地を活かそうとした。そして、彼よりも狂っている者はいるものだ……

???:つまり……

???:万人の命と引き換えに、彼一人の生を求める者もいるという事だ……

???:では……

???:もちろん、我は二人の願いを叶えてやる!彼が大陣の核心となればの話だが、彼が核心と……しかし……全て彼の思い通りに行くだろうか?ははははっ!


5.一夫関にあたれば


ピータン:主上、自発的に大陣に入る者たちには、家族の安全を保障し、一生分の財宝を与え、死刑囚が大陣に入ると望むなら、親族を安全な場所に移すと、そう命令を下しましたが……

青年玄武:それでも……一万人には及ばないと、言いたいのか?どうやったって、罪のない者と望まない者を巻き込まなければならないのか?

ピータン:……はい。

青年玄武:お前がわかっていて、弧もわかっているなら、きっと人参も……わかっているだろうな。

ピータン:……

青年玄武:これこそが、彼が自らを寒獄に閉じ込め、命令を撤回するよう言ってきた訳か。

ピータン:……

青年玄武:弧の事を卑怯だと言うが良い。このような許されざる事をしているのに、全員が自ら進んで大陣に入ろうとしている、とそう言って欲しいと求めている……

ピータン:主上……

青年玄武:しかし、望まぬ者がいても、これは弧が思いつく最良の方法だ。どうか、一人でも少なく……巻き込まれる人が一人でも少なく済むように……

ピータン:……主上、止めるというのは……

青年玄武:弧がやらなければ、誰がやると言うのだ。穢れた獣は日に日に増えている、しかし我らには対抗する手段はない。これ以上躊躇っていると、この地はいよいよ煉獄と化してしまうだろう。

ピータン:全てを……主上が背負わなければならないのですか……

青年玄武:弧は天下の主である、弧が背負わないで、誰が背負うんだ?


6.悔いなし


ピータン:西水県百二十八人、承里郡六十五人、公主とその追随者三十五人が大陣に入りました……

青年玄武:…………まだ数千人足りないな……

ピータン:主上……

青年玄武:……黙れ。

ピータン:鬼蓋、そして少陽山の皆がいます……

青年玄武:黙れと言ったんだ!

ピータン:……

青年玄武:ピータン、そんな事は出来ない……

ピータン:しかし我々は天地の霊です……

青年玄武:だが皆弧の友人だ!弧に巻き込まれてしまった友人に過ぎない!

ピータン:……

青年玄武:この国を守れない、この家も守れない……だがせめて友人たちだけでも……どうにか巻き込まずに終わらせたい……

ピータン:主上……

青年玄武:鬼蓋、少陽山にいて無情無欲、世事のみを見て悲しみなど知らない。

青年玄武:泉先、東海を自由気ままに泳ぎ、意のままに生きられる。

青年玄武:辣子鶏と東坡先生は、更に俗世を超越し、憂いなどない。

青年玄武:彼らに知り合う事が出来た事こそ、我が生涯の幸運であり。どの面下げて、その身を差し出せと言えるだろうか?

ピータン:主上……一人忘れています。

青年玄武:……

ピータン:僕も天地の霊です、一人で百人を救えます。

青年玄武:だが、お前だって……

ピータン:僕はあなた様のために生まれ、あなた様のために死ぬ。恨みも後悔もありません。


7.昔のことを聞くな

数か月前

機関城 


 玉京に辣子鶏を迎えに行った一行は、機関城の頂上に座って風を浴びている城主を見て、心配が募っていた。


マオシュエワン:……夫子、あのバカここ最近そこでボーっとしてばっかじゃねぇか、一体何があったんだ?

冰粉:随分昔の事だそうです……しかし過去について触れると、いつも様子がおかしくなるのは確かです。

マオシュエワン:奴らは昔一体何があったんだ?あの坊ちゃんの顔をこんなにも曇らせられるなんて。

冰粉:それはそんなに重要ですか?

マオシュエワン:……

冰粉:城主は某たちを受け入れた時、過去を聞いた事はありますか?なら某たちも聞く必要はありません。

マオシュエワン:だけど、このままじゃダメだろう。

冰粉:はぁ……良い方法があります。

マオシュエワン:なんだ?どんな方法だ?

冰粉回鍋肉!あの竹林に行きましょう。

マオシュエワン:竹林?またあの竹林に行くのか?竹煙の番頭の傷はまだ治っていないだろう?

冰粉:城主の兄弟を探しに行きましょう。

マオシュエワン:……ザッ、ザリガニか?!またあいつを探すのか?!この前壊された道はまだ直ってない!今度こそ回鍋肉に怒られる!

冰粉:倍にして、明細をあの緑髪の者に送り付ければ良いでしょう。我らが坊ちゃんの機嫌の方が大事ですよ。

マオシュエワン:……えっ……わ、わかった……


8.気骨

玄武暦283年 

少陽山 


少陽山弟子:ううう──

少陽山弟子:うううぅ──

辣子鶏:……なんだ?誰か泣いているのか?

東坡肉:弟子の誰かだろう、師父に叱られたのかもしれんな。

辣子鶏:ちょっくら見てみるか。


 辣子鶏東坡肉はその泣き声の主を探した。探し回って、やっと茂みの影で泣いている子どもを見つけた。


辣子鶏:小僧、どうして泣いてるんだ?

少陽山弟子:うううぅ……師叔、兄弟子と下山して市場に行った時、麓の子どもが我ら少陽山の子どもは全員捨てられた子だって、だから少陽山に集められたんだって……

辣子鶏:どこのガキだ!痛い目に遭わせてやる!

東坡肉:ちょっと待て!辣子鶏!子どもの言う事を真に受けるな!

辣子鶏:我が少陽山の子をいじめるとは良い度胸じゃねぇか?!この少陽山は俺様の縄張りだってわからせてやる!!!

東坡肉:落ち着いて、落ち着いて。座れ!


 東坡肉は片手で辣子鶏を思いっきり引っ張り、自分の横に座らせた。もう片方の手で子どもを抱きかかえ、袖で涙をぬぐってあげた。


東坡肉:良い子だ、名は?

少陽山弟子:童、童童です……

東坡肉:童童よ、お主が少陽山に来た日から、お主はこの少陽山の子になった。ほら、兄弟子と、師父もいるだろう。

少陽山弟子:うぅ……

東坡肉:誰かにいじめられたら、この師叔が殴り込みに行ってくれるみたいだしね。だからお主は捨てられた子ではない、そうだろう?

少陽山弟子:うっ……うん……

東坡肉:さあ、辣子鶏も何か言ってやれ。

辣子鶏:……フンッ、あのクソガキを殴った方が早いだろう……

東坡肉:おいっ!

辣子鶏:…………フンッ。童童だな。

少陽山弟子:うん。

辣子鶏:覚えてオケ、この少陽山はこの辣子鶏様の縄張りだ!俺様がいるかぎり、誰も少陽山に手出しは出来ないってな!


9.永遠の兄弟子


八宝飯:そういえば人参の奴、辣子鶏とは兄弟弟子なのに、一回も兄弟子って呼んでるのを聞いたことがないな。

八宝飯:それもそうか!もしオイラにあんなデタラメな兄弟子がいたら、オイラだって呼びたくない!

東坡肉:……原因はそれではない。

八宝飯:えっ?

東坡肉:彼ら兄弟は、違う方向にひねくれている。特にあの件以来……

八宝飯:……ん?ひねくれてる?!辣子鶏が?

東坡肉:一人は一度も責めようとはしない、もう一人は一度も自分を許そうとはしない。

八宝飯:……

東坡肉:一人はもう一人に悲痛な過去を忘れさせたいと、自分を閉じ込めている檻から出そうとしている。

東坡肉:しかしもう一人は、過去を忘れる事を望んでいない。全てを背負って進み続けようと願っている、そして自分がかつてした事を一切許そうとはしていない。

八宝飯:えっ?!一人ともう一人って一体どういう事!先生、もっとわかりやすく教えてくれよ!

東坡肉:……わからなくて良い。一つだけ覚えておけ、彼が兄弟子と呼べるようになる日は、つまりあの大陣から出ると決心した日だ。

八宝飯:うーん……あんたらは過去の話をするといつもこう回りくどくて、よくわかんない。

東坡肉:ふふっ、そうかい?


10.信じたい


リュウセイベーコン:地蔵……

高麗人参:……溯回司……

リュウセイベーコン:いつまでここに囚われているつもりだ。

高麗人参:囚われてはいません。

リュウセイベーコン:……

高麗人参:ただ約束を守っているだけです。

リュウセイベーコン:……もし、この約束が永遠に実現しなかったら?

高麗人参:彼は嘘などつきません。

リュウセイベーコン:……彼が永遠に来なかったら?

高麗人参:それは、この天地がまだ平和でないからにほかなりません。吾は彼の代わりにこの世を見守り、彼が全てを使って得たものを見守っていきます。

リュウセイベーコン:それで彼のためにこの大陣を千年も守り、この地府を建て、天下の不平をなくし、自分をこの獄中に閉じこめたのか?

高麗人参:これが吾らの約束です。

リュウセイベーコン:地蔵、アンタはもう狂ってる。

高麗人参:……リュウセイ、吾は一度だけ彼を信じ切れませんでした。しかし今回こそ信じたい。



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ゲーム情報
タイトル FOOD FANTASY フードファンタジー
対応OS
    • iOS
    • リリース日:2018/10/11
    • Android
    • リリース日:2018/10/11
カテゴリ
ゲーム概要 美食擬人化RPG物語+経営シミュレーションゲーム

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